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クラウド時代におけるビジネスアジリティの高め方(第2回)

〜 第2回 デュアル・システム 〜

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このブログでは、クラウドの価値を最⼤限に活⽤するための組織のビジネスアジリティの高め方についてご紹介します。第2回では、ジョン・P・コッターの「デュアル・システム」の紹介と、AWSが「デュアル・システム」の仕組みをどのように実現しているのかについて解説します。

「デュアル・システム」とは

「デュアル・システム」とは、ハーバードビジネススクールのジョン・P・コッター教授が著書「ジョン・P・コッター 実行する組織」で提唱している大企業がビジネスアジリティを高めるための組織のあり方のことです。詳細はぜひ書籍を読んで頂きたいと思いますが、ここでは簡単に紹介します。デュアルという名のとおり、「デュアル・システム」とは企業の中に2つの組織体が存在し機能している状態を意味しています。ひとつの組織体は、企業が発展していく段階でマネージメントの効率化を求めた結果構成される組織形態で、どの企業にも存在する階層型組織です。皆さんもよくご存知のとおり、階層のトップには社長がいて、配下には複数の事業部やバックオフィス系部署が配置され、それぞれの部署には責任者がいて、その配下に従業員が所属しています。各階層組織の責任者は人事上のマネージャーでもあり、その階層の組織を運営しています。もうひとつの組織体は、ネットワーク型組織と呼ばれるもので、階層型組織のさまざまな階層や部署から結集した意欲的な人たちによる組織です。この組織には、人事上のマネージャーは存在せず上下関係もありません。階層型組織には全ての社員が所属しますが、ネットワーク型組織への所属は任意です。そして最も重要な点は、このネットワーク型組織は有志社員による非公式な組織ではなく、階層型組織から認知された公式な組織であるということです。この2つの組織体のイメージと特徴は、以下の図のとおりです。


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出典:「ジョン・P・コッター 実行する組織」 p.34, p.49

AWSにおけるデュアル・システム

当然ですが、AWSにも階層型組織が存在しています。他の企業と同様、階層型組織で普通に働いているだけでは別の組織や階層に所属している社員と一緒に働く機会は多くありません。一方、AWSにはネットワーク型組織も存在しています。AWSのネットワーク型組織は、いくつかありますが、その中でも最も巨大かつ成果を上げているのが、SA(Solutions Architect)を中心に組織されているTFCと呼ばれる組織体です。TFCとは、Technical Field Communitiesと呼ばれるもので、階層型組織の様々な部署やチームの社員がこのネットワーク型組織に参加しています。したがって、ネットワーク型組織に参加するということは、他部署の人間や他チームのメンバーと一緒に働くことを意味します。コミュニティーというと、有志社員による業務時間外に活動する組織のように想像される方もいるかも知れませんが、AWSにおけるTFCは階層型組織から公式に認知されたネットワーク型組織なので、その活動は業務の一環として業務時間内に行われています。その活動内容は社外のパブリック・スピーキングや社外向けのテクニカルコンテンツの作成、社内へのトレーニング提供など多岐にわたりますが、業務の主体はあくまでも階層型組織によるものなので、活動の割合に関しては、階層型組織での業務が7割から8割、ネットワーク型組織での業務が2割から3割です。また、階層型組織は社員のTFCへの参加を推奨していますが、TFCへの参加は義務ではない為、全ての社員が参加している訳ではありません。参加するかどうかは、社員の自主性に任されています。TFCの運営自体も、管理職やマネージャーが行なっているわけではなく、参加している社員が自律的に必要な役割を担って運営しています。ここでは、ネットワーク型組織のひとつの例としてTFCを紹介しましたが、AWSには他にも様々なネットワーク型組織が存在しています。それらに共通している点は、社員による自律的な活動でありつつも、その活動は階層型組織から公式に認知された業務の一環となっていることです。TFCに関しては、”AWS knowledge network: Building & managing expert communities at scale“として2022年のre:Inventでも紹介されていますので、ご参照ください。

組織のライフサイクル

ここで、書籍「ジョン・P・コッター 実行する組織」の中からもうひとつ、「多くの企業がたどる、組織のライフサイクル」について紹介します。


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出典:「ジョン・P・コッター 実行する組織」 p.82

この図は、企業の成長とともに組織が変化して遷移してゆく状況を表現しています。図の上段左側は、創業期の企業がネットワーク型組織から始まっていることを表しています。企業の成長とともにネットワーク型組織は大きくなってゆき、ある段階で信頼性と効率性を求めて、図の中段左側の状態のように階層型組織が生まれます。その後、階層型組織がどんどん大きくなる一方で、ネットワーク型組織は少しずつ小さくなり、最後は図の下段右側のように階層型組織だけになります。この図とともに、「ジョン・P・コッター 実行する組織」p.81-83には、以下のように記述されています。

“こうした道のりの果てに階層組織が体系化され整備されるが、その間も企業は成長を続け、シェアを拡大し、規模の経済を確立し、強力なブランドを打ち立て、顧客と良好な関係を築く。だが、成長と繁栄の影で、大切なものが失われていることが多い。巧みに生き延び高収益を挙げていても、イノベーションを次々に生み出していたかつてのスピードやキレはもうない。ゆえに成長は勢いを失い、徐々に減速していく。機を見るに敏な新参企業が、顧客やシェアを奪い取るのはこんなときだ。その結果として価格競争が起き、利益率を押し下げるかも知れない。”

「デュアル・システム」の再構築

図表2-3に示されているように、階層型組織は大きな組織を運営する上で必要とされる多くの特徴を備えています。したがって、階層型組織をネットワーク型組織で置き換えるようなことは得策ではありません。求められていることは、階層型組織の信頼性と効率を維持した上で俊敏性とスピードを生み出すことです。そのためには、大企業や老舗企業がかつて経験したであろう、図表4-4の中段右側の状態、すなわち階層型組織とネットワーク型組織が「共存している状態」を再び作りだす必要があります。しかし、消滅して忘れ去られたネットワーク型組織を復活させるには、どこからどのように開始したら良いのでしょうか? AWSにおけるネットワーク型組織の例としてTFCという組織体を紹介しましたが、TFCはその名のとおりテクノロジーをテーマに活動している組織です。テクノロジーをテーマにした組織がネットワーク型組織として活躍しているのは、AWS がテクノロジーの会社であるからに他なりません。AWSがテクノロジーの会社であるが故にテクノロジーをテーマにしたネットワーク型組織が階層型組織から公式な業務の一環として認知されているのです。つまり、ネットワーク型組織が業務の一環として、階層型組織から公式に認知される為には、どのような企業であれ、ネットワーク型組織は企業のビジネスと密接に関連している必要があるということです。そこで、ネットワーク型組織を復活させる際には、階層型組織のビジネス課題に取り組む小さな組織として始めることをお勧めします。その際の注意点として、ネットワーク型組織に参加する社員は自主的かつ自律的に活動する必要がある為、やる気のある社員を社内から募集するようにします。まずは、図表4-4の下段左側の状態を作り出し、そこから徐々に中段目右側の状態に持っていくことになります。その際、「ジョン・P・コッター 実行する組織」p.41に示されいる以下の「八つのアクセラレータ」を参考に進めると良いでしょう。


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出典:「ジョン・P・コッター 実行する組織」 p.41

まとめ

今回は、ジョン・P・コッターの「デュアル・システム」の紹介と、ネットワーク型組織の具体例としてAWSにおけるTFCを紹介しました。また、ネットワーク型組織が消滅して階層型組織だけになっている企業において、ネットワーク型組織を再構築し、「デュアル・システム」として機能させる為の指針も示しました。第1回でお伝えしたとおり、「デュアル・システム」は、アジャイルの要素「人々」に相当する部分です。アジャイルの要素「人々」は、他の要素「プロセス」や「ツール」よりも変革に時間がかかります。時間がかかるからこそ先送りせず早い段階から着手する必要があります。そして、アクセラレータの6「早めに成果を上げて祝う」を実施することをお勧めします。AWSで提供しているExperience-Based Acceleration (EBA)というプログラムにおいても、「チームで成果を称賛する」ことを推奨しています。称賛することがチームの「内発的動機づけ」に繋がるからです。是非お試しください。

〜 第1回 アジャイルの動向 2023年 〜

【参考文献】

ジョン・P・コッタ― (著), 村井 章子 (翻訳)「ジョン・P・コッタ― 実行する組織―――大組織がベンチャーのスピードで動く」ダイヤモンド社 (2015/7/2)

ジョン・P・コッター (著), バネッサ・アクタル (著), ガウラブ・グプタ (著), 池村千秋 (翻訳)「CHANGE 組織はなぜ変われないのか」 ダイヤモンド社 (2022/9/20)

profile-photo-80x80河野洋一郎

カスタマーソリューションズマネージャーとして2020年にAWSに入社して以来、「クラウドジャーニーとアジャイルジャーニーを同時進行してビジネスアジリティを最大化せよ!」をモットーとして、クラウド時代におけるお客様のビジネス価値実現のお手伝いをしています。AWS以前は、CA TechnologiesにてDirector of ITとしてIT組織のアジャイル化を推進していました。