PdM業務をAIでアップデート - 「楽天市場」の挑戦と実践【楽天グループ】
「楽天市場」のPdMが担う役割は、実に幅広い。出店店舗の業務効率化、ユーザーのお買い物体験向上、そしてプロダクトマネージャー(以下「PdM」)自身の業務改革──。楽天グループでは、AIを活用して三方向で変革を進めている。楽天グループが掲げる「トリプル20」の大目標のもと、AIを戦略的に活用して業務を劇的に変革する取り組みから、巨大プラットフォームにおけるAI時代のPdMの働き方、あり方を探る。「楽天市場」のPdMが担う役割は、実に幅広い。出店店舗の業務効率化、ユーザーのお買い物体験向上、そしてプロダクトマネージャー(以下「PdM」)自身の業務改革──。楽天グループでは、AIを活用して三方向で変革を進めている。楽天グループが掲げる「トリプル20」の大目標のもと、AIを戦略的に活用して業務を劇的に変革する取り組みから、巨大プラットフォームにおけるAI時代のPdMの働き方、あり方を探る。
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ECプラットフォーム「楽天市場」PdMの仕事の全体像
楽天グループ株式会社
Senior Manager
高橋 りさ(たかはし・りさ)氏
楽天グループ株式会社
Product Manager
瀬川 智美(せがわ・ともみ)氏
まず、エンジニアバックグラウンドで現在はECプラットフォーム「楽天市場」のPdMを務める高橋氏より、「楽天市場」のPdMとは、そしてその業務の全体像が紹介された。

高橋氏:「楽天市場」は「B to B to C」のビジネスモデルで、出店店舗さまにECプラットフォームを提供してユーザーがお買い物できる仕組みになっています。そのなかでPdMが扱うプロダクトは多岐にわたります。ユーザー向けには「楽天市場」アプリやWebサイト、出店店舗向けには出店店舗情報管理システムや商品管理システムなど、とにかくユーザー数も機能数も多い。これらを1つのプロダクトとして扱い、それぞれの品質向上や機能追加などを通じて、進化させているのが「楽天市場」のPdMです。

高橋氏:組織としては、新卒のPdMの採用にチャレンジしているため、ジュニアからシニアまで幅広いレベルのPdMが在籍しています。そのような中で、人材育成に非常に注力をしており、新卒社員がどうすれば一人前になれるかを日々考えています。具体的な役割分担としては、ジュニアからミドルクラスのPdMには各プロダクトを担当してもらうことで、基礎力の向上に取り組んでいます。一方でミドルからシニアクラスは「AI時代のお買い物って何?」といった大きなテーマのもと、「楽天市場」全体を巻き込む大型プロジェクトを牽引するなどのハイスキルが求められる業務を担当しています。

高橋氏:また私たちPdMは、とにかくコミュニケーションをとる相手が多いのが特徴です。マーケティング、デザイン、企画、広告、メーカー営業、ECコンサルタントといったビジネス部門との連携に加えて、「楽天エコシステム(経済圏)」の各プラットフォーム──「ID」、「ポイント」、「クーポン」──それぞれにある開発部門とも連携し、実現したいことや投資・着手の優先順位などを日々議論しながら、自分たちのプロダクトを進化させています。
「トリプル20」─ AIで各効率を20%向上させる大目標

高橋氏:楽天グループでは「トリプル20」という大目標を掲げ、マーケティング効率、オペレーション効率、クライアント効率をそれぞれ20%向上させることを目指しています。我々自身の業務も、パートナーである出店店舗の業務効率も20%改善させるべく、あらゆるところでAIを活用し、働き方や成果を変えていかなければならない状況です。

高橋氏:AIの軸では「Rakuten AI for Rakutenians」というAIツールが従業員に提供されていて、社内基準に則って一定の社内機密情報(個人情報は含まない)も安全に使える環境が整備されています。全従業員が毎日のように活用し、従業員同士がノウハウを共有し合っております。「Rakuten AI for Rakutenians」の開発専門部隊もいるので、日々新しい機能が開発され、新しいLLMにも対応できています。
ユーザー・出店店舗・社内の三軸でAI活用による業務改善を推進中

高橋氏:そのようななか「楽天市場」としては、お客さまのためになることにフォーカスし、AIを導入してアップデートしなければなりません。たとえば出店店舗向けには、問い合わせ回答がAIでスムーズにできるようになったり、レビュー返信においても、AIでサポートできるようにアップデートしたりしました。そのほか、画像生成AIの導入により、商品画像をスタジオ撮影しなくても済むようになったり、AIチャットで色々なことを聞けるようになったりもしています。
高橋氏:ユーザー向けには、検索結果がパーソナライズされ、リコメンドエンジンが進化し、レビューにAI要約を入れたりして、お買い物がさらに快適にできるようになっています。

そのようななか、同社のPdM業務ではどのようにAI活用が進んでいるのか。
高橋氏:出店店舗、ユーザー向け両方にAIが搭載されている現場を回すためにも、我々自身が今までの働き方をしていては追いつきません。一つひとつの仕事を見つめ直し、「考える」ことに集中しなければなりません。そのためPdMとしては、基礎知識として現段階のAIがどのようなものかを正しく理解し、それをどのように活用してプロダクトを進化させるかを考えることに加えて、AIを活用した業務改善の取り組みが必要です。
業務改善の取り組み例として、ユーザーの声のAI分析、楽天グループのサービス知識の検索システム構築、プロダクトレビューの効率化、仕様のQ&A自動化、実装ガイドラインの学習支援、各種分析業務などを挙げ、全PdMが少しずつ業務改善を試みているところだと明かした。
高橋氏:今まで時間をかけていた業務の効率化にはどんどん取り組むべきですが、AIの生成物を正確に判断するためには、やはりPdMの基礎能力は欠かせません。AI活用はどんどん推進しつつも、AIを効果的に活用するためには、ジュニア/ミドルクラスのPdMを育成し、PdM力を継続的にレベルアップすることが非常に重要だと強く感じています。
劇的成果:約1000件の声の分析で95%の時間削減を達成
ここからは「楽天市場」開発部門でショップページのPdMとして活躍する瀬川氏が、同社のPdMがAIを活用して業務改善した事例の1つ、「ユーザーの声1000件/月を価値に変える標準化(フレーム)づくり」について紹介した。

瀬川氏:「楽天市場」では定期的に、出店店舗とユーザーの2種類の声を分析してプロダクトに反映する取り組みを行っています。そのなかで、多いときには月1000件にのぼるフィードバックを、質と量を担保しながら迅速に分析してプロダクトに反映する、またそのプロセスを標準化してどのチームでも同じ水準で実行するためには業務改善が必要でした。

瀬川氏:そこでAIを活用することになりました。成型・カテゴライズされたユーザーの声のリストを、要望のサマライズやブレークダウンしたカテゴライズといった定性分析と、それをもとにグラフ化するなどの定量分析をAIで一括処理したいと考えました。

瀬川氏:そこでAIのプロンプトを改善したところ、約1000件のデータについて、PdMが手動で分析する場合と比較して、95%という劇的な時間削減を達成しました。 
瀬川氏:今では、出店店舗からいただいた生のお声やご要望をAIに入力すると、どのプロダクトの、どの機能への要望か、機能改善か新規機能のリクエストなのかなどの分類から、問題の要約と改善提案まで出力できるようになりました。これは時間短縮効果もさることながら、PdMのその時の気分やスキルに依存せずに、一定の品質で結果が出せるという手応えがありました。
新たな課題:「重要な声」を見分ける意思決定フレームワークの構築
このようにして、AIによるユーザーの声分析を通じて機能改善要望リストは出力できたものの新たな課題が浮上した。


瀬川氏:AIでユーザーの声を分析するスピードは飛躍的に速くなったものの、「何を重要と判断するか」という本質的な課題が解決されておらず、むしろ数字に惑わされて重要な要望を見逃すリスクが生じました。ユーザーの声分析の真の目的はプロダクト価値を高めることなので、重要度の高い問題を見逃さない仕組み作りや、やらないことを決めるなど、組織内で同じ認識を持つために明文化していくことが必要でした。

そこでAIを活用して「正しい判断基準」を作り、その基準で「正しい優先順位付け」が実現できる仕組みを構築しようと試みました。
瀬川氏:これまでは、知らないことを学習するために有識者に聞いたり本を読んだり、時間とコストをかけて基礎知識を習得し、情報をまとめて資料化したうえでスコアリングを決定していました。ところがAIを活用すれば、知らないことを短時間で要領よく体系的に学べます。最終的に「RICEスコアリング(※)」の導入を決め、「楽天市場」の開発に最適なスコアリング定義を、通常業務と並行して数日のうちにまとめることができました。さらに、副次的な成果もありました。
瀬川氏:この時に「やらないことを決める」チェックリストも作りました。これは私がAIに頼んだわけではなかったのですが、スコアリングをまとめるプロセスでAIが「こういうチェックリストはどうですか」と提案してくれたので、それを検討して採用しました。
※RICEスコアリング:R = Reach(到達ユーザー数) × I = Impact(影響度) × C = Confidence(確信度) ÷ E = Effort(工数) で施策を数値化し、優先順位を客観的に比較するフレームワーク
「PdMがAIを育てる」時代のスキル論
ここで瀬川氏は、改めてこのプロジェクトの成果をまとめた。

瀬川氏:出店店舗とユーザーの2種類の声を評価する基準として、優先度をつけるスコアリング方法として「RICEスコアリング」を採用しました。スコアの妥当性については一部カスタマイズするなど、現在トライアル中です。

瀬川氏:次に「やらないことを決める」すなわち取捨選択する際のチェックリストとしては、①ROI(プロダクト価値の最大化)、②戦略への整合性、③実現可能性(難易度)の3項目を設定することにしました。こちらはAIからの提案を検討したうえで、ほとんどそのまま採用しています。内容はごく当たり前のものですが、シニアPdMなら無意識に意思決定できることでも、新卒社員や若手のPdMには難しいこともあります。チームとして言語化してプロセスに組み込むことが重要なので、有用なものだと考えています。

瀬川氏:このプロジェクトを通して、PdMがAIを最も効果的に活用し、「PdM力」を最大化する方法の解が1つ得られました。
瀬川氏:PdMは知識やスキルの守備範囲がとても広く、すべてにおいて完璧にこなすことは難しい時もあります。PdM一人ひとりにそれぞれ強みと弱みがありますが、AIを活用すれば知識習得や経験によるスキルの差を補い、弱みをカバーできる可能性があります。さらに、強みを最大限に生かしたり、何より良いプロダクトを生み出すために思考に時間をかけられたりするようになります。もちろんAIは万能ではないので、「PdMがAIを育てていく」スキルが今後求められそうです。
今回の講演は、AIがPdMの業務を変革するロードマップと可能性を示している。効率化の目的ではもちろん、PdMがより本質的な価値創造に集中できる環境を構築するためにAIをもっと生かしていくべきなのかもしれない。
【Q&Aセッション】
Q&Aセッションでは、同社の高橋氏と瀬川氏がイベント参加者から投げかけられた質問に回答した。
Q. AI導入前後の生産性効果測定は、どのように行っているか
高橋氏:出店店舗の業務効率については、実際に出店店舗へヒアリングを行い、ツールの使用前後でどのような変化があったかを確認しています。どのツールをどの目的で使い、どの点が改善したかを店舗ごとに伺いながら、全体像を把握しています。また、定期的に満足度調査を実施しており、そのタイミングでAI導入前後で体感的にどの程度業務効率が変化したかも尋ね、得られた回答を参考にしています。
一方、社内におけるAI導入の効果測定は、現在、各業務ごとに検討・トライを進めている段階です。ただ、会社として「業務時間を20%削減する」という方針が明確に示されているため、その方針に沿って各部門が迅速に取り組みを進められている点は、我々の強みだと考えています。
Q. 「PdM が AI を育てる」という言葉があったが、どのような AI ツールがあると PdM 業務は効率化されそうか
瀬川氏:普通の生成AIでも十分「AIにAIをブラッシュアップさせる」という使い方は可能です。AIの活用経験が少ないと、AIから良い生成物を引き出すプロンプトの作成が難しいものです。そこでAI自身にプロンプトを改善してもらうという使い方ができれば劇的にパフォーマンスを向上させられると思います。
Q. お客さまの声はどのように収集しているか
高橋氏:我々は「B to B to C」ビジネスなので、ユーザーの声と出店店舗の声の2種類があります。ユーザーの声は、「Apple Store」や「Google Play」でのレビュー、「楽天市場」コールセンターへの電話などを網羅的に見ています。
出店店舗の声については、出店店舗向けツール「RMS」のあらゆるところに声を収集する仕組みを埋め込んでいるほか、チャットでのオペレーター対応、電話サポート、対面イベントで直接ヒアリングするなどの方法でいただいたご意見、ご感想などを、お声のデータベースとして管理しています。
Q. 新卒でPdMを採用されているとのこと。新卒PdMがエンジニア知識をキャッチアップする際のAI活用の組織的取り組みがあれば教えてほしい
高橋氏:新卒PdMの採用を決めたときからトレーニングパッケージを作り、実際の声を聞きながら毎年アップデートしている状況です。具体的な取り組みを挙げると、「データ分析をしたいが、新卒PdMがSQLが書けない」という問題です。その際にAIに質問しながらSQLを作れる仕組みや、弊社のデータベースに特化した支援を導入しました。今後も「誰に聞くべきか」を調べる時間をどんどん減らせるような仕組みを整えていきたいです。
文=宮口 佑香(パーソルイノベーション)
※所属組織および取材内容は2025年9月時点の情報です。
楽天グループ株式会社
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