死亡交通事故ゼロへ。アイサイトを支えるステレオ画像認識と半導体内製の裏側
クルマが「知能を持つシステム」へと進化する今、ソフトウェアやAIだけでは語れない領域がある。物理的な車両を前提に、電気電子・制御・半導体をどう成立させるかという、クルマづくりの本質である。 本記事では、SUBARUで電気電子系全般を統括する片平聡氏による、アイサイト開発の核心を捉えた講演を紹介する。また、車両開発全体を取りまとめる中路智晴氏、電動パワートレイン制御をリードする森田知洋氏を交えたトークセッションから、企画・開発・パートナー連携・自動運転時代の戦い方に迫る。読者は、技術選定の背景にある思想と、SUBARUが守り抜く「安心と愉しさ」の正体を探っていく。クルマが「知能を持つシステム」へと進化する今、ソフトウェアやAIだけでは語れない領域がある。物理的な車両を前提に、電気電子・制御・半導体をどう成立させるかという、クルマづくりの本質である。
本記事では、SUBARUで電気電子系全般を統括する片平聡氏による、アイサイト開発の核心を捉えた講演を紹介する。また、車両開発全体を取りまとめる中路智晴氏、電動パワートレイン制御をリードする森田知洋氏を交えたトークセッションから、企画・開発・パートナー連携・自動運転時代の戦い方に迫る。読者は、技術選定の背景にある思想と、SUBARUが守り抜く「安心と愉しさ」の正体を探っていく。
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死亡交通事故ゼロへ向かうアイサイトの技術と次世代の構想
ステレオカメラ、画像認識、半導体まで内製で踏み込むSUBARUのADAS開発。なぜ流行りのSGMではなくSADを選び続けるのか。なぜGPUではなく自社カスタムSoCにこだわるのか。死亡交通事故ゼロという目標から逆算した技術選定の背景と、リアルワールドで成立させるための執念を、アイサイト開発を率いてきた片平氏が解き明かす。
株式会社SUBARU
技術本部 PGM(高度統合システム)
PGM
片平 聡(かたひら さとし)氏
飛行機メーカーから始まった、安全への執念
片平氏は富士重工業(現SUBARU)に入社後、スバル技術研究所からキャリアをスタートし、現在は技術本部のプロジェクトジェネラルマネージャーとしてADASを含む電気電子系全般を統括している。

SUBARUは1917年創立の歴史ある会社で、戦前は中島飛行機株式会社として戦闘機を製造していた。現在もクルマ事業に加え、ボーイング社の主翼の付け根部分の製造や、ヘリコプター・無人機などの防衛産業を手がける。戦後に初めて作ったクルマで衝突試験をいち早く実施したのも、この安全志向の延長線上にある。ラリーへの挑戦、そしてアイサイトの開発と、SUBARUの歩みは一貫して「安全」と「走る性能」を追求してきた歴史でもある。

アイサイトは「ぶつからないクルマ」として知られるSUBARU独自の先進安全システムだ。前のクルマにぶつかりそうになれば自動でブレーキをかけるプリクラッシュブレーキ、前車に追従するクルーズコントロール、車線をはみ出さないように制御するアクティブレーンキープといった機能を中心に、運転を支援する。

実績にも数字で表れている。米国・国内OEMの平均値と比較すると、死亡交通事故率はSUBARUが大きく下回る。そして2030年に向けて死亡交通事故ゼロ*を目指している。これが開発を貫くゴールである。
*SUBARU車乗車中の死亡事故およびSUBARU車との衝突による歩行者・自転車等の死亡事故ゼロを目指す。
なぜSADを使い続けるのか
アイサイトの根幹を担うのが、SUBARU独自のステレオカメラ技術である。

カメラを2つ使い、画像を比較することで距離と物体の輪郭を同時に捉えた点群を大量に生成する。これにより、自車がどの車線を走り、前にいるのが先行車なのか、横から割り込んでくるクルマなのかを認識し、衝突を回避する制御へつなぐ。

ステレオカメラの肝はステレオマッチングと呼ばれる技術だ。元画像と同じ模様をもう一方のカメラ画像から探し、視差を算出して距離を求める。SUBARUはこの比較関数にSAD(Sum of Absolute Differences)を採用している。AIに親しんだ読者なら、より高精度とされるSGM(Semi-Global Matching)を思い浮かべるかもしれない。それでもSUBARUがSADを使い続ける理由は、ユースケースから逆算したときの最適解だからだ。

「近距離ではSGMの精度が非常に高い。でも遠方の距離を出していくためには、SADを使いたい」。高速道路を100km/hで走るクルマでは、200m先の距離まで計測したい。視差が小さくなる遠方ほど距離の精度は粗くなるため、リニアリティ(線形性)が重要になる。SADは古い手法だが、リニアリティを担保できる。だから採用し続けている、というわけだ。
クラシックな画像認識とAIを掛け合わせる
SUBARUは、ステレオカメラから得た距離点群を活用した認識ソフトを長年開発してきた。単眼認識やレーダーでは、エッジの位置と距離の位置がずれる課題がある。ステレオカメラはエッジと距離が一致する点群を出せるため、優れた認識精度を実現できる。

さらにカラー画像の特徴量も組み合わせている。ブレーキランプの認識、赤信号の認識といった情報を加味することで、前車の速度をより正確に把握する。AIの時代になっても、SUBARUはこれらクラシックな画像認識技術とAIを掛け合わせていくスタンスだ。

このアプローチを支えるのが、リアルワールドへのこだわりである。アセスメントの数字を追うのではなく、お客様が実際に使うシーンでどれだけ性能を出せるかに注力している。雨のシーンでも先行車をしっかり認識する。サンフランシスコをはじめ世界各地に技術者が自ら足を運び、画像を取得し、現場で本当に使えるかを確認する。エンジニアが現地に立つことで初めて見えてくる課題に、地道に向き合っている。
半導体まで自分たちで作る理由
これらの認識・制御技術をクルマに載せるため、SUBARUは半導体まで自社で取り組んできた。2020年のアイサイトではAMD社のFPGA(Field-Programmable Gate Array:書き換え可能な集積回路)とインフィニオンのマイコンを採用。これから登場するクルマでは、AMD社と共同開発したカスタムSoCを搭載していく。

なぜそこまでやるのか。AIを実装するうえで重要なのはGPUの性能だと思われがちだが、実際にはDRAM(Dynamic Random Access Memory:高速な主記憶)からGPUへどれだけデータを渡せるかが処理性能を律速する。一般的なSoCでは、画像入力からISP(Image Signal Processor:画像信号処理回路)、NPU、GPU、マイコンを1つの場所につなげるため、AIの処理帯域がDRAMに引っ張られてしまう。

SUBARUはここをカスタムで解決する。できるだけ外のメモリーを使わず、最小化する。ストリーム型と呼ばれる、入力からNPUまでDRAMへ戻す機会を減らす処理系を組み込む。今回AMD社と組んだチップでは、ステレオ処理部分をASIC(Application Specific Integrated Circuit:特定用途向け集積回路)として組み込んだ。半導体を小さくすればコストが下がり、お客様へ提供する価格も抑えられる。それでいて性能は世界トップ水準を狙う。両立を実現するために、半導体まで踏み込んでいる。
安心を技術で守り抜く
SUBARUは死亡交通事故ゼロを目指し、画像処理や制御ソフトに留まらず、半導体まで自社開発する。お客様に本当に良いものを届けるための執念が、技術選定の一つひとつに表れている。現場では、ハードから半導体、ソフト、AI、車両制御、実験、IVIまで、あらゆる領域でエンジニアが活躍している。次のセクションでは、その現場で何が起きているのか。エンジニアと企画が、なぜぶつかり、なぜ前に進めるのかを掘り下げていく。
企画も半導体もエンジニアが踏み込む。SUBARU開発現場の本音
クルマづくりでは、優れた技術を生み出すだけでは商品にならない。性能や安全性を追求しながら、コストや市場性とのバランスを取り、一台のクルマとして成立させる必要がある。そうした現場では、企画とエンジニアリングはどのように関わり合っているのだろうか。
トークセッションには、アイサイト開発を率いる片平聡氏、車両開発全体を統括する中路智晴氏、電動パワートレイン制御を担当する森田知洋氏が登壇。企画と開発の境界、リアルワールドでの開発、自社技術へのこだわり、自動運転時代に求められるエンジニア像まで、SUBARUのものづくりを支える思想が語られた。
株式会社SUBARU
商品革新本部 PGM
中路 智晴(なかじ ともはる)氏
株式会社SUBARU
技術本部 PGM(高度統合システム)
担当部長
森田 知洋(もりた ともひろ)氏
エンジニアリングの知見が、クルマ全体を成立させる
SUBARUでは、企画とエンジニアリングは明確に切り分けられているわけではない。特に商品全体を取りまとめる立場では、エンジニアリングの知見が不可欠になるという。
中路氏は、自身も長年エンジニアとして車両性能の開発に携わってきた経験を持つ。現在は次期車両の企画全体を取りまとめる立場となったが、その仕事は単に企画を立案することではなく、性能・価格・商品価値を総合的に成立させることだと説明する。
クルマには無数の機能や性能が存在し、それぞれに担当する技術者のこだわりがある。しかし、すべてを実現すれば価格は上がり、商品として成立しなくなる。だからこそ、「どこまで作り込み、どこでバランスを取るか」という判断には、エンジニアリングの理解が欠かせないという。企画もまた、技術を理解して初めて成り立つ仕事なのである。
一方、森田氏は制御エンジニアの立場から、日々マイクロ秒単位で車両の振る舞いや電気の流れを設計していると紹介した。「もっとこうすれば良くなる」という改善案は常に存在するが、それを実現すれば他の設計へ影響が及ぶ。技術者としての理想と、商品全体を成立させるための判断がぶつかり合うことは少なくないという。
そうした意見の衝突について、中路氏は「それこそがSUBARUのクルマづくりの醍醐味」と語る。互いの専門性をぶつけ合いながら、一台のクルマとして最適な落としどころを探していくことが、開発の本質だという。
その象徴的な例として片平氏が挙げたのが、ADASのセンサー構成だった。技術者としてはレーダーやモニターを追加すれば性能は向上する。しかし、その分コストも上がるため、商品企画側からは「本当に必要なのか」という議論が生まれる。
「この半導体を使いたい」「この機能を載せたい」という技術者の思いを受け止めながら、クルマ全体としてどこまで実現するかを判断する。その積み重ねこそが、SUBARUの商品開発を支えている。
リアルワールドを知らなければ、本当に使える技術は生まれない
講演パートでも紹介された「リアルワールドへのこだわり」は、開発現場全体に共通する思想でもある。
片平氏は、画像認識の開発では実際の現場へ足を運ばなければ分からないことが数多くあると説明する。
例えばサンフランシスコでは、急勾配の坂道に駐車する際、多くの人がタイヤを縁石側へ向けて停めている。万が一ブレーキが外れても車両が道路へ飛び出さないようにするためだ。こうした土地ならではの使われ方は、データだけを見ていても理解できない。
さらにカナダ・イエローナイフでは、一面が雪で覆われる環境となる。カメラ映像は真っ白になり、通常とはまったく異なる認識環境になる。こうした極端な条件は、現地へ行って初めて理解できるものであり、画像だけでは把握できないという。
中路氏も、近年はエンジニア自身がお客様の利用現場を見る機会を積極的に増やしていると話す。
販売店やユーザーから要望を聞くだけでは、本当に価値ある商品にはならない。実際にどのような環境でクルマが使われているのかを自ら観察し、潜在的なニーズを発見することが重要だという。現場を見ることで初めて、「この使い方なら、あの技術が役立つかもしれない」という発想が生まれるのである。
こだわる領域は自社で、汎用領域はパートナーとつくる
すべてを自社で開発することが最適とは限らない。SUBARUでは、自社が本当に価値を生み出せる領域と、パートナーへ委ねる領域を明確に切り分けている。
片平氏は、Android Autoのように各社で大きな差別化が難しい領域については、サプライヤーへ開発を依頼することが多いと説明する。一方、ADASのようにSUBARUらしさを生み出す中核技術については、自社で責任を持って開発したいという考えを示した。
森田氏も、部品単位ではコモディティ化が進む一方で、AWD(All Wheel Drive)やアイサイトのようにブランド価値を左右する技術は、深く自社で作り込む必要があると語る。価格競争力を維持しながら独自性を生み出すためには、「どこを自分たちで作り、どこを任せるか」というメリハリが重要になるという。
中路氏は、自社開発している領域は企画側からも細かな要望を反映しやすく、ギリギリまで改良を続けられる点が大きな強みだと説明する。そうした領域が、SUBARUならではの価値を生み出す「勝ち筋」になっているという。
その考え方を象徴する事例として片平氏が紹介したのが、かつてレーダー追加を検討した際の判断だ。
ステレオカメラだけでは遠距離認識が難しいため、レーダーを追加すれば性能は向上する。しかし価格も大きく上がることから、最終的には採用を見送った。その代わり、「ステレオ技術そのものを進化させよう」という開発へ舵を切った結果、画像認識技術が大きく前進したという。また、半導体メーカーの製品撤退をきっかけにローリングシャッター技術への対応を進めるなど、制約そのものが技術革新の原動力になった事例も紹介された。
中路氏は、量産直前までPoCを繰り返す文化もSUBARUらしさの一つだと振り返る。「まずやってみよう」という姿勢から生まれた挑戦が、最終的に商品価値へつながることも少なくないという。
企画が一方的に方向性を決めるのではなく、現場のエンジニア自身が「面白そうだからやりたい」と提案する。その熱意が新しい価値を生み出していると語った。
「専門外」を越えることで、技術の幅が広がっていく
SUBARUのエンジニアのキャリアには、一つの専門領域にとどまらず、必要に応じて領域を越えていく特徴がある。
中路氏は、もともとエアコンの設計を担当していたが、ある日突然サスペンションの開発を任された経験を振り返った。当初は専門家ではなかったものの、必要な知識を学び、吸収しながら技術を身につけていったという。
自分の専門外だからと線を引くのではなく、必要であれば新たに学び、より良いものを作る。そうした挑戦ができる環境がSUBARUの良さだと中路氏は語る。
片平氏も、アイサイトの開発を例に挙げた。当初、半導体設計やカメラの調整技術は、サプライヤーへ依頼する想定だった。しかし開発を進めるうちに、設備の設計や実装後の評価まで、自分たちが担う領域は次第に広がっていったという。
あらかじめ決められた担当範囲だけを見るのではなく、開発に足りないものがあれば、その隙間を埋めるように踏み込んでいく。そうした動きの積み重ねが、SUBARUの技術開発を支えてきた。
自動運転時代にも、クルマの本質は変わらない
自動運転の実用化が近づき、クルマを構成する技術領域はこれまで以上に広がっている。そうした時代に、エンジニアはどのような視点を持つべきなのだろうか。
森田氏は、自動運転に向けた研究を進める一方で、クルマが四つのタイヤで地面を走る乗り物である限り、その本質は大きく変わらないと語る。
まず重要なのは、「クルマの本質とは何か」を理解することだ。その上で、電動化や自動運転、ADASといった新たな知識を加えていく必要があるという。
一つの領域に確かな軸足を持ちながら、自分のカバーできる範囲を広げていく。例えば、パワートレインの担当者が「ADASは専門外だから分からない」と切り離すのではなく、ADASの技術を活用すればパワートレイン制御をさらに良くできるのではないかと考える。異なる技術領域を掛け合わせ、新しい価値を生み出せる人材が、今後より重要になると森田氏は説明する
そのために必要なのが、好奇心である。
興味を持ったことは、まず自分で試してみる。マネジメントする立場になれば、好奇心を持って挑戦するメンバーを後押しする。そうした動きを止めなければ、組織の中で人が育ち、異なる技術が交わることで、新しい発想や技術が自然と生まれていくという。
一瞬の挙動が、クルマへの信頼を決める
クルマの本質を理解する上では、極めて短い時間に起こる車両の挙動も重要になる。
森田氏は、滑りやすい凍結路へ入った瞬間を例に挙げた。わずか1秒にも満たない時間の中で、ドライバーがクルマをコントロールしやすいかどうかによって、そのクルマに対する信頼感は大きく変わる。
一瞬の挙動に対して「このクルマなら信用できる」と感じてもらえるか。そこには、日頃から積み重ねてきた車両制御の作り込みが表れるという。
中路氏は、自動運転にも「上手な自動運転」と「下手な自動運転」があると語る。その違いを生むのは、最終的には制御対象となるクルマの扱いやすさだ。
自動運転システムが狙った通りにクルマを動かすためには、操作に対してリニアで予測しやすい応答をする車両を準備しなければならない。さらに、それを乾燥路だけでなく、雪や氷を含むさまざまな路面で実現する必要がある。
そこで生きるのが、SUBARUがこれまで積み上げてきた車両制御の知見である。
SUBARUではクルマだけでなく、人間の運転や感覚も研究対象としてきた。人間にとって運転しやすいクルマと、機械にとって制御しやすいクルマの違いも理解している。そうした蓄積があるからこそ、SUBARUにしか作れない自動運転や運転支援を実現できると中路氏は話す。
もっとも、開発に終わりはない。
片平氏は、イベントの前週に訪れたアメリカでも、現地から早速「ここのアイサイトは良くない」と指摘を受けたことを明かした。中路氏も、「もう少し良くできるのではないか」「まだやれることがある」と改善を続けていく姿勢を示した。
電動化しても変わらない「SUBARUらしさ」
エンジンからモーターへ動力源が変わる電動化の時代に、SUBARUらしさはどのように残していくのか。
森田氏は、その答えは車両の挙動やキャラクターをどのように作り込むかにあると説明する。
SUBARUのソルテラと、トヨタのbZ4Xは、共同開発によって生まれた基本骨格を共有している。しかし実際に乗り比べると、車両の姿勢の作り方や、ドライバーの操作に対する挙動には違いがあるという。
どちらが優れているという話ではない。各社が目指すクルマの個性が異なるのである。
SUBARUが目指すのは、四輪駆動車らしい安心感を持ちながら、ドライバーが狙ったラインを正確に走れるクルマだ。オーバーステアにもアンダーステアにも偏らず、意思通りに曲がっていく。そのキャラクターを作り込むことが、電動化時代におけるSUBARUらしさにつながるという。
中路氏は、人がクルマをどう感じるかを単なる感覚論で終わらせず、物理現象へ落とし込んで理解することが重要だと話す。
例えば、メカニカルなAWDがなぜ良いのか、具体的に何が優れているのかを、SUBARUは物理や数値によって理解している。だからこそ、駆動源がエンジンからモーターへ変わっても、従来の構造をそのまま再現するのではなく、その良さの本質を新しい技術で実現できる。
片平氏は、車両のチューニングは一部の運転上級者だけを基準に決めているわけではないと補足する。
中路氏や森田氏は高い運転技術を持つ一方、片平氏自身は、同じ水準のチューニングでは北海道の雪道を走れないと率直に語った。だからこそ、誰にとって、どのような状態が良いクルマなのかを考え、対象となるユーザーに合わせてチューニングしているという。
中路氏は、フォレスターやクロストレックのような車種でも極限状態まで検証していることを紹介した。
一般のドライバーにとって扱いやすいだけではなく、その先の領域でも乗りやすく、楽しいクルマを目指す。通常の使い方では必要ないように見える領域まで作り込むことが、結果的に日常の安心感にもつながっている。
森田氏は、そうした極限状態は、ドライバーが意図していなくても突然訪れる可能性があると説明する。想定外に滑りやすい路面へ入り込んだ時、その領域まで作り込まれているかどうかによって、ユーザーがクルマに抱く印象は大きく変わる。
クルマは、命を乗せて人を移動させるもの
セッションの最後に議論されたのは、「クルマの本質とは何か」という根本的な問いだった。
片平氏は、SUBARUのユーザーにはアウトドアを好み、アメリカでは携帯電話の電波が届かない場所まで走っていく人も多いと話す。そうしたユーザーが求めるのは、過酷な環境でも走り続けられるタフさである。
一方、街中を中心に走るユーザーは、華やかさや先進的な体験を求めることもある。将来的には、ユーザーの用途や価値観に応じて、必要な機能や体験を選択できるようにすることも考えられるという。
ただし、中路氏は、クルマはゲーム機でも家電でもないと強調する。
クルマは、お客様の命を乗せて人を移動させるものだ。安全なクルマを、できる限り多くの人が購入できる価格で普及させることが、自動車メーカーの使命である。
IVI(車載インフォテインメント)のようなデジタル機能も重要だが、多機能であることだけを追い求めればよいわけではない。ユーザーにとって使いやすく、分かりやすく、必要十分な機能を、適切な価格で提供する必要がある。
「パソコンを使いたいのであれば、パソコンを使えばいい。必ずしもクルマで行う必要はない」
その言葉は、技術を搭載すること自体を目的にするのではなく、クルマとして本当に提供すべき価値を見極めることの重要性を示していた。
エンジニアのこだわりと、商品として成立させるための判断。両者は時に激しくぶつかり合う。しかし、その先にある「お客様の笑顔」という共通の目的に向かい、SUBARUは一台のクルマを作り上げている。
Q&Aセッション
Q. 次世代ステレオカメラを用いたADASは開発しているのでしょうか。また、トヨタのTSSを採用するのでしょうか。
片平氏:次世代ステレオカメラを用いたADASについては、AMDと共同開発している半導体を搭載した製品を現在開発しています。まずは、その製品を世に出したいと考えています。
一方、当社にはトヨタから車両ごと供給を受けている製品もあり、そちらにはTSSが搭載される形になります。アイサイトの性能には自信を持っていますので、自社製品には可能な限りアイサイトを搭載する方針です。
Q. 今後、車両の制御もAIが出力するようになるのでしょうか。
片平氏:ここは、なかなか難しいポイントです。当社は従来型の制御ソフトウェアを持っていますが、同時にAIを活用した開発も進めています。基本的には、両者を組み合わせた形で製品化していく予定です。
Q. AMDやインフィニオンとの半導体開発では、SUBARUと各社の役割をどのように分担しているのでしょうか。
片平氏:AMDとの半導体開発では、SUBARU独自のロジックをカスタム機能として搭載しています。その部分については、SUBARU側から半導体回路に相当する設計を提供し、AMDと共同でカスタム製品を開発しています。
インフィニオンとも、かなり踏み込んだ議論を重ねながら製品を作っています。そのため、当初インフィニオンが想定していた製品から、バリエーションが少し広がっています。
Q. 半導体を高性能で動かすと発熱や冷却が課題になります。どのような対策を考えているのでしょうか。
片平氏:発熱は課題になります。冷却方法としては、水で冷やす水冷と、空気で冷やす空冷の二つがありますが、SUBARUでは空冷を目指しています。そのため、空冷で収まる範囲に性能や発熱をうまく調整する技術が必要になります。
データセンターでは水冷が使われ、部屋全体にも空調が効いていますが、クルマで同じ環境を作るのは簡単ではありません。ただし、EVのように、もともとバッテリーを冷却するための機構を持つクルマでは、水冷を活用できる可能性があります。
森田氏:水冷用の配管を追加すると、詰まりなどの問題も考えなければなりません。また、コストや搭載スペースの制約にも跳ね返ってきます。幅広いお客様に使っていただけるクルマへ搭載することを考えると、本格的な採用はまだ先かなと思っています。
Q. アイサイトは最終的に自動運転を目指しているのでしょうか。それとも、運転を楽しんでもらうために、現在の機能を拡充・改良していく方針なのでしょうか。
片平氏:少なくとも次の製品までは、交通死亡事故ゼロを目指すという基本姿勢を守りながら、開発を続けていきたいと考えています。
一方で、ご自身で運転するよりも、自動運転の方が安全になる方もいらっしゃるという議論もあります。今後は、そうした領域についても検討を始めていく状況です。
Q. BRZは、レヴォーグなどと比べてアイサイトの機能が限定されています。これはなぜでしょうか。
中路氏:BRZはマニュアルトランスミッション車なので、人間がギアチェンジを行う部分と、運転支援機能を両立させる難しさがあります。
また、スポーツカーは「引き算」のクルマでもあります。何を最も重視するのかを考えたとき、BRZでは運転そのものを楽しんでいただきたい。長距離を走る際の安心・安全を提供する価値としてアイサイトを搭載していますが、まずは運転を楽しんでいただきたいと思っています。
長距離を走る際には、ぜひレヴォーグももう一台ご購入いただければと思います(笑)。
Q. 水素エンジンや新しいパワートレインの採用によって、出力特性や車両挙動が変化した場合、運転支援システムやブレーキアシストの制御にも影響が出るのでしょうか。アイサイトをどのように適応・進化させていくのでしょうか。
森田氏:今後のパワートレインも、ADASや自動運転が求める応答性能や動力性能を満たすものとして開発されます。そのため、パワートレインが変わることによる影響については、そこまで心配しなくてもよいと考えています。
Q. HILSメーカーとの協業において、アイサイト向けに特別な要望を出しているのでしょうか。
片平氏:HILSは、ハードウェアのユニットを接続してテストを行う環境です。一方、SILSはソフトウェア上で行うシミュレーションです。
アイサイトの開発では、HILSもSILSもすべて内製しています。HILSについては、CGで画像を生成し、車両制御まで自動で確認できる仕組みを社内で構築しています。かなり高いレベルの環境になっていると思います。
また、カメラシステムには画像を正確に記録する仕組みが入っています。そこで収集したデータを使い、大規模なサーバー環境を構築してシミュレーションを行っています。
Q. 今後5年、10年を見据えたとき、技術面以外で最も重要になるスキルは何でしょうか。
森田氏:個人的な見解ですが、まず不可欠なのは、コミュニケーションをはじめとする基本的な能力です。
それ以外では、論理的に考える力や、システムエンジニアリングのプロセス、物事の捉え方は外せないと思います。その上の知識として、セキュリティや機能安全など、自動車開発で避けて通れないプロセスも必要になります。ただし、ベースラインになるのは、やはり思考力だと考えています。
Q. 地政学リスクや政策転換、現地生産・雇用比率へのコミットを求める政策など、自動車メーカー各社が悩むテーマに、エンジニアはどのように向き合うべきでしょうか。
中路氏:エンジニアに限った話ではないと思いますが、重要なのはエンジニアリングに関する技術リテラシーです。
物理的な限界を超えることはできません。新しい政策が打ち出されたとしても、各社が物理限界を超えられないことが明らかになれば、政策の側が見直されることもあります。
そのため、提示された未来がエンジニアリングの観点から本当に実現可能なのかを、常に見極めておくことが重要です。それがなければ、次々と打ち出される政策のすべてに振り回されてしまいます。
燃費規制やバッテリーの普及を考える上でも、エンジニアリングの知見は不可欠です。
森田氏:情報収集も重要です。自分たちの思い込みだけで判断していると、井の中の蛙になってしまいます。
社外へ出て、幅広い業種を見ながら、さまざまな場所から情報を得る必要があります。公開情報だけを見るのではなく、より現場に近い人たちへ直接話を聞きに行くことも大切だと思います。
片平氏:私たちも半導体メーカーへ直接話を聞きに行くことがあります。実際に足を運ぶだけでも、先方は歓迎してくれて、さまざまな情報を共有してくれます。公開情報だけを見ている場合とは、得られる情報がまったく違います。
Q. SUBARUには、こだわりの強いエンジニアが多い印象があります。そうしたメンバーを、どのように一つのチームとしてまとめているのでしょうか。
中路氏:みんなこだわりが強く、なかなか言うことを聞かないので、本当に大変です(笑)。
ただし、それぞれのこだわりをうまくまとめていくと、非常に良いものになります。一人ひとりの話を聞き、現場へ行き、じっくり話し合う。その上で、駄目なものは駄目だと伝えながら、意見を吸い上げてまとめていきます。地道に取り組むしかありません。
森田氏:それぞれに異なるこだわりがあっても、議論を続けていくと、最終的には良いものへ収斂していく感覚があります。
根底に「技術者である」という共通点があるからこそ、きちんとコミュニケーションを取りながら、一つの方向へまとめていけるのだと思います。
中路氏:感情論ではなく、技術論で話ができます。目指す方向が一致すれば、途中でぶつかり合っていても、最終的には「確かにそうだ。あなたが正しい」と互いに納得できます。
片平氏:技術について正面から議論すると、最終的には「それをどうやって実現するのか」という話になります。
マネジメントが大変なのは確かですが、最後には必ず目指す方向が合う。それがSUBARUの良いところだと思います。
※所属組織および取材内容は2026年6月時点の情報です
文=坂本 奈穂(TECH PLAY-X)
株式会社SUBARU
https://www.subaru.co.jp/
株式会社SUBARUの採用情報
https://www.subaru.co.jp/recruit/
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