Well-Architected Framework の Sustainability Pillar(持続可能性の柱)について考えてみる -Part2-

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3月よりIE課(インターナルエデュケーション課) に異動しました山﨑です。

今回は先日執筆した「Sustainability Pillar(持続可能性の柱)について考えてみる -Part1-」の第二弾ということで引き続き、Sustinabiliy Pillar について考察していきたいと思います

おさらい

先日執筆したSustainability Pillar(持続可能性の柱)に関するブログの中でも今回関連する内容を簡単におさらいしておきます。

  • Sustainability Pillar は持続可能性の中でも「エネルギー消費とエネルギー効率」による環境への影響に重点を置いており、システム設計者がエネルギー使用量を削減しながらもビジネスニーズを最大限満たすために必要なアーキテクチャ設計を支援する考え方である
  • 「エネルギー消費とエネルギー効率」は温室効果ガスによる気候変動という環境的リスクに影響を及ぼす。
  • Sustainability Pillar には「責任共有モデル」があり、AWSは「エネルギー消費を抑える」「エネルギー電源を変える」ことに主に責任を持ち、AWS利用者は「エネルギー消費を抑える」ことに責任を持つ
  • データセンターが使用する電力消費量は年々増加しており、データセンター事業者による省エネルギー/再生可能エネルギーの利活用、技術革新によるIT機器の省エネルギー/高効率等だけでなく、データセンター利用者による電力消費量の削減努力も必要不可欠である。

blog.serverworks.co.jp

Cloud Sustainability(AWSクラウドの持続可能性)

カーボンニュートラル

カーボンニュートラルとは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量(グロス)」 から、植林、森林管理などによる「吸収量(ネット)」 を差し引いて、合計が実質的にゼロになっている状態を指します。AWSクラウドのSustinability(持続可能性)においてはグロスの排出量である「①排出活動の削減」と「②排出原単位の削減」にフォーカスしています。「②排出原単位の削減」については、AWS側ですでに2025年までに100%再生可能エネルギーで事業を行うというプロジェクトを進めています。そのため、Sustainability Pillar(持続可能性の柱)においてAWS利用者による二酸化炭素排出量削減は「①排出活動の削減」に分類されます。

カーボンニュートラル - 野村総合研究所[編] - 日本経済新聞出版 より筆者加筆

では、二酸化炭素排出量とは、どのような基準に基づいて算出しているのでしょうか。それは「GHGプロトコル」と呼ばれるガイドラインに従って算出されています。

GHGプロトコルによる二酸化炭素排出量の算出

「GHGプロトコル」は1998年にWRI(世界資源研究所)とWBCSD(世界環境経済人協議会)によって共同設立されたイニシアチブが発行したガイドラインで、温室効果ガス(GHG)排出量の算定・報告に関する基準をまとめたものです。AWSもGHGプロトコルに従って二酸化炭素排出量を算出しています。

GHGプロトコルでは、二酸化炭素が排出される段階(プロセス)に応じて温室効果ガス排出量の算定対象を「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」の3つに分類しています。

スコープの考え方

スコープ 区分 算定対象
スコープ1 直接排出 自社での化石燃料の燃焼、セメントの製造(CaCO3→CaO+CO2)、フロンガスの漏洩
スコープ2 エネルギー起源の間接排出 自社が購入・使用した電気・熱・蒸気の生産
スコープ3 その他の間接排出 スコープ1/スコープ2以外の間接排出
→事業者のサプライチェーンに関わる他者の活動や自社従業員の移動による活動等

排出量算定について - グリーン・バリューチェーンプラットフォーム | 環境省

スコープ3について補足しておきます。スコープ3は組織が所有または管理していないが、バリューチェーンにおいて間接的に影響を与える資産から排出される活動の結果です。このような性質からスコープ3排出量は「バリューチェーン排出量」とも呼ばれ、組織のGHG総排出量の大部分を占めることが多いです。

バリューチェーンという観点に立つと、ある組織のスコープ3排出量は、他の組織のスコープ1と2の排出量となります。AWSを利用することで発生する二酸化炭素排出は、AWS利用企業においてはスコープ3のGHG排出としてカウントされます。

一方、AWS側の立場では、AWS利用によってAWSが所有/管理するデータセンターから直接排出されるGHGはスコープ1の排出としてカウントされ、AWSがデータセンター運営のために購入・使用する電力などによるGHG排出はスコープ2としてカウントされます。

つまり、AWS利用者が Sustainability Pillar(持続可能性の柱)に従って「エネルギー消費量の削減」「エネルギー効率の向上」を実践することで削減可能な二酸化炭素排出量は自社によるGHG排出のうち、スコープ3に分類されるということです。

AWSでは、AWS側のスコープ1/スコープ2としてカウントされるGHG排出量(裏を返すとAWS利用者におけるスコープ3のGHG排出量)をAWS利用者が確認できるツールとして「Customer Carbon Footprint Tool」というツールが提供されています。

Customer Carbon Footprint Tool

まず、Carbon Footprint(カーボンフットプリント)は ISO140671 で以下のように定義されています。

「気候変動への影響に関するライフサイクルアセスメント(LCA)に基づき、当該製品システムにおける GHG の排出量から除去・吸収量(ネット)を除いた値を、CO2 排出量相当に換算したもの」

カーボンフットプリント レポートより引用

つまり、原材料の調達から、生産、流通・販売、輸送、廃棄・リサイクルといった製品のライフサイクルステージの各段階において排出される GHG 排出量から除去・吸収量(ネット)を除いた総量を表す指標です。

AWSクラウドインフラを利用したシステムの構築およびサービス提供という文脈において、カーボンフットプリントを可視化しているのが「Customer Carbon Footprint Tool」です。Customer Carbon Footprint Tool は、AWSコンソール画面からBilling > Cost & usage reports に遷移することで無料で閲覧可能です。ただし、閲覧には以下のアクセス権限が必要です。

{
    "Version": "2012-10-17",
    "Statement": [
        {
            "Effect": "Allow",
            "Action": [
                "sustainability:GetCarbonFootprintSummary"
            ],
            "Resource": "*"
        }
    ]
}

Customer Carbon Footprint Tool

Customer Carbon Footprint Tool に表示される炭素排出量の測定単位は、業界標準の測定値である二酸化炭素換算トン (MTCO2e) です。この測定では、二酸化炭素/メタン/亜酸化窒素を含む複数の温室効果ガスを考慮しています。すべての温室効果ガスの排出量は、同等の温暖化をもたらす二酸化炭素の量に変換されて表示されています。

取得可能なデータは2020年1 月以降の炭素排出量のデータが対象です。新しいデータは毎月利用可能ですが、AWSに電力を供給している電力会社の請求サイクルの影響で、新規AWSアカウントを発行してからデータが確認できるようになるまでに3か月間の遅延があります。Customer Carbon Footprint Tool のすべての値は、10 分の 1 トンの単位で最近接値に切り上げられます。排出量が 10 分の 1 トンに切り上げられない場合、レポートは 0 と表示されます。

余談ですが、1トンの二酸化炭素排出量を空間換算すると、1辺10メートルの立方体ほどの空間を占めると言われています。2021年度の日本の一般家庭から排出された二酸化炭素はおよそ3.8トンと言われており、燃料種別の内訳を見るとその半分程度が電力消費によるものです。

家庭からの二酸化炭素排出量(世帯当たり、燃料種別)

4-06 家庭からの二酸化炭素排出量(2021年度) | JCCCA 全国地球温暖化防止活動推進センター

AWSクラウドの持続可能性に関する6つの設計原則

Sustainability Pillar(持続可能性の柱)では、ワークロードの設計において、持続可能性を最大限に高め、環境への影響を最小限にするための6つの設計原則があります。

  1. ワークロードに起因する環境への影響を理解する
  2. 持続可能性の目標設定を行う
  3. リソースの利用効率を最大化する
  4. より利用効率が高い新しいハードウェアやソフトウェアのリリースを継続的にキャッチアップ/評価し、採用する
  5. AWSマネージドサービスを使用する
  6. ワークロードに起因するダウンストリームの影響を減らす

1. ワークロードに起因する環境への影響を理解する

この設計原則はAWS上のワークロードに起因する炭素排出量の割合を算出することで、自社の炭素排出におけるAWSの影響度を評価するということです。具体的には以下のようなアプローチが考えられます。

No アプローチ 内容
1 LCA評価を行う SimaPro/MiLCA といったLCAソフトウェアを用いて、サプライチェーン全体における炭素排出量把握(LCA評価)を行う。これにより、自社におけるスコープ1〜スコープ3の炭素排出量およびそれぞれが占める割合を把握する。
2 AWS起因の排出量評価を行う LCA評価によって算出されたスコープ3の炭素排出量に対して、AWS起因の排出量がどの程度の割合を占めるかを把握する。AWS起因の排出量については、Customer Carbon Footprint Tool を用いる。

2. 持続可能性の目標設定を行う

この設計原則は「1. ワークロードに起因する環境への影響を理解する」と密接に関連しており、AWS上のワークロードについて中長期的な持続可能性の目標設定を行うことを推奨しています。具体的には以下のようなアプローチが考えられます。

No アプローチ 内容
3 AWS起因の排出量削減目標を設定する 前述した「No.2 AWS起因の排出量評価を行う」で算出したAWS起因のスコープ3排出量割合に対して削減目標を設定する。
例: 30%→20%(10%の削減目標)
4 削減目標を達成するためのKPIを設定する 設定した削減目標を達成するために監視および改善すべきKPIを設定する。
例①TransactionあたりのvCPU使用時間(Compute)
例②プロビジョニング容量(Storage)
例③転送量およびパケット量(Network)

余談ではありますが、脱炭素社会および二酸化炭素排出量削減を目指す上でよく利用される3つの指標について簡単に説明します。

エネルギー生産性(Energy Productivity - EP)

エネルギー生産性とは、使用するエネルギーの量(インプット)に対する製品やサービスの生産量(アウトプット)を示します。

エネルギー生産性 = 売上・利益・付加価値等 / エネルギー消費量

エネルギー生産性の推移

我が国の温室効果ガス排出量及び炭素・エネルギー生産性の現状等

炭素生産性(Cardon Productivity - CP)

炭素生産性とは、温室効果ガス排出量当たりの国内総生産(GDP)であり、「ドル/t-CO₂」で表します。

炭素生産性 = 国内総生産(GDP) / 二酸化炭素排出量

炭素生産性の推移

我が国の温室効果ガス排出量及び炭素・エネルギー生産性の現状等

エネルギー消費原単位

エネルギー消費原単位とは、単位量の製品や額を生産するのに必要な電力・熱(燃料)などエネルギー消費量の総量のことです。 省エネ法では「エネルギー消費原単位を年平均1%以上改善」することを求めています。

エネルギー消費原単位 = エネルギー消費量 / 売上・利益・付加価値等

製造業のエネルギー消費原単位の推移

第2部 第1章 第2節 部門別エネルギー消費の動向 │ 平成30年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2019) HTML版 │ 資源エネルギー庁

3. リソースの利用効率を最大化する

この設計原則は基盤ハードウェアのエネルギー効率を最大化させるために、実行するワークロードにおいて利用するリソースの適切なサイジング、効率的な設計をすることを推奨しています。

例えば、使用率が30%の2台のホストを利用するよりも、使用率が60%の1台のホストを利用する方がエネルギー効率が高いです。IEEE Xploreのレポートによればと、平均使用率は70〜80%がエネルギー効率が高いとされています。

他にも不要リソースの削除、idle状態のリソースや処理の削減等によってワークロードに必要な総エネルギーを削減することが求められます。

※参考:Optimizing your AWS Infrastructure for Sustainability, Part I: Compute | AWS Architecture Blog

4. より利用効率が高い新しいハードウェアやソフトウェアのリリースを継続的にキャッチアップ/評価し、採用する

この設計原則は「アップストリーム」つまり、サービスプロバイダーに対するアプローチについての考え方を示しています。

Overview of GHG Protocol scopes and emissions across the value chain

Scope 3 Inventory Guidance | US EPA

この設計原則はパートナーやサプライヤーによるアップストリームの改善をサポートし、クラウドワークロードの影響を軽減するための考え方を示しています。具体的には以下のような方法が考えられます。

方法 説明
AWS最新アップデートのキャッチアップ AWSでは頻繁に新しいサービスや機能をリリースしています。これらリリースは、より効率的なクラウドワークロードの運用、または新しいビジネスニーズの対応に利用できる可能性があります。
AWSのアップデートをキャッチアップするために実践している5つのこと - サーバーワークスエンジニアブログ
AWSの最新サービスの評価と採用 AWSが新しいサービスを一般公開した場合、それが自社のワークロードにどのように適用できるかを検証/評価して採用します。2014年に発表されたAWS Lambda、2015年にはNAT Gateway、2018年にはTransit Gateway と、今ではよく利用されるサービスではありますが、一般公開された当時はワークロードのアーキテクチャに大きな影響を与えています。
サプライヤーのサポート AWSに対してサービスのフィードバックや機能改善提案を行ったり、その他サプライヤーとの協業/出資/共同開発などによって新しいハードウェア/ソフトウェア/ソリューションの開発をサポートする。

5. AWSマネージドサービスを使用する

企業が自社でデータセンターを運営する場合、ピーク負荷に合わせて想定される最大のキャパシティを見積もり、予め確保しておくという考え方に従ってキャパシティプランニングをしているため、平常時にはどうしても余剰リソースが発生してしまいます。

AWSではEC2における Dedicated Host のような特殊な例を除くと、基本的にはマルチテナント方式でデータセンターに設置されているリソースを運用しています。

AWSが利用されるリソースの規模に応じて運用し、その効率的な運用に責任を持つことで、ワークロードをサポートするために必要なインフラの総量を削減し、リソース利用率を最大化しています。

AWS Fargate を利用したり、Amazon S3のライフサイクルルールでアクセス頻度の低いデータを自動的にコールドストレージに移動したり、Amazon EC2 Auto Scalingで需要に応じて容量を調整する等、マネージドサービスを最大限活用することが推奨されます。

6. ワークロードに起因するダウンストリームの影響を減らす

まず、「ダウンストリーム」とはAWS上にデプロイされているシステムを利用する人、つまりエンドユーザーのシステム利用により発生する二酸化炭素排出(スコープ3)を示しています。

Overview of GHG Protocol scopes and emissions across the value chain

Scope 3 Inventory Guidance | US EPA

この設計原則はエンドユーザーがサービス利用時に必要なエネルギーやリソースを減らしたり、デバイスをアップグレードしたり必要性を減らすことを推奨しています。具体的には以下のような方法が考えられます。

方法 説明
Graviton2アーキテクチャの採用 Graviton2は同等の性能を持つ他のプロセッサと比較してコスト効率が高く、パフォーマンスも優れている。よってワークロードをより少ないエネルギーで処理することが可能となり、結果としてクラウドワークロードのダウンストリームでの影響を削減することが期待できる
最新のアルゴリズムの採用 データ処理や検索において、最新の高効率なアルゴリズムを採用することで必要な計算リソースを大幅に削減し、結果として顧客がサービスを利用する際のエネルギー使用量を減らすことが期待できる。
サーバーレスアーキテクチャの採用 AWS Lambda 等のサーバーレスアーキテクチャを採用することで、リソース使用を必要な時にのみ限定し、無駄なエネルギー消費を抑えることが期待できる。
S3のライフサイクルルール設定 頻繁にアクセスしないデータを自動的にコールドストレージに移動することで、エネルギー効率を向上させることが期待できます。
CloudFrontの利用 CloudFront(CDN)を利用してユーザーに近い場所からデータを配信することで応答時間を短縮し、エネルギー消費を抑えることが期待できる。

まとめ

第一弾に引き続き、本ブログも長くなってしまいましたが、以前から疑問に思っていたSustainability Pillar(持続可能性の柱)について少しだけ理解することができました。

本ブログがどなたかのお役に立てれば幸いです。

山﨑 翔平 (Shohei Yamasaki) 記事一覧はコチラ

2019/12〜2023/2までクラウドインテグレーション部でお客様のAWS導入支援を行っていました。現在はIE(インターナルエデュケーション)課にて採用周りのお手伝いや新卒/中途オンボーディングの業務をしています。2023 Japan AWS Top Engineers/2023 Japan AWS Ambassadors