半導体の未来をつくるのはソフトウェアエンジニア ― Renesas 365が挑む組み込み開発の変革
エンドユーザー体験がハードではなくソフトで決まる時代、組み込み開発の現場は大きな転換点を迎えている。SDVやフィジカルAIの進展により、Web・SaaS業界で培われた開発思想が半導体の世界でも欠かせないものになりつつある。 その変革に挑んでいるのが、ルネサスエレクトロニクスの電子機器開発プラットフォーム「Renesas 365」だ。旅行・レジャー業界など異業種で20年以上プロダクトマネジメントを経験してきたプロダクトマネージャー、15年以上組み込み開発を担ってきたエンジニア、入社4年目の若手、20年目のベテランが集った。Web・SaaSと組み込みが交わる開発現場のリアルから、異なるバックグラウンドが、組み込み開発にどのような変化をもたらしているのかをひも解く。アーカイブ動画
なぜ50代のプロダクトマネージャーは半導体業界に飛び込んだのか
旅行・レジャー業界で20年以上プロダクトマネジメントに携わってきた小山田氏が、なぜ50代でルネサスに転身したのか。組み込み開発の現場が抱える課題、Renesas 365が挑む変革、そしてWeb・SaaS業界で培った経験が半導体の世界でどのように武器になるのか。異業種転身の実体験を交えて、ソフトウェアエンジニアに広がる新たなキャリアの選択肢を語る。
ルネサスエレクトロニクス株式会社
Software & Digitalization Group
Principal Software Engineer
小山田 浩史(おやまだ ひろし)氏
出荷して終わりの世界が変わり始めている
ルネサスエレクトロニクスは従業員数約22,000人、海外拠点30カ国以上を擁する半導体メーカーである。前身はNEC、日立、三菱の半導体部門で、2002年の創業以降、海外の半導体関連会社を買収し続けて現在の規模に至った。
半導体と一口に言っても、メモリ、センサー、電力を制御するパワー半導体、通信チップなど幅広い。今回のテーマとなるのは、エアコンや炊飯器のような機器を制御する専用コンピュータであるMCU(マイコン)と、周辺部品と組み合わせて高度なソフトウェアシステムを動かすMPU(高性能なコンピュータ)だ。車載MPUはSDV(Software Defined Vehicle)を実現し、話題のフィジカルAIやHGAI(ヒューマノイド/汎用AI)の頭脳としても機能している。
こうした半導体を生かすには組み込み開発が不可欠になる。そしてこの組み込み開発に求められる価値が、いま大きく変わり始めている。
かつての組み込み機器は、ハードウェアで差別化し、機器単体で完結し、出荷した時点で価値が確定していた。しかし今は、その上で動くソフトウェアで差別化を図らなければ競争できない。クラウドや他システムとの連携が前提となり、出荷後もお客様の利用状況を捉えて継続的にアップデートする。エンドユーザーの体験を重視するには、こうした姿勢が欠かせない。
高い品質と開発スピードをどう両立するか
とはいえ組み込み開発には従来からの制約が残る。必ず動くことが前提であり、ハードもソフトも種類が多く、システム間の依存関係が複雑に絡み合う。担当するチームも多く、実運用で初めて出てくる問題もある。後から変更を加えることには大きなリスクが伴い、少し前ならリコールとして新聞を賑わす大問題にもなっていた。
なぜここまで厳しい制約があるのか。自動運転であれば人命に、産業ロボットであれば経営に直結するからだ。だからこそ、高い品質をどう担保するか、システム全体の整合性をどう検証するか、チーム間をどう連携させるか、利用環境の問題をどう検知するか、変更をどう安全に行うかが問われる。
エンドユーザー体験を重視すればするほど、組み込み機器の開発は複雑になる。一方で制約に応えるためには慎重にならざるを得ない。それでも市場に残るためには、以前より速い開発スピードが求められる。この二律背反をどう両立させるかが、組み込み開発の大きな課題となっている。
分断された開発プロセスをデータとAIでつなぐ
この問いに応えるためにルネサスが打ち出したのが、電子機器開発プラットフォーム「Renesas 365」だ。要件定義、システム設計、デバイス選定、ハードウェア開発、ソフトウェア開発、検証、出荷、そして出荷後のライフサイクル管理までを、データとAIでひとつなぎにする。
一般的なソフトウェア開発と同じように、組み込みの世界にも要件定義、システム設計、ハードウェア開発など各工程にプロフェッショナルがいて、それぞれの知見は強い。しかし横のつながりが少なく、連携が難しい状態だった。Renesas 365はこの分断に着目して生まれている。ベースになっているのは、2024年に買収したAltium社の仕組みだ。
Renesas 365の中核となるのは、Visioのような自由度と柔軟性を備えたWebベースの協調型システム設計ツール「エレクトロニクスシステムデザイナー」である。デバイスからソフトウェア、回路基板までをモデル化し、アイデア段階から探索と検討を進められる。マイコン選定でも「Renesas RA エクスプローラー」を使えば、制約条件に基づいてRAマイコン全体をほぼ瞬時に評価できる。数週間かかっていた確認作業が、数秒で要件を変えて何度でも試せる。
e² studioやVS Code、Altiumデザイナーといった既存ツールとも連携し、モータースタジオ(モーター制御開発向けの用途特化ツール)のようなツールとも接続する。さらにブラウザベースでビルド、デプロイ、デバッグまで進められ、ボードレベルの可視化やソフトウェアとハードウェアのクロスプロービングも可能だ。出荷後もOTA更新(Over-the-Air、無線経由での更新)やデバイス管理といった高度に安全な機能を提供し、組み込みDevOpsを実現する。
参考:https://www.renesas.com/ja/renesas365
これによって、要求に基づいた設計品質が向上し、複雑なシステムの不整合が早期に発見される。チーム間の意思決定と連携が加速し、出荷後の問題も早く見つかり、変更のリスクを抑えた機能改善が可能になる。エンドユーザー体験重視の開発と、制約下での高度化を両立させる。それがRenesas 365の目指す世界である。
Renesas 365に必要な知見はWeb・クラウド業界の人が持っている
4月にローンチしたRenesas 365は、これから機能を強化していくフェーズにある。そこで必要になるのが、顧客理解と課題分析、開発と運用を貫くDevOpsの知見、バラバラの要素をつなぐプラットフォームの知見、そしてデータとAIの知見だ。
ソフトウェアエンジニアなら気づくはずだ。これらはまさに、Web・クラウド業界のエンジニアが日々鍛えている領域である。
小山田氏自身、この構想に惹かれてルネサスに転身した。異業種で20年以上プロダクトマネージャーを務めてきた身として、50代を迎え「今までの経験を糧に社会に対して何か貢献できないか」と考えていた矢先の出会いだった。組み込み機器開発が変われば、エンドユーザー体験を重視した製品がより早く世に出て、継続的に価値が高まる。人々の暮らしが楽になり、社会への貢献につながる。そう感じたという。
硬い会社という思い込みが崩れた入社後
入社前には不安もあった。ハードウェアの会社にソフトウェア人材が入っていじめられないか、組み込み開発は既存技術の使い回しではないか、大企業の集合体だからJTCで風通しが悪いのではないか。
いずれも思い込みだったと小山田氏は振り返る。ハードウェアはベースであり、その上で動くソフトウェアがいまや重視されている。車載MPUやエッジAI、フィジカルAIといった最先端の技術がふんだんに使われている。そして海外の半導体関連会社を買収し続けてきた結果、外国人比率は60%を超え、JTCならではの良さを残しながら、グローバル企業としての文化も併せ持つ珍しい会社であることが、入社後にわかった。
仕事の本質もWeb・クラウド業界と大きくは変わらなかった。ユーザー課題を理解し、開発プロセスの標準化と効率化を進め、データを活用する。異なる業界であっても、大切な軸は同じだった。
現在は、Renesas 365のライフサイクル機能(OTA、出荷後の監視・更新)のプロジェクトマネジメント、車載向けMCUのソフト・ハードの動作分析プラットフォームのプロジェクトマネジメント、そしてRenesas 365の開発組織におけるプロダクトマネジメントの土壌づくりを担っている。価値を中心にした開発文化、必要なドキュメント、開発プロセスの整理を進めている最中だ。
AIのサポートも大きい。プロダクトマネジメントだけでなく開発の現場でもAIをフル活用しており、業界の違いによる知識ギャップを埋める助けになっている。
異なる視点を受け入れる文化に驚いた
もっとも驚いたのは、異なる視点を受け入れる文化があったことだ。Web・クラウド業界のベストプラクティスとして、開発手法やドキュメント、コミュニケーションの手段を提案すると、しっかり議論のうえで採用してくれる。学びを受け入れる文化がある会社だったのだ。
一方で苦戦もある。半導体業界のビジネス、製品、ハードウェアの学習は継続中で、関連部署が何をやっているかを把握するのも大企業ゆえに時間がかかる。ここでも支えになっているのが「学ぶ文化」だ。毎週金曜日は学習デーに設定されており、最新技術や関連文書の理解を深める時間に充てられる。
まだ答えの出ていない課題も3つあるという。Web・クラウド開発と組み込み開発の価値観の差、AIの登場によるソフトウェア開発のあり方の変化、そして買収の積み重ねで大きくなった組織の全体像共有だ。いずれもすぐに解決できない問題ではあるものの、時間をかけてでも解決していかなければならない課題である。
世界を変える挑戦の仲間を求めて
小山田氏は最後にメッセージを重ねた。組み込み開発の経験がなくても、Web・クラウド業界での経験はRenesas 365の開発現場で大きな武器になる。新しい領域にチャレンジするマインドを持ち、社会インフラに近い領域で開発思想を生かしたい人、仲間と学び合いながら未知の領域に前進できる人、ダイバーシティな環境に抵抗のない人。そんな人にこそ向いている
「一緒に世界を目指しましょう。世界を変えていきましょう」。小山田氏は、Web・クラウド業界で培った経験が組み込み開発でも生かせることを、改めて参加者に呼びかけた。
後半のセッションでは、その現場で実際にUSチームと肩を並べて開発を進めるエンジニアたちが、異なるバックグラウンドがものづくりに何をもたらしているのかを語る。
異なる専門性がぶつかりあうRenesas 365開発の現場

Web・SaaS領域に強いUSチームと、組み込みを極めてきた日本チーム。異なる専門性を持つエンジニア同士が対等に議論しながら、ひとつのプロダクトを形づくっているのがRenesas 365の開発現場だ。組み込み15年以上の神田氏、入社4年目の三好氏、Web・SaaSから転身した小山田氏、20年目の永井氏がそれぞれの視点から現場のリアルを語る。
ルネサスエレクトロニクス株式会社
Software & Digitalization Group
Senior Staff Software Engineer
神田 健太(かんだ けんた)氏
ルネサスエレクトロニクス株式会社
Software & Digitalization Group
Software Engineer
三好 駿祐(みよし しゅんすけ)氏
ルネサスエレクトロニクス株式会社
Software & Digitalization Group
Senior Manager
永井 優(ながい まさる)氏
── 組み込み中心のキャリアから、Renesas 365でどのような役割を担っているか
神田氏:私は15年以上、組み込みソフトウェア開発をやってきました。特に長くやってきたのがMCU向けのリアルタイムオペレーティングシステムの開発です。OSと聞くと高機能なソフトウェアを想像されるかもしれませんが、実際はかなり原始的なタスクスケジューリングや排他制御を担うソフトウェアで、ルネサスのハードウェアにべったり実装しながら性能を引き出すことを追い込んできました。2022年からは車載向けSoC(システムオンチップ)のソフトウェア要件定義を担当し、お客様のユースケースを分析して、SoCのソフトウェアとして何を提供すれば満たせるのかを深く追求してきました。2025年後半からはRenesas 365の開発に携わっていて、Web・SaaSに強いメンバーと一緒に、どうすればお客様の開発が楽になるかを検討しています。
三好氏:私は入社して4年目の若手なのですが、最初の2年間くらいは、ルネサスが提供するADAS(先進運転支援システム)と自動運転向けのハードウェアを対象に、その性能を最大限引き出したアプリケーションを開発してお客様に提供するチームにいました。そこでは主に評価と検証にフォーカスしていました。今は神田さんと同じチームで、Renesas 365のソフトウェア開発を担う内部エンジンの設計から開発まで担当しています。加えて、USチームとPoCをベースに「Renesas 365はどうあるべきか」「価値を出すには何をすべきか」という議論もさせてもらっています。
神田氏:役割分担で言うと、私が当初コンセプトメイキングにあたる部分を担当していて、三好が私の検討したコンセプトを引き継いで、製品化に向けての技術検討を中心に進めてくれている、そんな関係になります。
── USチームとはどのような体制で開発しているのか
神田氏:USチームはもともとAltiumのチームで、電子機器設計やクラウドサービスをやってきた方が多くいて、Web・SaaSに非常に強いです。UI/UX、データエンジニアリング、プロダクトを継続的に改善する仕組みづくりに強みがあります。一方で我々は、長年のルネサスのハードウェア仕様の知識と、お客様と会話しながら培ってきた組み込みソフトウェア開発の知見があります。USメンバーの強みと我々の強みを出し合って、相互に補完し合いながらRenesas 365の開発を進めています。「USに全部お願いする」という単純な役割分担ではなくて、対等に提案や議論をしながら一緒に製品を作っています。
── USチームと組んで、進め方の違いを感じた場面は
神田氏:やっぱりアジャイル開発ですね。彼らはWeb・SaaSの開発経験が豊富なので、短いスプリントで動くものを作るという思想が強い。我々もアジャイル開発を取り入れているんですが、それでも彼らの方が開発スピードが速いなと思っていて、最初はちょっと驚きました。あとは技術的に強みを持つ部分が違うので、同じ製品を見ていても視点が違うと感じることがあります。最初は戸惑いましたが、一緒にやっていておもしろいところでもあります。
三好氏:一番インパクトが大きかったのは、彼らがアウトカム思考をとても重要視していて、それを実際の開発サイクルに落とし込んで日々の作業をこなしているところです。実際にアウトカム思考を実践している姿を目の当たりにしたのは大きな気づきでした。我々もアジャイル開発を数年やってきていますが、私個人としてはアウトプット思考寄りで、色々と障害にぶつかることも多かった。彼らと一緒にやってアウトカム思考を取り入れていったら、その障壁が最近目に見えて減ってきていると感じます。
── 組み込みで培ってきた経験がUSチームに生きている場面は
神田氏:私は先ほどの通り、MCU向けOSの開発に加えて、車載向けの機能安全に準拠したソフトウェアの開発にも携わってきました。安全分析を実施して、ソフトウェアに起こり得る問題を事前に分析して、安全性と性能、品質をエビデンス付きでお客様に説明するような仕事です。Renesas 365の世界でも変わらずお客様にとって必要なところですし、こういった経験はこれからも生きてくると思います。
三好氏:私は経験年数は少ないのですが、それでも間違いなく組み込みの経験が生きていると思っています。Renesas 365は開発プラットフォームとしてユーザーに価値を提供することを最終的な目的にしていて、Web・SaaS系だけでも、組み込みだけでもダメで、双方を同じくらいの重要度でカバーしなければならない。今のRenesas 365にはソフトウェア開発における主要な機能部分がまだごっそり抜け落ちている状態で、そこを埋めていくうえでUSチームの強みも生かしつつ、我々のソフトウェア開発の強みも適用できていると思います。
── 逆にWeb・SaaSから入って、組み込みの世界に驚いたことは
小山田氏:組み込み開発のすごさ、どれだけ最新を行っているかというところです。例えば車載MPUだと、カメラから画像が入ってきて、それを機械が処理できる形に変換して、問題を検知し、異常があれば制御する、この一連の流れの中でハードウェアがたくさんある。ドライバーもたくさんあって、特に驚いたのはOSが2つあることです。常に動いているOSと、何かあった時に即座に反応するOS。それだけでも今まで経験したソフトウェアと違います。しかも自動運転となると絶対に失敗できないのに、処理する単位が秒ではなくてミリ秒。これには驚きました。Web業界だと、良い意味でも悪い意味でも、お客さんがたくさん来たら「Sorry画面を出しておこう、その間に再起動しよう」で済むところがある。でも車載でそんなことがあったら人命に関わりますし、生産ロボットならラインが止まって会社が潰れることもある。そのクリティカルな緊張感と、本当の複雑さにはとてもびっくりしました。
── リモートとオフィスの使い分けはどうしているか
神田氏:私は普段広島にいますが、前提としてお伝えしておくと、ルネサスエレクトロニクスは今Back To Office と呼ぶ施策を取っていて、原則オフィス勤務にシフトしています。ただ私のように家庭の事情があってやむを得ない場合はリモート勤務が認められています。私の上司やチームメンバーにもリモートを活用している方がいるので、総合的に見て柔軟に働ける環境のある会社だと思っています。使い分けは仕事内容によることが多くて、新しいアイデアを考えるときや、まだ要件が固まっていないソフトウェアの検討段階なら、チームメンバーと集まってホワイトボードで議論する方が効率がいい。一方で、ソフトウェアの形が決まっていて実装や設計をじっくり進めたい段階なら、リモートでも十分効率的に進められます。
── 若手にどこまで裁量が与えられているのか
三好氏:現在スクラム開発をしていて、PO(プロダクトオーナー)と毎日デイリーディスカッションをして、チームの方針、Renesas 365の方針、どうしていくべきかを議論させてもらっています。USチームとのディスカッションも主体的にやらせてもらえていて、必要十分な裁量をいただいていると思います。もうひとつ付け加えるなら、難しい環境にチャレンジする機会と、実際にチャレンジしたらバックアップしてもらえる環境が整っているのも大きいです。自分ではどうにもならない問題にぶつかっても、上司が定期的に1on1をしてくれて、どこでつまずいているのか、どう解決すればいいのかを一緒にディスカッションしてくれる。さらにサポートが必要なら実際に一緒にやってくれる。そういうバックアップがあります。
── 一番の古株から見て、なぜ多様な文化が生まれているのか
永井氏:私は2007年入社で、入社以来SoCと呼ばれる特定製品向けの半導体にずっと関わってきました。デジタルテレビ向け、カーナビ向け、ADAS向けなど、さまざまな組み込みソフトウェアの開発を一貫してやってきて、社内でアジャイルやCI/CDの導入を全体でリードする役割も経験しました。直近ではRenesas 365という会社レベルの挑戦にアサインしてもらって、小山田や三好、神田と一緒に取り組んでいます。
なぜ今の多様な文化があるのかというと、ルネサスはもともと日本のメーカーが合併してできた、ある意味典型的なJTCだったんです。ただ途中から柴田CEOの意向もあって、海外の半導体会社を多く買収して、ラインナップや規模を拡大してきました。製品を強化する狙いに加えて、海外の文化を取り入れて会社自体のカルチャーを変える狙いもあって、意図的に一定の親和性はありつつ変化を生む会社を買収してきたんです。特に大きな変化は2年前のAltium買収で、それまでは半導体・ハードを売る会社の買収でしたが、Altiumはボード設計のためのツール・ソフトウェアを作る会社で、完全に違うカルチャーの会社を取り込む形になりました。今では全社の60%が海外社員です。この多様さをさらに進めるために、ルネサスの組み込みに強い日本のエンジニアと、Altiumのソフトウェアに強いUSのエンジニアを交換留学させる案も検討中です。

異なる背景を持つ人が同じテーブルにつき、強みを持ち寄って新しい開発のあり方を形にする。半導体という制約の厳しい世界で、Web・SaaSのカルチャーがどう組み込み開発を変えていくのか。その現在進行形の答えが、Renesas 365の開発現場にあった。
Q&Aセッション
Q. USメンバーとの会話は英語なのか。日常的に英語で会話する環境なのか。
神田氏:USメンバーとの会話は英語ですし、社内にはベトナムやインドのメンバーもいるので、本当に日常的に英語で会話する環境です。おそらく質問された方は英語があまり得意ではないのかなと推測するんですが、私自身も最初は聞き取れずとても苦労しました。ただ喋っていくうちにだんだん慣れて聞き取れるようになりますし、AIも活用しています。会議のレコーディングをMicrosoft Copilotに分析させて翻訳したり要約したりが簡単にできるので、以前と比べて英語の会話は本当に楽になりました。英語のスキルで不安を感じる必要はないと思います。
永井氏:6割が海外社員ですが、まだ4割は日本人です。外資や海外の会社に入るよりは、英語なしで日本人が快適に仕事できる環境も残っています。挑戦したい、海外の人とやりたいという場合には機会もあるので、自分のスキルに合わせていろんな働き方ができます。バックアップとして、ツールとは別にマンツーマンの英会話レッスンを会社の補助で受けられる仕組みもあります。このメンバーはみんな受けていて、専門のトレーナーのもとで英会話のスキルを上げていける体制です。英語がハードルというのは、ツールの面でもバックアップの体制でもフォローがあるので、あまり気にする必要はないと思います。
Q. Web・SaaS業界で培っていた経験がそのまま武器になったと感じた場面はあるか。
小山田氏:講演でもお話しした通り、本質は変わらなかったところです。三好が言っていたアウトカムという、まさに「価値」の部分ですね。「なぜこれをやらなきゃいけないんだっけ」という部分は、業界が変わっても変わらない。組み込み開発でも結果としてハードとソフトをまとめて価値を提供しなくてはいけないので、価値をきちんと定義してみんな同じ方向を向いて開発する。ここが開発の本質だと思うんですが、その点は「そうだよね」と非常に馴染んでくれた。今までやってきたことがそのまま通用しました。
Q. 既存社員とWeb系の異なるバックグラウンドを持つ社員のハレーションはないのか。ハードウェアエンジニアとの関係性は。
永井氏:AltiumというWeb・SaaS系のバックグラウンドを持つメンバーが合流して、当然考え方は違うので、お互い学びながらやっています。両者ともRenesas 365という新しい製品を作る同じ仲間なので、考え方が違うから戦うのではなくて、同じ製品を良くしていこうという気持ちのもと、意見を交換しながら進めています。スムーズにする工夫として、ルネサスの中の組み込みソフトウェアを作っていたメンバーのうち、Renesas 365に親和性が高いメンバーを選抜してRenesas 365開発部門を作り、USチームと密にやってもらっています。そのメンバーが馴染みやすく柔軟にやれるので、うまくいっている面もあります。ハードウェアエンジニアや、Webとは遠い製品を作ってきた組み込みエンジニアとのギャップは大きいですが、比較的柔軟に学べるメンバーをテコにして、Webのカルチャーを取り込んだ上で既存メンバーにも伝授していく。この選抜メンバーはハードにも詳しいので、徐々にギャップを埋めながら進められる。今のところうまくいっていると思います。
Q. 金曜日の学習の時間は具体的にどう使っているのか。
小山田氏:2つの観点があります。ひとつは勉強会で、チームメンバーが今週の発表を持ち寄って発表会を開いています。AIの最新の使い方や、講習会・セミナーのレポートなどをチームメイトに共有します。もうひとつ、学びのテーマは個々が不足しているものを自分で決めて自己学習の形で進めます。英語も無料のオンラインレッスンが提供されていて、学びの時間に充てられます。この会社で驚いたのは、学びっぱなしにせず「これは絶対みんなにシェアしよう」と勉強会で発表したり、チャットで最新動向を頻繁にやりとりしているところです。
Q. AIの導入やトレーニングはどうなっているのか。
永井氏:AIの技術やツールは積極的に取り入れています。Microsoft Copilotは日々のオフィス業務でもう欠かせないレベルで、英語や要約などあらゆることに使っています。ソフトウェア開発者としては、Claude Codeのようなエージェント型のコーディングツールも必須になっていて日々使っています。Claude Codeは弊社IT部門が支援して全社的に導入していて、ガイドラインやユーザーマニュアルが整備されています。Microsoft Copilotの方はMicrosoftからのトレーニングも配信されています。Claude Codeは実践して自分たちのやり方に合わせないと使いこなせないので、チームの学びの時間で「こう使ったらうまくいった」「このSkillsが便利」といった知見を共有しています。
神田氏:補足すると、社内でAIをどう活用すればうまくいったかを共有する場があって、私も学んでいます。私はAIを使ってフレームワークのソースコードを解析させて振る舞いを調べたり、ソフトウェアの振る舞いをHTMLの簡易的なシミュレーターにして設計を他者に説明しやすくしたり、いろんな場で活用しています。
三好氏:私は部署でもかなり使っている方だと思います。有志のコミュニティがいくつかあって、AI関連の話を活発にやりとりしています。同期から上のマネージャー級の方々まで集まってAIについて意見を出し合い、情報を展開してくれる場が活発に動いているので、学びの場や情報収集の機会には事欠かないです。
Q. 海外競合を含めて、Renesas 365と似たようなサービスを提供している会社はあるのか。
永井氏:私が知る限り、完全に同じものはないと思います。半導体会社のMCUメーカーで、クラウドベースの組み込みソフトウェア開発、コンパイルやコードエディタ、IDEをクラウドで提供しているところはありますが、それはWebで使われている技術を組み込みに持ってきただけで、ソフトウェアの開発環境を楽にする範囲に留まります。Renesas 365はそれだけではなく、システムをブロックで作ってデザインし、ボード設計し、ソフトウェアを作るところまで全部カバーしています。もうひとつ、MATLABなどモデルベースと呼ばれる開発手法もあって、システムを仮想的にデザインしてコードを生成する取り組みは組み込み業界でも広く使われています。ただこれもV字モデル(要件定義から実装・検証までを対で対応させる開発プロセス)の上位概念に留まっていて、ハードやソフトのコードレベルには届いていない。Renesas 365はモデルベースも取り入れつつ、私たちが半導体会社なのでちゃんと実ハードで動くソフトになる。そこがつながり切っているのが大きく違うところです。さらに作って終わりではなく、出荷して運用し、OTAで継続的に更新するところまで入れています。商品企画のアイデア作りから形にして出荷し、必要に応じてアップデートするところまで網羅して構築しているのは、Renesas 365だけなんじゃないかと理解しています。
文:坂本 奈穂
※所属組織および取材内容は2026年9月時点の情報です。
ルネサスエレクトロニクス株式会社採用情報
https://career.renesas.com/
Renesas 365トップページ
https://www.renesas.com/ja/renesas365
Renesas 365 プレスリリース
https://www.renesas.com/ja/about/newsroom/renesas-announces-general-availability-renesas-365
Renesas 365 関連ブログ
https://www.renesas.com/ja/blogs/renesas-365-powered-altium-first-implementation-renesas-digitalization-vision
https://www.renesas.com/ja/blogs/renesas-365-launches-inspired-vision-reality
https://www.renesas.com/ja/blogs/beyond-silicon-humanoid-robotics-design-team-sport
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