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Laboro.AIコラム

AIが解き明かす、もう一つの“AI” = Animal Intelligence

2022.4.25
監 修
株式会社Laboro.AI マーケティング・ディレクター 和田 崇

概 要

産業革命以降、大きく経済が成長した一方で多くの自然が失われ、今この瞬間にも100万種以上の動植物が絶滅の危機に瀕しています。そうした状況において動物のリサーチにAIが欠かせない存在になりつつあります。

これまでの調査と比べて生物にほぼ負担なく、人とは比べものにならない速さでデータを分析するAI。例えば、光の届かない海は私たちにとって未だ謎の多い世界ですが、今後AIが膨大な音声データを処理し分析することで、海の生物の生息状況や、彼らが何を話しているのかさえも知ることができると期待されています。

今回のコラムでは、”A.I.”=Animal Intelligence(動物の知能)に近づくために用いられているAI(人工の知能)のことをお話したいと思います。

目 次

光の届かない海で耳を澄ます
 ・静かな海が帰ってきた
 ・月 vs 深海、行くのが難しいのはどっち?
人工の知能で、生きているものの知能を調査する
 ・人間が教え、教えられる関係
 ・一刻を争う野生動物の保護活動
世界中の市民が科学者になる
 ・アプリに回収されるデータが科学を進める
 ・急速に増加した動物は何を思うか
同じ「命あるもの」として

光の届かない海で耳を澄ます

静かな海が帰ってきた

新型コロナウイルスが世界を震撼させた2020年3月、全コンテナ船輸送力の11%が運休し、油田や天然ガスの採掘や振動探査のマシンを使った活動も減って、静かな海が広がりました

実は、こうした状況が海洋生物の研究にまたとない好機となったことはあまり知られていません。海中に光はうまく伝わりませんが、音は深海でもよく響き、水深200mを超えた闇の中、音は大気中の5倍の速度で進むと言われます。光の届きにくい海の中でリサーチャーたちは音を頼りに海洋生物の多様性、生息域、個体数を調べ、さらに最新の研究では海の中で生き物たちが何を話しているのかをAIで解明しようと試みています。

月 vs 深海、行くのが難しいのはどっち?

10分で水深1,000mまで潜水し、生涯の3分の2の時間を深海で過ごすというマッコウクジラ。よく絵本にも登場する四角い頭でおなじみのこのクジラは、人間の6倍という動物界で最大の脳を持ち、カチカチという「コーダ」と呼ばれる音のパターンで互いにコミュニケーションを取っています

深海というと、日本人民間宇宙飛行士として初めてISS(国際宇宙ステーション)に滞在した前澤友作氏が帰国会見の中で、次は​​「マリアナ海溝でも潜ってみたいな」と話していたのを思い出します。

これまで月に着陸した人は12人、超深海と言われるマリアナ海溝最深部に到達した人は13人。つまり、人が深海に行こうと思ったら月に行くくらい難しいのが現状なのです。

(Photo by Gregory Smith / Flickr

けれど、たやすく行けない深海でも船から海中聴音器を投げ入れるだけなら多額の費用はかからず、ほとんどリスクもありません。手っ取り早くて財布に優しいこの方法で、クジラやイルカのクリック音や、深海生物が攻撃時に発する音などの賑かな海の音声データが集まりつつあります。

実際、マッコウクジラのメスたちは共同で子育てをするそうで、共に生きる群れの仲間にはそれぞれに音のパターンで名前もあり、名前を呼び合って暮らしていることがわかっています。さらに、人間の世界に7,000の言語が存在するように、マッコウクジラにも数百〜数千の方言があり、その中からマッコウクジラはそれぞれ自分の部族のものを識別することもできるのです。

深海の生き物にもこうして耳を澄ませれば、私たちは宇宙に行かずともこの地球上に知的生命体を次々と発見することになるでしょう。

人工の知能で、生きているものの知能を調査する

人間が教え、教えられる関係

かつては生物に関するデータが続々と収集できたとしても、それらを分類し、さらに解析するのには膨大な時間が必要でした。陸上でも多くの生物の音声データが収集され、分析されてきましたが、その研究風景はAIによって様変わりしています。

例えばある研究チームはAI導入前、キリギリスの声の録音データ10時間分をそれぞれのキリギリスの種に分類するのに600時間を費やしていたそうです。ところが、その作業を機械学習ベースのAIに任せれば、研究者たちが外で一杯やっている間に済ませられると言います

とはいえ、深海のような未知の世界に関しては、陸上の調査で主として用いられる既存データを用いた教師あり学習をAIに施すことができません。そこに、ディープラーニングや教師なし学習、自己教師あり学習などの技術が進化してきたことで、人間の知識に頼れない生物の調査に光が見え始めています

(Photo by The Official CTBTO Photostream / Flickr

教師あり学習の場合、基本的に人間がラベル付けした大量のデータをAIに学習させることが必要であるため、生き物の会話内容など人間が答えのわからないものをAIに学習させることはほぼ不可能ということになります。その点、データ群の構造解析やカテゴリ分類を得意とする教師なし学習、あるいは少量のデータをあえて欠損させてその修復過程を学習させる自己教師あり学習など、異なるアプローチによるデータ解析の可能性が見出されてきました。

こうした技術進化によって、目で捉えることができない音だけの世界でどの生物が何を言っているのか、それが人間にわからないとしても、AIの視点で音声データの中にパターンを見つけ、どんな音のカテゴリー構造が存在するのかを教えてくれるようになりつつあるのです。

一刻を争う野生動物の保護活動

絶滅に瀕した動物の一刻を争うような状況下では調査にスピードが重要なことはいうまでもなく、アフリカでは生物をセンサーで自動認識し、撮影するカメラを使った調査・保護活動にAIが取り入れられています。

ザンビアにあるサバンナゾウの暮らす国立公園では、密猟者の侵入ルートになっている場所を中心に、赤外線カメラを使った19kmに及ぶバーチャルフェンスが設けられています。このカメラが配備された2019年当初は、人間が複数のカメラ画像をチェックしていましたが、19kmに及ぶ範囲の情報を漏れなく調べるには圧倒的に労働力が不足していました。

現在は自動的に侵入者を探知するAIシステムが活用されており、AIが見張りをしながら即時に異常を知らせることで、たった数人の人間で24時間監視ができるようになったと言います

(Photo by Mara 1 / Flickr

動物の調査をする上でAIが人間の大きな助けになっており、AIはこれまでの流れを変えるGame Changer(ゲームチェンジャー)になると信頼されるほどの成果をもたらしつつあります。

AIが「A.I.=Animal Intelligence(アニマルインテリジェンス)を調査するための自然なツール」とみられるのは実におもしろいと言ったのは、マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン氏が設立した人工知能研究所でトップを務めるオレン・エッツィオーニ氏ですが、AIによって半自動的に動物の調査をすることが可能になるにつれて、徐々に市民の間でのA.I.=Animal Intelligenceへの関心も高まりつつあります。

世界中の市民が科学者になる

アプリに回収されるデータが科学を進める

私たちの身近なところでも、耳を澄ませば毎日同じ時間に鳥がさえずり、夜に合唱するカエルの声も聞こえてくる季節です。

昔と何も変わらない日常のようでありながら、そう遠くない未来にスズメが天然記念物に登録されることになったとしてもおかしくない現実に、私たちは直面しています。昨年、環境省が20年ぶりに行った鳥類に関するリサーチ結果の報告があり、それによるとスズメの個体数は前回調査から34%減少しており、ツバメにおいては40%も減っていることがわかりました

急激に数を減らしている生き物はすぐそこに暮らしていて、開発の進んだ日本の都会では蝶を見かける機会も少なくなりました。このまま行けば普通に存在していると思っていたものが一つ、また一つと消えていく世界が待っています。

(Photo by coniferconifer / Flickr

ヨーロッパや北アメリカでは、鳥の鳴き声を聞かせると3,000種の中から何の鳥の鳴き声かを教えてくれるAIシステムを搭載したアプリが一般公開されており、市民とともに鳥の研究が行われようとしています。

すでに200万近いアクティブユーザーを抱えるこのアプリはユーザー自身が楽しむことに加えて、ユーザーもまたアプリを使うだけで鳥のさまざまな鳴き声データを収集し、世界規模の鳥の研究に参加することができるのです。こうしたAI搭載のアプリによって、これからますます“市民科学者”が増えると期待が寄せられています。

急速に増加した動物は何を思うか

私たちは現在、地球上に生きている哺乳動物の9割以上が人間と家畜という世界で暮らしています。過去50年で野生生物の数は3分の1以下まで落ち込み、野生動物の壊滅的な減少が恐ろしいスピードで進んでいる一方で、家畜の数は牛や豚が10億前後、そして鶏は230億というまでに膨れ上がっています。

実のところ、家畜も数だけ見れば増えているものの、歴史の中で人間に飼いならされた哺乳類の品種の10%が絶滅したという事実があります。急速に数を減らしている動物に耳を傾け理解しようとすると同時に、急速に増加した家畜に関しても従来の見方を見直さなければ、私たち人間は野生でも家畜でも動物にとって脅威であり続けるしかないでしょう。

AIを用いた動物を対象とした研究の最前線では、飼育されている豚411頭の発する鳴き声に関する研究結果も報告されています。このリサーチでは豚が生まれてから屠殺されるまでの、豚の一生のあらゆる場面で鳴き声が収集され分析されました。

(Photo by Dan Belanescu / Flickr

このAIを用いた研究では、確認された38,000のうちノイズの低い7,414の鳴き声のスペクトログラムをニューラルネットワークで分析したもので、その結果、高いピッチから下がっていく音がネガティブな状況、短く響く低いピッチの音がニュートラル〜ポジティブな状況での鳴き声だと示されました

さらに豚の暮らしを19のシーンに分類したところ、喧嘩をしたり、体を拘束されたり、孤独であったりしたときに聞こえる鳴き声と、食べたり、遊び回ったり、仲間を見つけたりしたときに聞こえる鳴き声は明らかに違ったそうです。

同じ「命あるもの」として

私たちは過去数百年に渡り、動物のことを深く理解する前に人間社会の繁栄のために行動を起こし、動物の生息環境を壊し、リセットできない状態をつくりだしました。ここでまた、コバルトやニッケルといった金属が不足して経済に深刻な影響が出てきている中で、深海に眠る鉱物をロボットで採取する流れも出てきています。

しかし、数百年分のレアアースがそこにあることはわかっていても、その資源の採掘が、およそ30億年という途方も無い時間をかけて深海に築き上げられてきた生態系にどんな影響を及ぼすのかはわかっていないのです。

(Photo by NOAA Ocean Exploration / Flickr

人間はクジラのように真っ暗闇の深海を泳ぐことも、ツバメのように自分の羽で9,000キロを旅することも、犬ほどに愛情や謙虚さを一心に表すこともありません。彼らにはどんな世界が見えているのか…。”Animal”という言葉はラテン語の「命あるもの」に由来するそうですが、同じ命あるものとして動物から学びたいと思うことは数限りなくあります。

動物が何を話しているのかを知るには気の遠くなるような量のデータが必要だとしても、AIを搭載したアプリが普及し、60億のスマートフォンが稼働する世界の“市民科学者”の参加によって、その解明は不可能な話ではなくなるのかもしれません。

(Photo by MIKI Yoshihito / Flickr

実は、動物の専門家にもテクノロジーの専門家にも、機械化を進める中で生まれたAI技術によって、人間がますますロボットのように振る舞うようになるのではないかと恐れる声が聞かれます。つまり、「人はそのうち、親密さや感受性を保つことができなくなる」「機械化された世界を生きることになってしまうかもしれない」と生物学者が考えるのと同じように、テクノロジーの研究者もまた、ロボットが人のように行動する前に、人がロボットのように命を扱うようになってしまうかもしれないのではないかと不安を抱く声も少なからずあるのです。

しかし、今回見てきたように、AIによって動物に危害を及ぼさずに自然に調査ができるようになっている事実は、専門家たちが恐れていることと真逆の可能性を広げていると捉えることもできるはずです。

機械化によって家畜を大量生産したり、野生の生息環境を侵害したりしてきた過去から生じる不安を良い意味で裏切るように、私たちはAIとともに「命あるもの」と心通わせるための通路を作り、その話し声に耳を傾けられるような世界へと一歩ずつ近づいています。

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