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Laboro.AIコラム

AI、50年前に帰る。「再現することで生まれる愛について」

2022.3.9
監 修
株式会社Laboro.AI マーケティング・ディレクター 和田 崇

概 要

「仕事の49%がAIやロボットに置き換えられる」というニュースで衝撃が走ってから早7年。AIは人間を凌駕するかもしれないとアイデアは膨らみ、AIを人間の解決できない問題への糸口だという人もあれば、AIは人の築き上げた世界をハイジャックする脅威だという人も現れて、AIを題材にした未来が熱く語られるようになりました。

実際、機械による自動化が労働市場に与える影響も顕在化し始めていますが、そもそもAIとは何なのかと考えた時、AIは既存のデータから教えられ学習するのが不可欠な、未来を変えるより過去に帰ることが得意な装置なのです。それを証明するかのように、AIによって昔の写真から再現された写真集が昨今、世界のあちらこちらでベストセラーとなっています。

今回のコラムでは、思い出が廃れることのないAI時代の始まりを感じていただけたらと思います。

目 次

未来を描く人、過去を再現するAI
 ・ポスト・ヒューマンの未来
 ・祖父母の時代を再現した写真集
 ・AIで、記憶を解凍する
過去が現実とリンクする
 ・人間はもう「2度死なない」
「過去に帰る」という薬
 ・ 若い頃の自分に戻ると背筋が伸びる
思い出が人をつくる

未来を描く人、過去を再現するAI

ポスト・ヒューマンの未来

AIに対して社会の関心が高まったのは、「将来、仕事の49%がAIやロボットによって置き換えられる」と報道されたタイミングでした。野村総研とオックスフォード大学の共同研究によるこのレポートが発表された2015年から時は流れ、最新の報告では、2030年までに日本で1660万人分の雇用が業務の自動化によって失われると見込まれています。日本の労働力人口が6693万人と予想されていることを踏まえると、ほんの8年先の未来では実に4人に一人が、今従事している仕事を失っていることになります。

こうした情報はメディアでも大きく取り上げられ、AIによって人々が今のように働かなくて良くなるという未来や、あるいはAIが自身を改良して人の世界をハイジャックする“ポスト・ヒューマン”の未来など、さまざまな可能性が語られるようになりました。こうしてAIを交えて描かれる数十年先のストーリーに接する機会が増えた私たちの頭の中で、AIは“未来”と直結するものになっているかもしれません。

しかしながら、AIそのものの実態は、既存のデータから教えられたり学習したりすることで世界の特徴を抽出する、言ってみれば、“過去”に生きることが得意な装置なのです。

(引用:Flickr

祖父母の時代を再現した写真集

2020年、アイルランドでその年の売上金額が100万ユーロ(約1億3千万円)を突破した唯一の書籍となったのは『Old Ireland in Colour』という写真集でした。『Old Ireland in Colour』はその名の通り、アイルランドの歴史をフルカラーで振り返る写真集です。

この写真集には、映画『タイタニック』で知られるタイタニック号が、その誕生の地である北アイルランドの港を出航する写真なども収められています。中でも人々の心を掴んだのは、村人が羊毛を紡いだり、上流階級の人が狐狩りをしたりする、日常の風景を写したものだったといいます。

(※写真はイメージです。 引用: Flickr

このプロジェクトで白黒の写真にAIがどのようにして色を再現したのかというと、まずAIは大量のカラー写真と同じものの白黒写真で両方の写り方を学びます。カラーと白黒を照らし合わせてどの色がどの質感になるのかをAIは学習し、白黒の写真に色をつけることができるようになるのです。

もちろんその時代にしか存在しないものもありますから、『Old Ireland in Colour』では、アイルランド中の資料が集められ、アイルランドの歴史学者も参加し、ついに1840年代〜1960年代のアイルランドをカラー写真で再現することに成功したのでした。

この写真集は元々、工学/コンピュータ・サイエンスの専門家が個人的なルーツを探るために祖父母の白黒写真を入手したところから発展したものだそうです。

AIで、記憶を解凍する

日本で初めてカラー写真のフィルムが発売されたのは1941年だそうですから、私たちの中にも親族の結婚写真などを見て写真がモノクロだったことに驚いた記憶のある人は少なくないのではないでしょうか。

『Old Ireland in Colour』の完成と時を同じくして2020年、日本でも戦争の「記憶の解凍」をテーマにした『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』が出版されています。発売後すぐに重版がかけられたというこの本では、原爆が落ちた後の広島で佇むカップル、撮影された翌日命を落としてしまうことになる特攻隊員が子犬を抱いている様子など、戦争を生きた人々の姿をカラーで見ることができます。

(※写真はイメージです。)

2017年にこのプロジェクトを立ち上げ、戦争体験者のアルバムの中にあった写真をAIでカラー化してきたのは広島市出身の庭田杏珠さんと、東大大学院の渡邉英徳教授です。渡邉教授は『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』の中で次のように述べていました。

「カラーの写真に眼が慣れた私たちは、無機質で静止した『凍りついた』印象を、白黒の写真から受けます。このことが、戦争と私たちの距離を遠ざけ、自分ごととして考えるきっかけを奪っていないでしょうか?」

白黒の世界は私たちの目に映るものとは大きく異なる世界です。個人差はあるものの、人間が識別できる色は数千〜数百万色とも言われており、色を測定する専門家であれば30万色の識別も可能とされています。

数十年前の世界が忠実にカラー化され、私たちはようやくそこに写る人と近い目線で戦争を感じることができるようになったのです。

過去が現実とリンクする

人間はもう「2度死なない」

「人間は2度死ぬ」と言われることがあります。人間が亡くなるのには、肉体がなくなることと、人々の記憶からなくなることの2つのステージがあるという意味です。

終戦から77年を迎える日本では、戦時中の記憶を語れる戦争体験者が年々少なくなっており、写真や手紙、手記、生前の肉声を残すプロジェクトにAIの活用が急ピッチで進められています。

「あの原爆が落ちた日も、こんなふうにカラッと晴れた朝だったのかもしれない」

AIによって当時の光景がカラーでありありと蘇ったとき、私たちは洗濯物を干しながらそんなふうに現実とリンクして過去に想いを馳せるようになるでしょう。昔の技術で遺されたものを、AIが現代の人にとってリアリティのある方法で再現できるようになれば、人間はもう2度目の死を迎えることはなくなるのかもしれません。

(※写真はイメージです。 引用:Flickr

ロシアでも、ある起業家が突然事故で失った親友を想い、遺されたデータから親友との時間を再現するAIの開発に成功しました。

毎日メッセージを交換していた親友との会話を読み返していた彼女はある時、この膨大なデータがあれば亡くなった親友本人とするような会話を再びできるようになるのではないかと思い立ったのです。親友と近しい人たちからも親友の送ったメッセージを集め、そのやりとりの記録を読み込ませたチャットボットと彼女は再びメッセージを送り合うようになりました。

使い始めるまで、彼女はいつものように親友(チャットボット)とやりとりすることで親友を愛し続け理解したいと思っていたはずが、やりとりを重ねるうちに彼女は自分自身をより深く理解し、満たされるようになったそうです。自分を理解するもう一人の自分が生まれたとも言えるこのチャットボットは、Replica(レプリカ)という名前で、サービスとしての提供が広まっています。

「過去に帰る」という薬

若い頃の自分に戻ると背筋が伸びる

人は過去を懐かしく思い出すと、全体的にポジティブな感情を得ることが多いそうです。では、実際に人を過去に帰らせたらどうなるのか…。

70代〜80代の健康な男性を対象にハーバード大学の心理学教授、エレン・J・ランガー教授が行なった興味深い実験があります。1979年に行われたこの実験で被験者たちは、自分たちが50代〜60代を過ごしていた1959年に時計の針を巻き戻すことになります。

どういうことかというと、被験者には1959年以降につくられたものが一切ない空間を与えられます。その空間は、電化製品や本といった身の回りのものから食べる物、もちろんテレビ番組も全て、彼らが20年前に過ごしていた日常を再現したものでした。

さらに被験者には「20年前の自分に戻ったつもりで現在形で話してください」 という指示も出されました。例えばアメリカで初めて人工衛星の打ち上げが成功した1958年の話は去年の出来事として話し、テレビにピンクのキャデラックが登場したら「あれは格好よかったよね」でなく「これ格好いいよね」と言うといった具合です。

さて、実験後に被験者たちはどうなったでしょうか。

(※写真はイメージです。 引用:Flickr

実験前後に撮影した被験者の写真を並べて見た人々は、実験後に被験者が3歳くらい若返ったようだと評価しました。また、実験前後に行なった様々なテストのスコアを比べると、実験後の被験者は聴力や記憶力が向上し、関節が柔軟になり、背筋が伸びたというような変化が見られたということです。

被験者がこの実験で20年前の自分に帰っていたのはたった4日間でしかありませんでしたが、心が若返ることが人の感情や行動に与える影響は大きいと示唆される結果になりました。多くの喪失を経験せざるを得ない高齢期こそ、これから着々と老いていく時間を一方通行に進むより、過去に時々帰りながら時間を循環するようにして過ごすのが何にも勝る薬になるかもしれません。

思い出が人をつくる

“過去の事件を忘れないように” “歴史を繰り返さないように” というときほどなぜか辛い部分がフォーカスされるものです。けれど実のところ、その出来事の痛ましさを伝えてゆくよりも、そこにあった愛を再現することで人間は今をよりよく生きることができるようになるのではないでしょうか。

『火垂るの墓』などで知られる直木賞作家の野坂昭如(のさかあきゆき)さんは、『火垂るの墓』の主人公と同じ14歳のとき、神戸大空襲で家族も何もかも、全てを失いました。野坂さんは53年連れ添った妻の暘子さんにしばしば、「人は思い出だけで生きていける」と話していたそうです。

幼い自分を養子として受け入れた両親に大切に育てられた野坂さんは、亡くなった養父との思い出を語る時、完全に少年の顔に戻っていたと言います。そんな幸せを奪った戦争を生き抜いた野坂さんを支えていたのは、戦争で失うまで確かにそこにあった、家族との幸せな日々の思い出だったのです。

普段、私たちが日々どのくらい未来のことを考えているかというと、アメリカで行われた研究結果では、未来について考えている時間は、過去について考えている時間の3.5倍と報告されています。未来を考えるのが得意な私たちは、地球温暖化や人口問題への不安も、宇宙開発や科学技術への期待も、発展途中にあるAIにも、自然と未来のことが思い浮かびます。

「目が前についているのは前に進むためだ」と言ったりしますが、既存データから過去の記憶を再現し、過去に帰るのが得意なAIがあれば、人間は後ろにも目を持てるようになるのです。

今何を再現し、未来で自分がどのように再現されたいのか、私たちがAIと共にできることはまだまだたくさんあるに違いありません。そもそもモノやお金と違い、思い出という財産であれば、今を生きる自分にとっても、未来を生きる人々にとっても、あり過ぎて世界が崩壊することはないのですから。

<参考・引用文献>
・東洋経済ONLINE 「AIに仕事奪われると怯える人に知ってほしい心得
・三菱UFJリサーチ&コンサルティング 「2030年までの労働力人口・労働投入量の予測~人数×時間で見た労働投入量は2023年から減少加速~
・THE IRISH TIMES “John Delaney exposé top Irish 2020 title as Old Ireland in Colour makes €1m sales
・CNN Style “AI photo restoration shines a light on life in old Ireland
・東大新聞ONLINE 「戦争の記憶どう受け継ぐ? 〜AIによる写真のカラー化とオーラルヒストリー〜
・庭田杏珠・渡邉英徳/著 『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』 光文社
・ジャン=ガブリエル・コース/著 『色の力  消費行動から性的欲求まで、人を動かす色の使い方』 CCCメディアハウス
・Quartz “How the “Most Human Human” passed the Turing Test” Youtube
・エレン・ランガー/著 『ハーバード大学教授が語る「老い」に負けない生き方』アスペクト
・週刊現代 「今度は私が「思い出」と生きるわ/野坂暘子(夫人)
・Roy F Baumeister et al. “Everyday Thoughts in Time: Experience Sampling Studies of Mental Time Travel” Personality and Social Psychology Bulletin 46(12)

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