SDV時代の「イネーブラー」を目指す。パナソニック オートモーティブシステムズが追求する「ソフトウェア・ファースト」の本質と事業戦略(後編)
SDV時代の「イネーブラー(SDV実現のために必要不可欠な存在)」を目指し、ソフトウェアとハードウェアの融合による新たな価値創造を推進しているパナソニック オートモーティブシステムズ。 前編では、CTOの水山 正重がオープンなエコシステムを通じて、持続可能なモビリティ社会の実現に向けた全体像を語った。今回の後編では、インフォテインメント※1領域を統括する西江 圭介がソフトウェア・ファーストの技術戦略や現場での開発手法、組織づくりについて掘り下げていく。SDV時代の「イネーブラー(SDV実現のために必要不可欠な存在)」を目指し、ソフトウェアとハードウェアの融合による新たな価値創造を推進しているパナソニック オートモーティブシステムズ。
前編では、CTOの水山 正重がオープンなエコシステムを通じて、持続可能なモビリティ社会の実現に向けた全体像を語った。今回の後編では、インフォテインメント※1領域を統括する西江 圭介がソフトウェア・ファーストの技術戦略や現場での開発手法、組織づくりについて掘り下げていく。
※1 インフォテインメント
情報(Information)と娯楽(Entertainment)を組み合わせた造語で、 交通ニュースやナビなどの情報提供とエンターテインメント要素を融合させたシステムやサービスのこと。
▼インタビュー記事(前編)はこちらをご覧ください。
SDV時代の「イネーブラー」を目指す。パナソニック オートモーティブシステムズが追求する「ソフトウェア・ファースト」の本質と事業戦略(前編)
この記事に登場する人

パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社
事業・商品開発本部
ソフトウェア開発統括部
統括部長
PAS University アーキテクチャ学部長
西江 圭介
1999年に松下通信工業へ入社し、携帯電話事業のソフトウェア開発を担当。2013年よりパナソニック株式会社 AVCネットワーク社にてパナソニック全社へのプラットフォーム展開を組織責任者として従事。2015年よりパナソニック株式会社 AIS社に異動し、車載向けソフトウェアプラットフォームの責任者を務める。2019年にパナソニックオートモーティブシステムズ 開発本部 プラットフォーム開発センター所長に就任。2021年よりインフォテインメントシステムズ事業部CTOとして開発と技術戦略を担う。2026年の事業部統合を経て、事業・商品開発本部の技術総括としてインフォテインメントシステムを含む全商品の商品開発・技術戦略を担当。
パナソニック オートモーティブシステムズがSDV開発の追求で重視する「3つのコンセプト」
水山が描く全社戦略を、現場の技術開発や組織運営に落とし込み、企業競争力の源泉へと昇華させているのが、インフォテインメント領域を統括する西江 圭介だ。
家電やモバイル事業で培った知見と技術をどう活用し、SDV時代におけるユーザー体験の価値創出を図っているのか。
パナソニック オートモーティブシステムズが掲げる技術ビジョン、そして大規模開発に携わるエンジニアの“やりがい”について聞いた。

——まずは、貴社がSDV開発において掲げている「3つのコンセプト」を教えてください。
西江:私たちの技術的な特徴として「業界の標準化」「ハードウェアとバーチャル開発の両立」「チームワークによる大規模マネジメント」という3つのコンセプトを重視しています。
まず1つ目が、「業界の標準化」です。
私たちは特定の自動車メーカー専属ではなく、複数の自動車メーカーへ横断的に技術を提供できるTier1メーカー(一次請けメーカー)としての強みを持っています。クロスファンクションな立場で共通のプラットフォームやアーキテクチャを構築し、継続的に進化させていく。これが業界における私たちの大きな差別化要素です。
こうしたシステムの構築には多くの要素が集約されるため、非常に高いセキュリティレベルが必要とされます。こうしたなか、当社の強みは家電開発で培ってきた民生技術の知見を車載領域へ応用できる点にあります。
特に、家電やICT領域で培ってきたセキュリティやソフトウェア開発の知見は、SDV時代の車載システムにおいても重要な基盤技術になります。当社は、こうした民生技術と車載技術を融合することで、高度化する車載セキュリティへの対応力を強みとしています。
さらに2つ目が、「ハードウェアとバーチャル開発の両立」です。
私たちはハードウェアという「リアル」なものづくりに強みを持ちながら、同時にデータやシミュレーションを活用した「バーチャル」開発を推進しています。
例えば、CAE(Computer Aided Engineering)※2などを活用し、熱設計や衝撃耐性を実機なしで検証することで、開発のスピードと品質を飛躍的に高めています。
そして、3つ目が「チームによる大規模開発の推進」です。
DXを活用した開発状況やソフトウェア品質の可視化、困ったときに助けを求める「ヘルプファースト」な文化づくり、定期的な1on1ミーティングの実施。こうした取り組みによって、大規模組織のマネジメントを最適化し、エンジニア一人ひとりの成長を支援しています。
※2 CAE(Computer Aided Engineering)
コンピュータ上で物理現象をシミュレーションし、性能や安全性を検証する技術のこと。
ソフトとハードの融合こそがパナソニック オートモーティブシステムズならではの強み

——大規模開発を進める上での現場の課題はどのように感じていますか。
西江:インタビュー前編で水山が述べたように、ソフトウェアの巨大化・複雑化に伴い、エンジニアが自身の専門領域に閉じこもってしまう「サイロ化」が生じ、システム全体を見渡すことが難しくなっているという現状があります。これはどこのメーカーも直面している課題だと思いますが、そこをいかにクロスファンクションな組織として動かしていくかが、アーキテクトの腕の見せ所となります。
また、昨今のソフトウェア・ファーストという流れのなかで、ハードウェア担当がどこか肩身の狭い思いをしたり、元気をなくしていたりする側面があるのも否定できません。
しかし、実際には何か問題が発生した際にそれを解決したり、製品としての真の強みを生み出したりするのは「ハードウェアの力」なのです。本来、ソフトとハードは密接に交わらなければなりませんが、そこには心理的な壁が生じている場合もあります。
私の役割は、こうした壁を取り払い、技術領域に閉じないヘルプファーストの精神で問題を速やかに解決できるクロスファンクションな組織を作ることです。
現在の開発規模では、「人間関係に依存した管理」には限界があります。そこで私たちはAIやデータを活用した開発状況やソフトウェア品質の可視化を進め、属人的な要素を減らしていく取り組みも並行して行っています。
一方で、複雑な問題解決や部門横断の連携においては、やはり「人と人とのコミュニケーション」が依然として重要です。AIで自動化できる領域は増えていますが、人と人とのコミュニケーションが不可欠な分野は今後も必ず残ると考えています。
リモートワークが広がるなかで、「なぜ会社に来るのか」という問いに向き合うこと。そして人との繋がりを大切にし、組織力を向上させる努力を怠ると、会社は弱くなってしまうでしょう。
システム開発では水平分業が進み、極端な話をすればハードウェアの知識がなくてもソフトウェアだけでシステムを作ることが可能です。
しかし、クルマづくりは安全性が最も重要であり、ソフトとハードの緻密な連携が不可欠です。だからこそ、人間が責任を持って解決すべき領域はこれからも残り続けると考えています。
デジタル化を進めつつも、最後は人間同士の連携を大切にする。こうした文化を共有できる方が、当社には向いていると感じています。
——今後、事業部の統合も予定されているそうですね。(※2026年4月に統合済。取材時はそれ以前に実施)
西江:はい。その背景にもコンピューティング技術と特徴を持ったデバイス技術のシナジー の最大化という目的があります。
現在は大脳にあたるHPC※3 領域に注力しています。この領域は市場規模が大きく、大規模開発に対応できるサプライヤーが限られているからです。もちろん、将来的にはデバイス側にもAIが載って、インテリジェンスが分散していく時代が到来するでしょう。
その中で、まずは大脳をしっかりと押さえることが、将来どのような変化が起きても対応できる強固な基盤になると考えています。
※3 HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)
車載システム全体を統合制御する高性能コンピューターのこと。従来は機能ごとに分かれていた車載ECUを統合し、ADAS(先進運転支援システム)やインフォテインメントなど複数機能を集中制御する役割を担う。
開発プラットフォームの標準化と共通化を推進

——コックピットHPC※4事業では、どのような具体的な戦略を描いていますか。
西江:戦略の大きな骨子は、「私たちの開発したプラットフォームを、いかに多くの自動車メーカーへ提供できるか」という点にあります。特定の自動車メーカーに依存せず、世界中のメーカーに展開できるだけのケイパビリティを持つことを目指しています。
もう一つの重要な視点は、高級車だけでなくボリュームゾーン(普及価格帯)となる車種にも対応することです。ラインナップを幅広く揃え、より多くのお客様に私たちの技術を届けるために、最先端の機能を搭載した高価格帯のシステムはもちろん、コスト意識の高い車種に対しても、共通のプラットフォームをスケールダウンして提供できる仕組みを整えています。
実際のところ、一種類の製品だけで全てのお客様を満足させることは不可能です。例えば、ASEAN地域向けのコスト重視のモデルと、欧米向けのハイエンドモデルでは、求められる特性が全く異なります。そのため、コアとなるプラットフォームは共通化しつつ、地域性や車種グレードに合わせて柔軟にカスタマイズしていく「シュリンク」と「カスタム」の技術が極めて重要になります。
ただし、ベースとなるコア技術は共通化されているべきです。ここが分断されると、ハードウェアとの不整合や重大な不具合につながるリスクが高まるためです。共通のプラットフォームでコア部分を保ちながらも、各メーカーの要望に落とし込んでいかにインテグレーションしていくか。そこに、私たちの技術の真髄があります。
※4 コックピットHPC
カーナビやメーター、エアコンなど、運転席周りの複数の電子制御ユニット(ECU)を1つの超高性能コンピューターに統合するシステムのこと。
——ハードウェアとしての「実機」設計についてもこだわりがあるのでしょうか。
西江:もちろんです。通称「シルバーボックス」と呼ばれるコンピューター本体の筐体は、車載環境という過酷な条件下で熱やノイズへの耐性が求められます。
設置スペースやコネクターの形状、配線の取り回しなど、筐体の形状は車種ごとに全く異なります。こうした複雑な設計を効率化するために、CAEによるシミュレーションを駆使しているのです。
さらに筐体そのものの設計はもちろん、熱設計、基板の回路設計、電気設計の全てを自社で行っています。「ハードの簡素化」と「ソフトの高度化」を実現するためのトレードオフをいかに最適解に導くかが、私たちの腕の見せ所ですね。
技術全体を見渡す「アーキテクト」というキャリアパスの価値
——貴社が主導している具体的な技術についても詳しくお聞かせください。
西江:業界全体のエコシステムを構築するために、私たちはいくつかの重要な技術要素を推進しています。まず大きな柱となるのが、ソフトウェアとハードウェアを分離する共通インターフェース「VirtIO 」の活用です。
特定のチップに依存して開発を進めると、将来的にチップを交換する際にソフトウェアまで作り直す必要が生じます。結果として特定のハードウェアへの依存度が高まってしまいコストも下がりません。そこでVirtIOによってソフトウェアとハードウェアの開発を分離し、ハードウェア依存度を下げるために、標準化を進めてきました。そこには世界的なテクノロジー企業も巻き込んで標準化を主導してきました。現在、市場からは非常に大きな反響をいただいています。
——特定のメーカーに縛られず、自由に開発できる環境を整えているわけですね。
西江:その通りです。そして、その自由な開発をさらに加速させるのが、デジタルツイン仮想開発環境の「vSkipGen(バーチャル スキップ ジェン)」です。
これはAWS(Amazon Web Services)のクラウド上で車載ソフトウェアの開発・テストを完結させるソリューションで、実機がない状態でもパソコン上で効率的な開発を可能にしています。この仮想開発環境は、SDVの実現や開発の標準化を推進する上で欠かせない要素です。
さらに、UI/UXの観点では「Unified HMI(ユニファイドHMI)」という仮想ディスプレイの仕組みを展開しています。車種ごとにディスプレイの数や配置は異なりますが、この仕組みを使えば「どの情報をどの画面に出力するか」を柔軟にコントロールできます。
この技術は オープンソースにしていますが、標準プラットフォームを握っている会社の方が効率的な開発ができるため、他社に比べて優位なポジションを築いていると考えています。
——技術を独占せず、オープンにする姿勢がエコシステムの本質ですね。一方で、安全面や品質の担保についてはいかがでしょうか?
西江:SDVの台頭でサイバー攻撃のリスクが高まるなか、高度なセキュリティ強度が求められています。そうした状況下において、当社では、デジタル家電やICTなどさまざまな分野で培ってきた民生技術の基盤を、自動車のサイバーセキュリティ領域に応用した「VERZEUSE(ベルセウス)」というソリューションを提供しています。
また、開発プロセスには車載ソフトウェアの品質を客観的に評価・改善する国際規格「Automotive SPICE」を採用し、妥協のない品質管理を徹底しています。

——現在はどのような人材を求めていますか。また、貴社で働くことの魅力は何でしょうか。
西江:直近、当社では「アーキテクト」「システムエンジニア」「開発リーダー」という3つの職種を重点的に採用しています。私たちの開発プロセスでは、まずシステムエンジニアがお客様と交渉して仕様を調整し、それを受けてアーキテクトが技術的な設計やシステム構成を決定します。その後、開発リーダーがチームをアサインし、実際の開発を指揮します。
特に「アーキテクト」という職種をこれほど明確に位置づけているのは、他社にはない特徴かもしれません。
現代の複雑なシステムは、一人のマネージャーがすべてを把握できる規模を超えています。技術を突き詰めたいエンジニアにとって、マネジメントとは別のキャリアパスとして、技術全体を見渡すアーキテクトは非常に大きな価値を持っています。
単なる利益追求ではなく「エコシステムの形成」を目指す
——最後に、これから貴社にジョインすることを検討している技術者へメッセージをお願いします。
西江:当社には、テレビや携帯電話の開発で培った大規模システムの設計知見と、長年培ってきた「ものづくり」のDNAが共存しています。
現在、自動車産業は100年に一度の変革期にありますが、ITや家電などの異業種で培った技術を自動車というフィールドに持ち込み、新たな価値を生み出すことは、エンジニアにとって非常に大きなやりがいとなるはずです。
このダイナミックな挑戦に、ぜひ一緒に取り組んでいければと思います。
SDVへのシフトは、単なる技術的な進歩にとどまらず、自動車産業の構造そのものを変える転換点だ。その潮流のなかで、パナソニック オートモーティブシステムズは従来のサプライヤーという枠を超え、「イネーブラー(SDV実現のために必要不可欠な存在)」としての地位を確立するべく、次世代モビリティの実現に向けた業界全体のエコシステムの創出に注力している。
SDV時代のクルマづくりの定義をアップデートし続ける同社の挑戦は、これからも続いていくことだろう。
※所属組織および取材内容は2026年2月時点の情報です。








