組織に根付くUX ~成熟度モデルを活用した課題解決と実践例(TECH PLAY UX Design Conference #3)
2025年7月10日に開催された「TECH PLAY UX Design Conference #3」では、第一線で活躍するUXデザイナーたちが、プロダクト価値を高めるUXの作り方について語った。本記事では、同イベントで2番目に登壇した、株式会社ニジボックスの吉川聡史氏と松山明香里氏による講演内容をレポートする。同社が挑戦する、UXを組織に根付かせる取り組みとは?アーカイブ動画
株式会社ニジボックス
UX・ディレクション室
室長
吉川 聡史(よしかわ・さとし)氏
株式会社ニジボックス
UX・ディレクション室
UX・ディレクション部 2グループ
UXデザイナー
松山 明香里(まつやま・あかり)氏
吉川氏は、株式会社ニジボックスのUX・ディレクション室室長を務める。2011年にイラストレーターとして同社に入社し、その後ディレクション領域に職域を広げ、大規模案件でのマネジメントを複数経験してきた。
もう一人の登壇者・松山氏は、2023年に同社へUXデザイナーとして入社。主に金融機関のアプリのユーザビリティ改善やEC業界のUX支援を担当しており、最近は社内のUX人材育成にも注力する。

株式会社ニジボックスは、「日本の持続可能な経済成長に貢献するため関わる全ての企業やサービスを成長させる」をミッションとし、2010年に株式会社リクルートから独立分社化した会社だ。リクルートグループの一員として各プロダクトのUX支援を行うとともに、その知見を外部クライアントにも展開している。

なかでもUXディレクション室は、UXデザイナーとディレクターが在籍する部門である。「本質をつかむ創造を 期待を超える共創を」をビジョンに掲げ、UXデザインとUXコンセプトの設計からワイヤーフレームへの落とし込みまでシームレスに手がけている。
UXの考え方が組織に根付かないことで発生しうる課題3つ
講演冒頭で吉川氏は、UXの考え方が組織に根付かないことで発生しうる3つの課題を提示した。

1. 企画者の思い込みで製品・サービスを作ってしまう
ユーザーが実際に必要なものではなく、企画者や制作者の思い込みで製品やサービスを作ってしまうことで、リリース後に不要な機能だったことが判明して開発コストや期間が無駄になってしまう。
2. 意思決定のたびに迷走する
「誰のために何を作るか」という共通認識がないため、レビュー観点が定まらず、開発スケジュールが長期化してしまう。
3. 失敗に対する適切な振り返りができない
どのようなユーザーの反応を期待するかが設計されておらず、リリース後に成果が出なかった際の原因分析や改善策の立案が難しい。

これらの課題について「制作現場で発生しがちだが、組織にUXの観点を取り入れることで一定程度回避できると思う」と吉川氏は説明。つづいて、「UXリサーチで設計したコンセプトを制作ディレクションチームなど関係者間で最大限共通認識を持ち、プロダクトやサービスを作っていくことが、これら課題に対する我々の打ち手だ」と明かす。
「UX成熟度モデル」を活用した、UX組織浸透戦略の組み立て方
松山氏によると、組織においてUXがどれほど浸透しているかを客観的に示す重要な指標として「UX成熟度モデル」を活用しているという。

UX成熟度モデルとは「組織がユーザー中心設計を実現しようとする意欲と能力を図る指標」であり、6段階で組織のUX成熟度を判断するフレームワーク。成熟度が上がれば上がるほど理想的な組織に近づくと考えられており、UXを実践するうえで欠かせない指標である。
松山氏によると「日本企業の多くは、UXを取り入れ始めた段階である成熟度1から3に位置している。全社でUXを取り入れているというよりは、一部のチームや部門のみでの取り組みにとどまるケースが大半」とのこと。
成熟度に貢献する4つの要素
つづいて、UX成熟度を向上させるために必要な4つの要素が明かされた。

1. 戦略:ビジネスにおける目標やリーダーシップがUX思考であること、UXに十分なリソースが割り当てられていること
2. 文化:組織全体でのUX理解・重要性の浸透、UXチーム以外の人がUXの取り組みを高く評価し、支援・関与している状態
3. プロセス:多様な設計・調査手法の活用、部署間コラボレーションが日常的に行われ多様なアイデアが生まれている状況、一貫したデザインプロセスを実現するためのツール・フレームワークが組織全体で共有されている状態
4. 成果:UXの成果が明確に目標・目的化されていること、デザインの品質を検証し成果を文書化したり測定したりできるプロセスが構築されている状態
ここで松山氏は、UX成熟度レベル1から2、レベル2から3へのステップアップ方法に触れる。

レベル1からレベル2へ
レベル1は「UXを意識できていない、自分たちには関係ないと思っている状態」である。ここからの脱却には、まず文化課題への取り組みが必要だと松山氏は考えている。そのため「UXに関する意識を高め、組織と顧客にとってUXを取り入れるメリットを伝えていくことが大切」だと語った。
レベル2からレベル3へ
レベル2は「UXへの取り組みが限定的で、優先度が低い状態」を指す。そのような状況下で、一部で認められているUXの価値を組織全体に広める文化課題を解決する活動が第一だが、加えてプロセス課題にもアプローチする必要があるという。「UXの専門家が不在で簡単な手法に頼っている状況を脱却するため、デザインとリサーチを正しく行う方法を学び、プロセス改善を推進する必要があると考えている」と松山氏は説明した。
UX成熟度アップを目指す、ニジボックス流2つのアプローチ
これらをふまえ、UX成熟度を向上させるために、株式会社ニジボックスでは大きく2つのアプローチを実践している。

1. マインドセット・スタンスの習得
同社では、UXリサーチ〜デザイン制作まで一貫して担うプロジェクトを多く扱う。これを前提として、開発現場で工夫している点として主に3つが挙げられた。

①実査への見学を依頼
まず、社内関係者に実査(※)の見学を依頼していること。報告資料だけでは伝えきれないユーザーの行動や困りごとの温度感を直接観察してもらうことで、ユーザーの実態をより深く理解してもらおうと取り組んでいる。
※UXにおける実査:ユーザーに製品やサービスを実際に使ってもらい、その利用状況や体験を観察・評価する調査
②発散できる場を作る
次に、実査中や実査後で見学者が気づきや意見を自由に記載できるボードを用意していることだ。この目的は、実査を担当するUXデザイナーだけでなく、他部門のメンバーも含めて組織全体で課題を探しに行くスタンスを醸成することである。
③チームで改善案出し
最後に、②で作ったボードを見ながらチーム全体で議論し、改善案を出すことである。「異なる職種の視点が混じることで視野が広がり、課題の解像度・改善の質向上につながると考えており、共通理解を深める目的で取り組んでいるそうだ。
このようにUXデザイナーだけで完結させず関係者を巻き込んでUXフェーズの理解を深めてもらうことこそ、組織のUX成熟度アップに近づく。
2. 実践的な知識・スキルの装着
2つ目の取り組みとして吉川氏が紹介したのは、同社が2024年度にリリースした教育支援サービス『NIJIBOX College』である。これは、UXの基礎から実践までを体系的に学習できる環境を同社が提供するもので、組織課題や状況に応じて最適な内容が設計される。

講演では同プログラムのなかから、ペルソナになりきってユーザーの目的・課題を考察する「ウォークスルー」手法を体験できる「ユーザー理解ワークショップ」の一部が紹介された。
「はじめての一人暮らしで大学近くに引っ越してきたが、近所の店が分からず、東京で遊びたい」というペルソナを設定し、参加者がその人の利用目的や困りごと、必要な機能を洗い出していく。最終的に「ただ作るだけではなく、そのユーザーに対してどういったものを作ればよいのかをチーム全体で話し合う実践的な内容となっている」と吉川氏は紹介する。

講演締めくくりとして、松山氏は「良いユーザー体験を実現するためには、まずUXフェーズでの取り組みをオープンにして社内メンバーを巻き込むこと。同じUXを意識しながらゴールに対して当事者意識を持ち、職種に閉じるのではなく、できる範囲で『染み出し』ながら作っていくことが大切だ」と、組織全体でUXに取り組む重要性を強調した。
【Q&Aセッション】
Q&Aセッションでは、吉川氏と松山氏がイベント参加者から投げかけられた質問に回答した。
Q. 実査では、具体的に何を見学するか
松山氏:実査には大きくわけて2つで、ユーザビリティテストとインタビューがあります。ユーザビリティテストでは、ネガティブなコメントを含めて被験者が頭のなかで考えていることを発話しながら実際にWebサイトやアプリケーションを使ってもらっている様子をリアルタイムで見てもらっています。
インタビューも同様に、インタビュアーと被験者とのコミュニケーションや深掘りの様子をリアルタイムで見てもらい、ユーザーの反応を直接見ることを想定しています。
Q. UX向上に対するコストや費用対効果をどのように算出しているか
吉川氏:非常に難しい部分ですが、既存プロダクトの改善では、ROIを出す前提としてリサーチを行い蓋然性を高めています。新規プロジェクトでは、UXを設計しない場合に起こりうるコスト増大を概算値で算出し、UXリサーチによって抑えられるコスト(無駄な機能開発、レビューでの迷走など)を数値化しています。
Q. UXとは何か
吉川氏:ニジボックスとして明確に定義はしていませんが、事業成長やサービス成長につながるかが重要だと考えています。ユーザーの負(課題)があり、それを解決するためにサービスが生まれます。その解像度をどれだけ高めて、事業やサービスの成長にいかに寄与できるか。そのためにユーザーをどの程度理解できるかがUXの本質ではないでしょうか。
Q. 「Zoom」での実査見学時は、見学者の入退室により被験者の気が散らないように制御しているか
松山氏:私たちもよく考えることです。「Zoom Webinars」を活用するか、「Zoom」上での設定を変更して制御しています。「Minedia(マインディア)」というツールでは、見学者の人数を表示せず見学者だけでチャットができる機能があります。ほかには、「Zoom」と「Google Meet」をダブルで使って見学者を被験者に見せないようにするなどの工夫もしています。
Q. 重要なポジションの方が忙しくUXの取り組みに巻き込むのが難しい場合、どのようにして当事者意識を持ってもらうか
吉川氏:その方たちが何を大事にしているかが重要だと思います。UXの制作側の目線だけでなく、巻き込みたい方がどのようなポイントを大切にしているかを見極めて、そこにUX視点を加えてあげるアプローチができるかが鍵となりそうです。それに対応できないと、なかなか他部門にUXの大切さは伝わらないかもしれません。
株式会社ニジボックス
https://www.nijibox.jp/
株式会社ニジボックスの採用情報
https://career.nijibox.jp/
NIJIBOXBLOG(UI UXデザインを中心とした情報発信をしています)
https://blog.nijibox.jp/
NIJIBOX College
https://cp.nijibox.jp/nijiboxcollege
ニジボックスのダウンロード資料
https://www.nijibox.jp/docs-dl
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