【北九州市】「稼げるまち」という新常識。──今さら聞けないITエンジニアの地方移住【KITAKYUSHU Tech 2025 Day2】
“稼げるまち”とは、単に「所得を増やせるまち」を表す言葉ではない。 北九州市は、地方におけるテクノロジー人材の活躍をテーマにしたオンラインイベント「KITAKYUSHU Tech 2025 Day2」を2025年12月11日に開催した。 今回は、実際に北九州市へ移住したエンジニアたちの暮らしとキャリアのリアルに迫る。家族や子育てとの両立、スキルアップや市場価値など、移住検討者が抱く疑問は多い。そんななか、地方にいながら、成長し続けるキャリアを描く実践者たちの“本音”を紐解いていく。“稼げるまち”とは、単に「所得を増やせるまち」を表す言葉ではない。 北九州市は、地方におけるテクノロジー人材の活躍をテーマにしたオンラインイベント「KITAKYUSHU Tech 2025 Day2」を2025年12月11日に開催した。
今回は、実際に北九州市へ移住したエンジニアたちの暮らしとキャリアのリアルに迫る。家族や子育てとの両立、スキルアップや市場価値など、移住検討者が抱く疑問は多い。そんななか、地方にいながら、成長し続けるキャリアを描く実践者たちの“本音”を紐解いていく。
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【オープニング】北九州市が目指す「稼げるまち」。10年で230社以上のIT企業が進出
冒頭では、北九州市役所 産業経済局 企業誘致課の重松 祥平(しげまつ・しょうへい)氏が登壇し、北九州市の掲げる「稼げるまち」というビジョン実現に向けた取り組みが紹介された。

現在、北九州市は「稼げるまち」「彩りあるまち」「安らぐまち」の実現を重点戦略に据えている。そのなかでも起点になるのが「稼げるまち」の実現であり、特に成長産業であるIT分野の企業誘致に注力している。
実際にここ10年で約230社のIT企業が進出・増設し、2024年度には年間48件と過去最多を記録。いま、北九州市は、多くのIT企業から注目が集まっている。

新幹線の停車駅であり、市の中心街である小倉には、多くのIT企業が集積してきている。また、周辺のエリアには大学や専門学校も多数立地。さらには北九州市立大学が小倉の都心部に新たに情報イノベーション学部の設置を進めており(2027年開設予定)、今後よりいっそうのIT産業の活性化が期待される。
これまで「北九州といえば『ものづくりのまち』をイメージされることが多かったかもしれないが、現在は産学官の強固な連携によって新たな産業へとシフトし、『稼げるまち』への進化を目指している」と重松氏は話した。
【クロストーク】若手エンジニアが北九州市への移住を決めた理由
演者プロフィール
株式会社メンバーズ
デジタルサービス開発本部
エンジニア
秋野 郁実(あきの・いくみ)氏
株式会社メンバーズ
デジタルサービス開発本部
エンジニア
Oh Byeongheon(オ・ビョンホン)氏

続いて行われたクロストークでは、「若手エンジニアの移住のリアル」をテーマに、秋野氏とOh氏が、北九州市へ移住した背景や地方移住によるマインドの変化について語った。
秋野氏:私は2015年に株式会社メンバーズ(以下「メンバーズ」)へ入社し、最初の2年間は東京で勤務した後、地元である北九州に戻ってきました。現在は、エンジニア組織のマネージャーを務めるとともに、北九州オフィスの責任者も担当しています。
オ氏:同じくメンバーズでエンジニアを務めている韓国出身のOh Byeongheonと申します。メンバーズに入社して2年目になりますが、もともとは千葉に住んでいましたが、妻の出産に伴い、実家に近く子育てしやすい北九州へ移住しました。
オ氏が日本で暮らす大きな決め手になったのは、「現在の妻との出会いが大きかった」と語る。オ氏は、現在の妻が韓国留学に来ていたタイミングで知り合い、長い交際を経て結婚。出産を機に、日本への移住を本格的に考え始めたそう。
オ氏:最初から日本への移住を意識していたわけではなく、何度か日本を訪れるうちに日本の文化に触れ、「日本で生活してみたい」と思うようになりました。また、大学では日本語とITを専攻する傍ら、自分でITサークルを運営していて、Vue.jsで学内サークルのサイトを制作するなど、自らアイデアを形にする楽しさを知り、日本のIT業界への関心が高まりました。
しかし、期待よりも責任感や不安の方が大きかったと正直な気持ちを話した。
オ氏:子どもが生まれたばかりで、エンジニアとしての経験もまだ浅く、「本当にやっていけるのか」と不安な気持ちはありました。それでも、家族のことを考えると移住する決意は変わらずに、具体的な移住地を検討していきました。最終的に北九州市を選んだのは、子育てしやすい環境であることや、東京に比べて生活コストが抑えられることが理由として挙げられます。
そして何より大きかったのは、生活リズムの変化だと言う。
オ氏:東京にいたころは、満員電車で片道1時間半かけて通勤していましたが、北九州に移住してからはモノレール沿線に住み、通勤時間は約20分に短縮されました。その結果、自由に使える時間が増え、仕事と生活のバランスも大きく改善したことで、「家族との時間」と「自分自身の成長に使う時間」をうまく両立できていると感じています。
秋野氏はもともと北九州市出身で、就職をきっかけに東京で働くことになったものの、家賃の高さや毎日の通勤の大変さを実感し、「北九州で働きたい」という思いが強くなったのが移住の背景にあるという。
秋野氏:私が入社2年目のころに、地元の北九州で働きたいという素直な気持ちを上司に伝え、メンバーズの北九州オフィスへの異動を希望し、現在は北九州の拠点で働いています。今振り返ると、東京での経験があったからこそ、北九州の暮らしやすさや働きやすさをあらためて実感できていると感じています。
オ氏:メンバーズの規定で、新卒の場合は原則として入社2年未満の移住が難しいため、私は「どの場所であっても、自走して成果を出せる」という信頼を得るために尽力しました。入社1年目の研修では、同期20名中2番目の速さでフロントエンドのカリキュラムを終え、残りの時間でJavaScriptの非同期処理やGitHubの使い方など、学習の過程でつまずきやすいポイントを整理し、積極的にナレッジシェアを行いました。
この実績とチームへの貢献を行動で示したうえで、妻の妊娠を機に北九州への転居希望をマネージャーに伝えたところ、移住の許可をいただくことができました。
地方移住をしたことで「課題意識」を感じるようになった
地方に移住後、東京では味わえない働き方やキャリアの可能性を強く実感した瞬間はあったのだろうか。
オ氏:私自身、Google CloudやAIの知識がない状態から、同期に誘われて「AIエージェントハッカソン」に挑戦したことが転機になりました。
その際に開発したプロダクト「地図の中の哲学者」は、ユーザーが選んだ地域の物語やイラストをAIが自律的に生成し、その土地に訪れたくなる体験を提供するものです。技術スタックはGoogle CloudのVertex AIとLangChainを組み合わせ、Cloud Runでサーバーレス実行し、GitHub連携で自動デプロイも行い、プロダクトを完成させました。
ハッカソンを通じて得た学びは次の3つです。

あらためて振り返ると、「地方にいるからこそ感じる課題意識が、ものづくりの原動力になった」と思っています。
秋野氏:私が移住して感じたのは「人との近さ」でした。やはり地方に戻ってくると、年下で子育て中の方や親の介護をしている方とも出会うなど、東京に比べて社会課題をより身近に感じるようになったんです。

こうした環境の変化が起きたことで、「ITスキルをどう身につけるか」という考えから「ITで何を、どのように解決するのか」というマインドに完全にシフトしました。ちょうどそのころに、会社でも障害者雇用者向けのセルフケアアプリを担当したのですが、そうしたマインドがあったことでユーザー目線で開発できたんですね。
結果として、障害者雇用の継続率向上に貢献できたことが認めてもらえて、社内表彰につながるなど具体的な成果も得られました。
最後に秋野氏が移住検討者へのメッセージを述べ、クロストークを閉じた。
秋野氏:移住を検討している方のなかには、地方で働くことへの不安を感じている方もいるかもしれません。独身であれば、仮に少し違ったなと思っても戻る選択肢はあります。まずは一度チャレンジしてみることをおすすめします。
意外と地方やリモートで働けますし、成長の機会もたくさんあります。ぜひ勇気を持って挑戦してみてください。
夫婦で語る移住の選択と地方転職のリアル
演者プロフィール
株式会社ラック
MSS統括部 兼 同統括部
テクノセンター北九州
北 絵美理(きた・えみり)氏

続いては「夫婦で登壇 夫婦・家族移住の葛藤と選択」をテーマに、株式会社ラック(以下「ラック」)北氏が夫婦で登壇した。
北氏:私は北九州市出身で、高校卒業後は東京で約10年間働いていました。その後、5年前にUターンして出産したのちに、2年前にラックへ中途入社しました。現在はエンジニアではなく、地域での産学官連携やプロモーションを担当しています。
夫:私は兵庫県出身で、大学進学と同時に関東に移り住みました。その後、東京のホテル運営会社で14〜15年間勤務した後に、北九州への移住を決め、縁もゆかりもないままここに住むことになりました。現在は福岡県内のメーカーで人事として働いています。
二人は移住を検討するなかで、最初から北九州市に絞っていたわけではなく、さまざまな選択肢を比較したうえで、最終的に北九州市に決めたという。
北氏:二人とも東京で10年以上働いていて、仕事にはやりがいを感じていましたが、30歳を過ぎたころに今後の人生を考える機会がありました。そこから、「子どもに恵まれたい」と思うようになり、東京での子育ては大変そうだという気持ちから移住を検討し始めました。
その後、東京の有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」で情報収集を始め、各都道府県の窓口を回るなかで、勧められた北九州市の東京事務所を訪問したところ、担当の方が非常に熱心に、そして親身に対応してくださったことが大きな後押しとなりました。
移住で最も大きな課題になる仕事については、東京事務所の担当者から転職エージェントを紹介してもらい、夫もそこで転職先を見つけられたそうだ。
夫:転職活動についてですが、東京から福岡に移ることで年収が下がることは覚悟していました。また、転職先の数が少なく、中途採用の選考でも何度か見送りとなることもありましたが、妻の支えもあって最終的に今の会社に内定をもらい、入社できました。
北氏:住む場所は子育て環境を最優先に選びました。実家がある北九州市は、福岡市ほど家賃が高くなく、自然環境による不便さもありません。その点、北九州市は街の利便性と自然環境のバランスが非常に良いと感じたのがきっかけで北九州市内で住まいを探すようになりました。
ここから話題は、移住後の転職で感じたことへ。
北氏:実は今の会社に入る前、北九州市で別の会社で働いていたことがあったのですが、そのときは子育て中の働き方をイメージできておらず、苦労しました。ラックはリモートワークが可能で、上司や同僚の理解もあるので、子育てしながら働く環境として非常に恵まれています。
また、福岡県が関与した子育て中の女性向け就職応援サイトで今の会社の求人を見つけたこともあり、自治体の支援が手厚いなと感じました。
夫:私は40歳手前で移住したので、この年齢でのキャリアアップはあまり期待できないだろうと考えていました。しかし、今の会社に入ってみると、中途入社であっても成果をしっかり評価してくれる環境だったので、いい意味で非常にポジティブなギャップでした。
また、東京と比べて通勤時間が短く、電車も空いていて座れることが多いので満員電車のストレスから解放されたのは、移住して最も良かった点のひとつです。
都市と地方では、人間関係の面で不安に思うことも少なくないが、二人にとっては「距離感の近さ」が子育ての大きなプラスになっているという。
夫:北九州市では、子育て支援の制度が充実していて、窓口の方も親身になって相談に乗ってくれます。単に、「制度やルールがあるから使ってください」というスタンスではなく、一緒に伴走してくれて、目に見えないサポートがある点が、子育てにおいて非常に安心できると感じています。
北氏:子育ての価値観は人それぞれ違うと思いますが、私自身は、人との距離が近い環境が合っていると感じています。例えば、近所に住む同じ子育て世代の家庭と自然に助け合える関係が生まれたことは、何よりも心強かったですね。
そういう意味でも、東京のような大都市と比べて人との距離が近い環境は、むしろ子育てにおいて大きなメリットになったなと思っています。
移住に際して、まずは情報収集が一番大事だと北氏は話した。いきなり大きな一歩を踏み出すのではなく、最初は小さな一歩から始める。
さまざまなイベントや相談を通して、意思決定の材料を集めていくことが重要だと言えるわけだ。
また、北氏は「移住を検討している段階では、『お試し暮らし(ホテル滞在補助事業)(※)』を活用し、何日か北九州市で生活してみるのも良いのでは」とアドバイスを送った。
※ホテル滞在補助事業について
気軽に試せる北九州市への“進出体験”がサテライトオフィス開設の決め手に
演者プロフィール
株式会社アジケ
代表取締役
梅本 周作(うめもと・しゅうさく)氏
ギグワークスクロスアイティ株式会社
ICTソリューション西日本統括 九州システム部
担当部長、九州拠点責任者
赤星 直樹(あかほし・なおき)氏
モデレータープロフィール
I.I. 代表
Core for Kitakyushu 顧問
(公財)北九州産業学術推進機構 ロボット・DX推進センター マネージャー
NPO法人Startup Weekend 認定ファシリテーター
糸川 郁己(いとかわ・いくみ)氏

最後のセッションでは、「地方で築くエンジニアキャリアの可能性」をテーマに、株式会社アジケ 代表取締役の梅本氏、ギグワークスグループアイティ株式会社の赤星氏が登壇。モデレーターを糸川氏が務めた。
赤星氏:私はIT業界で30年以上の経験があり、プロダクトの運用から開発まで幅広く関わってきました。これまでは大阪を拠点に活動していましたが、約3年前に北九州市の企業誘致を受けて、北九州市にギグワークスクロスアイティの拠点を開設したのがきっかけで移住してきました。
梅本氏:私はUIデザインやUXデザインの会社を18年ほど経営しております。2016年に東京から北九州市へ移住して9年目を迎えます。
糸川氏:赤星さんは北九州市からの企業誘致を受けてという話でしたが、その当時は北九州市についてどのように思われていましたか?
赤星氏:北九州市についてあまり詳しく知りませんでしたが、50歳を目前にして「新しいことに挑戦したい」という気持ちでモヤモヤしていた時期に北九州市に事業所開設の話があがり、「北九州市のお試しサテライトオフィス」に参加しました。1週間ほど北九州市で過ごしたところ、環境の良さと新たな挑戦に最適な機会だと感じ、それが移住の決め手になりました。
糸川氏:北九州市では、企業向けの制度として、お試しで滞在する際の渡航費などを支援していますが、このようなサポート体制は企業誘致を受ける立場として役に立ちましたか?
赤星氏:旅費やホテル代の補助があったおかげで、あまりリスクを感じずに北九州市を体験できました。その間に、さまざまな企業も紹介していただき、とても手厚くサポートしてもらいましたね。拠点もいくつか案内してもらって、最終的には複合施設・セントシティ(SAINTcity)にあるコワーキングスペースを事務所に決めました。
ここは駅から雨に濡れずにアクセスできますし、新卒採用の拠点という目的もありましたので、複数の事務所を実際に見て回れたことが、納得のいく選択につながったと思っています。現在は北九州市のメンバーだけで10名くらいが在籍しています。
糸川氏:採用はどのように進めてきたのでしょうか?
赤星氏:会社の認知度がまだ高くなかったため、エンジニアの経験者採用は思うように進みませんでした。そこで、北九州市の「北九州IT学びなおしプロジェクト」に参加し、未経験からIT業界を目指す方向けの説明会に当社も加えていただきました。その結果、初年度に2名、翌年も2名を採用することができ、少しずつ人員を増やせました。新たに採用した人材は今では、東京の案件を任せられるエンジニアとして活躍しています。
糸川氏:人材育成の面や会社の認知度向上については、どのような工夫をされていますか?
赤星氏:社内研修に加えて、東京や関東・関西の案件にも関わる機会があり、実務を通じて経験を積んでもらう環境を整えていきました。また、ある企業から「kintone(※)」の案件を紹介してもらい、まずはローコード開発から取り組み、そこから徐々にJavaなどの開発言語を習得していくステップを踏みながら成長してきたと感じています。
会社の認知度を上げるために取り組んだこととして、とにかく参加できるイベントは、すべて参加するスタンスで臨んでいました。基本的にお声がけいただいたものは参加させていただき、この2年間で30回以上はイベントの場に足を運んでいると思います。
※kintone(キントーン):AIとノーコード・ローコードで現場の業務にフィットする業務アプリがつくれるサイボウズの業務改善プラットフォーム
糸川氏:梅本さんは東京で起業し、その後に北九州市へ移住したと思うのですが、北九州市を選んだ理由を教えてください。また拠点をまたいで社員がいると思いますので、その比率も教えてください。
梅本氏:妻の実家が北九州市にあり、子育ての関係で移住したのが理由です。現在の社員数の人数比で言うと、東京は25名ほどで北九州は6、7名になります。そのほかには仙台や宮崎、岡山など各地でリモートワークをしている方が複数名おられます。
今は自分が北九州にいるので、東京の拠点には責任者を立てており、私自身は拠点間を行ったり来たりしながら仕事している状況です。
糸川氏:その意思決定は会社的にもインパクトがあったと思うんですけど、その際の課題はどうやって乗り越えたのでしょうか?
梅本氏:課題としては拠点が離れたことで、マネジメントがより難しくなったと感じます。各メンバーの考えをうまく一つにまとめるのが、以前よりもやりづらくなったというのはありましたね。
いまも重視しているのが「文書化」です。基本的には非同期で進める前提なので、「誰にどこまで何をやってほしいのか」をマネジメント層がしっかり言語化しておくことが大切です。メンバーに任せた後は、結果をもとにコミュニケーションをとる、成果を意識したドライなマネジメントスタイルになっていると思います。
糸川氏:なるほど。逆に拠点が離れているからこそ、ある種ドライなマネジメントであっても、メリットがあったりとするんですかね。
梅本氏:あると思いますね。例を挙げると、初めて後輩や部下を持ったときは、つい相手の様子が気になりすぎて、過剰にケアをしてしまいがちです。踏み込みすぎると、相手にとっては重たく感じられてしまうこともありますし、結果的にマイクロマネジメントになるケースも見かけました。
なので、まずは大切な指針や方針を明確に示し、そこに対する納得感や目的意識を持ってもらってから成果目標に対してサポートしていく姿勢が重要だと思っています。
【Q&Aセッション】「どのくらい情報を集めたら移住するのか」という基準を決めておく
Q&Aセッションでは、登壇者がイベント参加者から投げかけられた質問に回答した。
Q. 他の地域と比べて北九州市の可能性を感じているところは?
赤星氏:やはり北九州市が企業誘致に力を入れていることやITを盛り上げようとしている“熱量”が高いので、今後もさらに発展していく可能性があるのではと感じています。
梅本氏:北九州市の人たちは、みんなが一丸となって何かを成し遂げたい気持ちを持っている人が多い印象です。そのため、外部からの関心やアイデア、情報を歓迎してくれる雰囲気があります。こういう姿勢は新しいきっかけや動きが生まれる期待ができると感じています。
糸川氏:実は北九州市内のシステムエンジニアの数はすごく少ないんですよ。最近は少し増えてきていますが、自分の影響力や地域へのインパクトの大きさという点でも、可能性は非常に高まるのではないでしょうか。
Q. 北九州市への移住を考えている人へ向けてメッセージをお願いします。
梅本氏:移住は大きな決断なので、勇気が必要だと思います。参考情報になりますが、私の場合は「どのくらい情報を集めたら移住するか」をあらかじめ決めてから移住の意思決定をしました。100%納得できる情報を集めることはできないので、情報が50%ほどそろった段階で決めるなど、自分のなかで基準を作っておくと意思決定がスムーズになるかもしれませんね。
赤星氏:新しい土地で何かやってみたいとか、今のITスキルをさらに磨きたいといった気持ちで十分だと思います。北九州にはIT企業も多く、自分を成長させる環境としても適しているので、勇気を持って一歩踏み出してみると良いのではないでしょうか。
文=古田島 大介
※所属組織および取材内容は2025年12月時点の情報です。
KITAKYUSHU Tech Day
https://impact-kitakyushu.jp/
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