「大阪での決定が、日産の決定になる」──SDVの中枢、Android内製化で挑むコックピット開発の最前線
2026年4月、日産自動車株式会社(以下、「日産」)が大阪・梅田にサテライトオフィスを開設した。担うのは、次世代車両の「コックピットドメイン」ソフトウェアプラットフォームの内製化。自動車業界が100年に一度とも言われる変革期を迎える中、なぜいま、大阪なのか。そして大阪拠点のミッションは何か。 「大阪の決定が、日産の決定になる」──そんな強い覚悟を掲げ、大阪から日産の変革を牽引する杉本一馬氏、三輪剛氏 、伊藤義信氏の3名に話を聞いた。◾️インタビュイープロフィール
日産自動車株式会社
ソフトウェアデファインドビークル開発本部
ソフトウェアプラットフォーム&アーキテクチャ開発部
部長 杉本 一馬(すぎもと・かずま)氏
主管 三輪 剛(みわ・ごう) 氏
主担 伊藤 義信(いとう・よしのぶ) 氏
ハードウェアと「知能」が融合する未来。AIパートナーと創る、移動の新しいカタチ
——まず、日産が掲げる長期ビジョンについて教えてください。
杉本氏: 2026年4月に「モビリティの知能化で、毎日を新たな体験に」という長期ビジョンを発表しました。背景にあるのは、クルマの価値の源泉がハードウェアに加えてソフトウェア、つまり「知能」へ広がっていく、という大きな変化です。
その中でAIの活用を大きく3つに整理しています。1つ目は「AIドライブ」。ラインアップの9割にAIを活用したエンド・ツー・エンド自動運転技術を搭載することを目指しており、AIが人のように運転を司ることで、安全で自由な移動を実現します。
2つ目が「AIパートナー」。運転席だけでなく後部座席の方も含めた全乗員のパートナーとして、一人ひとりのやりたいことを理解し、移動時間を「新たな体験」へと変えていくものです。
そして、3つ目が「AIで開発する」。AIの進化スピードに合わせて、我々エンジニア自身もAIを活用し、これまでの数カ月・数年単位の開発サイクルを劇的に短縮していく。この3つが、知能化によって新しい価値を爆速でお客さまに届けるための方向性です。
——2つ目の「AIパートナー」は、まさに今回お話を伺うコックピット領域に関わるものですね。これらは具体的にどう結びついているのでしょうか。
伊藤氏: そうですね。「AIドライブ」と「AIパートナー」は表裏一体の関係にあります。今後、自動運転の精度がどんどん上がり、人が運転というタスクから解放されたとき、次に問われるのは「車室内でどう過ごすか」というユーザー体験の質になります。
自分で運転しなくていい状態になったとき、クルマは単なる移動手段から、AIが乗員に寄り添う「知能化した体験空間」へと進化しなければなりません。そうなると、コックピットやIVI(※)がユーザーとの最大の接点となり、AIと共に発展していく最重要分野になる。だからこそ、いまからこの領域を強化していくのです。
※IVI(In-vehicle Infotainment):ドライバーの安全を守りながら、車載ネットワークを使って情報を受け取ったり、娯楽を車内で楽しんだりできるシステム
バーチャル環境を武器に、大阪から「場所を問わない内製開発」を証明する
左から三輪氏、杉本氏、伊藤氏
——2026年4月に大阪拠点を新たに開設されましたが、その背景を教えてください。
杉本氏: クルマの価値がソフトウェアに拡大し、AI活用やSDV(※)開発を加速させる中で、ソフトウェアエンジニアの重要性はかつてないほど高まっています。これまでは神奈川県厚木市を開発拠点にしてきましたが、スピードこそが競争力である以上、特定の地域に縛られず、世界中の優秀な人材に直接アクセスしていく必要があります。その第一歩として、多彩なエンジニアが集まる大阪を選びました。
実はこの4月、大阪だけでなくシリコンバレーでも新たにソフトウェア開発のチームを始動させました。ソフトウェアの先進地であるシリコンバレーで次世代の先行開発を行い、日本では多彩なエンジニアが集まる大阪から攻める。これらは、日産がグローバルでソフトウェア開発体制を劇的に強化していく、という強い意志の表れだと思いますね。
※SDV(Software Defined Vehicle):ソフトウェアで機能や価値が定義・更新されるクルマ
——このタイミングでの開設には技術的な理由もあったのでしょうか。
伊藤氏: 今回大阪で注力するコックピット領域のソフトウェアは、車両本体(走る・曲がる・止まる)の制御とは切り離して、柔軟に開発・検証を進めやすい特性があります。この領域であれば、必ずしも実験棟がある厚木のR&Dセンターに縛られず、離れた拠点でも高い機動力を持って開発できるのではないか、という技術的な見通しがありました。
杉本氏: また、「開発環境が整わない状態で拠点だけ立ち上げても意味がない」という強いこだわりがありました。大きな決め手となったのが、クラウド上でハードウェアに近い評価ができる「バーチャル評価環境」の整備が劇的に進んだことです。これによって、大阪にいながら厚木と同じ精度で開発・評価ができる「武器」が揃い、満を持しての開設に至りました。
——大阪は日産日本初のサテライトオフィスになるんですね。
杉本氏: そうです。だからこそ、一拠点開設以上の重みがあります。「場所を問わずに、最高の内製開発ができる」ことを証明するマイルストーンであり、ここでの成功なくして、その次の展開はありません。大阪から日産の開発文化、ひいては世界のモビリティを書き換えていく。それくらいの覚悟で臨んでいます。
日産の「知能」を大阪でビルド。設計から評価まで一気通貫で担う、Android内製化の中核へ

——大阪拠点のミッションと、そこに配属されるチームについて教えてください。
伊藤氏:大阪拠点が担うミッションは、「コックピット領域におけるプラットフォームレイヤーの内製開発」です。アプリケーションに関してはすでに内製化を進めています。その土台となるAndroidプラットフォーム部分の設計・実装・評価を、厚木のR&Dセンターのメンバーと共に推し進めていきます。
——なぜ、わざわざ大阪で開発体制を構築するのでしょうか。
杉本氏: 最大の目的は、開発スピードの劇的な向上です。これまでの仕事のやり方やビジネスモデルを変えて、スピードで戦うための組織づくりや仕組みづくりが必要です。
大阪に知見を集中させ、自分たちの手で評価・保証まで完結できる体制を作ることで、数カ月かかっていたサイクルを数週間(1カ月以内)に短縮することを目指しています。この内製化を成功させ、日産全体の開発モデルを書き換えることが、大阪拠点の役割です。
——会社全体の判断も早まっているのでしょうか。
三輪氏: 意思決定のプロセスは、ここ1〜2年で大きく変わってきています。以前は時間をかけて資料を作り込み、ボトムアップで提案していましたが、いまは「appendixのようなスライドはいらないから、承認してほしいことをクリアにせよ」と。準備に時間をかけるのではなく、コミュニケーションの頻度を上げる方向にシフトしています。
これは「スピードこそが最大の競争力」という強い危機感の表れだと思いますね。ソフトウェアやAIの進化は日進月歩。5年先を予測して作るのではなく、いま求められているものを週単位でアップデートし続ける。そんなSDV時代の戦い方に合わせて、組織のOSそのものを書き換えている最中です。
——一気通貫で品質保証まで担うとなると、現場のチャレンジも大きそうですね。
杉本氏: はい、特に品質保証は巨大な壁です。これまではサプライヤーが保証していた部分を、自分たちで担保しなければなりません。
例えば、コックピットに採用しているAndroid Automotive OS(AAOS)では、Googleの要件を満たすために200万〜300万件ものテスト項目をパスする必要があります。これを人手で行うのは不可能ですから、インテグレーションや評価を完全に自動化する仕組み(CI/CD基盤)を大阪でゼロから構築していくことになります。これはエンジニアにとって、非常に難易度が高く、やりがいのある挑戦になるはずです。
——コックピット領域の開発は、クルマの他のシステムとの連携も広がっていくのでしょうか。
伊藤氏: まさにその通りです。例えば「室内カメラでドライバーの状態を認識して、機能提案や快適性向上サービスを提供する」といった体験を作るには、コックピット領域だけでは完結しません。 ボディ系制御(シートやウィンドウなど)との高度な連携が不可欠です。
私たちは、各領域を「Vehicle API」というインターフェースで繋ぎ、お互いの領域を過度に意識せずに連携できる柔軟な設計を進めています。大阪で開発するプラットフォームは、クルマ全体の知能化を支えるハブになっていく。それくらい影響範囲の広い仕事です。
「大阪での決定が、日産の決定になる」3つの役割で担う、0→1の組織づくり

——1エンジニアとして、具体的にどんな役割を担うことになりますか。
伊藤氏: 大きく3つの専門性を求めています。1つ目は、新しい要求に対して最適なソフト構造を描く「アーキテクト」。2つ目は、膨大なモジュールを統合してAndroidをビルドする「インテグレーションエンジニア」。そして3つ目が、テストからデプロイまでを高速化する「DevOpsエンジニア」です。
これらはいずれも、従来の自動車業界ではサプライヤーに依存しがちで、社内にはほとんど存在しなかった職種です。大阪ではこれらを内製で担うため、「自分たちが書いたコードでクルマが動く」という手応えをダイレクトに感じられるはずです。
——ここまで聞いてきて、「サテライトオフィス」というと補助的な印象だと想像していましたが、日産の大阪拠点は明確なミッションを持っていますね。
杉本氏:まさにそうです。大阪拠点は厚木の補助部隊ではありません。今回フォーカスするAndroidプラットフォーム領域に関しては、「大阪での決定が日産全体の決定になる」という、独立性と権限を持たせます。「判断を仰ぐために厚木の返信を待つ」といったスピードを削ぐプロセスはできる限りなくす予定です。
——離れた拠点間での連携や、日々の働き方についても教えてください。
伊藤氏: 基本はリモートと出社を組み合わせたハイブリッドワークですが、リアルでの濃いコミュニケーションを大切にしています。 具体的には、定期的に「集中討議の日」を設け、メンバーがホワイトボードの前に集まって1日中アーキテクチャを議論し倒す、といった時間を意識的に作っています。オンラインだけでは解消しづらい認識の齟齬をここで一気に解決し、また各自の拠点に戻って開発に没頭する。このメリハリのあるリズムが、知能化という難題に挑む大阪チームのスタイルです。
ソフトウェアが「価値を広げる」主役に。歴史的転換点の当事者に

——いまこのタイミングで大阪拠点にジョインすることのおもしろさはどこにありますか。
杉本氏: 自分たちで課題を見つけ、自分たちで設計し、自分たちで決める。大企業のアセットを使いながら、ベンチャーのような「0→1」の組織づくりに参画できるのが、いまこのタイミングでジョインする最大のおもしろさだと思います。
特にAndroidプラットフォームに関しては、大阪での決定が、そのまま日産のグローバルな決定になるという権限と責任を持たせます。自ら提案し、意思決定し、チームの文化から作り上げたい人にとって、これほど魅力的な環境は他にないのではないでしょうか。
——一方で、難しさやリアルな課題もありますか。
伊藤氏:あらかじめ定義されたタスクを遂行することを重視する方にとっては、難易度の高い環境に感じられるかもしれません。一方で「自分ならこうしたい」という意志を持ち、自ら課題を設定して動ける人にとっては、しがらみなく理想の開発を追求できる、最高におもしろいフィールドになるはずです。
——大阪拠点では、自動車業界以外の人材も採用したいとのこと。異業種から日産へ「越境」されたお二人から見て、「クルマ」というプロダクトを開発する醍醐味は何でしょうか。
杉本氏: 日本で「製品に載るソフトウェア」を極めたいなら、いまはクルマが最もおもしろいのではないでしょうか。人命を守るミッションクリティカルな制御から、エンタメ、クラウド連携まで、あらゆる種類のソフトウェアが1台に凝縮されているからです。かつては「ハードの補完」だったソフトウェアが、いまは「クルマの価値そのもの」を作る主役に躍り出た。その歴史的な転換点に、当事者として立ち会える興奮があります。
伊藤氏: また、「自分が書いたコードの結果を、街中を走る実車で体験できる」という手応えは、他のIT製品ではなかなか味わえません。スケールの大きさ、影響範囲の広さ、そして自分がユーザーとして体感できる喜び。異業種から来たからこそ、その価値を日々強く実感しています。
AIディファインドビークルの実現を大阪から加速。カオスを突破し、モビリティの未来を創る
——最後に、大阪拠点へのジョインを検討している方へメッセージをお願いします。
杉本氏: 日産はいま、2年間の「Re:Nissan」を経て、2027年から再び急激な成長軌道へと入る重要なフェーズにいます。大阪拠点は、その成長の中核を担う「知能化」を牽引する存在です。大企業でありながら、大阪という最高のロケーションで挑戦的な機会を掴めるこのタイミングに、ぜひ皆さんの技術をぶつけに来てほしいと思います。
三輪氏:22年間日産にいる私から見ると、いまの変化は本当におもしろい。 ただ過去の文化やアセットと向き合う大変さは、正直あります。でも、だからこそこの変革を成し遂げたときに得られる成長は、計り知れないものになると確信しています。カオスな状況すら楽しみ、一緒に新しい日産を作っていける仲間を待っています。
伊藤氏:「ベンチャーのようなスピード感と裁量」、そして「グローバル大企業ならではのスケール」で世界中のユーザー体験を変える。「働き方はベンチャー、インパクトは大企業」という両者の“いいとこどり”に面白さを感じていただける方と一緒に、モビリティの未来を書き換えたいと思っています。
【番外編】47歳、キャリアの集大成に「ワクワク」を。一人目内定者が日産に賭けた理由
大阪拠点一人目メンバー:中畑 陽介(なかはた・ようすけ)氏
左から伊藤氏、杉本氏、中畑氏、三輪氏
「ナイト2000」のような未来を、日産で創る
私はもともと、Androidの黎明期から携帯電話のデバイスドライバー開発などに携わってきました。ずっとAndroidに関わり続けたいという思いがありましたが、前職では製造現場に近い業務が増えてきたため、もう一度開発にどっぷり浸かりたいと考え、47歳で転職を決意しました。
実は、地元の優良企業など計3社から内定をいただいていました。最終的な決断を迫られたとき、かつて夢中になった海外ドラマ『ナイトライダー』に登場する、意思を持って会話する車「ナイト2000」を思い出したんです。日産が掲げる「AIパートナー」の構想は、まさにあのワクワクする未来そのものでした。
「大阪での決定が日産の決定になる」という熱量に惹かれて
正直に言えば、この年齢での挑戦には不安もあります。しかし、選考プロセスを通じて杉本さんや伊藤さんの「大阪から組織を創るんだ」という圧倒的なモチベーションに触れ、「一人目」としてその一翼を担いたいと強く思いました。
迷った時は、どちらが稼げるかではなく、「どちらにワクワクするか」で選びたい。その直感を信じて、日産の大阪拠点のメンバーになることを選びました。
もし少しでも「やってみたい」という気持ちがあるなら、ぜひ一歩踏み出してほしいです。日産は、そういった意欲を受け止めてくれる場所だと、入社を控えたいま、強く感じています。
日産自動車株式会社
https://www.nissan.co.jp/
日産自動車株式会社の採用情報
https://www.nissan.co.jp/RECRUIT/
ソフトウェアデファインドビークル開発本部特設サイト
https://www.nissanmotor.jobs/japan/MC/EEandSystemsEngineeringDivision/
取材:中﨑 尚之(パーソルイノベーション)
取材・文:宮口 佑香(パーソルイノベーション)
※所属組織および取材内容は2026年4月時点の情報です。
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