大規模SaaS「カイポケ」の意思決定を支える事業責任者の思考と技術

「エス・エム・エス社員に訊いてみた」第三弾として、介護事業者向け経営支援サービス「カイポケ」の事業責任者である園田さんへのインタビュー記事をお届けします。

事業責任者の役割

本日はよろしくお願いします。はじめに、園田さんの担っている「事業責任者」という役割がどんな役割なのかを教えてください。

カイポケに関わる組織のうち、プロダクトマネジメントとエンジニアリングの部署は田辺さん(@sunaot)が担当で、それ以外のセールス、マーケティング、カスタマーサクセス、事業開発といった部署を僕が担当しています。事業責任者が担っているのは、「顧客に提供する価値を最大化するために必要なことすべて」です。事業の方針を立てて、必要になるリソースを調達して、プロダクトを市場に投下・フィットさせていくというのが一つの流れです。代表的には、調査をして事業計画を立てたり、人を採用したり、予算を取ってきたり、ステークホルダーと対話したりといった事柄となります。

取り組む事柄には、連続的なものと非連続的なものがあります。事業上のボトルネックを特定して解消し、また次にボトルネックになったところを特定して解消し……というのを繰り返すのは連続的な部分です。また、個々の担当者がそれぞれの担当分野を見ているのに対して、横断的に見ることのできる自分が事業全体を統合するというのも役割になります。一方で、非連続なことを考える場面というのもあります。ミッションやビジョンの定義といったタイムラインの長いものを考えたり、事業を再定義するといったことも、僕が担うことの多い仕事です。

カイポケはSaaSのソフトウェアだけでなく、金融事業やICT機器のレンタル事業、M&A仲介事業といった、ソフトウェアと非ソフトウェアの事業を統合的に提供しているので、サービス全体のポートフォリオマネジメントも重要です。新規のサービスを作ることよりも、「何かの機能を無くす、事業を撤退する」という意思決定をする方が、担当者としては難しい場合がありますが、プロダクト全体の観点をもって、一定のユーザーがいる中で「削ぎ落す」という意思決定をする事は自身にしかできないので、とても大事だと思っています。

これまでのキャリア

ありがとうございます。事業責任者になるまではどのようにキャリアを歩んできたのですか?

一貫して、「必要なことは全部やる」という仕事の仕方をしています。新卒で小さなベンチャー企業に就職して、2年目くらいには一つの事業の責任者という立場になったので、色々やりました。電子書籍サービスの会社だったので、配信サイトのUI/UXの改善をやったり、コンテンツを増やすために版権を取りにいく動きをしたり、市場を広げるために営業に行ったりと、その時々にボトルネックになっている部分を解消しにいく動きをしていました。その後の転職先でも同じような動きをしていましたし、エス・エム・エスのグループ会社であるエムスリーキャリアやMIMSに在籍していたときもそうです。その後いちど起業をしていた時期もありました。

カイポケに関わるようになってから

なるほど、エス・エム・エスには起業を経験されたあとで戻ってきたのですよね。戻ってきてからはどのようなことをして今に至っているのですか?

カイポケには10程度のプロダクトラインが有るのですが、それぞれのLTV(ライフタイムバリュー)を把握している人はいなくて、リソース投下の優先順位も曖昧な状態でした。そこで、まず各部署からデータを取得して、各プロダクトのLTVを分析しました。

各部署の長にヒアリングをしていく中で、サイロ化していて、事業全体を統合して把握している人が存在しないことを課題に感じました。そのせいなのか、データが各グループ内に閉じていてデータの形態もそれぞれ独自(Excelがあったり、CSVファイルがあったり、あるいは時系列データで持っているところがある一方でスナップショット的なデータしかないところもあったり)で、横串で分析をする事が極めて困難になっていたのです。 こういった部分の改善と並行して、ボトルネックを探索的にみていって特定するという活動をしました。ちなみに、最近ではデータの民主化がだいぶ進んできています。データの民主化については以下の記事も見てみてください。

tech.bm-sms.co.jp

その後、分析対象を広げていって、事業をこうしたら良いのでは?という提案を行い、最終的には、事業の責任者になりました。

PythonやSQLを使ったデータ分析の話

データの話が出ましたが、園田さんはPythonやSQLを使ってデータ分析などをバリバリできる人だと聞きました。どういうきっかけで身に付けたんですか?

僕は、別にデータ分析を専門としているわけではないのですが、事業のために必要なことをやるというスタンスで仕事をしていく中で、やはりデータ分析という所作は必要で、以前からよく行っていました。昔はExcelとVBAでやっていたのですが、大量データを扱うことが多かったので、SQLで分析するようになりました。Pythonで前処理を行うようになったのも似たような理由です。

カイポケの事業運営の特徴

カイポケの事業運営についてお話を伺います。データの話も出ていましたが、カイポケの事業運営の特徴を教えてください。

可能な限り「勘」で動くことを避けて、調査/分析→仮説構築→仮説検証→施策実行という流れにそって運営しています。そして、分析のアプローチの一つとして、現場に身を投じて感覚的に理解することと、データ分析の2つを重視しています。

前提として、カイポケが対象とする医療介護業界は、エンタメやBtoCのようなトレンドに左右される事業という性質は薄く、一定程度はStable(安定的)なマーケットです。プロダクトを作る側が何か新機軸を打ち出すということよりも、顧客のニーズを捉えてそこにソリューションで応えていくことの方が重要だと考えています。さらに、カイポケは既に多くの顧客に利用していただいていて、データも社内に相当程度蓄積されています。そのため、意思決定をするときにデータを活用するということがフィットしていると思います。また、マーケットの性格上、中小の法人の顧客が大多数を占めていて、特定の顧客に売上の多くを依存しているわけではないということも、データ分析の重みが増す要因です。

なるほど、プロダクト開発においてデータ分析を用いるというのは近年では当たり前になってきている印象もありますが、カイポケは特にそれがフィットしているという側面があるのですね。ここまでの話では机上の分析を重んじている印象がありますが、一方で事業所訪問などもよくしていますよね。

はい、プロダクトの使われる現場に行くことから得られる肌感覚も大切にしています。介護事業所などを訪問することはやはり大事で、僕自身も率先して行きますし、メンバーにも推奨しています。カイポケに関わるメンバーは若い人が多いので、介護事業所に縁のある人が少なく、実際にプロダクトが使われる場面のイメージを持ちづらいんです。いくら分析をしても、イメージが湧かないところに対して考えることというのは的を射ていないものになりがちです。たとえば、障害児通所支援事業所を訪れてみると、カイポケを使ってもらう端末としてタブレットはあまりフィットしないということがわかります。介護事業所と違ってそこにいるのは子どもなので、職員のタブレットで遊びたがってしまうんですよね。こういったことは現場に行くとわかるので、現場に行くことは問題解決のためには非常に有益なんです。また、現場に行くとやっぱりがんばろうという気持ちにもなれて、仕事にも熱がこもってきます。営業の方であれば当然現場には行くんですが、プロダクトマネージャーやエンジニアの方というのは普段の仕事の中では現場に行く機会は意図して行わないと少ないので、例えば「事業所に訪問したい!」とチャットで投げれば営業側ですぐに設定するようにするなど、各人が現場を訪問するハードルを極力下げるようにして、どんどんメンバーには訪問してもらえるようにしています。

カイポケのプロダクト開発の特徴

プロダクト開発という観点ではカイポケにはどんな特徴があるでしょうか?

先ほど言ったことと関連するのですが、SaaSらしいプロダクト開発をしているということは言えます。「SaaSらしい」というのは、Slerのように、特定の顧客のためにカスタマイズを頑張るのではなく、顧客全体にとってのValueを考え、最大公約数的にプロダクトを作っていくということです。そのようにして作ったプロダクトの仕様から外れる部分については、顧客の業務を可能な限りシステムに寄せてもらうという思想ですね。これが有効なのは、カイポケが対象としているマーケットが、中小の顧客が圧倒的多数を占めるマーケットだからです。もちろん顧客の声というのは重要なインプットではあるのですが、営業が大口の顧客と約束してきてしまったから特殊な機能を作らないといけない、みたいなことは避けています。特定の顧客のための例外処理的なものを実装するとシステムとしても複雑になってしまいますし、多数の顧客にとって使わない機能が存在していると、プロダクトの完成度はむしろ落ちると思っています。

また、カイポケで一番大事にしているのは顧客への提供価値を最大化することで、システム開発ですべて解決しようとはしていません。顧客の課題を解決するのにシステムでの対応が一番的確な場合はもちろんシステム開発をしますが、たとえばサポートでの支援で解決するというのも選択肢のひとつとして扱っています。システムという狭義のプロダクトに限らず、セールスやカスタマーサクセス、サポートや外部の協力会社といったエコシステム全体を「プロダクト」として捉えています。これはテクノロジーで全てをスマートに解決してやろうという志向の人からすると「え〜」と思うような側面かもしれませんが、介護や医療の現場のリアルで複雑な課題に対して、「現実解で解く」という面白さもあります。システム開発ではなく問題の解決が私たちの商売というわけです。

プロダクト開発部門との関係

エンジニアとしても、言われたものをただ作るというのは避けたいし、作るなら本当に顧客にとって必要なものを作りたいので、事業全体としてそういう方針だとやりやすいですね。園田さんと、プロダクトマネージャーやエンジニアの部門との関係はどういうふうになっているのですか?

プロダクトマネージャーはプロダクトに責任を負います。何かを決めるという時に、エンジニアリングリーダーシップ、プロダクトリーダーシップ、ビジネスリーダーシップという3つに分けて考えるというのを田辺さんが社内で提唱しているのですが、僕はこのうちのビジネスリーダーシップのみを権限として持つようにしています。ですから、最終的にプロダクトのHOWの部分(どうするのか、どう作るのか)については、事業責任者である僕にも「こうしろ」という権限はありません。ビジネスの観点から、こういう背景があるとか、こういう未来予測になるとか、収益上こういう形にしたいとか、「こうするのがいいと思う」という意見はもちろん言います。しかし、最終的にそれをプロダクトとしてどのように表現するかは、プロダクトリーダーシップの担い手であるプロダクトマネージャーが責任を負っていますし、技術的にどのように実現するかはエンジニアリングリーダーシップを担うエンジニアが責任を負います。ここは完全に権限が委譲されている状態です。たとえば、プロダクトマネージャーの決めたロードマップに対して僕が何かを差し込むというのはできないようになっています。

なぜそうしているかというと、何かを最終的に決める人というのを1人に決めておくことによって色々なことがスムーズにいくと考えているからです。これはプロダクト開発部門に対してだけでなく、セールスやマーケティングといった事業部門のメンバーに対してもそうで、僕は「ここはあなたに100%委譲したので僕は決められません、あなたが決めてください」とよく言っています。これは元々の僕のマネジメントスタイルで、そこと先ほどの田辺さんの言っている3つのリーダーシップの話はマッチしていたので今の組織運営はそういう形になっています。

エンジニアへのメッセージ

最後に、エンジニアに対して伝えたいことはありますか?

理想としては、エンジニアの方にも、顧客に対して価値をどう提供するかについてよりよい方法を提案してもらえると嬉しいです。もちろん最終的には実装する、ものづくりをするというのがエンジニアの職責だとは思うのですが、プロダクトマネージャーがプロダクトマネジメントトライアングルの全てを担うことはかなり難しいので、「いやそこはこう作った方が拡張性があるよ」や「そこは実装しなくていいんじゃないか」といった議論をエンジニアからもしてもらえるといいなと思います。そのためにはやはり、できれば顧客を理解してほしいなと思っています。

もちろん、エンジニアとしては、一番興味がある、やりがいを感じるのはそういう部分じゃなくて技術の部分だ、という人もいると思うので、みんながみんなそうなるとは思っていないのですが、もし顧客を理解してものづくりをするという部分にも興味を持っているエンジニアがいれば、とてもハッピーですし、そういう人にとってやりやすい環境を作る努力は惜しみません。社内でのコミュニケーションの場も用意しますし、顧客と話をする機会もアレンジします。事業所訪問のハードルを下げるというのもこういう意図でやっていることです。ですから、こういう動き方に興味がある人がいたら一緒に働けると嬉しいです。

ありがとうございました!

(終)