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牧野フライス製作所は AWS Wavelengthと5Gネットワークによる自律移動ロボット制御を実現しました

はじめに

日本の工作機械メーカー株式会社牧野フライス製作所(マキノ)は、5Gネットワークを介した自律走行搬送ロボット(Autonomous Mobile Robot, AMR)制御システムの立ち上げに5か月足らずで成功しました。マキノは、5GネットワークとAWS Wavelengthを使用して、移動するAMR と制御サーバー間の無線通信の安定性を向上させました。同社はパブリック 5G と AWS Wavelength を選択することで、プライベート 5G 環境を自社で構築する場合と比較して大幅なコスト削減を実現しました。

AWS Japan 主催のイベントにて、株式会社牧野フライス製作所 CIO 中野 義友 氏、情報システム部 志津里 淳 氏、開発本部 児玉 匠 氏 は、この先進的な取り組みのほぼ全てをマキノ社員による内製開発によって、わずか5ヶ月足らずの期間に実現したことを発表しました。このブログでは、マキノが取り組んだ課題と実装したソリューションについて説明します。

工場を走り働くロボット

一般的にマシニングセンタとして知られている装置では、さまざまな金属加工を実行するために、フライスやビットなどの重い工具を交換する必要があります。現在、これらの工具は人間の作業者によって手作業で置き換えられており、肉体的に厳しい労働を伴います。マキノは、工場内での工具の搬送や交換を自動化する AMR を自社で製造・販売しています。マキノのAMRにはLiDARセンサーが搭載されており、周囲の障害物を検知して自律的に移動することができます。作業現場の作業員や他のAMRと協力して作業できるように設計されています。

図1: マキノのAMR

図2:マキノのAMRはLiDARで周囲を認識できる

図 3: マキノの AMR ダッシュボードには LiDAR を使った自動マッピングが表示される

課題

マキノのAMRは制御サーバーから要求を受け取り、自律的に移動してその要求を処理します。これまで、マキノは AMR とサーバー間の通信に Wi-Fi を使用していました。サーバーは、HTTPSやWebRTCなどの複数のプロトコルを使用して要求メッセージをAMRに送信します。これには、安定した中断のない通信が必要でした。しかし、移動中の AMR とサーバー間の通信が不安定になることがありました。AMR が Wi-Fi アクセスポイントの圏外に移動して接続が切断されると、別のアクセスポイントへのハンドオーバーに時間がかかります。マキノは、Wi-Fiハンドオーバープロセスの遅延がこの不安定性の原因であると特定しました。これを解決するには、アクセスポイント間の安定したハンドオーバーが必要です。

図4: Wi-Fi アクセスポイント間ハンドオーバーの課題

5GはAMR制御アプリの安定した無線通信を実現する

そこでマキノはWi-Fiの代わりに5Gネットワークを採用しました。5G通信は、移動中でもシームレスな接続を実現するように設計されているため、ロボットが動いているときでも基地局間の受け渡しがスムーズになります。

工場の屋内で5G通信を実現する方法はいくつかあります。たとえば、工場のオーナーは「ローカル5G」と呼ばれる独自のプライベート5Gネットワークを構築できます。マキノは、さまざまな無線通信方式の評価を行いました。具体的には、プライベート5Gとパブリック5Gの比較を行いました。

評価の末、マキノはパブリック5Gを選択した結果、コスト削減とリアルタイムでの安定した操作性の両方を実現しました。マキノは、5Gネットワークの導入に加えて、これまで工場にあったサーバーをパブリック5Gを用いたハイブリッドクラウドサービスであるAWS Wavelengthに移行しました。AWS のソリューションアーキテクトが マキノ の技術的課題の解決を支援しました。

図 5:  5G 通信を用いたソリューションの概要

マキノがパブリック 5G と AWS Wavelength を選んだ理由

AWS Wavelength は、モバイルキャリアが所有する 5G 基地局ネットワーク上の AWS リソースを使用して処理を行うサービスです。5G基地局のすぐ近くで処理を実行して応答できるため、AWS Wavelength は 5G 通信の低レイテンシー処理に最適です。日本の大手モバイルキャリアであるKDDIは、AWS Wavelengthをサポートしています。

図 6: AWS Wavelength

マキノは以下の理由により、パブリック5GとAWS Wavelengthの組み合わせがWi-Fiやプライベート5Gよりも今回のユースケースに適した選択肢であると結論付けました。

ネットワークの安定性とパフォーマンス

まず、マキノはモバイル接続における5G通信の優れたパフォーマンスに着目しました。同社は工場に5G基地局を設置し、ネットワークの安定性とパフォーマンスを評価し、移動するロボットが複数の5G基地局エリアで通信しても通信断が発生しないことを確認しました。その後、同社は通信パフォーマンスを測定しました。Wavelength Zone のインスタンスから AMR までのネットワークレイテンシーは 10 ~ 15 ミリ秒でした。また、VPN トンネル上で HTTPS を使用するアプリケーションで測定した場合でも、制御アプリケーションから AMR までの全体のレイテンシーは約 40 ミリ秒でした。これはマキノ の AMR を制御するメッセージを送信するに十分なレイテンシーの低さです。このAWS Wavelengthへの移行においてマキノはアプリケーションの最適化の効果よりも稼働開始までの期間を優先し、「リフト」アプローチ(大きな設計変更をしない移行戦略)を採用していますが、将来、アプリケーションを AWS Wavelength 用に最適化できれば、さらに通信レイテンシーを改善できる可能性があります。ネットワークスループットは、ダウンストリームの平均1.1 Gbps、アップストリームの平均140 Mbpsで測定され、マキノにとって満足のいく結果でした。

初期費用の削減

マキノは意思決定において特にコストを重視しました。パブリック5Gネットワークには、プライベート5Gネットワークの運用とは異なり、5G機器の構築と保守に費用をかける必要がない(通信事業者に任せられる)という利点があります。

保守性

パブリック5Gの場合、5G通信ネットワークを運用するためのライセンスを取得したり、専門家を雇ったりする必要はありません。パブリック5Gは一般的なスマートフォンでも使用できます。5G通信事業者は基地局を継続的にアップグレードしますが、プライベート5Gネットワークの所有者は自社の機器のアップグレードと修理に責任があります。

ロボットの遠隔監視と調査

これまで、AMRは工場内で監視および管理されていました。制御サーバーは工場内にあり、工場のLANに接続されていたため工場外からのAMR管理は不可能でした。しかし、パブリック5Gの活用により、マキノは遠隔管理が可能になり、AMRの運用をリモートで調査できるようになりました。AMRに問題が発生した場合、オペレーターはリモートで調査し、適切な措置を講じることができます。さらに、より詳細なログをリモートでリアルタイムに表示できるようになりました。

工場にサーバーを設置する必要がなくなる

マキノは、AWS Wavelengthを使用することで、制御サーバーをAMRを納める工場に設置する必要をなくすことに成功しました。これにより、マキノからロボットを購入するお客様は、自社の工場内にサーバーインフラを設置する必要がなくなりました。これにより、マキノのお客様が高度なロボットを購入するプロセスが簡単になります。

AWS Wavelength によるネットワーク構成

図 7: ソリューションの AWS アーキテクチャ図

AMRの制御サーバーは Wavelength Zoneにあります。AMR とサーバーは、パブリック 5G ネットワークを介して通信します。制御用のタブレットとサーバーはインターネットを介して通信します。

マキノは AWS Wavelength を使用する際にいくつかの要素を考慮しました。

IPアドレス範囲:通常、工場の機器はプライベートIPアドレスを使用します。マキノのAMRには、特定のプライベートなIPアドレス範囲が必要でした。一方、AWS Wavelengthによって付与されるIPアドレスの範囲は、キャリア固有のグローバルIPアドレスで構成されます。

デバイス認証: AWS Wavelength は、AWS IoT Core などの AMR デバイス認証用のマネージドサービスをサポートしていません。

図8: マキノのAMRをAWS Wavelengthとパブリック5Gネットワークで使用する際の考慮点

同社は慎重に検討した結果、これらの問題の解決策を見つけました。同社は Wavelength Zoneに VPN ルーターインスタンスを作成しました。VPN ルーターは各 AMR への VPN トンネルを確立し、AMR のプライベート IP アドレス範囲からの通信を可能にします。デバイス認証は、VPN トンネルの接続時にVPNのクライアント証明書を使用して行うことができます。

図 9: マキノの AMR を AWS Wavelengthとパブリック 5G ネットワークで利用するためのソリューション

その結果、マキノは AWS Wavelength を使用して AMR やサーバーと安全に通信できるようになりました。

おわりに

マキノはAMR 制御システムをパブリック 5G ネットワークと AWS Wavelength 上にわずか 5 か月足らずで構築し、次のようなメリットを得ました。

  • ネットワークの安定性とネットワークパフォーマンス
  • 初期費用の削減
  • 保守性
  • ロボットの遠隔監視と調査
  • 工場内のサーバーレスAMRシステム

マキノは、この新たなシステムを顧客に販売する予定です。そのために同社は、AWS上のアーキテクチャを最適化し、保守性と運用性をより迅速かつ容易にすることで、さらなる運用改善とネットワークパフォーマンスの向上できると考えています。

詳細はこちら

AWS Japan イベントでのマキノのセッション

マキノは、2022年4月7日に開催されたAWSイベントで、5GネットワークとAWS Wavelengthを使用したAMRとユースケースについて説明しています。このブログにはスライドとビデオ(日本語)が含まれています。

AWS Wavelength など、 AWS が提供するさまざまなハイブリッドサービスについて学ぶことで、ユーザーに適したソリューションを選択できます。これらのAWS ハイブリッドサービスによるスマートプロダクトソリューションを検討する際は、最適なソリューションを見つけるお手伝いをする AWS のソリューションアーキテクトにご依頼ください。

株式会社牧野フライス製作所 について

株式会社牧野フライス製作所は、日本を拠点とし、マシニングセンタ・NC放電加工機・NCフライス盤・フライス盤・レーザ加工機・CAD/CAMシステム・FMS等の製造・販売・輸出を行う製造業です。同社は世界中に工場と営業所を持ちます。また、ロボットや先端技術を積極的に活用しています。

吉川晃平(Kohei Yoshikawa)
吉川は AWS Japan のシニアソリューションアーキテクトです。北海道大学の修士課程を卒業後、ソフトウェア開発者およびシステムインテグレーターとして20年以上従事しました。2020 年 12 月に AWS に入社し、日本の多くの製造業のお客様を支援してきました。週末はサイクリング、冬はスキーを楽しんでいます。

このブログは吉川による”Makino improves performance of Autonomous Mobile Robots with AWS Wavelength and 5G network“を和訳したものです。