「キャリアの正解は、自分でつくる」データストラテジスト3名が語る、意志ある実践とキャリアの築き方【Bandai Namco Nexus DATA LAB vol.3】
技術でもビジネスでもない“間”に立ち、課題を定義し、データの価値を翻訳し、実行を支える、データストラテジスト。多様な領域を横断するからこそ、自分の強みをどう築き、どんな方向に進むべきかを見失いやすい職種でもある。そんな悩みを抱えるデータストラテジストに向けて、「データストラテジストは何を考え、どう動く人であるべきか?」をテーマに、バンダイナムコネクサスで活躍する3名が、キャリアの転機や意思決定、そして“今の自分にとっての正解”をどのように形作ってきたのかを語った。技術でもビジネスでもない“間”に立ち、課題を定義し、データの価値を翻訳し、実行を支える、データストラテジスト。多様な領域を横断するからこそ、自分の強みをどう築き、どんな方向に進むべきかを見失いやすい職種でもある。そんな悩みを抱えるデータストラテジストに向けて、「データストラテジストは何を考え、どう動く人であるべきか?」をテーマに、バンダイナムコネクサスで活躍する3名が、キャリアの転機や意思決定、そして“今の自分にとっての正解”をどのように形作ってきたのかを語った。
「負けん気」で生きていく 〜データ分析職人が、データ活用企画屋に転身した心の動きについて〜
株式会社バンダイナムコネクサス
IPビジネスエンハンス部 IPマーケティング課
マネージャー
大橋 卓真(おおはし・たくま)氏
最初に登壇したのは、市場調査会社でデータアナリスト、データサイエンティスト、データ活用系技術営業を経験してきた大橋 卓真氏。バンダイナムコネクサス入社後は、アプリゲームや家庭用ゲーム、カードゲームの領域におけるデータ分析スキーム構築の指揮やデータ活用のディレクション、戦略策定、IP戦略などを手がけている。
大橋氏は「キャリアの正解とは何か」という問いに対し、「事業を“でかく”した実績のあるキャリア」であると定義づける。そして、これまでのキャリアを通じて「どうすればぼくが事業を“でかく”できるのか」に向き合ってきたと話す。
学生時代、心理学を専攻していた大橋氏は、新卒で市場調査会社に入社する。入社後1〜2年目はログデータ系のアナリストとして業務に従事し、3〜5年目にはデータサイエンティストおよびハイエンド市場調査アナリストの役割を担った。さらに6〜7年目には、技術営業およびプロジェクトマネージャー(PM)として、分析業務に加えて案件の提案や推進にも関与した。その後、エンターテインメント領域での仕事に関心を持ち、現在の職場へ転職している。
こうしたキャリア選択の背景には、個人的な価値観や経験も影響しているという。大橋氏は首都圏の教育志向の強い家庭で育ち、学力を重視する環境の中で成長してきた。その過程で、自己評価を「能力」、とりわけ知的能力に強く結びつける傾向が形成されたと振り返る。
「私は『負けん気』を出すことを強いられて生きてきたと感じています。負けん気とデータ人材に求められる専門性は近接性の高いものだと捉えています。思い返せば、若い頃は専門性を磨き、職人性を身につけることで、安定して介在価値のある職場にいられるのではないかと考えていました」(大橋氏)
前職では食品や日用品といったいわゆるFMCG領域でのログデータ分析業務に従事。日々大量のログデータと向き合う中で業務の基礎を身につけていった。この経験を通じて、ビジネスの現場で数値がどのように使われ、どのように意思決定や評価につながっていくのかを理解するようになった。
一方で、次々と発生するタスクを処理し続ける中で、自分が工場の機械になったような感覚を覚えるようになった。データサイエンティストやハイエンド市場調査アナリスト転向への打診があったのはその頃だ。このとき、大橋氏は後の自身のキャリアのコアとなる経験をする。
「需要予測および広告効果シミュレーションモデルの構築案件で、プロジェクト費用は稼働工数を含めて約500万円規模というものでした。このモデルを活用した結果、クライアントの広告費を億単位で最適化することができたのです。この案件では、発注元の段階で『分析結果をどのように事業に反映させるか』というビジネスプロセスがあらかじめ整理されていました。このことから、分析の価値は技術そのものだけでなく、事前の設計によって大きく左右されるという認識を持つようになりました」(大橋氏)
もう1つ、海外市場を対象としたハイエンドな市場調査では、高度な分析技術を用い、市場構造について興味深い分析を行った。しかし、調査結果は最終的にクライアントの意思決定や具体的なアクションにつながることはなかった。
この経験を通じて、分析としての完成度が高くても、それだけでは価値創出には直結しないことを意識するようになった。分析プロジェクトの成否の多くは、「どのような分析プロジェクトを立ち上げるか」という設計段階でほぼ決まっている。価値創出の起点は分析技術そのものではなく、課題設定やプロジェクト設計にあるのだ。
6〜7年目には部署が変わり、技術営業とPMの役割を担うことになった。分析業務そのものに加え、案件の企画立案や提案、プロジェクト全体を推進する立場である。このプロジェクトで、大橋氏が気づいたことは、「中二病」というキーワードだ。
「大きな事業の動きを仕掛ける立場の人は、皆心に『中二病』を抱えています。年齢が高く実績を持っていても、心は若い。何かを成してやるという熱量が高いのです。私はそれを『中二病』と呼んでいます。『中二病』に突き動かされている自分は、『許せる自分』だと感じるのです。ただ、私はメンタルもフィジカルも強くありません。安定的にMPが補給でき、熱量に巻き込まれるような職場であることが必要です。この2つのニーズが交わる場所を求め、バンダイナムコネクサスにたどり着きました」(大橋氏)
バンダイナムコネクサスに入社して3年、現在大橋氏が見ているのは、上のスライドのような景色だ。事業企画や事業運営を担う立場の人々は、日々多くの困難と向き合っている。売上や利益目標の達成に対するプレッシャー、制度運用に伴う不合理、社内外の関係者との連携の難しさ、さらには人間関係など。これらに泥臭く立ち向かう人たちを、技術で支援するのが自身の仕事だと、大橋氏は言う。
「現在マネージャーとして、自分自身にもメンバーにも繰り返し問いかけているのは、カウンターパートがどのような絶望を抱えているのか、具体的に説明できるかどうかです。絶望と向き合い、かつクライアントの絶望の先に希望を見出す存在になれているかどうかを自問自答しながら仕事をしています」(大橋氏)
その絶望と向き合って希望を見出す存在は、さまざまな「中二病」を携えて仕事をしている。たとえば、「衛生兵」は、絶望そのもの、戦争そのものを終わらせる力はないが、目の前で倒れている人を今夜一晩枕を高くして眠れるようにする。また、理想を語り続ける革命思想家スタイルの人もいる。状況がややこしくなったらすべてをぶっとばす、トリックスターのようなスタイルの人もいる。
最後に大橋氏は、「どうすればぼくが事業を“でかく”できるのか」という問いへと向かうマインドセットについて語った。大橋氏は「気の持ちようがすべて」と前置きしたうえで、次のフレーズを紹介した。
「There’s more than one way to do it.」はプログラミング言語Perlの思想だ。唯一の正解や完璧な方法が存在するという前提に立たず、状況に応じたやり方を許容する姿勢を指している。これと近い考え方として、「I’m not perfect.=自分は完全ではない」という認識を持つことも重要だ。同様の文脈で、「早く行きたければ1人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」という言葉がある。1人で得られる経験や視点には限界があり、多様な人や考え方と関わることで初めて見えるものがあるという意味だ。
また、「Plan is nothing, planning is everything.」という言葉も指針の一つである。計画通りに進む仕事はほとんどない。一方で、人は計画策定を立てるプロセスを通じて初めて物事を深く考えることができる。計画が倒れることを恐れず計画し続ける、アップデートし続ける気持ちは重要だ。
最後に、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。すべてを一度に変えることはできない以上、変えられない前提を受け入れつつ、今の自分が影響を及ぼせる範囲の中で、最も価値の大きいポイントはどこかを見極める必要がある。こうした姿勢を続けていくと、最終的には「自分が変えられることを増やしたい」という発想に行き着く。それには、自分が無意識のうちに課している制約や、乗り越えるべき癖を自覚する必要がある。
「しかし、人にはそれぞれ癖や置かれてきた環境などがあり、多くの人に当てはまる単一の正解は存在しません。究極的には、その相談相手は自分しかいない。自問自答を通じてこうした軸を見出さなければならないのです」(大橋氏)
「何者か」を目指さないキャリア選択 愛され続けるIPを支えるために
株式会社バンダイナムコネクサス
IPビジネスエンハンス部 IPクロステックオフィス
データストラテジスト
山田 元太(やまだ・げんた)氏
続いて登壇したのは、データストラテジストの山田 元太氏だ。山田氏は、「専門性のない自分に、未来はあるのか」という問いを掲げた。
山田氏は、はじめに自身のモチベーショングラフを投影し、自分が職種を変えるきっかけは、コンフォートゾーンに入っていると自覚したときであると話す。山田氏は文系学部出身で開発経験もなく、データ人材の素養がないままデータ領域に飛び込んだ。コンサルティングファームでデータ分析担当になり、初めてPython、SQL、BIツールを触ったことでデータ分析に興味を持った。データ分析には分析力以外も必要だと気づき始めたのもこの頃だ。
「そこで、隣接しているエンジニアリングスキルが必要だと思い、開発経験を積みたいと考えました。しかし、当時の職場には開発する余力も必要もなかった。そこで、開発未経験のままエンジニアになろうと考え、たまたま知り合ったある企業の人事の方に、業務委託契約で雇ってもらえるよう直談判しました」(山田氏)
そこで修行し、開発力を培ったことで自信をつけることができた山田氏だが、同時にいつ契約が打ち切られるかというリスクに常にさらされていた。自分がつくったものが、自分がいなくなった後でも問題なく稼働するよう、属人性をなくす発想が身についたのはそのときのことだ。
業務委託から職制転換し数年働く中で、社内のデータのことはおおむね理解できるようになり、誰に何を頼ればいいか勘所がつかめてきた。同時に、新しい開発要件や仕事に取り組んでも過去の焼き直しが増え、現在の仕事に対して過学習している感覚を覚えるようになった。
「コンフォートゾーンに入っている自覚が芽生え、漠然とした焦燥感が出てきました。また、開発は楽しかったのですが、業務効率化に偏ったキャリアになっていることも気になっていました。もともと興味のあったデータ分析にもう一度チャレンジしたい。そう思い、転職活動を始めました」(山田氏)
こうした経緯でバンダイナムコネクサスに入社した山田氏は現在、技術PMの役割を担っている。技術PMとは、ビジネスサイドと専門職の間に立ち、専門職が最大限能力を発揮できる環境づくりをして、その結果生まれたプロダクトをしっかりビジネスに実装する。
山田氏が技術PMに携わろうと決めた理由は2つある。「成果を追求した結果」と「個人としての戦略」だ。1つ目の「成果を追求した結果」は、バンダイナムコネクサスがグループ内で成果を上げるには、同社が抱える優秀なエンジニア、データサイエンティストの専門性を活かす必要があると考えたためだ。
データ分析プロジェクトのワークフローを分解すると、まず目的設定をして、データ収集、モデリング、レポーティングなどを経て意思決定につなげていく。ここを大きく2分すると、「問い」と「解」に分かれる。この両者が揃って初めて大きな成果が生まれる。
「問いの質」としては、データサイエンスやデータエンジニアリングによって解ける見込みがあることが重要だ。加えて、解いた際には事業に対するインパクトが大きいことが望ましい。人が行うよりも機械のほうが得意とする領域であるかどうかも大切な視点だ。「解の質」についても、さまざまな要素がある。特定の指標における精度の高さや持続可能性などである。
「問いと解、両者の質を上げようとした場合、当社には解の質を上げる人材は揃っています。一方で、問いの質を上げることはPMでもできる。そこを私が担おうと考えました」(山田氏)
山田氏はもう1つ、サイクルを加速させることも自身の役割とした。
「極端にいえば、技術PMの存在はなくても組織は成り立ちます。ビジネスサイドとエンジニアが直接やり取りして、それで問題なく回すことはできるのです。とはいえ、『このデータがあれば分析できるだろう』と渡したデータが、専門職にとっては『これでは分析できない』ということは起こりえます。そうしたあらゆる面倒なこと、いわゆる『ブルシット・ジョブ』を引き受けることで、優秀な人たちが生産性を上げることだけに集中する環境をつくりたいのです」(山田氏)
2つ目の「個人としての戦略」については、自分より優秀な人との働き方を見つけたいと思い、取り組みを始めたと言う。
「その背景には、すでにいる人材だけでなく、新しい世代のAIネイティブといった人たちと一緒にどう価値を出していくかを見つけたかったという思いがあります。問いの質を上げる役割を担うことで組織としての成果創出に貢献しようと考えました」(山田氏)
また、データ人材として遅いスタートを切った自分が成果を上げられるのであれば、誰かにとって「自分でもなれるのでは」という“再現性”ある事例になれるかもしれないと考えたことも影響している。組織の持続性を担保できる「換えがきく」人材は、長く愛され続けるIPに必須だと考えていると山田氏は話す。
最後に山田氏は、「キャリアの価値は専門性だけではない」と述べた。かけがえのない専門性はもちろん素晴らしい。しかし、それと同じくらい、ありふれて換えのきく再現性も価値がある。
「As is – To Be以外でも未来は捉えられます。自分のキャリアは行き当たりばったりの連続で、10年前の自分では想像できなかった今を楽しんでいます。目標を決めて邁進できる人は未来を想像すればいい。現在の『偶然出会った何か』を都度吸収するのが得意な人は今を積み上げればいい。キャリアの描き方は人それぞれなのです」(山田氏)
キャリアの羅針盤はいらない?ビジネスと技術をつなぐハブとしての生き方
株式会社バンダイナムコネクサス
ビジネスプラットフォーム部 データプロダクト課
データエンジニアリングセクション
セクション長
井村 真樹(いむら・まさき)氏
続く登壇者は、楽器音響業界で法人営業・生産管理・アナリスト・プロダクトマネージャー等を経験した後、SIerでアーキテクト、プリセールスとしてデータ分析プロジェクトを推進した経験を持つ井村 真樹氏だ。バンダイナムコネクサスには2022年に業務委託として参画、2023年7月に正社員として入社し、データマネージャーとして各種データ基盤構築プロジェクトを推進している。
井村氏は、「キャリアの振り返り」「現在地」「大事にしたいマインドセット」の3つのアジェンダを挙げ、ビジネスと技術をつなぐハブとしての生き方について説明した。
井村氏は、自身のキャリアを3つのフェーズに分けて振り返る。
1つ目はビジネス系職種を中心に模索していくフェーズだ。楽器メーカーに入社し、海外事業部で貿易事務を担当することになった。その後法人営業と生産管理へ。効率化のタネを探して日々業務改善を進めていった。しかし、徐々に営業の仕事が合わなくなり、生産管理の自動化や受発注システムの業務フロー改善など事務系の業務に注力する割合が増えていく。
その後、もともと興味のあったプロダクトマネージャーにロールチェンジするも、再び営業を兼務するなどマルチタスクが発生していた。そうしたなか、自身に何ができるのかを悩みながら、同業界でプロダクトマネージャーのロールでキャリアを伸ばそうと固めていった。
2つ目は自身の適性と方向性について悩むフェーズだ。プリセールスを担いながら、マクロやSQLを用いて効率化をするうち、こうしたアナリスト業務のほうが楽しく感じられるようになった。折しもデータサイエンティストブームが起こっており、業界経験がないまま技術職にキャリアチェンジをした。
「技術職ではテレアポによる新規顧客開拓から実装まですべてを担当していました。営業経験も活き、好きな技術や新しい考え方に触れられることが楽しくて、何でもやろうとモチベーションがどんどん上がっていきました。その後徐々に領域が広がり、分析チームの立ち上げ支援やクラウドベンダーと協業でウェビナーを開催したりなどしました」(井村氏)
その後、フリーランスになった井村氏は、データ領域では専門家同士をつなげる人がいないことに気づいた。事業会社の中からその構造を変えていこうと、フリーランスとしてバンダイナムコネクサスに入社した。
井村氏は、バンダイナムコネクサスに参画したタイミングを3つ目のフェーズと位置づける。データ基盤の要求定義や要件定義をする中で、事業会社のデータのおもしろさ、事業に対する高い解像度を持つ人材の多さを魅力に感じ、正社員として組織の中で入っていったほうがハブとしてよい動きができるのではないかと考えるようになった。
「その後、正社員として引き続きデータ基盤のプロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からはデータエンジニアのチームリーダーになりました。組織も事業もプロジェクトも非常に大きく、最適化できる部分が本当に山ほどあります。自分はデータ基盤をつくる組織のリーダーとしてというよりは、何でも拾うみたいなポジションにあった方が、全体効率のためにもよいと感じています」(井村氏)
キャリアの振り返りの後、井村氏はキャリアの現在地についても言及した。
「データ基盤そのものについても、技術的な課題はたくさんあります。それ以外の、『コミュニケーションがうまくいっていない』『間に落ちたボールをどうするか』といった課題に関しては、自分がうまく入っていけるのではないかと考えています。今後は、ひたすら自分の半径5メートル以内を改善していきたいですね。考えながら動いていけば、自然と半径は広がっていくはずです」(井村氏)
最後に井村氏は、大事にしている3つのマインドセットを挙げる。
「1つ目は『リスペクト』です。自分は相手の専門性、業務領域の深みを1割も知らないという前提に立つ。ジェネラリスト、スペシャリストの両方に敬意を持っています。2つ目は『納得感』です。人は理論ではなく感情で動くものです。相手にとって合理性のある伝え方が重要です。3つ目は『考え続ける』こと。自分の特性と組織のニーズが交わる領域を考え続ける。ボールは拾い続ける。キャリアと成果はその結果としてついてくると考えています」(井村氏)
【クロストーク】キャリアの正解は、自分でつくる。これからのデータストラテジストのキャリア
株式会社バンダイナムコネクサス
データストラテジー部
ゼネラルマネージャー/リードデータストラテジスト
松浦 遼(まつうら・りょう)氏
各セッション終了後、データストラテジー部のゼネラルマネージャー松浦 遼氏がファシリテートを務め、クロストークが行われた。
松浦氏:はじめに、皆さんが「自分の仕事が広がった」と感じたプロジェクトや案件について教えてください。
大橋氏:私はインプット性の高い案件とアウトプット性の高い案件の2つがあると思っています。新たな技術の使い方など、「勉強になるな」と思いながら携わる案件が、インプット性の高いものです。自分が発想し、着地点を決めていかなければならない案件はアウトプット性が高いものと考えています。このうちアウトプット性が高い案件に携わると、「筋力がついたな」と感じます。
マネージャーの立場からすると、「この人にこんな経験をさせたい」「こういう発想と技術を持っているならこんな仕事をしてほしい」と思うことがあります。ですので、メンバーの立場からは、キャリアの希望や懸念をはっきりと伝えてもらえればと思います。
井村氏:何かしら課題があったとき、自分が「しんがり」だと自認できたときはいい案件に携わることができたと思いますね。
山田氏:私は自分の仕事の広がりよりも、「再現性」をテーマにしているので、担当しているプロジェクトはいますぐ手放してもいいと思っていますし、手放せるようにしてきているつもりです。それが逆に、周りから「山田がやるべき領域」という認識を持たれる要因なのかもしれず、そのパラドックスはどうにかしたいですね。
大橋氏:マネージャー視点だと、渡した仕事や渡された仕事に対する受け取り方の上手い人は目を引きますよね。こちらの意図通り、筋良く解釈してくれるのもそう。「この仕事をこう解釈して着手したか」という動き出しのおもしろいメンバーには注目しています。
井村氏:自分の伝えたいことに対して、相手への伝わり方が人によって異なるというのはポジティブな意味でおもしろいですね。「こんな視点があったのか」と感じます。お互いに成長の糧になっているように思いますね。
松浦氏:バンダイナムコネクサスは、中途採用のデータ人材を採用しながら、バンダイナムコグループ内向けのデータ活用のプロジェクトを進めていく会社です。そうした立場で仕事をしてみて、これまでと違う感覚でおもしろさややりがいを感じたことはありますか?
山田氏:データサイエンティスト、データエンジニア、データアナリストなど、データにかかわる他の職種には定義があります。しかし、データストラテジストの定義は曖昧。成果をあげるために自分が具体的にできること、やらなければならないことを自分で決めて取り組める点はおもしろいですね。
井村氏:ただ、普段仕事をしていて、データストラテジストやデータエンジニアといった「ラベル」を意識することは少ない。バンダイナムコネクサスは完全に縦割りになっていないところがおもしろさだと思います。
大橋氏:私はそうした「ラベル」の前に、「人間だから」という前提があると思っています。
自分という人間がどう働くのか。ジークンドーの武術家の石井 東吾さんという方がいるのですが、その人が「ジークンドーそのものがどうという話ではなく、石井という格闘家がジークンドーを使っているのである」という言い方をしています。この捉え方がとても好きですね。だから私は「自分という人間がデータストラテジストという肩書きや立場をどう使うか」と捉えるようにしています。
山田氏:再現性という意味では、私の名前は誰にも知られなくていい。バンダイナムコネクサスがつくったプロダクトなのかどうかを知らない人が利用している状況がむしろ理想ですね。
大橋氏:私と山田さんは逆の思想で語っているように見えるかもしれませんが、私も自分の人間性を前に出したいわけではありません。自分は人間であって、ロボにはなれない。なれないなりに社会にハマり続けるということがどういうことかを考えています。ですから、自己実現という言葉はしっくり来ませんね。
山田氏:当社で働くと日々、当社が有するIPへのお客様からの反応が見られます。これまでのキャリアの中でも、バンダイナムコはダントツにお客様の領域が広いですね。IPを愛してくれるお客様の反応を見るだけでも自己実現につながっているように感じます。
松浦氏:「しんどかった話」「ストラテジストの孤独との戦い方」を教えてください。
井村氏:私は腹を割って話せる人がいない状態が一番しんどかったですね。
大橋氏:私は逆で、腹を割って話せる人が多ければ多いほどプロジェクトの孤独感が強いように感じますね。事業サイドの人と密に連携して事業課題をよく理解した状態で、技術サイドに対して「こういう価値をこういうふうに事業に刺していこう」という、いわばPMは双方に“調子のいいこと”を言う立場なわけです。このように、腹を割って話せる分果たすべき責任が大きくなり、PMとして1人でプロジェクトの着地点を考えているときにものすごい孤独感に襲われるのです。ただ、そういう状況で最後まで戦えた仕事は「価値を出せたな」と感じますし、孤独に耐え抜くエネルギーが必要だと思います。
山田氏:成果をあげるために死に物狂いになっている最中は、しんどいです。けれども、後から振り返って見ると「楽しかった」で済んでしまいますね。同様に、自分のリソースをすべて費やしてやり切っても認められなかったというのも、そのときはしんどいのですが、糧にはなっていると感じます。
松浦氏:今後どんなことに注力していきたいですか?
井村氏:自分の半径5メートル以内を改善していくことですね。身近な人たちがうまく立ち回れるようにしていくことで、自分も身の回りの人もハッピーになり得ます。間に落ちたボールを拾っていれば、自然とどこにボールが落ちやすいか分かってくるので、そこから自然と活動領域が広がっていくでしょう。
山田氏:今持っているプロジェクトを、一度すべて誰かに渡したいですね。再現性というテーマがある中で、ゼロから入社した人がすぐに技術PMとして立っていける。そこにその人自身の味を乗せていける体制をつくることが今の目標です。
大橋氏:私が最近関心のあるテーマが「己の衰えをどう受け入れるか」です。火の玉みたいな仕事をしてきましたが、30代半ばになって頭のキレも体も「ここから落ちていくな」という感覚があります。火の玉のサイズが小さくなっていく中で、「選択と集中」が重要だと考えるようになりました。
質疑応答
イベントの最後は、視聴者からの質問をもとに質疑応答が行われた。
Q.今新卒に戻るとしたら、どんなキャリアを選びますか?
山田氏:今の仕事をしていて、鍛えておけばよかったと思っている能力の1つが「1つの複雑な問題に向き合える知的体力」なのです。そうした力は研究活動の中で養われる能力だと考えているので、学生時代に戻れたら大学院に進むと思います。
井村氏:私はエンジニア職ですね。エンジニアリングを始めてからとても苦労したので、キャリアの最初からエンジニア職を選びます。
Q.バンダイナムコネクサスでは新卒採用をしていますか?
松浦氏:新卒採用はしていません。中途採用でデータ人材を求めています。データ職未経験の方でも隣接領域で適性のある方は受け入れており、実際にそうした方が活躍している事例もあります。我々のチームではデータ職としてのバリューステートメントを掲げています。ビジネスに対するコミットメント、事業と一体になり信頼されるホスピタリティ、ビジネスを構造化して一歩先に進化させる力、それらを支えるデータ分野を中心とした技術力など、そうしたバリューにフィットする方を採用しています。
Q.データストラテジストの採用軸について教えてください。
松浦氏:必須にはしていませんが、データ系実務経験をお持ちであるなどデータ系の素養があればなおよく、一方でビジネス意識の強さを必須として採用しています。当社では、データストラテジストとはデータの総合職であり、顧客の事業課題を解決するために、拾えるものはすべて拾う職種であると考えています。
Q.「ボールをたくさん拾う」ことを「やりがいのある仕事だ」と捉えられているメンタリティがすごいと感じます。どういうメンタルでボールを拾いに行っているのでしょうか。
井村氏:拾うと喜んでくれる人がいることが1つ。もう1つ、今その場で拾えば労力が「1」で済むところ、放置することで「2」の労力が必要になってしまいます。このように、将来の自分の時間への投資という意味でボールを拾うことがあります。
大橋氏:転がっているボールを見た瞬間に「このボールを拾ったら何かできそうだな」というイメージが湧きます。そうしたボールは本能的に拾わずにいられません。ただ、拾いすぎてパンクしてしまっては他方面に不義理になるので、ブレーキを持った上で光る順番に拾っています。
Q.若いデータ人材に対して伝えたいことはありますか?
井村氏:データを取り扱っていると、データや人に対して理不尽に感じることは必ずあります。そのときに腐らずリスペクトを持って取り組んでほしいですね。
山田氏:目標を決めて成果をあげるためにがんばって、それが仮に失敗に終わったとしても、自分を肯定してあげてください。分析が意思決定に使われなかったり、分析の精度が上がらず何かしら失注してしまったりといったことは出てくると思います。成果にはシビアになっても、過程は肯定してほしいですね。
大橋氏:キラキラして見える人と今の自分を比較して変に焦る必要はありません。自分の目の前に転がっている泥んこの中に光を見出す感性を身につけてください。
Q.50代、60代になったときのデータ人材としてのキャリア構想をどう考えていますか?
松浦氏:私は今後、エンタメドメインで成し遂げたいことがあり、そこに向けてデータチームをより大きく組成しようとしています。それを活かしてグループ全体のビジネスをより良いものにするために何ができるかを考え、そこに向けて10年、15年がんばっていきたいですね。60代になれば自分が今持っているものは崩壊していくでしょう。ただ、いろいろな人と仕事をしていく中で、人とのつながりを維持していきながら、時代にあった新しいことに取り組んで行きたいと思っています。
文・編集=鹿野 恵子(プレーンテキスト)
※所属組織および取材内容は2025年12月時点の情報です。
株式会社バンダイナムコネクサス
https://bandainamco-nexus.co.jp/
株式会社バンダイナムコネクサスの採用情報
https://bandainamco-nexus.co.jp/careers/
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