本記事は、CyberAgent Advent Calendar 2022 9日目の記事です。

こんにちは。学際的情報科学センターの高野(@mtknnktm)と申します。当社のプロダクトにおけるデータ分析・計算社会科学の研究を業務としています。また、当社のDiversity&Inclusionプロジェクト「CAlorful」においてアンケート調査や文献調査なども行っています。

本記事ではCAlorfulプロジェクトにて多様性尊重と包摂(Diversity and Inclusion; D&I)に関して行った文献調査結果について報告いたします。筆者は計算社会科学の領域で研究活動をしておりますが、多様性尊重・包摂や差別・偏見に関する専門家ではないため、包括的な文献レビューにはなっておりません。ご注意ください。

多様性や包摂に関して議論をしていてと感じたのが、「多様性」や「なぜそれをするのか」について、それぞれの人の思い浮かべるものが異なり、またそれを明確にせず話がすれ違ったまま議論がこんがらがっていく事が多い、ということです。そのため、この文献調査では多様性や包摂、差別・偏見にまつわる用語や概念を整理することを目的として実施しました。参考文献は [著者名+出版年] という形式で参照し、最後に一覧化しています。

多様性を推進する2つの根拠

多様性の推進は多くの企業・教育機関など様々な組織で行われています。本記事では多様性・包摂の推進とは「社会に顕在/潜在する様々な差別・偏見をなくすためのアクション」のことを指すとします。

その際に「なぜ多様性を推進するのか?」の根拠は大きく分けて以下の2種類あります [Starck2021](日本語訳は筆者による)。

一つは 道徳的根拠(moral rationale) で、人間の尊厳を根拠とするものです。差別の撤廃やアファーマティブアクションはもともとはこちらを根拠としていました。

もう一つは 道具的根拠 (instrumental rationale) で、多様性がその組織・グループにメリットがあることを根拠とするものです。例えば [サイド2021] では意思決定に複数の視点が関わることにより、組織のパフォーマンスが高くなる様々な事例について紹介されています。近年、多様性はこちらの側面で語られることが増えてきました。文献 [Starck2021] によればアメリカの大学だと(人種的)多様性促進の法的根拠にもなっているようです。

この道具的根拠はマジョリティ(主流派)にとって魅力的ですが、マイノリティ(非主流派)にとってはそうでもないという問題があります [Starck2021]。マジョリティに「自分と異なるメンバーと交流することで自分が利益を得ること」を期待させる方策である一方、マイノリティにとっては、普段の生活で接する相手はそもそもマジョリティであるため、あまり恩恵がありません。むしろマジョリティ・マイノリティ間の格差を拡大する可能性も示唆されています。

例えば、文献 [Starck2021] では、米国の大学における白人系アメリカ人と黒人系アメリカ人のパフォーマンス格差を調査し、道具的根拠を採用する大学と道徳的根拠を採用する大学では、道具的根拠を採用する大学のほうが白人と黒人の学力格差が大きくなることを示しました。

また同文献では白人系アメリカ人は道具的根拠、黒人系アメリカ人は道徳的根拠を好むことも示されています。道具的根拠は「メリットがないなら多様性はいらない」ことを暗示するからです。したがって道具的根拠はマイノリティに自身よりも組織への貢献を(無意識に)強いることにもなってしまいかねません。

組織のパフォーマンス向上は良いことですし、ステークホルダーを説得しやすいなど道具的根拠が一概に悪いとは言えませんが、多様性推進をする上で前述の問題点には常に注意を払う必要があると考えています。両者を区別せずに「道徳的な動機で多様性を推進しているはずなのに、いつの間にか道具的根拠と動機で多様性推進をしていた」となると、どこかに歪みが生じてしまうのではないかと思います。

この多様性推進の問題については書籍「多様性との対話」[岩渕2021] にて近年のD&Iの取り組みが主に機能性を根拠とし、マジョリティ・権力者にとって耳障りの良い形に変形されており、直視するのがつらい「差別」を包み隠してしまいかねないことを批判的に検討しています。第1章が公開されています ので関心のある方はぜひ読んでみてください。また、書籍 [野口2022] の2章(著者: 延原氏)では 社会が認める「多様性」は、「社会にも価値がある多様性」だけになってないか と懸念を挙げています。この書籍も道徳的根拠と道具的根拠について考える上で非常に勉強になるのでおすすめです。

差別にまつわる概念や分類

最初に挙げた通り、D&I は差別や偏見の問題です。この節では「差別」を整理するための、概念や用語を紹介します。

差別、偏見、ステレオタイプ

多様性・包摂や差別の議論のときには偏見やステレオタイプといった言葉も頻出します。ここでは [Taka2021] を参考に差別・偏見・ステレオタイプの3つの用語について整理します。

  • ステレオタイプ は特定の人たちに対する決めつけたものの見方のことを指します。例えば、男/女だから青/ピンクが好きだろう、営業職/技術職だからきっと〇〇なキャラだ、〇〇人はみんな××な性格だ、などです。
  • 偏見 とは特定の人あるいはグループに対して抱く善悪や好悪などの態度のことを指します。例えば、男/女は〇〇なのですぐ××して嫌だ(好きだ)、営業職/技術職は〇〇なキャラだから付き合いにくい(付き合いやすい)、〇〇人は道徳心が希薄だから犯罪を犯しやすい、などです。大抵、ネガティブな意味合いを含みますが、ポジティブな態度も含みます。
  • 差別 とは特定の人あるいはグループに対する不公正な行為や処遇です。彼らに対して抱く善悪や好悪などに基づく差別とそうでない差別がありますが、ここでは前者の例を挙げます。例えば、男/女は〇〇なのですぐ××して嫌だから採用しない、営業職/技術職は〇〇なキャラだから付き合いにくいから昇進させない、〇〇人は道徳心が希薄で犯罪を犯しやすいので入国を拒否する、〇〇な人たちは××だから攻撃をしてもいい(ヘイトスピーチ・ヘイトクライム)などです。

悪意のない差別・偏見

差別の対象に対する敵意の無い「差別」も存在します。

敵対的差別(Hostile discrimination)と慈悲的差別(Benevolent discrimination)

最初に敵対的差別と慈悲的差別 [Glick1998] について紹介します。

敵対的差別 はその名の通り対象に敵意を持った差別です。「差別」と聞いたときに私達が最初に思い浮かべるのはこういったものでしょう。

反対に 慈悲的差別 は「善意」に基づく取り扱いが差別になってしまっているというものです。例えば「働くのは大変なことだから女性はしなくてよい」(結果として女性の選択肢が狭まる)などです。

この分類は性差別でよく出てきます。両者は正反対のようで、根底には伝統的なステレオタイプや男性優位性(例えば、男性は提供者、女性は従属者)が存在しています。そのため両者はともに女性に不利益をもたらしがちです。慈悲的性差別は主観的には女性を肯定的に見ているはずなのですが、女性は制限された家庭的役割を担い、「弱い」性であるという敵対的性差別と前提を共通しています。すなわち敵対的性差別も慈悲的性差別も、男性の構造的権力を正当化するために機能しています。例えば、管理職が「体力は男性の方があるから」と男性にハードな仕事を与えやすい傾向があるとすると、それは女性のキャリア形成に不利になりえます。

また、女性に対する評価が彼女のスキル・経験や専門性ではなく容姿に焦点が当たりやすい(専門性が評価されにくい)という問題もあります。これは [Glick1998](アメリカでの性差別の論文)で指摘されていることですが、ほとんど同じことが「Twilio Japan Women In Tech 〜女性エンジニア対談レポート〜」でも述べられていました。

専門家として登壇した彼女のプレゼンはとても素晴らしいものでした。しかしコメント欄には、技術や知識とはまったく関係がない“かわいい”“美人”といった書き込みがあり、彼女は心からがっかりしていました。

敵対的/慈悲的差別の分類は性差別だけでなく、様々な場面で登場します。古い例では、白人の責務(白人は文明化していない他の人種を文明化する責務を果たすべき)などが知られています。

構造的差別

構造的差別とは制度上は中立であるにも関わらず、マジョリティを前提とした制度設計や慣習によってマイノリティが差別的に取り扱われしまうというものです [Pincus1996]。例えば、日本における婚姻によって2名の名字をどちらか一方のものにするという制度は、定義上は男女の取り扱いに違いはありません。しかし、女性が男性の名字に変更することが多く、その結果、女性が働く上で煩雑な手続きを必要としたり、キャリア形成に悪影響を及ぼしてしまいます。また社会に存在する人種的偏見・差別によって教育・就職・収入に格差がある場合、融資の審査の際に被差別人種は審査に通りにくい(返済能力が無いと判断されやすい)というのも構造的差別です。実際に人種と返済能力は(社会に存在する差別によって)関連しているため、統計的には合理的な判断とも言えます。このような統計的合理性に基づく場合は統計的差別とも言います。

構造的差別は本来全く差がなかったとしても発生してしまいます [オコナー2021]。偶然の偏りが増幅され社会的に固定化されてしまうからです。一度発生した構造的差別はマイノリティを更に不利にし、格差をより強固なものにしてしまいます。一方で、この差別は意図的でなく、違法でもなく、通常通りの振る舞いとして行われているため、対処が難しく重大な問題です [Pincus1996]。前述の「道具的根拠に基づく多様性推進による格差の拡大」や慈悲的差別も構造的差別であると言えるかもしれません。

見えない特権と無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)

マジョリティ(主流派)は社会の様々なバイアスによって、無自覚に多くの特権(見えない特権)を持ちます [グッドマン2017] [出口2021]。例えば、入籍しても名字を変えないことが自然な状態であること、大学に進学することが自然な環境にいることなどです。

無自覚であることの問題は

  • 差別に対抗するアクションに対して逆差別を感じやすい(アファーマティブ・アクションに対する反感など)
  • 差別をマイノリティの問題に帰着させがち(彼らの環境は彼ら自身の怠惰のせいであるなど)

などが挙げられます。

すなわち、差別はマジョリティ側(差別している側≒社会)の問題であるにも関わらず、マイノリティの努力不足といった差別されている側の問題に帰着させやすくなってしまうのです。この特権の無自覚さがマイノリティにとっての生きづらい社会の原因になっていると言われています。すなわち見えない特権は構造的差別の一因になってしまうのです。[出口2021] では日本におけるマジョリティの高い属性として、日本人、高学歴、健常者、男性、異性愛者、シスジェンダー、高所得、大都市圏在住 などを挙げています。

無意識の偏見とは日々の生活の中で無意識にしている偏ったものの見方・考え方です [守屋2021]。例えば、性別・年齢・出身地などから相手の性格や能力を想像しようとする、女の子(男の子)へのプレゼントにピンクの(青色の)服を選ぶ、事務仕事・雑用を若手や女性に依頼する、負荷の高い(またはキャリアアップにつながる)仕事は男性に割り振る、ITエンジニアは朝が弱いと思う、などです。無意識の偏見は見えない特権の裏返しになっている側面もあり、構造的差別の一因を構成します。また慈悲的差別の根底にある伝統的ステレオタイプや男性優位性とも関連します。

善良な人であっても自身の特権に無自覚であったり、無意識の偏見は持っているため、まずはそれらを自覚することが重要です。アンコンシャス・バイアストレーニングといった形で研修を実施している企業も多いようです。

自然主義的誤謬と差別

自然主義的誤謬 [小田2013] とは

  • 人間の一般的な性質が〇〇「である」
  • 人間は〇〇なので〇〇「すべき」

といったように、「である」と「すべき」を混同してしまうことを言います。しかし自然的な性質・関係と規範・倫理は分けて考える必要があります。

例えば、

  • オスは繁殖のコストが安いので、多くのメスと交配することで子孫を残そうとする(メスは繁殖のコストが高いのでオスを見定める)。つまりオスの浮気は本能なので浮気しても良い。
  • 多くの哺乳類では子育てはメスが行う。だから子育ては女性がするべきである。
  • 進化のプロセス(淘汰)によって「弱者」は淘汰される。だから弱者を排斥しても良い。

などです。このように進化的な性質(である)を規範(すべき)と同一視することで、差別の根拠とすることは意図的・無意識に行われるため注意が必要です。

進化的な・自然的な人間の性質(進化心理学など)を探求することは重要です。その知見を差別を含む行動や態度の正当化に用いることは魅力的ですが大変危険な考え方です。明らかになった人間の性質によって起きてしまう問題のある現象(差別など)を軽減するために用いることが適切な学問の使い方だと考えています。

進化論や進化心理学については [lambtani2017] がエッセンスを抽出したわかりやすくコンパクトな解説を掲載しています。また「進化と人間行動 第2版」[長谷川2022] は進化論や進化心理学に関する日本語で読める素晴らしい教科書ですので、関心のある方はぜひ読んでみてください。

肯定的差別(アファーマティブアクション)

やや趣の異なった差別の形態として肯定的差別を紹介します。「差別」は刺激的な言葉なので、アファーマティブアクションと呼ばれることのほうが多いかもしれません。

これは構造的差別を是正するための措置で、平等を実現するために一時的に差別を許容するという政治的判断 [中西2021] です。したがって「差別」ではあるのですが、社会を改善するための肯定的な意味合いを持ちます。ただし、個々のケースでは肯定的差別によって不利益を被ってしまう人も出てくる可能性があるため運用には注意が必要です。

近年では社会の様々な場面で実装されており、クォーター制(議員や会社役員の一定数をマイノリティに割り当てる制度)、障害者雇用枠、アメリカの大学の人種ごとの優遇措置などが挙げられます。最近では東京大学が女性教員の採用を増やす東京工業大学が女子学生を増やすなどのニュースが報じられました。

組織文化とジェンダーギャップ

[川口2012] は「昇進意欲に男女差があると言われているが、それは働く環境の問題であること」を示しています。昇進意欲を素朴に集計して男女で比較すると男性のほうが高くなりがちです。しかし、ジェンダーギャップを積極的に改善しようとしている会社では男女差はなくなり、両者ともに昇進意欲が高くなります。すなわち、女性の昇進意欲が低いのは性別に起因する性格や能力の違いではなく、組織や文化の問題であるということです。

また [Salwender2022] は「政治的駆け引きが出世に重要」である組織文化は「能力を重要視する文化」よりも女性に不利であることを指摘しています。これは人々(男女とも)の仕事における認識が「政治的駆け引き→男性的」、「能力の発揮→女性的」という文化に起因するようです。

[正木2017] はジェンダーに焦点を当てて、企業のダイバーシティに関する組織文化(ダイバーシティ風土)にはどのようなものがあるかを調査しました。その結果、以下の5つの種類があることがわかりました。

  • 女性登用に積極的
  • 男性優位でない
  • 働き方の選択肢が多い(働き方の多様性)
  • 個々人の違いが尊重させている(包摂性)
  • マッチョイズムでない(男性のほうが女性よりも重労働を求められたりしない とか)

これらのダイバーシティ風土は企業パフォーマンスと関連していまして、

  • 働き方の多様性や包摂性が高いと、モチベーションが高く、愛着があり、会社が重要になる
  • 包摂性が高いとより離職したくなくなる
  • 女性登用に積極的だと当人にとって会社が重要になる(この効果に男女差なし
  • それ以外の風土はあまり関係がない(※ 多様性尊重の面で重要でないわけではない)

また制度と風土には複雑な関係があり、なかなか推進していくことが難しいことが示唆されています。例えば、育児制度が充実すると(女性が活用することが多いというバイアスがあるので)男性に仕事が寄ってしまい、その結果、マッチョイズムが高まってしまうなどが挙げられていました。

組織の差別是正・多様性推進はマイノリティ(ここでは女性)に良い影響があるだけでなく、マジョリティ(ここでは男性)にも良い影響があることも多いという報告もあります。例えば、上記の [川口2012] [正木2017] や、女性医師の燃え尽き症候群対策の効果を調査した [Taka2016] などです。つまり、ジェンダーギャップ対策はゼロサムではなく、組織の構成員全員の「働きやすさ」を改善するという側面があると考えられます。

まとめ

本記事では概念や用語の整理を目的として多様性、包摂、差別、偏見に関する文献を紹介しました。これらに関わる文献は膨大であり、まだ調べきれてないものが多くあります。例えば、平等・公平・公正も混乱の多い概念ですが、正直なところまだうまくまとめることができていません。[Espinoza2007] では何について平等・公平を求めるかによって、同じ「公平」でも全く異なることを求めることになるため、「何について」の「平等 or 公平」か?を明確にした上で議論すべきだと論じています。機会の平等を求めることと結果の平等を求めることは全く異なるなどです。

とはいえ、いろいろな書籍や論文を読んでいると、いまいちよくわからずモヤモヤしていることが、ずっと前に調査され、整理されていることが多くありました。多様性尊重や包摂は社会として重要なことであるとともに大変おもしろい領域だと思います。もしご興味を持たれた方は [岩渕2021] や [野口2022] など優れた日本語書籍も出版されていますので、ぜひ読んでみてください。

参考文献

学際的情報科学センター所属。2011年にフロントエンドエンジニアとして中途入社。その後、データマイニングエンジニアとして自社プロダクトのデータ分析と計算社会科学の研究に従事。計算社会科学・複雑系・進化心理学・進化ゲーム・統計モデリングなどに興味。