イオンCTO山﨑賢と樽石将人が技術談義──技術的課題・開発テーマ・組織づくりなどDX最前線を語り合う
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⼩売業界の変⾰をリードするイオンCTOが技術対談
本イベントは、イオングループのCTOを務める山﨑賢氏と樽石将人氏の対談が、アイデアソンやハッカソン、開発コンテストといった各種技術イベントの企画運営などを手がけている伴野智樹氏のファシリテートで進められた。
イオン株式会社 CTO 兼
イオンスマートテクノロジー株式会社 CTO 山﨑 賢氏
イオンネクスト株式会社
技術責任者CTO 樽石 将人氏
一般社団法人MA 理事
プロトアウトスタジオ ディレクター 伴野 智樹氏
伴野:まずはご自身ならびに、現在CTOをされている会社やサービスの紹介をお聞かせください。
樽石:Linuxのサポートで世界トップシェアを誇るレッドハットを経て、グーグルの日本法人に転職し、システム基盤やGoogleマップのナビ開発、YouTube関連のプロジェクトなどに従事しました。その後は再び日系企業の楽天、グルメサイトを手がけるRettyのCTOを経て、2022年の3月からイオンネクストに入社しました。
国内外問わず、規模もスタートアップから大手まで業界ドメインも幅広く、デジタルに絡むことはいろいろと手がけてきました。現在も技術顧問をしている企業は数十社あり、自分で会社も経営しています。
そのためCTOというよりも、世の中の社会課題を解決するアントレプレナーという感覚で、日歩の業務に取り組んでいます。
イオンネクストは2023年7月に「Green Beans(グリーンビーンズ)」という最先端テクノロジーを活用した、ネット専用スーパー事業を立ち上げました。人に代わりピックアップを行うロボットが大量に稼働している大型自動倉庫を有しているのが特徴で、倉庫から専用のトラックで商品をお客様に届けています。
1時間単位で5万点もの商品の受け取り時間が指定できるなど、かなり尖ったサービスを提供している一方で、食品を扱っているため安心を第一に掲げています。
具体的には収穫してからお客さまの手元に届くまで、コールドチェーンを徹底することで、キャベツなどでも1週間の鮮度を保証しています。配送者もドライバーではなく接客担当者という位置付けであり、店舗が自宅の前に来てくれる。そのようなサービスをイメージしています。
Green Beansサービスを実現するのが、一般的によく聞くサプライチェーンではなく、お客さまを起点としたデマンドチェーン・プラットフォームです。
ロボティクス、AI、その他最近のトレンディな技術やガジェットはほぼ取り入れており、これらの要素技術をソフトウェアでしっかりとデザイン、まとめ上げることで、多くのお客さまに必要なものを必要なときに配送できる体制を整えています。
山﨑:私は新卒で富士ソフトというSIerに入社し、NECに常駐していました。その後ヤフーに転職し、ヤフオクを担当。ドン・キホーテ系のクーポンシステム開発を経て、リクルートに入社。HOT PEPPER系のライフイベント、日常使いのサービスの開発の責任者、ゼネラルマネージャーを務めていました。
小規模な組織でチャレンジしたいと考えるようになり、2018年からはアソビューやふるさと納税のポータルサイトなどを手がけるトラストバンクのCTOとなり、2023年よりイオングループにジョイン。現在はイオンならびにイオンスマートテクノロジー両方のCTOを兼務しています。
キャリアの前半は超ドエンジニアといった感じで、アセンブラ、JavaやC++、PHP、Spring Bootなど幅広い言語を使ってきました。樽石さんと同じく、スタートアップから大企業までを経験しています。
イオンスマートテクノロジーは、イオングループ全体のDX戦略を担う機能会社という位置付けです。そのためさまざまな取り組みをしていますが、本日は代表的な3つのサービスを紹介します。
まずは、イオングループ全体のトータルアプリ「iAEON」の開発です。統合アプリというよりはイオングループ全体のIDを束ねる象徴的なアプリです。現在まさに発展途上の段階であり、私たちもよりよいアプリになるよう、頑張っています。
例えば、現在はAngularJSベースですが、限界を感じています。そこで当初は外部リソースに頼っていましたが、現在は内製化を進めており、スクラムチーム3ラインがスプリントを常に回している状況です。
イオングループのDXのど真ん中、今後のDXの心臓部とも言えるグループ横断型の、新しい基幹システムの構築も行っています。
イオングループはこれまで吸収合併を繰り返してきたため、各社に基幹システムがあります。それらを統合する壮大なシステム開発プロジェクトであり、Spring Bootで開発を進めています。すべての事業会社が統合されるには、まだ時間がかかると考えています。
3つ目がデータ・会員基盤システムです。先の基幹システムと表裏一体のシステムであり、基幹システムが1つに束ねられると、すべてのデータがそこを通るようになります。体中のすべての血管が心臓にいくようなイメージで、心臓に集まるビッグデータを加工し、データ基盤を構築しています。
フルスクラッチに近い状態で開発しており、Azure上に立ち上げています。ETLなどはほぼSparkで書いていて、現在Snowflakeの導入を検討しています。今後、グーグルがサードパーティクッキーを廃止するため、顧客を特定することがグーグルではできなくなります。つまり、広告精度が落ちてしまいます。
そのため、今後は事業会社が持っているファーストパーティデータが着目されると考えており、日本ではその代表格がイオンとなるでしょう。日本国内全体の広告市場を塗り替える、野心的なプロジェクトだとも考えています。
なぜ、イオングループに入社したのか?
伴野:続いては、イオングループに入社した理由についてお聞かせください。
樽石:きっかけはコロナ禍に、知り合いからイオンがデジタルに投資していておもしろいことをやっているから、副社長と話してみないかという話をもらったことです。実際は、面接だったんですが(笑)。
実はそのときにCTOのオファーももらったのですが、前職が外食産業を支援していることもあり、タイミングが良くないと一度はお断りしたんです。すると、タイミングが良くなるまでお待ちしますと言っていただきました。
そこで改めてタイミングが良くなった段階で話を聞いてみたところ、イオンネクストのサービスが進捗していないから、協力してほしいという相談でした。当時はオカドという名も保有する技術も知らないところからのスタートでした。
コロナ禍で顕著になりましたが、日本はデジタル化が遅れています。自分としてもそれを何とか民間企業から改革していきたい、イオンで実現できれば、他の民間企業もできるだろう。そのような思いで入社を決めました。
山﨑:私も樽石さんと同じく、スカウトがきっかけです。ゼロイチのビジネス立ち上げを経験した後だったこともあり、大きな企業でチャレンジしたいという想いもあり、イオンへの入社を決めました。小売という領域については、特に意識していなかったですね。
前職ではふるさと創生、地方を元気にするビジネスに携わっていました。そのときによく聞かれたのが、イオンのようなお店が出店すると個人商店がなくなる。「イオンは悪」みたいな論調です。
ただ自分としては、イオンは地方に莫大な雇用を生んでいると捉えていました。だから、逆の意味でイオンこそ、地方創生している会社ではないかという思いもありました。また、面接時の担当者、イオンの副社長である羽生有希さんに強烈に引き込まれたのも入社を決めた理由です。
伴野:バックグラウンドがソフトウェア企業ということに、不安はありましたか?
山﨑:不安は何もなかったですね。というより、そもそも道がないのを前提で入社していますし、私はドMですから(笑)。今もでき上がっていないところはたくさんありますが、それを楽しんでいるところもありますね。
樽石:社会課題を解決することが、今の私のモチベーションとなっています。行く場所先々で課題があり、CTOという肩書きで解決することが任務のようなかんじですね。そもそもこのような発想でないと務まらないとも思っています。
技術戦略や具体的な取り組みは?
伴野:改めて、技術戦略と具体的な取り組みについて聞かせてください。
樽石:イオンネクストにおけるこれまでの目的は、Green Beansを2023年にローンチすること。そのために、ここまで精進してきた感じです。
技術戦略における一番大きな目的・手段は内製化です。イオンにはもともと内製化の文化があり、20世紀後半は、バックオフィスのシステム化などを内製開発で進めていたそうです。しかしネットが普及してからは、フロントのITに関しては一切取り組まず、内製化をやめてしまいました。
その結果、一次情報を得ることができなくなってしまった。そのため会議室で話している内容と実態がズレている状態が、私が入社したときに生じていました。状況を改善し、一次情報の意思決定レイヤーを作る必要があるため、同戦略を主眼にいろいろな取り組みを進めています。
とはいえ、ちゃぶ台をひっくり返すような内製化は無理なので、既存システムを活かしながら進めてきました。プラットフォームももともとあったコモディティ化領域など、さまざまな要素をいわゆるマルチプルマネージメント的な手法で、1つのプロダクトとして作り上げてきました。
このような手法、進め方は、社員、ベンダーの方、フリーランス、副業の方など、どのような人材でも同じです。それぞれ開発に携わるメンバーたちと協力し合いながら、1つのプロダクトをローンチまで導いてきました。
山﨑:今までは、外部リソースにかなりの部分を頼ってきました。しかし今後、自分たちで発展させていくためには、技術的な主導権を自分たちで持つ。あるいは主導権がなかったとしても、何がどのように作られているのかを知ることが大事だと考えています。
例えば、現在はまだ非エンジニアの担当者が外部のSIerに丸投げしたシステムが存在しています。そのようなシステムを一つずつ、担当ベンダーの方と協力しながら、テックリードを配置して協業していく。そのような体制を作っているところです。
ちなみに基盤とビッグデータは100%内製です。一方、iAEONはメインのドメインはかなり内製が進んでいますが、全体では半分といったところです。
戦略としては、「イオンだからこそ最新技術を取り込んでいる」といった、社外には驚きを与える、社内のエンジニアにはワクワクして仕事に取り組み、成長できる開発である。そのようなイメージを構築していきたいと考えています。
伴野:お互いの戦略を聞いた上で、深掘りしたい内容はありますか?
山﨑:最終的にはイオングループに携わっているエンジニアが同じチームで、同じ方向を向くようにしたいと考えています。樽石さん、いかがですか?
樽石:それは絶対必要だと思いますし、そのような思いでGreen Beansのプラットフォームも設計してきました。実際、将来的にイオンの共通プラットフォームとして昇格できるアーキテクチャとなっています。
個別最適はすべて廃止しますが、大きいのがID管理です。Green Beans専用のIDを作れば簡単でしたが、そうしてしまうとまたIDが増えてしまう。そこでiAEONIDでしか使えないような設計としました。
イオンネクストは社名のとおり、イオングループのネクスト、デファクトスタンダードになるようなものをしっかりと作っていこうという想いがあります。そしてまずは、イオンネクストで試してみる。その上で、イオングループ全体の300社に横展開していく感覚で、日々の業務に取り組んでいます。
山﨑:イオン全体でもったいないと思っているのが、そうした考えを持っている人が、各所にいることです。でも今は、個別最適化してしまっている可能性がある。そこで私や樽石さんが、イオンネクストのアーキテクチャをグループ全体の標準とするために、グループ全体のDXはどうあるべきかを、まさに議論し始めたというのが現状です。
伴野:では、今年はますます熱くなる1年になりそうですね。
山﨑:そうですね。これまではイオンスマートテクノロジーの業務で手一杯でしたが、今後は外への情報発信も含め、いろいろと取り組んでいきたいと考えています。
伴野:ところで、2人のようなモダンなマインドを受け入れる素地が、そもそもイオンにはあったのでしょうか。コンフリクトなどはなかったんですか?
山﨑:私は受け入れる土壌があったと思っています。正確にはモダンなマインドを受け入れるというよりは人に任せる権限委譲の風土があったため、自由にやらせてもらっているという表現が正しいかもしれません。
樽石:任せる文化はたしかにありますね。イオングループは300社以上あるので、社長が300人いるわけです。役員も含めると2000名。人を育てていかないとグループの運営ができないですからね。
一方で、イオンネクストはGreen Beans事業を立ち上げるために立ち上げた会社なので、イオンの伝統的なカルチャーとは異なると思っています。
コロナネイティブ企業と呼んでいるのですが、ロックダウンのタイミング、まさに2020年3月に設立した会社なので、人事、総務など全員がリモートワークでした。このような環境のため、ITカルチャーに慣れている人は働きやすいと思います。
山﨑:イオンの各事業会社は、自社の中でいかに売上や利益を出していくのか、いい意味で独立性を持ち、ある意味原理原則に則ったビジネスをそれぞれが進めています。
イオンスマートテクノロジーは、このようなイオングループのあらゆる事業会社と向き合う立場にあります。当然、データ関連の提案などもしますが、その際の交渉相手は事業会社のトップだったりします。
その際、事業会社にメリットがあることを伝えれば、すぐにやろうとなるので、とても分かりやすいカルチャーだと感じています。
開発体制の構築や文化醸成など今後の取り組みや展望
伴野:最後に文化醸成、開発体制の構築、これからの展望などについて聞かせてください。
樽石:文化という観点で見たときに、ITの文化としてオープンソースなどもそうですし、オープンイノベーションなど、基本的にオープンの文化があります。公の場でテックブログを発表しているのもまさにそれにあたります。
一方で、従業員がSNSに書き込みをしたときに、内容によってはレピュテーションリスクを生じることもありますから、オープンでやりづらい面もあるでしょう。
しかし、IT職の人たちがイオンで働き続けるには、このようなオープンな文化を根付かせる必要があると思いますし、構築していく必要があると思います。もちろんインサイダー情報などはコンプライアンスをしっかり働かせる必要がありますが、技術的な内容は全然オープンにしていきたいですね。
まさに今、山﨑さんをはじめとするイオンスマートテクノロジーのメンバーがSNSに投稿しているのは、このようなオープンイノベーションのカルチャーをイオングループ内でも広めるためなのです。
伴野:昨年末に書いた記事がだいぶバズっていたそうですね。
山﨑:実はどこかで怒られるのではないかと思いながら、ビクビクしながらやってはいるんですけどね(笑)。一方で、やった方がいいことは間違いないと思っています。また、これまでイオンはそのようなカルチャーには距離があったと思われていましたよね。
だからこそ、IT企業が発信する以上に驚きを与えるだろうと。実際、発信したことをきっかけにオファーもいただいていますし、これからもどんどん発信しようと、今まさに弾を込めているところです。
文化醸成という観点で補足すると、イオンのような大きな組織になると、どうしても伝言ゲーム的に伝わることで、本質的なそもそもの課題が何なのか分からなくなってしまうことが、往々にしてあります。
画面設計段階からエンジニアが携わるのではなく、課題を解決できる術を持っているエンジニアが課題の源流に直接タッチできるようにしたいですね。最終的には中央集権的なエンジニア組織ではなく、各事業会社にエンジニア組織がある。そのような体制が素晴らしいと考えていますし、実現に向けてチャレンジしていきたいと考えています。
伴野:そのようなソフトウェア文化の醸成に向けて、特に社内に向けてやろうと考えていることはありますか?
山﨑:泥臭い話になりますが、信頼が重要だと思っています。例えば、トップダウンで進めてもうまくいかないと思うからです。事業会社それぞれが抱える課題を改善できる組織ならびにシステムを、イオンスマートテクノロジーという箱を通じて構築していきたいです。
その結果、例えばDX関連で相談したいことがあったら、すぐに相談してもらえる。そのような信頼関係の構築や組織づくりを、これから手がけていこうと考えています。
樽石:私も目的を揃えることが大切だと思います。そもそもイオンの昔からある理念は、ユーザーファーストです。そこから議論すれば、大体スムーズに話が進むことが多いと思っています。
例えば、食品をいかに美味しい状態のまま届けるか。商品部、IT部門と担当は違っていても、中身のパッションは同じなので、自然と話が盛り上がるからです。イオンネクストが設立してから2年ほど経ちますが、なにかを変えたというイメージがありません。
もともとイオンにあったお客さまが、原点であるところに立ち戻ったという印象です。あくまでフィールドがデジタルになっただけで、デジタル世界で改めてお客さま第一を実現していきましょうということですね。
私はCTOですが、実際にはグロース担当のような役割だとも感じています。営業、商品部、配送担当などとも話しますが、最初から技術だけの話をすることはありません。もっと重要なのは、何をどうすればお客さまのためになるか。
例えば、人が足りないとすればそこは技術、ITやAIを使えば改善できますということですね。このような流れで進んでいっているからです。なので今、メンバー全員が日本の小売の未来を作っていくという、良き状態で業務を進められていると捉えています。
伴野:最後に改めてメッセージをいただけますか。
山﨑:イオンを変えることができれば、日本全体を変えることができると信じています。それほどに、イオンは日本全体にポジティブな影響を与える会社ですから。そしてその変化の段階が、まだゼロイチフェーズです。私たちと一緒にイオンならびに日本を変えたい人は、ぜひとも一緒に働いてほしいと思います。
樽石:まったく同感です。イオンの仕組みは日本の縮図的です。商品仕入れ、店舗販売、会計税務、人事など、50万人が働くサプライチェーンの仕組みを学べる場でもあります。ベテランの方は日本を変える取り組みを、若い方はイオンで学んだことで、いずれはイオンマフィアと呼ばれるような、次の日本を創る人材に育ってもらえたら嬉しいですね。