カイポケが5,000法人に利用されているプロダクトをクローズした話

エス・エム・エスが提供する介護事業者向け経営支援サービス「カイポケ」では、サービス停止も含めたプロダクトの「見直し」を継続的に実施しています。たとえば、2023年2月には、カイポケ内にて5,000法人が利用していた勤怠管理・給与計算機能をクローズし、株式会社マネーフォワードとの業務提携によって実現した「カイポケ会計・労務 by Money Forward」への一本化を進めました。カイポケリニューアルプロジェクトが進む中で、介護業界の複雑性と課題の大きさを改めて認識するとともに、限りあるリソースの中でカイポケが本当にユーザーに届けたい価値は何かと問い続けた結果、その他にも、2022年度には7件のサービスや機能のクローズを実施、2023年度も上半期だけで7件のサービスや機能のクローズを実施しました。

プロダクト開発というと新規機能の追加に目が向きがちですが、リソースの確保、ひいてはユーザーにとってより価値あるプロダクトを提供していくという観点では、一部機能やサービスの終了について検討することも重要な取り組みといえます。ユーザーや社内をはじめとするステークホルダーへの説明など大変な場面が多いですが、なぜエス・エム・エスでは継続的に見直しの活動ができているのでしょうか。それによってもたらされる価値とは。カイポケの事業責任者である園田さん、経営企画としてプロダクトポートフォリオ・マネジメントを担う川合さんに聞きました。

よりユーザーに求められるプロダクトにするために

――カイポケの見直しに関する取り組みの概要を教えてください。

園田: 私がエス・エム・エスへ入社したのは2020年7月ですが、それより前からカイポケでは機能追加やサービス追加がされ、「40以上のサービス」というキャッチコピーからも分かる通り、機能やサービスが多い事が美徳とされているように見えました。しかし、カイポケのプロダクトマネージャーに各機能について話を聞くと、本当にユーザーに使われているのかわからない機能が多数あるという状況が明らかになってきました。そこで、カイポケの機能をリストアップし、それぞれに対して利用状況などのデータを1つずつ半年程かけて可視化していきました。すると、開発当時の予想に反して、実際は数十法人ほどにしか使われておらずクローズの判断をしたほうがよい機能や、数千の法人が利用しているもののサードパーティのサービスを利用したほうがよい機能などが多くあることがわかり、そのひとつひとつに対して、定量調査、定性調査、及びそのプロダクトが存在している文脈の調査を行い、①現状維持、②他サービスへの移管、③クローズ、の3つに分けて、それぞれ対応策を検討していくことにしました。

▲これまでのカイポケの機能リスト一例

――現時点では実際にクローズしている機能もあります。クローズも含めた見直しをする目的は何でしょうか?

園田: 目的は、希少な開発リソースをサービス向上に向けて100%投下できるようにするためです。これまでは介護経営をあらゆる側面から支援する観点でなるべく多くの機能をプロダクトに搭載しようという方針でしたが、改めて見直してみると、なかには当社が提供することがベストではない機能もありました。たとえば、勤怠管理や給与計算のように、機能というにはあまりに大きいサービスは、その専門プロダクトを開発する企業のものを利用した方が、ユーザーとしては、日々メンテナンス・アップデートされる品質の高いプロダクトに触れることができます。10年前は選択肢が無くて違ったかもしれませんが、現状は他社のHorizontal SaaSを利用する選択肢も増えています。私たちとしては、介護業界に特化した機能に注力するほうが、よりユーザーに求められるプロダクトを作っていけると考えました。

そのようなプロダクトは、現実にはリソースが割かれない結果として、担当が割り振られず、運用やメンテナンスのコストは発生しているのにもかかわらず、障害対応のフローが定まっていなかったり、セキュリティ面での問題があったりという保守運用上の課題も発生します。エンジニアとしても、戦略の存在しないプロダクトを担当するのはなかなか辛いのではないかと思っています。

私たちは、介護業界に特化した機能に注力するほうが、よりユーザーに求められるプロダクトを作っていけると考え、そのためには、常に自分達がその機能開発のベストオーナーかどうかを問う必要があると考えています。

プロダクトドリブン組織へ転換していくうえで見直しは必至

――カイポケの見直しの取り組みにおいて、苦労しているポイントがあれば教えてください。

川合: ユーザーと社内の双方に納得していただかなければならない点です。ユーザー視点では単に機能縮小と感じられてしまいますし、社内では財務的なインパクトはもちろん、営業のようにユーザーの対応に追われる部署もあります。これまでは、さまざまな機能があるからこその経営支援サービスという方針でプロダクトを開発してきましたが、これからは介護業界において本当に必要なものを提供していく方向性へと舵を切っていきます、という方針転換に納得してもらうストーリーをユーザー向け、社内向けに展開することが求められます。正直にいうと、やはり当初は社内からも大きな反発がありました。

――抵抗感もあるなかで、どのようにして社内の理解を得ていくのでしょうか。

川合: なぜクローズをするのか、実際に現場でどのような対応が必要になるのかという具体的な進め方を丁寧に説明することが大事だと考えています。たとえば、ユーザーにとっては単なる機能縮小に感じる変更をどのように説明をするのか、ユーザーから値引き対応が求められた際にはどのように対応するのか、他社の代替サービスを紹介できるのか、カイポケ内にあるデータや帳票はどうなるのか、実際の移行オペレーションはどうなるのかなど、細かいところまで検討し、ビジネスのフロントがプロダクトのストーリーに納得するだけでなく、その中での自分たちの役割を具体的にイメージしてもらえるように準備をしていきました。

▲社内向けの説明で用いた資料一例

園田:かつてエス・エム・エスは、セールスやマーケティングといったビジネスサイドの力が強く、プロダクト文化が弱い環境にありました。しかし今後は、ユーザーにとって本当に必要な機能をユーザー起点で考え、プロダクトドリブンで実現する方針を打ち立てています。そうなると、自ずとプロダクトポートフォリオの見直しをしていく必要が出てきます。それは、たとえ社内のどの部署から反発を受けようがゆるがない結論です。現在では、ビジネスとプロダクトが対等に存在し、お互い理解しようとするカルチャーが醸成されてきており、経営陣の理解も得られやすい環境ができてきているように思います。

なぜ5,000法人が利用する勤怠管理・給与計算機能を停止したのか

――勤怠管理・給与計算機能のクローズは具体的にどのように進めていったのでしょうか?

川合: 背景としては、やはり勤怠管理・給与計算機能に対しては私たちがベストオーナーではないという考えが強くありました。細かいバグ対応なども発生していましたが、プロダクトの中心となるレセプト機能の対応が優先されるため、どうしても修正の優先順位が落ちてしまいます。また、勤怠管理・給与計算機能は毎年法改正への対応が必要になります。サービスとして中途半端なものになっているのに、維持するコストはかかり続けている状況でした。そこで、もともと当社がマネーフォワードと業務提携していたこともあり、同社と連携して同様の機能を提供できるようにする方針を決めました。

園田: ただし、対象となったのは非アクティブユーザーも含め約5,000法人。多くの方が利用する機能のため、ハレーションが起きることは容易に予想できました。サードパーティと連携するにも毎年数億単位でコストが増えるため、社内への合理的な説明が必要です。ユーザーからしても、これまでカイポケの機能の一部として使えていたものが有料化されることになりますし、サービスを移行すること自体への抵抗感もあります。

川合: 対経営層には、サードパーティ移行に必要な費用とその効果、そのままメンテナンスしつづけた際の費用やデメリットなども含め、最終的に事業成長につながるストーリーを組み立てて説明しました。実際、開発費用はほぼ減価償却されていて、現段階では費用がそれほどかかっていないというのも説明しづらいポイントでした。また、ユーザーに対しては、当社からの持ち出しにより移行先となるマネーフォワードのサービスを安価で利用できるようにすることや、セールスやカスタマーサポートを巻き込み、移行についての説明をこちらから電話を架けて行うことなどの対応を行いました。社内に対しては、会社、それを支える人・文化としてどこを目指しているのか、エス・エム・エスの価値観を基本路線にコミュニケーションを取ることを大事にしました。こうした対ユーザー、対経営者、対社内に対する説明がそれぞれ齟齬のないよう丁寧に説明することにも気をつけていました。

園田: マネーフォワードと連携したことにより、今後プロダクトは日々アップデートされ、長期で見るとよりよいものへとなっていきます。これはユーザーにとって価値のあることです。また、当社としては、より注力すべき領域へリソースを割り振ることができ、プロダクトマネージャーやエンジニアはより価値の高いプロダクトに集中して開発に取り組めるようになります。

▲「カイポケ会計・労務 by Money Forward」

新しいものを生み出すためのプロダクトライフサイクルを実現する

――見直しがなかなかできていない企業も多くあるように思います。なぜエス・エム・エスでは、積極的に見直しに取り組み、筋肉質なプロダクト開発を実現できているのでしょうか?

園田:戦略を考える際に、長期的な視点でプロダクトを見ていることが一番大きいです。これは、介護という市場規模も課題も大きく、かつ長期的に成長しているマーケットで、すでに多くのユーザーを抱えてある程度のビジネス規模を実現しているカイポケだからこそ言えることかもしれません。カイポケというプロダクトはこれから先もずっと提供されていくものですし、ユーザーもずっと変わらず存在していくはずです。こうした観点でたとえば10年後を見据えると、さすがにどこかのタイミングで見直さなければならないし、どうせやるなら早いほうがいいという考え方になります。

――今後もカイポケの見直しには取り組まれていくのでしょうか?

川合: はい。しかし、見直しだけがすべてではありません。さまざまな機能を追加していた過去の判断は、それによって「経営支援」というコンセプトがユーザーに受容され、事業成長できた面もあるので、現状だけを見て間違っているというのは少し違うと思っています。市場感をつかむためにまず機能追加をして様子を見てみるという方法も、プロダクト開発を進めるうえでは有効だと考えています。そのため、単純に機能追加をしていく姿勢自体を是正したいわけではありません。

そうではなく、各機能は、市場のニーズの変化や事業成長のフェーズにしたがって開発・運用・整理されるべきだと考えています。新しいものを生み出すための開発工数がきちんと担保されるよう、それが必要なものであるかどうかを適宜見直し、プロダクトライフサイクルをきちんと回していくことこそが重要な考え方だと思っています。注力したいところにリソースを投下できる状態をつくることは、結果としてよりよいプロダクト開発を可能としますし、その積み上げがユーザーの生産性向上などの価値につながっていきます。

――カイポケを今後どのようなプロダクトにしていきたいと考えていますか?

園田: ユーザーの課題を解決できる良いプロダクトとする事を起点に考える、という思想を今後も貫いていくことに尽きます。カイポケが対象としている介護・障害福祉領域には多くの課題があり、それに対して多岐にわたるサービスがあります。カイポケだけで解決できる課題ばかりではありませんし、ユーザーにとって課題解決の手段がカイポケである必要がないサービスもあると思います。ユーザーにとって価値あるプロダクトにしていけるよう、他社との連携も含めて課題解決ができる仕組みづくりが重要だと考えています。