事例4000件を「測って回す」NTTデータMSEの生成AI活用推進 〜AI推進に「銀の弾丸」はない──だから私たちは仕組みにした〜
AIの活用推進に近道はない。トップメッセージや研修だけで、社内が一気に変わることもない。「活用は進んでいるはずなのに、成果を数字で説明できない」多くの企業が直面するこの悩みに、株式会社NTTデータMSEは“構造”で向き合った。三カ年計画のもと、ユースケースを積み上げ、施策を止めず、効果を測り続ける。その背景にあるのは、「AIは今も進化の途中にある」「銀の弾丸は存在しない」という前提だ。だからこそ、私たちはAI推進を“一過性のイベント”ではなく、“回り続ける仕組み”にした。同社のAI戦略企画部 部長 中島 憲一郎氏と、伴走を続けてきた株式会社Workstyle Evolution 代表取締役CEO 池田 朋弘氏が語る、回り続けるAI推進の設計思想とは。◾️インタビュイープロフィール
株式会社Workstyle Evolution
代表取締役CEO
池田 朋弘(いけだ・ともひろ)氏


株式会社NTTデータMSE
ビジネス戦略統括室
AI戦略企画部
部長
中島 憲一郎(なかじま・けんいちろう)氏
なぜAI推進は「手応え」を説明しにくいのか
――AI活用を推進する企業が増えていますが、「成果が見えにくい」という声をよく聞きます。
中島氏: 成果は確実にあります。ただ、それを数字で説明しようとすると難しい。AI推進に近道はありませんし、「便利になりました」だけでは経営は動きません。時間もお金も投資している以上、「何時間削減できたのか」「どれだけ価値を生んだのか」を示す必要がある。だからこそ私たちは、活用そのものではなく、“測れる構造”をつくることから始めました。

池田氏: ほとんどの企業がそこを明確には答えられないと思います。「週5時間くらい削減できている気がする」という主観的なアンケートを積み上げているだけの会社が多い。一人ひとりは「素晴らしい」「便利だ」と言っているけれど、会社単位でどのくらいの価値なのかと聞かれると、説明できない。経営陣に「本当にこの取り組みを続けていいのか」と言われたときに困りますよね。
中島氏: 今後はお客さまからも同じように説明責任が求められると思っています。「AIを使ってどれだけ削減できるか」を語れなければ、見積もりの根拠にならない。だから私たちは、AI推進を一過性のイベントではなく、“数字で回せる仕組み”にしようと考えました。
「慎重に踏みとどまるほうがリスク」から始まったAI三カ年計画
――NTTデータMSEでは、2023年度からAI活用の三カ年計画を進めてきたとうかがいました。
中島氏: 2022年11月、ChatGPT 3.5が出たときに、「これは構造的に仕事を変える」と感じました。2023年6月には役員とも議論し、当社のようなエンジニア集団の会社で「慎重に踏みとどまることこそリスクではないか」という結論に至りました。ただし、勢いで始めるのではなく、全社中期計画にも紐づく形で三年単位で設計しました。
- Phase1:まず触ってリテラシーを上げる
- Phase2:全社浸透を図る
- Phase3:数字で示し、価値化する

Phase1の2023年度は、まず生成AIに触れてもらい、社員のリテラシーを上げることに注力しました。Phase2の2024年度は、各組織から代表メンバーを集めて全社浸透を図りました。Phase3の2025年度は、積み上げてきた自社のケイパビリティをソリューション化するとともに、数値で示し、お客さまに価値を提供していくフェーズです。
AIは進化途中です。だからこそ、一度きりの施策ではなく、段階設計が必要でした。
池田氏: これから同じことをやろうとしても、やはり2~3年はかかるでしょう。ツールはすぐに導入できても、人が育つには時間がかかる。仕組み化には時間軸が必要なんです。
中島氏: もう一つ、「MSE GenAI Knowledge Cycle」という仕組みも回しています。「環境整備→人材育成→活用促進→モニタリング」、この4つをサイクルとして回し続ける考え方です。
開発でいうDevOpsと同じですね。少しやって確認して、また少しやって確認する。足りないところがあれば環境を整備し、スキルが足りなければ、そのステージに合わせた研修を考える。AIの進化に終わりがない以上、推進側も回り続ける構造にしなければなりません。

中島氏: 池田さんには、2023年の動き出しのタイミングで、「突然ですが伴走いただけませんか」とSNSでDMを送りました。当時色々な方がSNSで企業のAI活用について発信されていましたが、池田さんは「企業としてこう使うと良くなる」「こうすると社員に浸透する」と、企業視点で話されていた。それこそがまさに私たちが知りたいことだと思ったんです。
池田氏: お声がけいただき、最初は驚きました。NTTデータグループはエンジニアが多い組織ですが、私自身はエンジニアではないので。ただ、NTTデータMSEは、エンジニアとしての深い使い方だけでなく、コンテストで音楽や動画を作るようなユニークな活用も推進されていました。そこなら役に立てるかなと。
中島氏: 池田さんのYouTube「いけともch」で私自身すごく勉強になっていたんです。AIは技術がどんどんアップデートされるので、1回研修して終わりじゃない。研修をきっかけに社員の好奇心に火をつけて、YouTubeなどで自ら学び続けられる形を作りたかった。池田さんとなら、育成のスタイル自体を変えていけると思ったんです。
4,000件超のユースケースが生まれるまで
――三カ年計画を進めるなかで、全社から生成AI活用のユースケースを集め、現在4,000件を超えているそうですね。どのように集めているのでしょうか。
中島氏: 手段だけで言うと、Excelです。
池田氏: 急にアナログですよね(笑)
中島氏: 最初は専用のフォームやアプリも検討して、トライアルもしました。ただ、現場から「前回書いた内容を継続的に更新したい」という声が上がったんです。四半期ごとにアンケートを取って、そのたびに同じことを書くのは面倒です。しかも、ユースケースは使うほどに洗練されていく。最初は「3時間削減」だったのが「5時間削減」に進化することもあるわけです。それなら、アナログかもしれないけれど、Excelで前回の内容を本人に渡して書き足してもらう形にしよう、と。
池田氏: 多くの会社は「週に何時間くらい削減できていますか?」とざっくり聞いて終わりなのですが、NTTデータMSEは違う。ある使い方を週1回行っている、1回あたり30分削減できるなら月に2時間業務効率化できる。これを約4,000件積み上げて部署ごとに集計しています。ボトムアップで計算しているから、「なんとなく効率化」ではなく、構造的に算出されています。

中島氏: Excelには、どの工程・どの業務で使ったか、週に何回使っているか、1回あたり何分か、プロンプトはどのようなものかまで書いてもらっています。 Excelの記載が厚い人ほど活用が深い。そういう方には事例共有会で登壇してもらっています。社員から集まったユースケースやデータは、そのまま次の施策につながります。
池田氏: ここもポイントで、単に「AIを使っていますか?」とたずねるだけでは、活用の深さが分からないんですよね。ある仕事でAIが使えるシーンが5カ所あったとして、1カ所しか使えていなくても「使ってます」と答えられてしまうでしょう。NTTデータMSEは、どの場面で使っているのか分解して聞いている。だから「活用が弱いところは勉強会で補強しよう」とか、仕組みとして回っているんです。
中島氏: ただ、アンケートの回収率は最初から高かったわけではありません。2025年度からは会社のKPIに設定して、回を重ねるごと上がっていきました。「決めたらやる」という当社のカルチャーが働いたのが大きかったと思います。今は回収率94.5%で、ほとんどの社員の協力が得られています。継続することで、基盤ができました。
池田氏: 実は、多くの企業にこのやり方を勧めているんですが、実行に移せる会社はそんなに多くありません。そもそも、どんなユースケースがあるか把握できていないと、調査項目が作れない。「AIを何に使っていますか」と漠然と聞いても、回答する側も困りますよね。NTTデータMSEは、まず4,000件を積み上げて、20~30パターンに分類した。パターンが分かったから「この場面では使っていますか?」と具体的に聞けるようになりました。積み上げが先、調査設計が後。この順番が重要なんです。
「AIフォース」という"熱量を回す"推進組織
――全社を動かす推進組織「AIフォース」についても教えてください。
中島氏: 各組織から選んだメンバーで活動しています。弊社の社長から「若手のなかで特にAIに感度の高い人材を集め、推進の起点にしてはどうか」と提案を受け、現場と相談しながら各本部から推薦してもらいました。今は20~30人ぐらいで活動していて、開発部門だけでなく人事・経理・情報システムなどを担うコーポレート部門のメンバーも入っています。
AIフォースは、毎週集まって、議論した取り組みを現場に落とす役割を担っています。逆に、自組織の取り組みを収集してAIフォースメンバーに共有するのも仕事です。「隣の部署ではこうやっています」という情報が横に流れ、試行が連鎖する。それを繰り返すことで、点ではなく面で広がっていきます。

池田氏: 外部から色々な企業を見ていて、NTTデータMSEが際立っている点が3つあります。始動が早かったこと、施策の多層的であること、点で終わらずに継続していること。この3つが揃っている会社はなかなかないと思います。
中島氏: ありがたいですね。ただ、事例共有会などの運営は実は3~5人で回しているんです。
池田氏: その少人数体制で毎月2回の勉強会、四半期ごとのイベント、ライトニングトーク会、他社交流、コンテスト、ハッカソンを回しているのは驚きですよね。もっと人数がいないと難しいと思います。
中島氏: AIフォースのメンバーが現場で動いてくれているのが大きいです。この前、ハッカソンの前にAI駆動開発の勉強会を実施したのですが、今まで参加してきた研修のなかで一番質問が多かったんですよ。
池田氏: 熱量が高いですよね。合宿に参加させてもらったことがあるのですが、本当におもしろいメンバーが揃っていて(笑)。懇親会をやると、ワイワイ盛り上がりたい人と、AIについてマニアックに語りたい人に二分される。私はマニアック側のグループにいるのですが、最新モデルがどうとか、画像生成がどうとか、ずっと話していて楽しかったです。
中島氏: AIフォースがあることで、同じ熱量を持った人たちと繋がれる場になっているのかなと思います。
池田氏: 推進組織でありながら、居場所にもなっている。そこがうまく機能している理由かもしれません。
勉強会、コンテスト、ハッカソン…施策を止めないことが社内普及の原動力
――集めたユースケースは、どのように社内に還元しているのでしょうか?
中島氏: Excelでユースケースを集めていると、「この人の活用事例は広げるべきだ」「この人の活用は一段深いな」というのが見えてくるんです。そういう方に登壇をお願いして、毎月2回、エンジニア系と非エンジニア系に分けて勉強会を開催しています。1年間続けていて、毎回100人を超える社員が参加してくれます。講師が教える研修より、実際に現場で使っているエンジニアのリアルな体験のほうが、はるかに浸透します。
池田氏: 発表される事例の質がどんどん上がっていますよね。最近だと、ノーコードツールのDifyを使ってプロジェクトの進捗ダッシュボードを作っている方がいました。見た目はシンプルな1枚の画面なんですが、裏側では外部データを自動で分析・集約している。「そこまでやってるんですか」と驚きました。

プロジェクト管理ソフトウェア「Redmine」の活用も印象的でしたね。チケット管理ツール(※)って、人によって書き方がバラバラじゃないですか。適当に書かれると課題も状況も分からない。でも、ツール本体に新機能を追加するのはハードルが高い。ある方は、ブラウザ拡張を使って解決していました。チケットを登録するときにボタンを押すと、AIが内容をチェックして「もっと具体的に書いてください」とフィードバックしてくれる。現場の困りごとを、現場のアイデアで解決している好例です。
※チケット管理ツール:業務上の依頼・課題・問い合わせなどを「チケット」という単位で発行し、起票から完了までの進捗・担当者・履歴を一元管理するシステム
中島氏: コンテストやハッカソンも継続しています。最初は参加者が集まるか不安でしたが、すごく忙しいはずのトップエンジニアも手を挙げてくれて。
池田氏: 賞金の効果もありましたよね。
中島氏: そうかもしれません。社内で賞金を出すのは初めてだったのですが、役員と話をして設定しました。
池田氏: 参加する"言い訳"ができるんですよね。こういうコンテストって、手を挙げるのが少し恥ずかしいという人もいる。そんな人も、「賞金があるから仕方なく」と言って応募しやすくなる。これも中島さんの設計ですか?
中島氏: そこまで狙っていたわけじゃないんですが、結果的にそうなったのかもしれません(笑)。ハッカソンはオンラインでも配信して、約200人が視聴してくれました。結局、AI推進に銀の弾丸はないんです。経営層からのメッセージ、環境整備、研修、勉強会、相談会、イベントなど多層的に施策を重ね、回し続ける。それが、私たちが選んだ“仕組み”です。
AIの進化に終わりはない だから、Knowledge Cycleを回し続ける
――三年間を振り返って、次の課題は何でしょうか?
中島氏: これまでは、どれだけ工数を削減できたかを数字で出してきました。ただ、経営の視点では、それだけでは足りません。削減した時間がどこに再配分され、どんな成果につながったのか。そこまで見せて初めて、AI活用が経営課題解決に寄与したといえます。AI推進に銀の弾丸はありません。だからこそ、「削減」で終わらせず、「価値化」までを仕組みとして回していく必要があると考えています。

池田氏: 多くの企業は、まず業務削減から入ります。でも、そこで止まってしまう。空いた時間がなんとなく別の仕事に使われ、成果として可視化されない。例えば営業なら、提案件数が月10件から12件に増えたのか。開発なら、リリースサイクルが短縮したのか。削減の“その先”まで追わなければ、組織としての成果は説明できません。
中島氏: お客さまに対しても同じです。AIを使ってどれだけの価値を出せるのか。そこまで示せなければ、単なる効率化ツールで終わってしまう。SIビジネス全体でAIに置き換わる領域が増えるなかで、私たちは何を新しい価値として提供するのか。ここ2〜3年が、本当の勝負だと思っています。
池田氏: エンジニアの生産性を数字で示すのは、特に難しいですよね。
中島氏: 今まではコードの生産量で見ていましたが、AIがコードを書く時代に、どういう数字で生産性を見せていくのか。次に来る課題だと思います。
池田氏: アメリカでも議論になっています。みんな「スピードが上がった」と言うけど、品質はどうなのかと。個人の生産性は上がっているように見えるけど、組織全体では下がっているケースもある。2倍のコードを作っても、次の人が2倍レビューしなきゃいけない。手戻りが増えたり、コミュニケーションコストがかかったり。AIは個人を強くしますが、組織を強くするとは限らない。そこに多くの企業が苦心しています。多くの会社が苦心しているところです。

中島氏: AI駆動開発は、大きなテーマになっていますね。まさに過渡期だと思います。AIでコードを書くだけでなく、開発プロジェクト全体をAI前提でどう進めていくか。正解はまだ見えていません。ベストプラクティスを探っていきたいです。
池田氏: ただ、そこはNTTデータMSEの強みが活きる点でもあると思っています。今、バイブコーディングでAIにコードを書かせる流れがありますが、AIが作ったものを理解してチェックできる人がいないと品質が担保できない。つまり、自分たちで書けて、チェックもできるエンジニアが揃っている組織が有利なんです。
もう一つ、タイニーチームという考え方も大事になると思います。AIを使うと個人の生産性は上がりますが、人が多いとコミュニケーションコストがかかって、組織全体では効果が薄まることがある。小さいチームのほうがAIの真価を発揮しやすい。大企業の中に少人数のチームを作っていくのは、これからの方向性の一つだと思います。
中島氏: そういうチームを作れる人材が社内で育ってきている実感はあります。この3年間、完璧な計画があったわけではありません。ユースケースを集め、効果を数字で確認し、足りないところを補う。その繰り返しでここまで来ました。頼もしい仲間が増えているので、次の3年間が楽しみです。

株式会社NTTデータMSE
https://www.nttd-mse.com/
いけともch(池田氏YouTubeチャンネル)
https://www.youtube.com/@iketomo-ch
▼この記事のインタビュー動画は「いけともch」でもご覧いただけます
https://www.youtube.com/watch?v=kEn85cg4KmU
取材・文=酒井 真弓
撮影=日高 奈々子
※所属組織および取材内容は2026年1月時点の情報です。










