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市場、製品特性、コストの壁を乗り越え、バイク向けコネクテッドサービスを実現
本田技研工業株式会社
電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部
UX・ソフトウェアコネクテッド開発部 コネクテッド事業開発課
課長
チーフエンジニア 野口 晃平氏
最初に登壇したのは入社以来、長年に渡り、レーシングバイクの開発に携わり、ダカールラリーにも参画。現地サハラ砂漠に赴き業務を遂行していた経験も持つ、野口晃平氏だ。現在はバイク向けコネクテッド事業開発にチーフエンジニアとして携わっている。
野口氏はFacebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏の名言「Done is better than perfect」が座右の銘だと述べる。また、バイクのコネクテッドサービス開発に臨む姿勢や意識を次のように語った。
「バイクというハードウェア製品は、壊れないことが正義であり、容易に交換もできないため完璧を求められていました。しかし、バリューチェーンの短いコネクテッドサービスでは、まずはやってみる。そうした価値観に変化していく必要があると考えています」(野口氏)
バイクやクルマの他、マリンや航空機なども合わせると、年間約2700万台ものプロダクトを世に送り出しているHonda。そのうち約1900万台がバイクであり、世界シェアは約35%を占める。
「世界で走っている3台の内、1台はHondaのバイクだと言えるでしょう」と、野口氏は胸を張る。特にアジア圏のシェアは高く、販売店の数はグローバルで約3万店。「事業規模も大きいです」と、野口氏は続けた。
一方で、事業規模が同じく大きいクルマとは異なる点もある。客層だ。グローバルサウスと呼ばれる南半球の新興国が大半であり、その割合は80%。日本とアメリカの市場はわずか5%ほどだという。
客層が異なるため、求められる価値も異なる。クルマにおいては移動手段以上の価値を求められるが、バイクは日常の足としての価値や評価が求められているためだ。
「付加価値的要素の強いコネクテッドサービスは、なかなか広がらないのです」と、野口氏は述べた。
両者の違いはまだある。クルマであれば車室があるため、運転していなくてもディスプレイでドラマなどを楽しむといったことができる。一方バイクは先述したとおり、運転、移動することが基本的な目的となっている点だ。
タイヤが2つのため運転していないと自立しなかったり、ヘルメットやグローブを着用したりするといった違いもある。
クルマでは法的な義務化も含め、標準装備になりつつあるAD/ADASだが、バイクではほぼ搭載していないため、ライダーは常に運転に集中する必要がある。
センサーやHMI(Human Machine Interface)においても、次々と先進的な技術ならびに実装が進むクルマに対して、バイクはスペースやコストなどの観点から装着が難しいという。
このようなさまざまな状況や理由から、「バイクのコネクテッドサービスで、クルマほどの価値を出すのは難しい」と、野口は厳しい口調で語った。
一方で、電動化の波はクルマと同じく来ており、技術の変化に伴い、ソフトウェアの重要性は高まっている。
例えば、インフォテイメントだ。従来ではスピードメーターなど計器としての役割が求められていたが、近年はスマホ相当のサービスが求められるようになり、価値提供を実現できる状況でもあるからだ。
アーリーアダプター層が購入するなど、客層面の変化も見られる。メンテナンスフリーによるディーラーへの来店減少、中古バイクの価値減少といった変化も生じている。
このような変化は「コネクテッドサービスで価値を出しやすい状況に変化したと考えています」と野口氏は述べるとともに、ビジネスチャンスを掴むための具体的な打ち手も紹介した。
それが「コネクテッド機能」「リッチなサービス」「タッチポイント」だ。これら3つの要素を組み合わせたサービスビジネスへの転換である。
そして今まさに、3要素を取り入れたソリューションの開発を進めているという。
ただここでも壁にぶち当たっている、と野口氏は語る。例えば、「従来と比較しスコープが広いこと」「そもそもコネクテッドやUX領域のノウハウを持っていないこと」「コストの高さ」「データの不足」などである。
前者においては同領域のノウハウを持つ、シリコンバレーに本社を構えるHondaの子会社であるDrivemodeと協働することで解決を目指している。
コストにおいては先行するクルマのIVI(in-vehicle infotainment)システムをバイク向けにカスタマイズして展開することでコストを抑制する。
データにおいては保有している現地法人と協力するなどして、さまざまな壁を乗り越えようとしている。
Hondaがこれまで築いてきた強みの活用と、その強みにコネクテッドサービスをかけ合わせることで、「バイクにおいても顧客のさらなる喜びを創造していきたい」と野口氏は述べ、セッションを締めた。
海外の膨大なリアル接点やデータを活用し、コネクテッドサービス実現へ
本田技研工業株式会社
電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部
UX・ソフトウェアコネクテッド開発部 ソフトウェア・コア技術開発課
Out-Carグループリーダー
主任 富永 晃夫氏
続いて、以前は触媒に関する材料開発に従事していたが、お客さまに近いところで働きたいという想いから、2006年にHondaに入社した富永晃夫氏が登壇した。
タイに駐在し、新機種開発アフターサービス系業務を担当。その他さまざまな業務経験を経て、2022年からコネクテッド領域に携わるようになり、現在はOut-Car領域を担当する。
バイクでは乗車体験がそのままコネクテッドに直結する。その上で、付加価値をどのように増やしていくか。「議論を重ねていますが、なかなか難しい」と、富永氏も野口氏同様に、バイクにおけるコネクテッドサービスの厳しさを繰り返した。
その切り口となるのが、野口氏が紹介した3要素のうちの一つ、「タッチポイント」の活用だ。実際、どれほど顧客とリアルな接点を持っているのか。富永氏はアジアにおける状況を説明した。
インドでは販売店数は約6000店、テクニシャン(整備士)は約2万2000人、メンテナンスするバイクの数は月約300万台と桁違いに増え、その他アジア各国でも、販売店ならびにテクニシャンが膨大なリアルタッチポイントを持っていることを示した。
電動化が進むとエンジン相当のパーツはメンテナンスフリーになると野口氏が述べたが、タイヤやブレーキなどは、引き続き「メンテナンスが必要」だと、富永氏は言う。
実際にある国のEVバイクの展開における、リアル接点などの有無状況をまとめた表を示すとともに、日本でもニュースとなっていたEVバイクの発火事故などインドの状況も言及された。
富永氏は「EVバイクであってもリアル接点や技術は必要です」と、Hondaが持つ膨大なリアル接点は、今後も変わらず強みであることを強調した。
実際、コネクテッドサービスの実現に向けても、このような販売店から得られる顧客データが活用されている。具体的にはCRM(Customer Relationship Management)やDMS(Dealer Management System)といったシステムと連携することで、その実現に取り組んでいるという。
当初は一つの大きなシステム、ソリューションの構築をイメージしていた。だが、実際に取り組みを始めてみると、各国が独自にシステムなどを構築しているため、実現は難しいという壁に、こちらもぶち当たる。
そこで各国のシステムと、Hondaのシステムや開発するソリューションの間にスライドで示した「???」のような領域を設けることで、実現を目指した。
だが、再び課題が生じる。現地の基盤がオンプレミスであったことだ。コネクテッドサービスの大半はリアルタイムなサービスが求められるが、現在のシステムのパフォーマンスでは、一部のサービスは実現できないという判断に至ったのである。しかし、富永氏は次のように、前向きな発言をした。
「現地の基盤もコネクテッドサービス基盤と同じように、クラウドなどに変えてもらう必要があります。今回、取り組みは難しかったですが、現地の方たちと課題を共通認識化できたことが、大きなポイントだと捉えています」(富永氏)
一方、先の「???」部分で、連携基盤を進めている状況も示された。こちらにおいては充電ステーション、データ分析基盤など、それぞれが別部門のため、連携においては仕様も含めた調整や統合があることが伝えられた。
データ分析基盤においては四輪仕様のため、さらなる仕様の整合など、超えるべき壁はまだまだあることを繰り返した。
もう一つ、コネクテッドサービスで表示する内容が、本人のアカウントなのかどうか、個人情報保護の観点から、防ぐための機能も備える必要がある。四輪の場合はあまり人に車両を貸与することはないが、海外においてバイクではよくあるためだという。
さらには既存の車両開発はウォーターフォール開発であるのに対し、コネクテッドソリューションはアジャイル開発のため、機能を整合する際に時間軸が合わないなどの難しさもある。富永氏はこれまでの取り組みを振り返り次のように述べ、セッションを締めた。
「Drivemodeをはじめとして、現地のアソシエイトや開発部門など、さまざまな協力がありました。現地法人も、基盤構築に投資が必要なことを理解してくれたので、次世代にはより良いものができるのではないかと考えています」(富永氏)
車載インフォテインメント用デバイス「IVI」をバイクに実装する難しさ
本田技研工業株式会社
電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部
UX・ソフトウェアコネクテッド開発部 ソフトウェア・コア技術開発課
In-Carグループリーダー
アシスタントチーフエンジニア 小山 亮平氏
続いて登壇したのは、In-Carグループのリーダーを務める小山亮平氏である。2012年から本田技術研究所にて四輪・二輪車のディスプレイユニットなどの開発に従事。その後、2020年に組織再編に伴い本田技研工業に移り、電装系先端技術開発を経てバイク向けコネクテッド事業開発(IVI開発)を担当している。
小山氏はまず、EVバイクに実際に搭載されているバイク向けのIVI機能を紹介した。車速や走行距離、ナビゲーションといったインフォメーションから、音楽や電話といったエンターテイメントまで、まさにインフォテインメントな機能が揃っており、OTAの機能も搭載する。
そして、このようなバイク用IVIの機能は、UX/UIの違いはあるが、他社でも大きく変わらないという認識を述べた。
クルマとの違いにおいても、野口氏が紹介したようにADASの機能やエアコンといった機能がバイクでは搭載されていないが、基本的な内容は変わらない。ただし、システム構成や開発条件は異なるという。
例えばIVIユニットの設置場所では、突出した場所に設置すると燃費や操縦安定性が悪くなる、そもそも設置場所が少ないという点だ。
また、スマホ的なサービスの場合はシステムが複雑化し、電源をオンにしてから立ち上げまでにそれなりの時間がかかるが、バイクはクルマ以上に電源オンから発車するまでの時間が短いといった違いもある。
クルマのように車室があるわけではないため、バイクの場合は雨風に耐える必要もある。さらには「“傾く”という、バイクならではの特徴が大きい」と、小山氏は指摘する。
この傾きに対しては、ライダー・車両差によるバンク量の違い、自車位置推定、ディストラクション(安全性)について以降は詳しく解説していった。
まずは、自車位置推定についてだ。仕組み自体はクルマと同じく、GPSなどの測位衛星を使ったGNSS(Global Navigation Satellite System)、地図情報を基にしたマップマッチング、ジャイロセンサーを使った自律航法で行われる。
ただしバイクの場合はバンク量(ロール角)が大きいことから、自律航法による推定が難しいという。
さらにバンク量はスクーターとレーサータイプ、ライダーの技量などにより異なる。そこで正しく推定するために動的なキャリブレーション(補正)を行うことで、対応している。
続いては、ナビゲーションを確認する際の、ディストラクションにおける課題だ。クルマと異なり、バイクの場合前方から下を向く動作を行う挙動が生じるため、どうしても車体のふらつき、前方確認の遅れ、といった問題が生じやすい。
さらには現在のEVバイクは、既存のバイクに比べて俯角が深いため、目を離す時間がより長くなる。このようなディストラクションを配慮した上で、バイクにおけるIVIはUX/UI設計を行う必要がある。
小山氏はこれまでの発表を踏まえ、バイクのIVIにおけるディストラクションについては、バイクに合わせた検証方法が必要であること。具体的には車両における計測値に加え、実際にライダーが感じる、いわゆる「定性的なデータも評価する必要がある」と、述べた。
さらに、実際にテストコースなどで検証し、文字のサイズや文字量などをバイクならではのIVIとして調整することで、安全性の担保を実現していった。
このようにバイクのコネクテッドサービスにおいては、クルマの仕様をそのまま流用するのではなく、一つひとつしっかりと考察し、対応していくことが重要であることを強調した。
最後に小山氏は、バイクのIVIはまだまだ発展途上の段階であり、以下のような展望を述べ、トークセッションをまとめた。
「さらなるコネクテッドサービスを生み出し、今後もバイクの価値を向上していきたいです」(小山氏)
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、参加者からの質問に登壇者が回答した。抜粋して紹介する。
Q.音声認識やAIを活用したUIの方が安全なのではないか?
野口:まさに我々もそのような方向性を考えていて、Honda RoadSyncというコネクテッドサービスでは、UIの操作は音声でも行えます。
そのため画面を見なくても操作が可能ですし、そのようなコンセプトを強く打ち出してもいます。より便利にするためにAIを使った対話などにもトライしているので、今後もご期待ください。
Q.後付けできるスマートモニターとの違いや強みは?
小山:スマートモニターではバイクからのデータが取得できませんが、我々のユニットであれば可能です。そして、そのようなデータを活用して、IVIに干渉したりアップデートできたりする点です。
Q.クルマでは既にSDV(Software Defined Vehicle)のアプローチをしている。そのノウハウは取り入れないのか?
野口:取り入れないわけではありません。ただ、クルマのSDVはAD/ADASがメインでありますが、バイクにおいて自動運転はまだまだ技術的に難しいこと。セッションでも紹介したように、システム規模の違いなどがあるため適切な範囲で取り入れます。
Q.ヘルメットやスマートグラスにIVIが実装される時代は来ないのか?
小山:検討もしていますし、個人的にもヘルメットのバイザーなどに情報が表示されるのは、かっこいいとも思っています。ただ、東南アジアではまだまだヘルメットにお金をかける人が少ないため、そうしたユーザーニーズを踏まえての開発が現状です。
Q.車両とアプリの通信を安定させるための工夫などは?
小山:設置場所が限られていることや、ライダーによってスマホを置く位置が異なるため、BluetoothやWi-Fiの受信感度を確保するのは大変で、レイアウトは苦労して工夫しました。
Q.販売店でのタッチポイントを強みにしていると販売方法が縛られて逆に弱みになるのではないか?
富永:最近はオンラインでご購入されている方も増えてきていることもあり、いわゆるDX・OMOのような文脈で新たな顧客接点を増やすことを、各国の現地法人と議論しながら進めている最中です。