AI活用が進む企業3社が明かす「使われるツール」の作り方と組織文化づくりの秘訣
AIツールを導入したのに、なぜか現場で使われない――。 そんな悩みを抱える企業は少なくない。ツールを用意するだけでは、社員は動き出さないのだ。 AI活用を積極的に全社推進しているパーソルホールディングス株式会社、ライオン株式会社、NTT東日本株式会社の3社は、この壁をどう乗り越えたのか。本記事では、グループ社員向けChatGPTの月間利用者12,000人を達成したパーソルホールディングス、100名以上のAI開発人材を育てたライオン、非エンジニアが主導してチャットボットを完成させたNTT東日本の実践例を紹介。「楽しみながら学ぶ」体験設計や、現場と本社の役割分担、セキュリティとの向き合い方など、明日から使える具体的なノウハウを解説する。AIツールを導入したのに、なぜか現場で使われない――。そんな悩みを抱える企業は少なくない。ツールを用意するだけでは、社員は動き出さないのだ。
AI活用を積極的に全社推進しているパーソルホールディングス株式会社、ライオン株式会社、NTT東日本株式会社の3社は、この壁をどう乗り越えたのか。本記事では、グループ社員向けChatGPTの月間利用者12,000人を達成したパーソルホールディングス、100名以上のAI開発人材を育てたライオン、非エンジニアが主導してチャットボットを完成させたNTT東日本の実践例を紹介。「楽しみながら学ぶ」体験設計や、現場と本社の役割分担、セキュリティとの向き合い方など、明日から使える具体的なノウハウを解説する。
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社員2万4000人以上が使う「パーソル版ChatGPT」の広げ方
パーソルホールディングスでは、グループ社員向けに独自のChatGPT環境を展開し、月間アクティブユーザー12,000人、想定業務削減時間30万時間以上という成果を上げている。この数字の裏には、単なるツール提供ではなく「楽しみながら学べる」体験設計があった。パーソルホールディングスでAI活用を推進する齊藤氏が、現場が自発的に動き出すための工夫を語った。
パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 ワークスタイルインフラ部デジタルEX推進室
シニアコンサルタント<2026年3月時点>
齊藤 玖美子(さいとう くみこ)氏
なぜ「楽しさ」がAI活用の鍵になるのか
パーソルグループは、人材派遣のテンプスタッフや転職サービスdodaなど、国内外159社(2026年3月時点)で構成される。2030年に向けて「”はたらくWell-being”創造カンパニー」を目指しており、その実現手段としてテクノロジーを経営の方向性として掲げている。
齊藤氏によると、AI活用を進める上で最も大事なのは「組織文化とマインド」だという。AIを使いこなすだけでなく、社員一人ひとりが業務を見直し、課題解決に主体的に取り組む文化を育てたい。そして組織全体が前向きに変革へ挑戦できる状態を作りたい。これはAIに限らず、変革に強い組織づくりそのものだと齊藤氏は話す。

パーソルホールディングスでは2023年2月からグループ内専用ChatGPT「CHASSU」の展開を開始した。コンセプトは「安心安全」と「学び・共創」の二つ。法務周りのガイドライン整備を行いながら、社員が一緒に学び、プロンプトを共有できるギャラリーや勉強会も展開してきた。
「導入しても使われない」を乗り越えた4つの打ち手
AI活用には様々な壁がある。齊藤氏は典型的な課題を4つ挙げ、それぞれへの対策を示した。

1つ目は「導入したのに使われない」という課題だ。これに対しては学習マップとイベント設計で対応した。会社のビジョン・ミッションとAI活用のつながりを明確にし、どこから学べばいいかわかるマップを整備することで、社員が納得感を持って取り組めるようにした。
2つ目は「現場での最初の一歩が重い」という課題。体験型イベントを設計し、自ら手を動かして体験できる場を作った。業務整理から構築、運用までを学びながら進められる仕組みと、相談できる場を用意している。
3つ目は「成果が見えづらい」という課題だ。学習履歴や削減時間の可視化、事例共有の仕組み、そしてAIアンバサダー制度を導入した。成果を見える化することで、取り組みへのモチベーションを維持できる。
4つ目は「セキュリティやルールが怖くて進まない」という課題。法務・セキュリティ担当がプロジェクトに最初から参加し、一緒に検討する体制を取った。担当者自身が社員向け勉強会で説明することで、不安を解消している。
わずか3名体制でエージェント開発環境を準備
2025年に入り、パーソルホールディングスではAIエージェント環境を本格リリースした。社内で開発されたAIエージェントを一覧できるギャラリーも公開し、開発から公開までの流れを標準化した。その結果、現在開発中のAIエージェントは5,500件を超えている。
齊藤氏は「社内勉強会やイベントはほとんど自作している」と話す。ポータルサイトはSharePointで、ポイントアプリはPower Appsで内製した。推進チームはわずか3名。少人数だからこそスピードを重視し、トライアンドエラーを繰り返している。
社員からは「学ぶ楽しさを感じられた」「パーソルではたらいて良かった」という声が上がっている。AI活用によって企画のスピードが変わった、一定品質を担保できるようになった、精神的な安定感が得られたといった具体的な効果も報告されている。
この1年で月間アクティブユーザーは6000人増加し、12,000人に達した(2026年3月時点)。AIによる平均削減時間も4時間から6時間に伸び、社内コミュニティの参加者は7,700人を超えた(2026年3月時点)。

「はたらいて、笑おう。」を実現するAI活用
齊藤氏は今後の課題として「削減した時間をどう使っていくか」を挙げた。AI活用は私たちのはたらく未来をどう変えていくのか、どのように価値創造をしていくのか。パーソルグループのビジョン「はたらいて、笑おう。」は、お客さまだけでなく社員自身にも向けられている。変化を怖がらず、新しいはたらき方を楽しんでもらいたいと齊藤氏は語った。
AI活用の推進には、ツールの整備だけでなく、学びの体験設計と組織文化づくりが欠かせない。「楽しみながら学ぶ」という姿勢が、現場を動かす原動力になる。
5000人の社員にAIを届ける ライオン流「市民開発」の全貌
AIを全社展開したい。だが、IT部門だけでは限界がある。ライオンの百合氏は、この壁を「市民開発」という手法で乗り越えた。全社員向けのAIチャットアプリを内製で開発し、月間利用回数は3万回を超える。さらにAIエージェント開発人材を100名以上育成し、1ツールあたり約100時間の業務効率化を実現している。本記事では、エンジニアリソースが限られる中で、いかにして現場主導のAI活用を広げたのか、その設計思想と具体的な進め方を紹介する。
ライオン株式会社
デジタル戦略部
百合 祐樹(ゆり ゆうき)氏
全社員にAIを届けるための内製開発
ライオンは130年以上の歴史を持つ日用品メーカーだ。オーラルケア製品を中心に、国内約5000人のグループ社員が働いている。2023年、生成AIの普及に伴い、同社はセキュリティリスクを考慮して社内専用のAIチャットアプリ「LION AI Chat」を内製で開発した。
百合氏によると、このアプリは単なる導入で終わらせず、世の中の技術進歩を素早く全社員に届けることを重視している。例えば、NotebookLMのような高度なツールを全社員に配布するには、費用対効果の面で現実的ではない。そこで同社は、同等の機能を持つ資料作成エージェントを自社で開発し、AIチャットに統合した。最近ではウェブ検索や画像生成ツールも統合し、よりエージェント的な動きができる「エージェントモード」も追加している。
エンジニア不足という壁をどう乗り越えたか
AIチャットの活用が進むと、新たな課題が浮上した。社員からのアイデアが次々と生まれ、業務への組み込み相談が急増したのだ。百合氏は「最初は喜んで対応していたが、エンジニア側の工数が逼迫してしまった」と振り返る。IT企業ではない同社では、エンジニアの数は限られている。
この課題を解決するために導入したのが、ローコードプラットフォームのDifyだ。Difyを選んだ理由について、百合氏は3つのポイントを挙げる。ローコードでAIエージェントを開発できること、作ったツールをURLで簡単に共有できること、そして自社クラウド環境内に構築できるためセキュリティを担保しやすいことだ。
「うまく活用できる人がツールを作ってしまえば、周りの人たちも同じツールを使ってAI活用のメリットを享受できる」と百合氏は話す。これにより、生成AI活用の標準化が進みやすくなった。
「誰が何をやるか」を明確にする役割分担
ただし、開発環境を用意するだけでは不十分だ。百合氏は業務の粒度によって、IT部門と現場の役割を明確に分けている。
全社共通や部門横断の大きな業務は、システム連携が必要なためIT部門が主導する。一方、個人やチーム単位の細かな業務は、ビジネスロジックの理解に時間がかかるため、IT部門が入るとROIが合わない。「実際のお困りごとは、この個別業務の中で発生している例が多い」と百合氏は指摘する。そこで、現場の担当者自身がツールを開発できる「市民開発」を推進することにした。
2.5か月でAIエージェント開発者を育てる研修
市民開発を実現するため、同社はAIエージェント開発人材の育成に取り組んでいる。Difyの開発アカウント発行の前提条件として、2.5か月のPBL形式の研修を設けた。参加者は各自で業務テーマを1つ決め、期間中に1つのツールを作り切ることをゴールとする。参加方法は手挙げ制で、「普段から生成AIを使っていて、そろそろ物足りなくなってきた方がどんどん手を挙げてくれている」という。
研修で重視しているのは、Difyの使い方だけではない。業務フローの整理、生成AIがその業務に向いているかの判断、導入効果の試算といったDXの基本スキルも学ぶ。百合氏は「前半の設計ボリュームを厚くした方が、参加者の満足度は高かった」と明かす。実際、参加者の半分以上は「すぐ作れるのでは」と考えて参加するが、設計を進めると「思ったより効果がなかった」「RPAの方が向いていた」と気づくケースも多い。最終的に良いものを作るためには、前半の設計が欠かせないのだ。
この研修を通じて、AIエージェント開発人材は100名以上に達した。開発されたツールは平均で約100時間弱の業務効率化効果を生んでいる。
市民開発の先にあるデータ整備という課題
百合氏は、AIエージェント開発を進める中で見えてきた課題も共有した。社内データとの連携が様々な場面で必要になるが、データの整備には時間がかかる。現在、同社はデータ基盤の整備を裏側で進めている。また、ワークフロー型のAIエージェントだけでなく、より自律的に動くエージェンティックなAIの開発環境も準備中だという。
市民開発の成功は、開発環境の整備だけでは実現しない。役割分担の明確化、実践的な研修設計、そしてデータ基盤の整備。これらを組み合わせることで、現場主導のAI活用が根付いていく。
半年かけて作った社内AIチャットボット、成功の裏側にあった5つの工夫
AIツールの民主化が進む中、現場主導のDXを成功させるには何が必要か。NTT東日本では、エンジニアではないメンバーが中心となり、全社規模のAIチャットボット開発に挑んだ。本社主導では「現場で使われないツール」が生まれがちだった同社が、事業部横断のプロジェクトでどのような壁にぶつかり、どう乗り越えたのか。6ヶ月間の試行錯誤から得られた実践的なノウハウをNTT東日本の工藤氏が紹介する。
NTT東日本株式会社
デジタル革新本部 デジタルデザイン部デジタルビジネス推進部門
担当課長工藤 遼(くどう りょう)氏
なぜ「現場主導」にこだわったのか
NTT東日本は、固定電話や光回線を主力とする通信事業を展開している。地域密着を掲げ、北海道から関東まで17都道県を6つの事業部に分けて運営している点が特徴だ。
この事業部制が、社内DXを進める上での壁となっていた。本社主導でツールを開発し現場に展開すると、「このUIでは使い物にならない」「無理に使うと工数が増える」といった声が上がる。結局使われないツールになったり、再開発が必要になったりするケースが後を絶たなかった。

そこで2023年から取り組み始めたのが、現場起点のDXだ。現場で課題を提起してもらい、本社がサポートしながら開発を進める。こうすることで、実際に使われ、効果が出るツールが生まれるのではないか。そのような仮説のもと、挑戦が始まった。
800件のアプリが生まれても解決しなかった問題
2023年度、Power Platformなどのツールを配布し、「目の前の業務改善をやってみよう」と全社的に呼びかけた。すると800から1000件近いアプリケーションが生まれた。しかし問題があった。個人の業務改善にとどまるものが多く、同じようなツールが乱立してしまったのだ。
2024年度は、個人ではなく事業部単位で効果の高い事例を作る方針に切り替えた。確かに前年より効果のある事例は出たが、今度は「ガラパゴス化」という新たな課題が浮上した。同じテーマの業務改善でも、東京事業部と埼玉事業部では業務フローが微妙に異なり、統合できない。効果が事業部内にとどまってしまう。
2025年度の現在は、事業部をまたいで共通の課題に取り組む体制へと進化させている。ボトムアップで出てきた課題が、最終的に全社の取り組みに広がる姿を目指している。
チャットボット作成に半年かかった理由
具体的な事例として、責任規定に関する問い合わせに回答するAIチャットボット「キテイちゃん」の開発プロジェクトがある。規定を自分で読み解くのは時間がかかり、問い合わせすると担当者に負荷が集中する。この課題をDifyを使って解決しようとした。
ノーコードツールで規定のチャットボットを作るだけなら、5分でできるかもしれない。しかし実際には半年かかった。事業部ごとに規定が異なり、構造が複雑だったからだ。
プロジェクト体制では、業務を理解する担当と開発スキルを持つ担当の両方が必要だった。事業部側でメンバーを揃えつつ、経験不足の部分は本社がサポートする形で進めた。
非エンジニアチームを動かす3つのコツ
プロジェクトを通じて、非エンジニアが含まれるチーム運営で効果的だった取り組みが見えてきた。

1つ目は、開発プロセスの理解浸透だ。ノーコードツールがあれば、頭に思い浮かべた姿をすぐ形にできてしまう。しかし設計が緩いまま進むと、途中で「なぜこれをやっているのか」「本当に効果が出るのか」という疑問が噴出し、手戻りが発生する。プロジェクト開始時に、要件定義の重要性をしっかりレクチャーすることが欠かせない。
2つ目は、もくもく会の実施だ。みんなで集まって個別作業をしながら、わからないことがあれば隣の人に聞ける場を設けた。初学者は「何がわからないかわからない」状態になりやすい。会議ではないがコミュニケーションが生まれる場を作ることで、プロジェクトのスピードが上がった。
3つ目は、業務のシンプル化だ。規定のチャットボットでは、運用ルールが複雑すぎて全社展開できない壁にぶつかった。AIでツールを作る前に、業務プロセス自体を見直すBPR(業務プロセス再構築)の期間を十分に設けるべきだった。
全社展開を阻む壁をどう越えるか
事業部単位の成功を全社に広げるためのポイントも明らかになった。
まず、本社の業務主管を最初からプロジェクトに巻き込むこと。規定であれば経営企画部が主管となるが、彼らが入ることで事業部横断のBPRが可能になる。ガラパゴス化を防ぐには、全社プロジェクトとして立ち上げる視点が必要だ。
もう1つは、統一すべきものと現場に委ねるものを見極めることだ。現場フィットに関わる部分は現場に任せ、業務の横串を通す整合性やAIプラットフォームの管理は本社が担う。自由に動ける場を用意しつつ、全体最適は本社が見る。この役割分担が、効果を最大化するコツだ。
現場が動けば、全社が変わる
工藤氏は、現場主導のDXには三つの要素が欠かせないと語る。現場の主体性、非エンジニアでも開発に参加できる環境、そしてガラパゴス化を防ぐ全社視点だ。
計画通りには進まない。しかし毎年挑戦を重ね、少しずつ成長してきた。今後は、ボトムアップで生まれた事例が自然と全社に広がる仕組みを目指していく。
3社が語る、AI活用の現場で生まれた具体事例と成功の秘訣
AI全社推進の最前線で奮闘する3社の担当者が集結した。パーソルホールディングス、ライオン、NTT東日本。それぞれが現場で生まれた具体的な事例と、AIを業務に組み込む際の視点、そしてAI時代における自社らしさの設計について議論を交わした。実務で即活用できる知見が詰まったセッションの模様をお届けする。
パーソルホールディングス株式会社
グループAI・DX本部 デジタル開発部グループプロダクト開発室
リードエンジニア<2026年3月時点>
小川 雅貴(おがわ まさたか)氏
ライオン株式会社
デジタル戦略部
大吉 和奏(おおよし わかな)氏
NTT東日本株式会社
デジタル革新本部 デジタルデザイン部デジタルビジネス推進部門
金原 有里(きんぱら ゆうり)氏
── 各社のAI推進で生まれた具体的な事例とは
小川氏(パーソルホールディングス):私はエンジニアとして、グループ向けの生成AIチャットボット「CHASSU」などの開発に携わってきました。今はAIの研究・開発活動をメインでやりながら、社内のAIコミュニティでAIアンバサダーとして活動しています。
特に皆さんにお伝えしたいのは、生成AIの開発に携わるエンジニアと、業務で生成AIを使う社員が、もっと連携できる場を作りませんかということです。社員がAIツールのユーザーにとどまる時代はもはや終わるかもしれない。逆もまた然りで、エンジニアだけがツールを作る時代も終わるかもしれません。
パーソルでは2025年4月に、CHASSUにAIエージェントの開発機能「CHASSU CRE8」を実装しました。ただ、「どうやって使えばいいの?」「どう作ればいいの?」という質問が寄せられるようになって。回答する側も質問する側も、なかなかうまくいかないことがありました。
そこで私は「もくもく会」を始めました。週1〜2回、各1時間程度で、全グループから集まってもらう場です。気軽に参加してもらうことを念頭に、人事からエンジニア寄りの方、さまざまなグループ会社まで、幅広い方に参加いただけました。

結果として、累計で150人の参加者が集まり、パーソルグループ全体にAIエージェントを公開できた方も登場しました。たとえばパーソルテンプスタッフには「法務相談の前さばきエージェント」を作った方がいて、このAIエージェントはアクティブユーザー延べ約3,500人、日間で30〜40人に使っていただけるものになっています。「困ったら助けてくれるプロがいる」と言ってくれる方もいて、エンジニアとしてやって良かったなと思っています。
大吉氏(ライオン):ライオンからは、事業部門とデジタル部門が共同で開発したアンケートのフリーアンサー解析の事例をご紹介します。
弊社が取り扱う商品にはコンセプトという特徴や魅力を端的に表した文章があります。生活者に響くコンセプトを作成することは、マーケティング活動において非常に重要なステップです。コンセプト案が複数あった際には、事前にアンケート調査を行います。このアンケートには選択肢の設問だけではなく、フリーアンサーの自由回答欄もあり、フリーアンサーを一つ一つ確認して全体的な傾向を把握し、ラベルを振り分ける作業がとても大変でした。数百人規模のアンケートを複数解析すると、時間もかかりますし、人によって基準が変わってナレッジが蓄積されにくい状況がありました。
そこで、AIができるところはAIに任せつつ、人のナレッジをうまく引き出して蓄積される「ヒューマン・イン・ザ・ループ」なシステム(人間とAIが協業するシステム)を目指しました。
具体的には、注目ワードは人間が指定し、それをもとにAIがラベル候補を考案、人間がチェックしてAIが分類する、という役割分担で設計しました。テスト運用では解析時間が最大4分の1程度になる試算を得ました。定量効果だけでなく、「単純作業の時間が減って他の業務に集中できるようになった」「自分の中で暗黙知化していた分類ルールを言語化することでナレッジが蓄積できるようになった」という声もいただいています。
金原氏(NTT東日本):NTT東日本からは、現場主導型DXとして、実際に現場から生まれた2つのAI活用事例をご紹介します。
1つ目は、社内規定に関する問い合わせに即時回答するAIチャットボット「キテイちゃん」です。従来、社内規定を確認するには、複雑な規定を自分で読み解くか、主管部門に問い合わせる必要がありました。平均して1回あたり20分の時間がかかっていました。Dify(ノーコードでAIエージェントを開発できるプラットフォーム)を活用して会話形式で質問すると、規定内容を即時に回答してくれる仕組みを作りました。導入により、社内規定の確認業務で従来稼働の53%への稼働削減を実現しました。
2つ目は、決裁業務効率化AIチャットボット「Cord Correct」です。NTT東日本では1つの決裁に10のコードが必要で、それぞれ何万レコードもあるため、コード表を見に行くか詳しい人に聞くしかありませんでした。チャットで「このケースのコードは何か」と聞くと、過去の決裁実績をもとに即時回答する仕組みです。年間で約16,000時間の稼働削減効果を見込んでいます。

ポイントは、どちらもエンジニアではないメンバーで要件定義からリリースまでやりきった点です。特に苦労したのはRAG(検索拡張生成)用のデータ整形で、規定によって文書構造やフォーマットがバラバラだったため、AIが理解しやすい形に手作業で整理しました。もう一つの苦労は関係者の合意形成です。決裁コードは決算にも関わるため「本当にAIで大丈夫なのか」という懸念がありました。対応として、最終確認は必ず人が行う業務フローにしました。
── どんな視点で業務を捉え直すと、AIの入れどころを見つけられるか
大吉氏:やっぱりBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)を事前にしておくのがすごく大事かなと思っています。自身の業務を知らない人にもちゃんと説明できるぐらい業務フローを可視化して、これをどうしていきたいか考えると、どこに生成AIを入れるべきなのか、RPAでも済むのではないかというところも明確になります。私も今回のフリーアンサー解析では初心者だったので、ビジネス部門の人にいろいろ教えていただいて、苦労を書き出して、フラットな目線でAIと人間の役割分担ができたかなと思っています。
金原氏:私も大吉さんと重なる部分があるのですが、AIの入れどころは3つの視点で見ています。1つは繰り返し作業か、2つ目は属人化されている作業か、3つ目は入力・加工・出力で分けて、特に加工をAIに任せることができるかという点です。
特に3つ目について、多くの業務は入力・加工・出力で成り立っていますが、AIが最も力を発揮するのは加工だと思います。加工だけ任せると、前後の業務や権限、組織構造、ルールを変えずに導入できます。既存のフローを壊さずに導入できるので現場の抵抗も少なく、業務フローを維持したままAIだけ差し込める点が取り入れやすいポイントです。
小川氏:お二人がおっしゃったことに尽きるかなと思いますが、一点補足するなら、生成AIを使うべきかどうかの判断軸は大きく2つあると思っています。創造性と粒度です。
1つ目の創造性について、生成AIは原理的に100%必ず間違いなく回答できるとか、似たような質問に毎回同じ回答ができるというのは保証できません。だから書類から別のファイルへの転記のような確実性が求められるものはRPAや一般的なプログラミングに任せて、創造性を発揮していい分野に生成AIを使うのが良いかと思います。
2つ目の粒度について、1回のLLM呼び出しにすべて詰め込まないことが大事です。やりたいことの全体像の中に何個サブタスクがあるのかを意識して、サブタスクごとにちょっとずつLLMを混ぜていく。そうすると全体がうまく動き出します。
── AI活用でアウトプットが均質化する時代に、自社らしさや競争優位性をどう設計するか
金原氏:機能やアウトプットでは、正直差はつきにくいと思います。違いが出るのは、信頼を失わない使い方ができるかどうかです。NTT東日本での競争優位は、信頼構造と意思決定にあると考えています。
特に意思決定について、AIが作業を担う時代だからこそ、最終判断に人が関わり責任を持つ「ヒューマン・イン・ザ・ループ」が重要です。NTT東日本は通信インフラを担う企業として、失敗できない判断を積み上げてきました。だからこそ意思決定は強いと思っています。すごく真面目な回答になってしまいますが、AIを使いこなしながら社会の信頼を広げ続けるところがNTT東日本らしい競争優位だと思っています。
大吉氏:これすごく難しいなと思って考えていたのですが、答えのない世界がある中で、何を大切にしながら意思決定するのかが、自社らしさを発揮できる部分かなと思っています。
AIエージェントが爆発的に増える世界も来るのではと言われていますが、少なくとも現時点ではしっかり人間が定義して判断することが大事です。たとえばライオンには「今日を愛する。」という企業スローガンがありますが、それをそのままAIに渡しても、130年ぐらい生活者と向き合ってきた思いの深掘りまでは難しい。AIは90点を出し続けられる優等生ですが、100点や120点を出すには、人間の価値に対する強い思いや審美眼が大事なのかなと思っています。
小川氏:金原さんがおっしゃったセキュリティやガバナンス、間違えられないという部分は大前提としつつ、AIを活用するところに遊び心ってやっぱり大事だなと日々感じています。
全グループでいろいろな形でAIを使ってみようというアイデアがどんどん生まれて、勉強会やもくもく会の中で花開いていく。そういう中で新しいユースケースや独自の使い方が広がっていくんだなと感じています。人間がこのAIを使って業務をどう楽しむか、パーソルのスローガンに戻るなら、いかにAIを使って「はたらいて、笑おう。」と思って仕事するか、というところかなと思っています。
3社に共通するのは、AIの導入そのものよりも「人間が何を大切にするか」という軸の重要性だった。技術は手段であり、最終的な価値を生み出すのは人間の判断と創造性。その認識が、AI時代の競争優位を築く土台となる。
Q&Aセッション
Q. AIから出力されたものをそのまま相手に投げることで、受け取る側が精査しなければならず大変になっていませんか?また、AIで作成された内容だとわかってしまう問題についてどうお考えですか?
齊藤氏:これは本当に最近社内でもよく話すテーマです。書いていただいている通りのことが実際に起きていると感じています。そうなると管理職もメンバーのAIの使い方をきちんと指導しなければなりませんし、社員自身も自分で考えるところはちゃんと思考しようということを教えていく必要があります。考え方やマインドもしっかり教育していかないと、AIを鵜呑みにして思考しなくなってしまいますので、そこは文化やマインドの醸成をセットで進めるのが重要だと考えています。
Q. AIエージェント開発人材育成のコンテンツは内製で作成していますか?それとも外部のコンテンツを利用していますか?
百合氏:今のところ基本的に内製で作成しています。大吉さんが頑張って作り上げてくれたものです。もともとは個別でいろいろとご相談を受ける中で、我々がヒアリングするのが大変だという実感から、こういうコンテンツが必要だよねという話をして練り上げていきました。
Q. NTT東日本では、本社が支援して各事業部が作ったAIエージェントやアプリの改良・保守などのアフターフォローに本社メンバーはどのように関わっていますか?本社側のコスト負担は増加していませんか?
工藤氏:結構大変ではあります。ただ、各事業部が作成したものを本社がサポートする体制としているのは、「各事業部に保守業務を担わせるわけにはいかない」という考えが第一にあるためです。そうしないと各事業部が課題を上げるのを嫌がるようになってしまいますので、本社側で受け取るようにしています。本社側で受け取る際の工夫としては、グループ内にオフショア企業があるので、そこに保守を移管する動きをしています。これにより本社側の稼働を抑えつつ、各事業部がどんどん課題を上げていこうという風土になるよう工夫しています。
Q. AIはどんどんアップデートされていますが、皆さんはどのように情報をキャッチアップしていますか?
小川氏:私自身はClaude Code一択という感じで、ある程度軸を一本足打法で決めながら、そこから広がっていくものをちょいちょいつまみ食いしています。Claude Codeを選んだのは、「SaaSの死」のようなムーブメントを起こす部分だと思ったからです。そこの核を押さえて、あとは勝手に入ってくる情報を取り込んでいくイメージです。
大吉氏:私はXで気になる人をフォローすることが多いです。ただ見るだけだと本当に使えるのか、ただの誇大表現なのかわからないので、百合さんがDifyの新しいバージョンが出たら、部のメンバーだけで使えるワークスペースを立てて色々遊んでみようと言ってくれます。実際にそれで触りながら「これ使えそうだな」と判断して、なるべく新しいものに触れるようにしてキャッチアップしています。
Q. 業務部門の社員のモチベーションを上げるための取り組みや工夫があれば教えてください。
金原氏:トップダウン的な施策とボトムアップ的な施策の両方が必要だと思います。トップダウン的な施策では、DX指標を事業部ごとに競わせることがあり、AIでどれだけ稼働削減したかで表彰されるなどのモチベーションづけをしています。ボトムアップ的な施策では、AIやDXって楽しいと思ってもらいたいので、今回のスライドに出てきたキテイちゃんやCord Correct君のようなキャラクターを生成AIで作ってみようという取り組みをして、楽しんで参加できるよう工夫しています。
百合氏:推進者側は現実的なソリューションを当てがちですが、ラフな相談を受けた際には「こういうこともできるよ」と少し未来を見せてあげることが重要なポイントだと思います。こういったことが今後できるようになるよ、しかも参入障壁はすごく低いよと見せれば、「じゃあやってみようかな」という形で次のステップに進んでくださる方も多いです。ビジネスサイドの推進リーダーがまだまだ不足しているので、そういったリーダーになってくれる方々をどんどんモチベートしていきたいと考えています。
Q. Difyを活用されているとのことですが、セキュリティ面でどんな工夫をされましたか?
百合氏:弊社の場合は、SaaSだとセキュリティチェックが入ることもありますので、Difyに関わらず、なるべく社内のネットワークに閉じた形で内製導入できるものを第一選択肢としています。ある程度検証しているうちに世の中から色々な情報が出てきて、この製品はSaaSでもセキュリティが優れているねという情報が集まってくるので、そのタイミングで本番導入という形でステップを踏んでいます。
齊藤氏:うちもDifyを使っていますが、社外に情報が出ないよう安心安全な環境をしっかり作って展開しています。また、情報セキュリティ部門と一緒に会話しながらルールを整備しています。開発については、基本的に社内にデータが閉じるので、申請すればグループ社員なら誰でも作れる形にしていますが、公開する際にはプライバシーレビューを入れて、この情報を取り扱っていいのか、権限設定ができているかなどの審査を行っています。
工藤氏:大前提として、NTTグループ全体でAIガイドラインをしっかりしようという指針が持株会社から出ていますので、NTT東日本でもそれに従ってDifyも他のAIプロジェクトも進めています。Difyの環境については、プラグインも事前に安全だと審査完了したものだけを使えるようにしていますし、LLMモデルも安全なものだけを使用可能にして、ユーザーが自由に追加できないようにしています。厳しめの環境ではありますが、その代わりこの基盤上は自由に使っていいよという形にして、現場主導の開発や民主化を促進するよう工夫しています。
※所属組織および記事の内容は2026年3月時点の情報です。
パーソルホールディングス株式会社
https://www.persol-group.co.jp/
パーソルホールディングス株式会社 テクノロジー人材の採用情報
https://www.persol-group.co.jp/recruit/holdings/persol-tech/
パーソルグループ テクノロジー活用情報を発信するオウンドメディア「TECH DOOR」
https://techdoor.persol-group.co.jp/
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