ノーコードAIツール開発の現場から:プロダクトオーナーの役割

この記事は、NTT Communications Advent Calendar 2024 25日目の記事です。

はじめに

イノベーションセンターの杉本(GitHub: kaisugi)です。

私は現在、ノーコードAIモデル開発ツール Node-AI のプロダクト開発に携わっています。Node-AI は「AI を使って自社の課題を自分たちで解決できる会社を1社でも増やす」ことをビジョンに、スクラムによる内製開発を進めているプロダクトです。Node-AI の開発体制や技術スタックについては、Engineers' Blog の過去の記事でもいくつか紹介していますので、ぜひ以下の記事も合わせてご覧ください!

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今年度からの新たな取り組みとして、岩手大学と共同で、Node-AI を活用した「データサイエンス実践基礎」講義を開始しました。私も講師として、「第4回: 特徴量エンジニアリング」と「第8回: 生成AI」1 の講義を担当しています。

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さて、私は新卒入社以来 Node-AI に開発者として携わってきましたが、最近、開発者からプロダクトオーナー(PO)へジョブチェンジしました。本記事では、元々開発者だったメンバーがプロダクトオーナーを担当してからの振り返りを紹介したいと思います。

プロダクトオーナーへのジョブチェンジの経緯

まず、なぜ開発者からプロダクトオーナーへのジョブチェンジを決めたのかお話しします。

私は開発者として Node-AI に携わる中で、エンジニアリングそのものよりも、AI を活用したビジネスをどうすれば上手く成功させられるかという部分に関心が移っていきました。特に昨今の生成 AI ブームで AI のビジネスへの適用範囲がさらに広がり、また同時に、エンジニアリングそのものが GitHub Copilot などの AI ツールに侵食され始めています。

エンジニアリングにおいて取り立てて強いスキルがない自分のキャリアとしては、AIのビジネス適用について頭を使う時間を増やした方が有益なのではないかと考え始めていました。そのような中で、先月にチーム体制の変化があったため、それに合わせて手上げでプロダクトオーナーを担当することにしました。

とはいえ、私はこれまでプロダクトオーナーを経験したことがなく、始めるまでは不安も当然ありました。特に、以前のプロダクトオーナーは強いオーナーシップでチームを牽引していたため、自分がうまく引き継げるのだろうかという点が心配でした。そのような不安を和らげるために、十分な準備期間を設けることにしました。

準備期間

稼働の移行

プロダクトオーナーは開発者とは全く異なるスキルが必要な仕事です。例えば、プロダクトオーナーはユーザーのフィードバックに毎日耳を傾けながら、プロダクトの成長戦略や開発の優先順位を考え、意思決定を行う必要があります。そのため、いきなり仕事を開発者からプロダクトオーナーに100%切り替えるのは難しいでしょう。

私の場合、プロダクトオーナーになる直前の2スプリント程度は、開発者としての稼働を段々と落としていくことにしました。

プロダクト全体像の把握

開発をしない代わりに浮いた時間で、プロダクトの全体像の把握を改めて自分で行いました。特に念入りに行ったこととして、Node-AI におけるプロダクトの4階層(Core, What, Why, How)を改めて自分の中で整理し、その中で直近行われている開発がどのような価値をもたらすものかを再確認しました。

書籍による学習

以前のプロダクトオーナーに勧められた本の中でも、『ユーザーストーリーマッピング』は特に腹落ちする内容が多い本でした。この本の中に「岩を砕く」という比喩がありますが、プロダクトオーナーの仕事のあらゆる部分でこの感覚が重要になります。ビジネスサイドにとってのプロダクト開発のストーリー(大きな岩)と、開発者にとってのプロダクト開発のストーリー(小石)は粒度の全く異なるものであり、これらを素早く行き来しながらコミュニケーションを取れることが必要です。

開発者として仕事をしていると、どうしても後者のストーリーにばかり目を向けがちですから、根本的な思考の切り替えが求められました。

引き継ぎとステークホルダーの理解

書籍による座学だけでは難しい部分もあるため、以前のプロダクトオーナーの発言や行動を観察しながら、そのプロダクトオーナーの脳内を自分でもトレースできるように努めました2

プロダクトオーナーになる上では、プロダクトそのものだけでなく、プロダクトの外のさまざまなステークホルダーについても理解する必要があります。個人的には、この部分が複雑で、一番難しいと感じました。その点において、以前のプロダクトオーナーからは、十分に時間をかけてステークホルダーについて解説していただいたので、大変感謝しています。

研究チームとの連携

Node-AI チーム特有の話として、Node-AI に搭載される技術の要素技術である時系列分析の研究チーム(先端AI数理プロジェクト)が隣で活動している点があります。研究チームは我々のようなスクラムで活動しているわけではないため、研究成果を Node-AI に搭載していくためには一種の調整が必要になります3。チーム間の連携の仕方は正直に言って現状ベストなものではなく、試行錯誤の最中であり、プロダクトオーナーから課題を引き継ぐ形になりました。

本番期間

初期のフィードバック

プロダクトオーナーを担当し始めてから最初の2スプリント程度は、レトロスペクティブとは別に、スクラムマスターからフィードバックを受ける時間を設けていただきました。自分1人で振り返りを行うと、反省ばかり先に頭に浮かんでしまうものですが、スクラムマスターは客観的にポジティブフィードバックも行なってくれるのでありがたい存在です。個人的には、スクラムマスターからのフィードバックは初期にしっかりもらうと良いと思います。

Howの介入を避けるための工夫

開発者からプロダクトオーナーになる上で一番危惧していたのは、開発者の頃の癖で、開発の細かいHowにまで自分が突っ込みたくなってしまうことでした。機能の詳細や仕様の議論に時間を割くのは、プロダクトオーナーのアンチパターンの1つです。そのため、プロダクトオーナーになってからは、しきりに「Howは皆さんにお任せする」ということを口癖のように繰り返していました。結果、今のところ、この部分は問題なく進められているように感じます。

スプリントゴールの設定

プロダクトオーナーとして日々難しいと感じているのは、毎週のスプリントゴールに何を立てるか、どんな価値を見せていくかというところです。機能は作れば作るだけいいというものではありません。むしろ、機能は作った瞬間から負債になるので、本当に価値をもたらさない限り機能は作らない方が良いです。

一方で、開発者からすると、新機能を作るPBIではなく細かな修正やアップデートのPBIばかりこなしていると、プロダクトが前に進んでいるのか分かりづらく、モチベーションを上げづらいという問題もあります。そのためプロダクトオーナーは、今はこういうことに注力している、だからこのスプリントゴールを立てているのだ、という思想を語り続ける必要があります。

開発者のモチベーション促進

Node-AIの開発チームでは現在、運用系のタスクにこれまで以上にしっかりと取り組んでいくことにモチベーションが向かっています。これは、Node-AI のユーザー数が以前よりも増えており、以前のプロダクトフェーズでは後回しにしていたタスク(例: メトリクス・ログ・トレースの集計や SLO の追跡など)の必要性が高まったためです。

運用系タスクはステークホルダーに価値を直接見せられるものではないので、プロダクトオーナーとして配分には熟慮が必要ですが、なるべく毎スプリントコツコツと積んで開発者の中でも習慣化できるようにしたいと考えています。

開発者との協力体制

私は、PBI の優先順位やその積み方について疑問がある場合、すぐに開発者に相談するように心掛けています。これは、引き継ぎの際に、以前のプロダクトオーナーが「開発者の中でも開発の進め方そのものをもっと議論できるようにしたい」と言っていたからです。以前のプロダクトオーナーにはカリスマ性があり、「何でも任せて大丈夫」という信頼感が生まれていた反面、開発者の間で議論があまり行われていなかったことを課題感として持っていたようです。

プロダクトオーナーとして、最終的な責任を持つことは重要ですが、全てを一人で決めるのではなく、開発者が自主的に議論できる雰囲気を作ることも大切だと考えています。もちろん、全てを開発者任せにしてしまうと負担が大きくなり、リファインメントが難しくなることもあるため、適切な線引きは必要です。

おわりに

この記事では、開発者からプロダクトオーナーになった私の体験談を赤裸々に紹介させていただきました。当初は不安もありましたが、今は少しずつ走り出せているという感触です。

本記事が、新米プロダクトオーナーとして苦労されている誰かの力になれば幸いです。

それでは皆さん、メリークリスマス!


  1. 生成 AI といえば、余談ですが、私は日本語に特化した LLM に関する情報を集めるのが趣味で、「日本語 LLM まとめ」という GitHub リポジトリを日々メンテナンスしています。今年は GitHub のスター数が 1,000 を超えたので嬉しいです!
  2. このあたりの引き継ぎの仕方は、チームの方針によって最適な方向があるかと思います。私自身は、まずは以前のプロダクトオーナーの方針を踏襲して進めていくことをスクラムマスターに宣言していました。
  3. Node-AI というプロダクト起点でストーリーを考えた場合、Node-AI というプラットフォームに、研究成果であるさまざまな AI モデルが搭載されていきます。一方で、Node-AI には適さないが有用な研究成果の場合、研究成果を起点に新たなプロトタイプを作成することもあります。チーム全体でのこれらの活動の進め方の配分をどのように行っていくかは難しい問題であり、マネージャー層の方々が苦労される部分ではあります。
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