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防災科研と Iーレジリエンスが語る、クラウドを活用したレジリエンス社会の実現とは【つくば市とAWSの共催イベントレポート】

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社とつくば市は、2022 年9 月に研究開発型スタートアップの成長加速に向けた 連携協定を締結いたしました。つくばの研究開発スタートアップの創出・育成に向けつくばのスタートアップへの AWS Activate を通したご支援や、イベントの共催等を行っています。

今回は 2023年 10月 18日に、つくばスタートアップパークでつくば市と AWS が開催したイベント「イノベーションの最前線vol.6 ー防災テックを活かしたレジリエンス社会の実現に向けてー」の開催報告を、当日の内容から一部抜粋してお送りします。

本イベントのご登壇者は以下の通りです。

I-レジリエンス株式会社 (以下、I-レジリエンス)代表取締役社長 小林 誠 氏

防災科学技術研究所 (以下、防災科研)防災情報研究部門/総合防災情報センター  吉森 和城 氏

モデレーター: アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 パブリックセクター 教育事業本部アカウントエグゼクティブ 田代 皓嗣

まずは小林 氏より、I-レジリエンスのお取り組み紹介をお話しいただきました。

防災科研の研究成果の社会実装のために生まれた、I-レジリエンスの挑戦

I-レジリエンス は、災害が多い日本で、防災の研究成果をきちんと社会で使える状態にしないといけない背景がありまして、防災科研の研究成果の社会実装を促進するために 2021 年 11 月設立されました。もうすぐ設立 2 年の、まだまだスタートアップです。産学官連携で行うために、民間企業 4 社にも出資いただいています。

I-レジリエンス株式会社 代表取締役社長 小林 誠 氏

I-レジリエンスの目的は大きく2つあります。1 つ目は研究成果を活用したレジリエンス向上です。防災科研のような研究者の方々が、研究成果を商品化して、運用して社会実装していくまでやるのは大変なので、社会実装を会社でやるのが私たちです。

2 つ目は、民間企業主体のレジリエンス向上です。行政だけではなく、企業や生活者にも情報を使った新しいサービスが必要なので、ここをI-レジリエンスとしてやっています。企業が使える防災情報サービスプラットフォームなどを運営し、その中で AWS も活用しています。大きく 3 つ DX・教育・ライフと 3 つの事業領域を持っています。

レジリエンスを高めることでより生活を豊かにする「レジリエントライフ」

レジリエンスとは、災害が起こった時、回復・復旧を早くしようというコンセプトですが、I-レジリエンスでは少し違う定義をしています。私たちは、社会や個人に降りかかる自然災害だけではない困難に、適応、回復し、その後教訓をもとに成長し、次の被害を予防する、このサイクルを繰り返して困難を乗り越えるチカラ、と定義しています。

レジリエントライフプロジェクトは、今年関東大震災100年に合わせて、防災科研と民間企業各社と一緒にスタートしました。各社が持っている強みを生かして、個人を起点にあらゆる困難に適応・回復・成長・予防できる生活の豊かさの実現を目指して活動しています。

防災という言葉はネガティブなイメージですが、レジリエンスを高めることでより豊かな生活を目指す、「レジリエンスっていいよね」、というポジティブなイメージを広げていきたいという想いで取り組んでいます。

私たちは、困難な領域である防災分野のビジネスに挑戦し、これまた困難と言われている、研究成果の社会実装をするという、非常に難しいミッションを二つ負ったスタートアップです。やっていくべきことは主に 3 つあって、1 つ目はニーズとシーズのブリッジです。まだまだマッチングしていない防災に関するニーズと、シーズはたくさんあり、目利きをして橋渡しできる人が増えていく必要があります。

2 つ目は、1 つのソリューションでは解決できない生活者の課題を、色々な企業の色々なサービスを組み合わせて解決していく「コレクティブ・インパクト」を実現してくことです。3 つ目に、レジリエンス市場を新しく創出していくことです。

まだまだ防災分野の課題解決のためには、より多くの企業と共創していく必要があると思っています。私たちは、企業同士が防災分野で連携していくための基盤となるサービスとして、レジリエンスに関するすべてのニーズにこたえる総合プラットフォーム IRIN (I-Resilience Information Network)の開発を進めています。このようなサービスによってレジリエンス社会の実現を目指していきます。

分散した防災情報を集約・一元化し、防災効果の最大化を目指す

続いて、防災科研の吉森 氏より、防災科研の取り組みのご紹介と AWS の活用についてお話いただきました。

防災科研では、あらゆる自然災害を対象に、予測・予防、応急対応、復旧・復興という災害のすべての段階についての、基礎研究及び基盤的研究開発に取り組んでいます。例えば、全国各地にある地震計の観測震度をリアルタイムで公開(強震モニタ)していたり、災害の現象実物大で再現し実験する施設(大型降雨実験施設E-ディフェンスなど)があったりします。

防災科学技術研究所 防災情報研究部門/総合防災情報センター  吉森 和城 氏

私が所属する防災情報研究部門では、色んな機関に分散している防災情報をきちんと活用し、社会実装していくために活動しています。その中で、SIP4D (基盤的防災情報流通ネットワーク)というシステムを研究開発しています。こちらは分散したデータを繋ぎ相互に共有していく「パイプライン」を実現し、国全体としての災害対応の効果最大化を目指しています。その SIP4D で集約した情報を公開する防災クロスビューというウェブサイトも運用しています。

AWSとの出会いは北海道胆振東部地震。いつどこで地震や災害起きても、気づける仕組みが必要だった

AWS と出会ったきっかけは、平成 30 年に発生した北海道胆振東部地震です。私のチームは、防災クロスビューを速やかに開設し、様々な情報発信を行いました。

しかし、深夜3時7分という、メンバー全員が寝ている時に深夜に発生したので、すぐに地震に気づくことができず、初動の対応に課題が残りました。いつどこで地震が発生しても、対応者が気づける仕組みが必要だという課題が浮き彫りになりました。

そのころ丁度スマートスピーカーが普及してきた頃だったので、Amazon Echo の Alexa スキルで地震情報を教えてくれるシステムを開発している開発者に問い合わせ、地震が起きたら強制的にアラートを出してくれる Alexa スキルを開発できないかと聞きました。

Alexa スキルは制約が多いので難しいと言われましたが、Amazon Connect というサービスを使えば強制的に電話通知できると教えてもらいました。また、AWS の色々なサービスを組み合わせることで、電話通知だけではなく他の通知にも拡張できるとのことでした。

当初はコスト面が懸念でしたが、AWS は従量課金で、災害発生時に電話をかけた時のみコストが発生するため、低コストで運用できるのではと考え、AWS 導入の検討に踏み切りました。

開発者の方に相談して 10 日後にはサンプルを構築してくださり、このスピード感でサンプルシステムが実現できたので AWS は本当にすごいなと思いました。

突発的な災害にも、俊敏かつ柔軟に対応可能な災害通知システムを、2.5 か月で構築

サンプルシステムを踏まえ、実際に災害が起きた時に電話がかける仕組みを実現しようと、考案から2.5 か月で、初回の災害情報通知システムが構築されています。気象庁や J-アラートをトリガーに、AWS 上の処理を経て職員にチャットや電話等のツールで通知する仕組みです。

あくまで個人の見解とはなりますが、AWSを活用する上でプラスに感じていることは、まず従量課金のため頻度が高くない利用に関しては、コストメリットが大きいことです。そしてシステム構築のスピード感、スモールスタートで開発できその後の拡張が容易であることもメリットです。

最初は私も災害情報通知システムだけを作り始めましたが、2018 年の導入から業務の自動化・簡便化にも活用するようになり、5 年間でこれまで9 種類のシステムで AWS を活用しています。

一方で、少し困っていることとしては、従量課金のため費用感が確実に予想できないことです。ここ数年特に為替変動が大きく予測が難しいこともあり、この点は何かしらの改善を期待しているところです。

必要な時に、必要なだけ使うことができるクラウドは、防災テックと相性がよい

続いて、AWS の田代より、 AWS の概要についてお話しました。AWS クラウドの価値は、まさしく吉森 氏は話されたような、スモールスタートで必要な時に必要なだけ使えること、アイデアから実装までの時間を短縮できることで、防災分野はクラウドと大変相性がよいことを強調しました。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 パブリックセクター 教育事業本部アカウントエグゼクティブ 田代 皓嗣

防災分野でテクノロジーを活用する余地はまだまだある。必要な時に必要なだけ防災データを活用できる仕組みの構築に向けて

最後に、登壇者でクロストークを行いました。ここではその一部を抜粋してお伝えします。

―まずお伺いしたいのは、防災の領域でのテクノロジー活用はどのくらい進んでいるか、お二人のお考えを率直にお聞かせください。

小林 氏:まだまだこの領域で新しいテクノロジーの活用は進んでいないと考えています。例えば、災害の被害状況はリアルタイムで把握することができません。IoT や衛星データによって身の回りの情報、よりきめこまかやかに取得できると、防災対策も大きく変わってくると思います。

現状では、行政は市全体に対して防災サービス提供という形になっていますが、一人ひとりに合わせて必要なサービスを提供していくには、テクノロジーをより活用していくことが重要だと思いますし、さらに技術が進化していく必要があります。

「必要な時に、必要なだけ使えるようにする」というのは防災において重要です。平時から防災情報が活用できるようにするのは、コスト面では結構しんどい。必要な時だけ使えるようにしておき、使った分だけ課金される仕組みができると、もっと防災情報は普及すると思います。そういったところで今後 AWS ともご一緒したいと思います。

田代:防災レジリエンスではテクノロジーによって情報がパーソナライズされていく、個々人が最適な行動をとるうえで、クラウドがビジネスモデルに組み込まれていくことが必要なのだということ理解しました。

吉森 氏:私もこの領域でテクノロジー活用の余地はまだまだあると考えています。現在、やっと解析に使えるデータがそろい始めている段階。集まったデータをより価値のある情報に変えていくために、新しいテクノロジーの活用がもっと必要です。

災害は毎回規模も大きさも違い、今まで準備していたデータの扱い方がガラッと変わったりします。それぞれにうまく対応していくのはテクノロジーで解決していかなければいけないと考えています。

スタートアップ企業の革新的ソリューションがもとめられている防災分野

田代:テクノロジーが解決していくために、スタートアップのような企業の革新的なソリューションが必要とされている市場だと思います。ぜひこの分野に取り組むスタートアップを増やしていきたいですね。

小林 氏:スタートアップのような方が情報を使いやすく、より防災サービスを作りやすくしていく環境作りを、私たちI-レジリエンスとしてやっていきたいと思っています。防災情報を一から集めるのは、各自がやらなくても、誰かがやってくれればよいんです。

田代:I-レジリエンスはご自身もスタートアップでありながら、スタートアップのためのプラットフォームにもなられようとされていますね。こういった状況も踏まえて、この領域で起業する方が増えることを期待しています。

―I-レジリエンスは防災科研が出資をされて設立された、今までになかったベンチャーです。防災科研が出資までしてスタートアップを設立した目的についても、改めて教えていただけますでしょうか。

小林 氏:防災科研の素晴らしい研究成果をしっかり社会に広めていきたいというときに、研究者が社会実装まで担うのは難しいことがあります。研究者にはしっかり研究に専念していただきたいですし、私たちが会社として、社会に技術を実装していくために設立されました。I-レジリエンスは、研究所発ベンチャーではありながら、私のような技術者でも研究者でもない者が代表ですし、その技術が社会の何の役に立つのか、をうまく翻訳し、社会実装に繋げていきたいです。

田代:防災科研とI-レジリエンスの関係は、研究の社会実装の形としては、先進的なモデルとなるような形だと思っています。他の研究機関も真似するところがでてくると考えています。

―最後に、今後テクノロジーを使ってどういったことをしていきたいか、将来の展望を教えてください。

吉森 氏:研究者の立場としては、研究のロジックや要件は定義しますが、それを支えるシステムやテクノロジーを作っていくために、技術者が関わってくださることがもっと必要です。

田代:そうですね。AWS を使えるようなエンジニアの方はぜひ防災科研にコンタクトしていただいて、防災の研究者と技術者の協業が増えるといいなと思います。

小林 氏:吉森さんのおっしゃる通り、研究を「実装」するためにも、研究開発において、研究にきちんとテクノロジーを入れていくことが重要だと思います。

防災は一つの分野ではなく、理学、工学、社会科学、医療、通信など様々な分野の色々なテクノロジーがないとできない特殊な領域です。現在では今バラバラに個別の機関がデータを抱えている状況です。なぜそのような対応をしたのか、等情報が集まっていくと、世の中は変わっていくと思っています。そういうバラバラのデータが、分野を超えてクラウドの同じ場所に集めて解析され、新しい価値を生み出して社会を変えていくことが求められています

私たちは、日々の生活の色々な部分にテクノロジーが組み込まれ、日常的にレジリエンスを意識するような社会を目指していきたいです。I-レジリエンス自身もスタートアップですが、他のスタートアップと協業して、そのような新しい社会を作ることを目指しています。

田代:システムのサイロを打破して、きちっとナレッジをシェアできるコミュニティを作っていく、そしてみんなで災害に備えていくことで、レジリエントな社会に繋がっていくと思います。

今日お話しされたアイデアがどんどん社会実装されていくのは一生活者としても非常に楽しみですし、AWS のテクノロジーがその社会の実現に貢献できればとても嬉しいです。

イベントレポートはいかがでしたでしょうか?AWS パブリックセクターは今後も、自治体、大学、研究機関、スタートアップの皆様と共創し、地域発イノベーションを加速させるためのさまざまなセッションや Meetup を実施予定です。ご関心を持たれた方は、ぜひお気軽にこちらまでお問い合わせください。

このブログは、アマゾンウェブサービスジャパン合同会社 パブリックセクター シニア事業開発マネージャー( Startup )である岩瀬 霞が執筆しました。