Laboro

Laboro.AIコラム

「生成」と「創造」の差。最高のアニメを生み出すのはAIか、人間か。

2024.3.9
監 修
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティング部長 和田 崇

概 要

AIが人間に取って代わる可能性の懸念の1つは雇用について、そしてもう1つは人間のクリエイティブな表現が侵食されるのではないかということです。

「AIの創造的思考は人間に匹敵する」という研究結果も発表され危機感が高まっていますが、一方で創造性あふれるアニメ制作現場では生成AIの活用が積極的に進められており、世界レベルのアニメ映画が今後3年以内にかつての1割の時間と労力で作れるようになるという予測も聞かれます。あるいは生成AIを活用した制作エンジンを使用して、小さなチームでインディーズアニメシリーズが制作できるAIスタジオも出てきています。

今回は、生成AIがデジタルクリエイティブに浸透し始めている現状を掘り下げ、人が創造し表現することが果たしてAIに置き換えられてしまうのかどうか、考えてみたいと思います。

目 次

複雑さを増す、アニメ制作
 ・アニメ市場規模は史上最高を更新
 ・一瞬で 1,000 個のゴミ箱を描き出す
AIでは実現できないことを認める
 ・肝心な部分は人の手で
 ・AIに携わるキャリアへの不安
AIは絵筆と同じくらいの脅威
 ・最高のアニメに平均的なものはない
 ・AIの創造的思考は人間の平均
アニメ制作への参入障壁が下がる
 ・アニメのインディーズ市場を活性化する
創造するためにAIでゆとりを作る
 ・1週間で30分しか家に帰れない制作現場
 ・このままではアニメ業界は10年もたない
動画はリアルから想像の世界へ
 ・創造することは「マラソン」に近い
 ・作り手になってわかる「創造」の価値

複雑さを増す、アニメ制作

アニメ市場規模は史上最高を更新

史上最高を更新し、国内3兆円、世界では約61兆7千億円(2024年2月現在)と評価されるアニメ市場が、 生成AIの出現を目の当たりにしています。昨年公開されたピクサーのアニメ映画『マイ・エレメント』では、主人公の体に複雑にゆらめく炎のエフェクトを作成するためにAIが活用されました。そして日本でも、Netflixの過去のアニメ作品で学習した画像生成AIを用いて制作が進められている短編アニメ『犬と少年』が注目を集めています。

「古き良き時代、世界クラスのアニメーション映画を作るには 500 人のアーティストで5年かかりました」

そう語るドリームワークス・アニメーションの元CEOジェフリー・カッツェンバーグ氏は、こうしたAIの活用によって今後3年以内に、アニメーション映画の制作には当時必要だった時間や労力の10%もかけずに済むようになると予測しています

アニメ制作に画像生成AIが積極的に使用され始めているのには、膨らむ需要と裏腹に、作り手不足が一刻を争うほど深刻化している制作現場の現状を考えなければなりません。

CGを始めとするテクノロジーの発展によりアニメ制作はスピードアップしてきましたが、そのたびにより複雑さを増し、アニメの表現に求められる期待はますます大きくなっています。宮崎駿監督もアニメ制作の肉体労働の量の多さに打ちのめされると語っていたことがありましたが、制作工程には多くの人の献身的な労働が必要となっています。

事実、60年ほど前の手塚治虫がプロダクションを設立した頃のアニメを見てみると、背景にあるビルが人の想像力なくしてはまるでビルには見えない、ただの四角い枠線でしかありません。対して、例えば Netflix短編アニメ『犬と少年』の背景画は、AIと人の手によって描かれた非常に手の込んだ繊細なラインによる、温もりある色彩豊かな自然風景が表現されています。

一瞬で 1,000 個のゴミ箱を描き出す

生成AIを使用しているある海外のアニメ業界関係者は、次のようにその利便性を語っています。

「例えば部屋の隅にゴミ箱の絵が必要な時、生成AIツールを使用して1,000個のゴミ箱を生成し、その中から 1 つを選んで使用します

確かに、一瞬で1,000種類のアートワークを描けるAIアシスタントがいれば、その中から一番希望に近いものを選びながら調整を加えていくことで、アニメ制作に携わる人間の負担を減らすことができます。それは、質を落とさずに多数の作品を作り続ける上で最も現実的な解決策と言えるでしょう。一方で次のような声があるのも事実です。

「生成 AIから高水準の出力を迅速に取得できるかもしれませんが、それを微調整して希望どおりにするのは非常に難しいプロセスです

前出の短編アニメ『犬と少年』でもAIが作ったものでそのまま利用しているものはほとんどないそうですが、Business Insiderのインタビューによると、 AIによって半分くらいに省力化できた分、より手のかかるところの質を上げる作業に時間を使うことできたということです。

AIでは実現できないことを認める

肝心な部分は人の手で

このように、 生成AIによってアニメ制作が促進すると認められつつあることは事実です。しかし同時に、動きの繊細さや、態度、性格、特異性といった、アニメーターによって描かれるキャラクターをより個性豊かなものにする感情的な創造性を生成AIで実現するのが難しいこともまた、実感として認められつつあるといってもいいのかもしれません。

AIに携わるキャリアへの不安

一般的にAIが人間に取って代わる可能性についての懸念の1つは雇用について、そしてもう1つは、人間の創造性が侵食されるのではないかということです。

アニメ業界も例外ではなく、イギリス最大のアニメフェス、マンチェスター・アニメーション・フェスティバルが実施したAIに関する調査でも、調査対象となった専門家の85%がAIはクリエイティブ業界に対する脅威であると考えていることがわかっています

将来テクノロジーに関わる仕事を夢見る大学生の間にも懸念はあるようで、人を陥れるような未来に手を貸すことになるのではないかと次のような声も聞こえてきます

「コンピューターサイエンスと数学を学ぶ学生として、テクノロジー業界にできあがってしまった暗黙の害悪に加担するキャリアへと吸い込まれてしまう不安があります」

AIは絵筆と同じくらいの脅威

最高のアニメに平均的なものはない

では実際に創作に励む制作現場の人々にとってAIがどのような脅威かというと、「カメラや絵筆と同じくらいの脅威」であるというような意見が少なからず聞かれます

NHK Eテレの人気アニメ『ひつじのショーン』などのアニメで知られるアニメーションスタジオ、アードマン・アニメーションズも、より多くの制作を同時に進めるためのツールの一つとしてAIを活用しているそうです。そこでシニアプロデューサーを務めるリチャード・ビーク氏は、AIの描けるものにそれほどアニメに肝心なものはないとして、次のように言います

「私はAIが知性であるという考えに悩まされています。 AIは平均的なものを照合して見つけているように思うのです。最高の映画やテレビは平均的なものではありません」

AIの創造的思考は人間の平均

AIが創造的か平均的かという問いに関連して、AIと人間を戦わせることで創造的思考を評価した研究があります。この研究で用いられたAIチャットボットは結果的に、ほとんどの人間の参加者に匹敵する創造性を発揮しました。 しかし特筆すべきは、人間のトップレベルのパフォーマンスが常にチャットボットを上回っていたことです。

アニメーションにおいても、アニメの中で泣き笑い、生き生きと動き成長していくキャラクターを魅力的にするのは、アニメーター自身の人生経験、人間や動物の観察、参考資料の研究から生まれるインスピレーションによるものです。アニメ制作の中でAIによってスピードアップし、効率化される部分があるとしても、深い創造性を求められる表現は、AIではとても再現が難しい領域なのです。

アニメ制作への参入障壁が下がる

アニメのインディーズ市場を活性化する

業界全体のビジネス動向はと言うと、作り込まれた表現を維持しながら多作を求められるアニメ制作現場は、膨れ上がるコストによって収益化に大きな課題を抱えており、昨今のエンターテイメントの流れと同様、業界内での統合が進むのではないかという懸念が高まっています

そこで、描画などの技術的スキルが障壁となってアニメーションに手を出せなかった想像力豊かなストーリーテラーに、生成AIがアニメーション業界への参入を手助けするツールとなり、業界に新しい風をもたらすと期待されています

ChatGPTの生みの親であるOpenAIは、テキストから動画を作成するサービス「Sora」の市場導入を進めており、ほかにもAIを使って、数回クリックするだけで、日常のビデオをアニメや3D漫画に変換できるアプリなどがさまざま登場しています

例えば、自分がスキーをしているビデオをアップロードし、プロンプトとして「スキーをする女の子」と入力し、ビデオの長さと強度レベルを選択すると、自分のスキーの動画がアニメーションビデオに変わるといった具合です。

デジタルクリエイター向けのAIスタジオも登場し、AIを活用した制作エンジンを使用して、低コストなインディーズ・アニメーションをAIスタジオと共同制作できるようになりつつあるようです

雇用の面では、企業に所属する人という意味では減るかもしれませんが、インフルエンサーとされるクリエイターの経済規模は2023年に3 兆円超と評価されており、コンテンツを作成する個人が増えるとともに市場は拡大し続けています

ただ、消費者にとっては、たくさんの選択肢からクリック一つで見たいものを好きな時に見られるようになればなるほど、コンテンツの消費が簡単なものとなり、作品の創作価値に対する意識は昔と比べて低下してきている部分はあるのかもしれません。

創造するためにAIでゆとりを作る

1週間で30分しか家に帰れない制作現場

創造性は人間の本質であって、そもそもAIによって奪われるようなものではないはずです。ですが、こうした恐れは、インターネット上に日々生まれるコンテンツが膨大になるにつれ、創作物に対する敬意が失われていき、その結果「AIが創造性を奪う」という不安を掻き立てて生まれた感情なのかもしれません。

昨今の日本のアニメ制作本数はなんと、年間310本にも上るそうです。「家に帰りたい」「寝たい」「休みが欲しい」という日本のアニメ制作に携わる人々の訴えは切実で、日本アニメーター・演出協会がアニメ制作に関わる人を対象に行った2023年の調査でも、回答者の17%がうつ病などの心の病気か、その可能性があることがわかりました。キャラクターなどを描いているという回答者の女性の話では、締め切りに間に合わせるために泊まり込みで作業を行うことは珍しくなく、帰宅時間が1週間で30分ほどしかないこともあるということです。

人手不足によって疲弊してきたアニメーターが生成AIを使うことで作業の負担が軽減された場合、それは果たして創造性を奪うことになるのでしょうか。むしろ、アニメに重要なシーンやキャラクター表現に注力する時間的・精神的ゆとりが生まれ、より積極的に表現力や想像力を発揮できる場面が増え、創造性を高めることができるのではないかと思われます。

このままではアニメ業界は10年もたない

日本のアニメ業界を『280億ドル(約4兆1,300億円)の搾取工場』というタイトルでまとめた外国の YouTube動画は、150万視聴数を稼ぎ出しており、その中で繰り返し登場するのが帝国データバンクの 2022年の調査発表の中にある次のような文面です。

「人的、質的な制作能力を日本アニメ制作業界全体で維持できなければ、早ければ10年以内に日本アニメ自体が地盤沈下する可能性も出ている」

寝る間を惜しんで人々が従事し続けなければ制作ができないならば、昨今の労務コンプライアンス的にも業界の存続は難しく、アニメーターが創造性を発揮する場さえも失われてしまうはずです。

リアルから想像の世界へ

創造することは「マラソン」に近い

生成AIを活用するこれからのアニメーターは、何十年にもわたるアニメ制作の恩恵を受け、その肩の上に立って新しい世界を見渡し、トライ&エラーを繰り返し、今日私たちが知っているものとは異なる作品を創作していくことになります。

その作品の価値を低くするのか、高いものとするのかについては、“作り手の視点” に立てる人が増えること次第なのかもしれません。ChatGPTにしても、無料のお試し感覚で限られた目的に使われているうちはアウトプットを消費するにすぎませんが、一方で粘り強くプロンプトの入力を繰り返し、それが本当に正しい回答なのか検証して修正を重ね、未知の回答を引き出せる域に達することで、はじめてその技術の限界を知るとともに、創造という人間の所業による本来的な価値に気付くことができます。

きっとAIを使ってアニメを作るにしても、こうした試行錯誤が、爪痕を残すような作品を生み出すことの難しさと素晴らしさを、私たちに気付かせてくれるはずです。

作り手になってわかる「創作」の価値

ピクサー共同創業者のエド・キャットムルはその著書『ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法』の中で、創造に何かロマンティックな幻想を抱いている人は多いが彼の見てきたものは全く違うとして次のように述べていました。

「経験から言えば、創造的な人々は、長年の献身的な努力を通じてビジョンを見出し、実現している。その意味で言うと、創造性は短距離走よりマラソンに近い」

AIによる省力化を進めつつ、人は人で目の前のことをただこなすよりも、自分の道を一歩一歩、足を前に出し続ける…そんな働き方になっていくことを願うばかりです。

TikTokをはじめSNS上には現実とリンクしたものがまだまだ圧倒的に多い状況ですが、今後AIによって個人でもアニメーションを作れるようになっていくと、心に思い描く未来や架空の世界を描き出す創造性あふれるコンテンツも増えていくはずです。休日には学校や仕事から距離を置き、生成AIをアシスタントにアニメを作るというライフスタイルが出てきてもなんら不思議ではありません。

AIは、いつの間にか現実社会の効率に縛られるようになった現代の人々に、自分の中にある想像の世界を描き出す扉を開きます。「平均的なものではなく、最高のものをつくりたい」という人間の創造性の素晴らしさが再認識されるような、新たな時代の、新たな制作のカタチを、作り手と共に私たちも踏み固めて行きたいと思います。

カスタムAIの導入に関する
ご相談はこちらから

お名前(必須)
御社名(必須)
部署名(必須)
役職名(任意)
メールアドレス(必須)
電話番号(任意)
件名(必須)
本文(必須)

(プライバシーポリシーはこちら