クルマの価値を引き出す「見えない土台」 ──NTTデータMSEの車載プラットフォーム開発
これまでもカーナビゲーションやIVI(In-Vehicle Infotainment)などの車載製品では、ソフトウェアが重要な価値を担ってきました。ただ、新しい機能を提供するためにはハードウェアを含めたアップデート、すなわち車両の買い替えが前提となっていました。 SDV(Software Defined Vehicle)化が進むこれからの時代は、強固なハードウェアを基盤としながら、ソフトウェアによって製品の価値を継続的に向上させていく世界へと変わろうとしています。 そのSDV化のカギを握るとも言われているのが、専用のプラットフォーム開発です。株式会社NTTデータMSEデンソー事業本部プラットフォーム開発部では、どんな開発に携わっているのでしょうか。同開発部を牽引する2人に話を聞きました。◾️インタビュイープロフィール
株式会社NTTデータMSE
デンソー事業本部
プラットフォーム開発部
部長
奥村 竜矢 氏(おくむら・たつや)氏


株式会社NTTデータMSE
デンソー事業本部
プラットフォーム開発部
副部長
清水 健司(しみず・たけし)氏
車載ソフトウェアにおけるプラットフォーム開発とは?
──そもそも車載ソフトウェアにおけるプラットフォーム開発とはどのようなものでしょうか。

奥村氏: プラットフォームは、ハードウェアとアプリケーションの間に位置し、ハードウェアの機能を最大限に活用するための基盤となるソフトウェアです。この「プラットフォーム」という概念は、クルマだからといって特別なことはありません。
清水氏: 強いてパソコンなどとの違いを挙げるとすると、クルマには多数のECU(電子制御ユニット)が搭載されていること。つまりその数だけ、複数のプラットフォームが実装されています。プラットフォームにはLinuxやAndroid、QNXなどのOSのサポートも含まれるため、守備範囲も広い。私たちはハードウェアの上でアプリケーションが動くためのOSを含んだ土台すべてを担当しています。
奥村氏: 一つの製品だけでなく複数の製品を並行して開発しているので、それに応じた大きな開発体制が必要です。そのためデンソー事業本部プラットフォーム開発部は私のようなデンソーからの出向者も含め、多くの社員が所属しています。加えて、社内の関係部門やパートナー企業の方々とも連携しながら、多くの開発者が関わる体制で取り組んでいます。
清水氏: 例えば音の制御ならこの人、画面の表示ならこの人など各分野に長けた開発者がたくさん集まっているのも、プラットフォーム開発部の特徴です。
──奥村さん、清水さん共にプラットフォーム開発には長く携わっています。開発シーンにおいてどのような変化がありましたか。
奥村氏: ソフトウェアの規模が拡大したことで、開発のスタイルが変わりました。昔「OSチーム」と呼んでいた頃のプラットフォーム開発は、ハードウェアの制御を含めた、製品開発の基盤となるソフトウェアすべてを自分たちで積み上げていく形の開発でした。
今はSoC(システム・オン・チップ:CPUやメモリなどシステムに必要なコンポーネントを1つのチップにまとめた半導体)メーカーが提供するBSP(Board Support Package)と呼ばれるハードウェア制御を担うソフトウェア群を利用し、それを製品に載せる形へと徐々に変わっています。
BSPは自分たちで作っていないので、中身や動き方がわからないことも多々あります。わからないときはSoCメーカーに問い合わせて確認したりするなど、苦労するポイントが変わってきたと思います。
清水氏: SoCメーカーの多くは海外企業であるため、技術的な問い合わせも英語で行う必要があります。また、ソースコードが開示されない領域があることが、従来と違って難しいところです。SoCメーカーから提供されるBSP部分にもなるべく手を加えず、かつ求められる機能を最大限発揮できるよう対応しなければなりません。自分たちが1から開発していたときとは異なり、新しいプラットフォームとしての在り方が求められていると思います。
──最初、プラットフォーム開発にどのようなイメージを持っていましたか。
奥村氏: アプリケーションの開発は、自分が作ったモノが目に見える。そこに面白さを感じる人は多いと思います。
一方、プラットフォーム開発は、ユーザーから直接見える部分ではありません。一見しただけでは、自分が作った部分がわかりません。そこが、プラットフォーム開発の魅力が伝わりにくいところだと思います。
ですが、プラットフォーム開発ならではのやりがいは、ソフトウェアで完結する仮想世界のみでなく、ハードウェアという現実世界も含めて機能を実現するところにあります。特に私が最初に配属されたOSチームでは、ハードウェアを動かすドライバーのソフトウェアも自分たちで作るなど、実際のハードウェアに作用して動かせる点に、大きな面白さを感じましたね。
清水氏: プラットフォームは難しいというイメージを持っていました。実際、携わってみたらやっぱり難しかったですね(笑)。現在もプラットフォームは難しいというイメージは変わっていません。

SDV化によって技術や役割はどのように変わったのか
──SDV化が進むことで、完成車メーカー、サプライヤー、SIerの役割や関係性に変化はありますか。
奥村氏: SDV化以前のECUは独立しており、ECUごとに定められた仕様に従ってさえいれば良く、このECUは○○メーカー、このECUは△△メーカーというように、ECUごとに異なるメーカーが作ることも珍しくありませんでした。
ECU同士は従来からネットワークで接続され、完成車メーカーが定めた通信仕様に基づいて連携していましたが、SDV化が進む中で、その連携はより強化されるようになっています。各ECUが持つ情報を集約し、新たな価値やサービスにつなげていくため、複数のECUを一体として捉え、1つのメーカーやチームに任されるケースが増えています。
清水氏: デンソーがSIerのNTTデータMSEと一緒になって車載ソフトウェアの開発をしている理由も、NTTデータMSEが大規模なソフトウェア開発の経験が豊富だったからだと思います。当社は元々、パナソニック製携帯電話のソフトウェア開発を一手に手掛けていました。
携帯電話のソフトウェア開発はパートナー企業も含めて300~500人のかなり大規模なプロジェクトでした。開発の規模が大きくなればなるほど、マネジメントは難しくなります。私自身、そうした規模のプロジェクトに入社してからずっと携わってきました。大規模プロジェクトをマネジメントするには、経験から得られるノウハウやナレッジも必要ですから。
──技術的な難しさについてはいかがでしょう。
奥村氏: SDV化によりECUの統合化が進んでいることで、プラットフォーム開発は技術的に非常に難しい領域に入りました。従来の車両には、用途に応じて約70~100個のECUが搭載されていますが、これらを個別に配置すると、ECU自体の重量に加え、それらを結ぶ膨大な配線(ワイヤーハーネス)によって車両重量が増大してしまいます。車両を軽量化することで燃費性能の向上が期待できることから、ECUを統合して配線を削減し、軽量化を図ることは、現代のクルマにとって不可欠な取り組みです。
また、ECUの統合によって車内でECUが占める体積を減らすことができ、車両空間に余裕を持たせられるという利点もあります。
ECUの統合化とは簡単に言うと、複数に分かれていたECUを1つにまとめること。ソフトウェアの観点では、情報を一元的に管理しやすくなり、機能間の連携をよりリアルタイムかつスムーズに行えるようになります。性質の異なるソフトウェアを、ハードウェアリソースをうまくシェアしながら、1つのプラットフォーム上で共存させて動かせるような環境が求められます。
清水氏: 例えば、IVIの音楽や動画再生機能はもし再起動することになっても運転に影響を与えることはありません。一方で、デジタルメーターの表示やADASのような運転支援機能は、安全に直結するため、システムを再起動させることは許されません。このように、IVI、メーター、ADASではクルマの運転に与える影響度が大きく異なります。
私たちが今後取り組んでいくのは、そうした異なる安全レベルを持つECUを1つに統合し、それぞれに適した振る舞いを実現できるプラットフォームの開発です。IVIとメーターとの統合はすでに実現できており、現在はADASとの統合を実現するプラットフォームの検討を進めています。
奥村氏: 技術的に難度の高い課題ですが、プラットフォーム開発部にはこの課題を乗り越える技術力があると思います。LinuxやAndroid、車載ソフトウェアによく使われるQNXなど、それぞれの技術に特化したスペシャリストが数多く在籍しています。ECUの統合では異なるOSを1つのECUで動かすことが求められることもある。それぞれの技術に特化したスペシャリストがたくさんいることが、私たちの強みの1つだと思います。

デンソー事業本部で働く魅力・文化・風土
──奥村さんはデンソーからの出向、清水さんは社内異動を経てデンソー事業本部に在籍されていますが、以前と比べて意思決定のプロセスや文化などに違いはありましたか。
清水氏: NTTデータMSEも品質向上に長年取り組んできました。一方、デンソーはクルマという人の命に関わる製品を開発してこられた企業です。当社以上に品質重視の姿勢が徹底されており、開発プロセスも堅実に運用されている印象です。
奥村氏: 私がNTTデータMSEに来て驚いたのは、意思決定のスピードの速さです。デンソーに比べて会社の規模が小さいこともありますが、スピーディーに物事が進められるのはNTTデータMSEの良さだと思います。
清水氏: 以前の部署と比べると、デンソー事業本部ではハードウェアの開発者と直接会う機会が多いことです。
奥村氏: デンソー事業本部にデンソーの開発者が訪ねてきたり、私たちがデンソーに出向くこともありますからね。
清水氏: デンソーには、それぞれの分野を深く掘り下げた専門家が数多く在籍しており、特定領域における技術の深さが大きな強みだと感じています。一方で、NTTデータMSEはソフトウェア全般を幅広く手がけており、特定分野に閉じない横断的な視点で開発に取り組める点が特徴です。例えるなら、デンソーが「深さ」を強みとする組織であるのに対し、MSEは「広さ」を活かして価値を生み出す組織だと言えるでしょう。

──今後、SDV化が進むことで、ユーザー体験はどのように変化していくと思われますか。
清水氏: 今はまだSDV化の途上なので明確なことは言えませんが、現在のスマートフォンのようにネットワーク経由でアプリケーションがアップデートできるようになったり、欲しい機能を欲しいときに手に入れられるようになると思います。
奥村氏: 自動運転の機能が進化し、将来的に運転手が運転から解放されるようになれば、クルマは単なる移動手段ではなく、移動時間そのものを楽しむための空間へと変わっていきます。一方で、「運転そのものを楽しみたい」というニーズも一定数残り続けるでしょう。
いずれにしても私たちは2030年代を目指し、ECUの統合化を進めています。
──未来を想像しながら仕様を考えることや、ECUの統合という技術的に難しい課題に取り組むことは、開発者にとって非常に魅力的な仕事ですね。
清水氏: プラットフォーム開発は、土台の開発です。システム全体を作っているんだという実感が得られます。
奥村氏: 全体のバランスをうまく保ちながら、製品として成立させていく。そこに面白さがあります。
──難易度の高いプロジェクトに取り組むエンジニアの皆さんをバックアップする支援体制や制度はあるのでしょうか。
清水氏: メンバーには「技術力が一番高い集団であろう」と発信しています。実際、組込みシステム技術協会(JASA)が実施する「ETEC(組込み技術者試験制度)」の高いグレードを取得している人が多く、その他、IPAが実施する応用情報技術者試験の取得者数も多い。それだけ、プラットフォーム開発は高い技術力が求められる仕事なのです。
奥村氏: プラットフォームを開発するには、ソフトウェアの知識はもちろん、メモリやCPUの制御方法などハードウェアのことも、知らなければできません。しかも同時に複数の機能を実現させるようなことも求められる。高い技術力が身に付きやすい仕事と言えるかもしれません。
清水氏: 実際の業務を行う上で専門性を高められるということもありますが、組織としても取り組みを実施しています。例えば、課長が主導して継続的に専門性を高める組織を推進しています。それに加え、デンソー事業本部ではデンソーが高度なスキルを有する人材を「SOMRIE(ソムリエ)」として認定する「SOMRIE®認定制度」を導入しています。
奥村氏: SOMRIE®認定制度は、情報処理技術者試験のように、いろいろなカテゴリーが用意されており、選ぶことができます。私はプロジェクトマネジャーのSOMRIEに認定されています。
清水氏: 私も今年、プロジェクトマネジャーのSOMRIEに認定されました。自分のスキルを客観的な視点で把握できる機会になるので、チャレンジして良かったですね。仕事に対するモチベーションも上がりました。
奥村氏: 毎年、SOMRIEに認定された方向けに認定式が開催されています。認定式には担当役員や社内外の関係者、SOMRIE資格を持っている社員など、スペシャリストたちが一堂に会します。多才なプロフェッショナルとのコネクションを作る貴重な機会にもなっています。

プラットフォーム開発の未来
──今後、プラットフォームはどのように変化していくと思われますか。
清水氏: 昨今、ECUの統合に向けてプラットフォームの在り方について議論を重ねる機会が増えています。
従来クルマの開発には、3~5年という長い期間を要していました。それはハードウェアが完成し、そのハードウェアを動かすためのプラットフォームを構築し、それを土台にアプリケーションを開発するという段階的なプロセスがあったからです。しかし、今後は特定のハードウェアに依存せず、自由にアプリケーションを作って機能を増やせるようなプラットフォームが求められてきます。そうした環境が実現できれば、開発期間の短縮や開発工数も減らすことができます。まずは理想の姿を描き、どういう形にすれば理想のプラットフォームが開発できるのか。開発環境のエコシステム化を含め、開発の方針を立てているところです。
奥村氏: 車両側だけではSDVは完結しません。OTA(Over-The-Air)によるソフトウェア更新を実現するには、クラウド側の仕組みも必要になります。今後は車両側だけでなく、クラウドまで見据えた、システム全体での検討が必要になると考えています。
──プラットフォーム自体のあり方も変わっていく中で、NTTデータMSEは今後どのような価値を提供できるのでしょうか。
清水氏: 変化の中で活きてくるのが、NTTデータMSEがこれまで培ってきた車載以外の開発経験です。これまでの他分野での開発経験が強みになると思います。
奥村氏: そうですね。SDVはインカー(車内機器や制御)の領域だけでは完成しないので、アウトカー(ネットワークを通じて得られる価値)の領域も必要になります。そこにNTTデータMSEが持っているソフトウェア全体を俯瞰できる総合力が貢献できると感じています。
今、自動車業界は大変革期を迎えています。完成形が最初から決まっているわけではなく、「どうあるべきか」「どうしていきたいのか」から考えていくフェーズです。だからこそ、自分が思い描くクルマの未来を、自分の手で形にしていける。そのチャレンジングさが、この仕事の面白さだと思います。
清水氏: プラットフォーム開発は難しいイメージがありますが、土台になる部分なのでやりがいも大きい。しかも今の自動車業界は、どの価値を重視するのか、どんな道を選ぶのか、さまざまな可能性が広がっており、底知れない面白さに満ちています。その歴史的な転換点に携わることは、エンジニアとして確実なスキルアップになるはずです。この激動の時代を、ぜひ私たちと一緒に全力で楽しみましょう。

株式会社NTTデータMSE
https://www.nttd-mse.com/
取材・文=中村 仁美
撮影=刑部 友康
※所属組織および取材内容は2026年2月時点の情報です。










