量販価格帯で挑む一般道自動運転、SUBARU Labが重ねる試行錯誤
自動運転の性能追求と、量産車として成り立たせるためのコストや消費電力の抑制。両立の難しさに、多くの自動車メーカーが頭を悩ませている。センサーを増やせば性能は上がるが、価格は跳ね上がる。AIを大きくすれば認識は伸びるが、車載半導体には制約がある。 株式会社SUBARUのソフトウェア開発拠点であるSUBARU Labは、渋谷を舞台にこの難題に挑んでいる。ステレオカメラ、経路AI、操舵制御という3つの技術を軸に、量販価格帯の車両の一般道自動運転を実現するためのPoCを日々回している。本記事では、37年続くアイサイト開発のこだわりから、交差点や雪道に挑む経路AIの開発、モデル予測制御を用いた操舵制御開発の実態までを紹介する。自動運転の性能追求と、量産車として成り立たせるためのコストや消費電力の抑制。両立の難しさに、多くの自動車メーカーが頭を悩ませている。センサーを増やせば性能は上がるが、価格は跳ね上がる。AIを大きくすれば認識は伸びるが、車載半導体には制約がある。
株式会社SUBARUのソフトウェア開発拠点であるSUBARU Labは、渋谷を舞台にこの難題に挑んでいる。ステレオカメラ、経路AI、操舵制御という3つの技術を軸に、量販価格帯の車両の一般道自動運転を実現するためのPoCを日々回している。本記事では、37年続くアイサイト開発のこだわりから、交差点や雪道に挑む経路AIの開発、モデル予測制御を用いた操舵制御開発の実態までを紹介する。
アーカイブ動画
誰もが恩恵を受ける「ダム」を目指すステレオカメラ
37年にわたり続くアイサイトの歴史には、事故を防ぐという1つの目的に向けて、性能・コスト・消費電力を合理的に選び取ってきた軌跡がある。量産開発現場を長く率いてきた田村悠一郎氏が、SUBARU Labで進めている次世代アイサイトにむけたPoCの中身を語った。
株式会社SUBARU
ADAS開発部 兼 技術研究所
主査
田村 悠一郎(たむら ゆういちろう)氏
アイサイトを作る部署から、渋谷のSUBARU Labへ
田村氏は2006年にSUBARUへ入社し、2008年からアイサイトの開発に携わってきた。アクティブレーンキープやツーリングアシスト、レーンチェンジといった機能の白線認識開発、そして認識開発全般のとりまとめを担当。量産開発の苦労を重ね、2020年には高速道路領域で十分に動くシステムに到達した。
その先にある一般道自動運転へ挑戦するため、田村氏はSUBARU Labへ移った。ADASの実験や設計のメイン部隊は群馬の太田本工場、ステレオカメラのハードウェアと認識ソフトの下回りは三鷹事業所、そしてAIや研究要素の強い開発は渋谷のSUBARU Lab。3拠点で役割を分けながら、コネクトやインフォテインメント領域も合わせて開発できる体制を整えている。
SUBARU Labの特徴は、渋谷にありながら試験車両を持ち込み、エンジニアファーストで自由闊達に研究開発が進む風土にある。
「ダム」というアイサイトのフィロソフィー
ステレオカメラの開発は1989年から始まり、37年の歴史を持つ。その歴史の中で田村氏が振り返るポイントは2つある。

1つは、ステレオカメラとミリ波レーダーをフュージョンした商品を売り出した時期があったこと。カメラの識別性能とレーダーの測距性能を組み合わせて高い性能を出したものの、コスト増で普及が進まなかった。2つ目は2003年に採用したレーザーレーダーによる全車追従クルーズコントロール。高速道路のACCとしては良かったが、歩行者や自転車といった柔らかい物体の検知が難しく、さまざまな事故形態には対応しきれなかった。
こうした経緯から、2008年に再びステレオカメラを採用した現在のアイサイトが登場する。田村氏は、SUBARUのフィロソフィーをこう表現する。

「1本何千円もするミネラルウォーターは、それはそれで大変美味しくてお値段以上の価値があります。でもSUBARUのステレオカメラはそうではなく、できるだけ多くのお客様の事故を防ぎたい。水で言えばダムを目指しています」
だからこそ、ステレオカメラはSUBARUの全車両に標準装備されている。事故を防ぐという目的に合理的に必要なことをやっていく——この「目的合理性」がステレオカメラのこだわりだ。
半導体まで及ぶ、目的合理性のこだわり
ステレオカメラは右と左のカメラから三角測量の原理でピクセル単位の距離を算出する。田村氏が示した古いステレオカメラの認識画像には、高速道路の路肩の壁の認識が不安定になる箇所があった。当時のシステムの目的は歩行者や自転車へのブレーキ、白線による逸脱警報だったため、目的に不要な対象物の認識性能にはそれほど力を入れていなかったのだという。
目的合理性は半導体領域にも及ぶ。次世代アイサイト向けにAMDと協業してSoC(System on Chip)の最適化を進めており、SUBARUに必要な論理回路をチップに追加し、不要な回路は削減する。飛び出し事故に対応するためにフレームレートを速めつつも、電力消費とコストを抑える設計だ。

昨今のアイサイトの目的は、事故防止に加えて運転負荷軽減がある。プリクラッシュブレーキ、全車追従クルーズ、アクティブレーンキープ、そして自動運転機能へと、2つの目的に向かって合理的に開発を進めている。

性能を追い求めた先にある悩み
高い性能を追い求めると、悩みも生まれる。米国の自動運転トップブランドや中国のBEV(バッテリーEV)に搭載されるEnd-to-End(E2E)型の自動運転は、前方カメラを2〜3個、側方や斜方にも複数、さらにレーダーを組み合わせ、大規模なAIで処理して高い性能を実現している。しかしそれはコストや消費電力に大ダメージを与える。「我々はダムになろうと言っているのに、大きな障害になってしまう」と田村氏は言う。

さらに悩ましいのは、センサーを増やせば必ず性能が伸びるわけではないという事実だ。たとえば、前方カメラを追加して歩行者認識機能を開発し、95%の認識率を達成したとする。しかし、真っ暗な夜間で検出が難しいなど、レアシーンで問題が見つかる。対策としてゲインを上げるがノイズが増える。別のセンサーやスペックが必要なのかという議論によく発展する。それゆえセンサーの選定では、リアルワールドの様々なシーンをソフトウェアと合わせて評価して、が目的を達成できるのかを確かめることが重要な課題となる。

そういった悩ましい課題がある一方で量産開発では、ハードウェアやセンサーのスペックなどは特に早い段階でfixされる。そして、一度決まると変更は難しい。この痛みを長年経験してきたからこそ、田村氏はソフトもハードも自由に変更できる実車PoC環境の必要性を痛感していた。
変更自在の台車で目的達成を検証する
SUBARU Labでは、ソフトとハードを繰り返し変えながら目的を達成できるかを検証する「機能検証の台車」を用意している。目指すのは、アイサイトXの安全と低い運転負荷を、高速道路の単調なシーンから複雑な一般道まで拡張することだ。

前方系センサーはカメラ・ミリ波レーダー・LiDARそれぞれに特徴がある。カメラは識別性能に長けるが測距性能はやや不十分で、最近はAIによってレーダーやLiDARに肉薄している。ミリ波レーダーは長距離、LiDARは中距離で横方向の分解能が高い。側方センシングでもマルチビューカメラ、斜方カメラ、ミリ波レーダーが選択肢になる。アイサイトXは側方にミリ波レーダーを採用している。

地図は高精細なHDマップと、道路単位に1本のリンクで構成されるSD地図(ナビ地図)がある。HDマップは高速道路では整備されているが、全国の一般道まで広げるとカバーが難しい。

そういったセンサーや地図の種類がある中、SUBARU Labの具体的な検証例として、5年以上前に取り組んだ試験車インプレッサがある。ステレオカメラの画像をNVIDIAのJetson Xavierで処理し、内製の地図ロケーターでHDマップと連携させ、制御ユニットMicroAutoBoxで車両を制御した。その後、より広い範囲で制御が可能な試験車両としてレヴォーグでは、Jetson Orinへアップデートし、AI処理を強化してSD地図に切り替えた。地図処理も認識処理も内製のため、こうした変更は容易に行える。こういった変更を繰り返しながら、お客様の運転負荷軽減という目的が達成できるまでハードとソフトのトライアンドエラーを繰り返す。

米国での走行動画では、SUBARUの実際の走行や比較動画として米国他銘の走行風景の様子が紹介された。米国は道路幅が広く、ドライバーがセンターライン寄りを走る特性がある。「アメリカで道路幅が広い場合、比較的センターラインに寄って走られる」と田村氏。現地のドライバー特性を踏まえてソフト・ハードを直していく。
「欲しい」と思ってもらえるかを最優先に
開発サイクルは、実車試験・シミュレーションで課題シーンを抽出し、データのクレンジングとアノテーション、AI学習、ソフト修正、評価、そして再び実車という流れを高速に回す。ソフトで取り切れない問題はハードで直す。日本と米国で同じスペックの車両を用意し、目的を達成するまでサイクルを回し続ける。

田村氏がPoCで最も大切にしているのは、お客様が「欲しい」と思っていただいたり、「買ってよかった」と思っていただけるかどうかだ。

「我々がハンドルを握って試験して、自分たちで欲しいと感じられないプロダクトになりそうなプロジェクトならは到底進められない」。だから進捗はPowerPointの資料やデータではなく、実車での試乗会で評価を確認する。欲しいと思っていただけるかは、コストも重要であることから、PoCの初期から使用するハードのコストを意識する。また、全車種に載せられるよう製造ラインの対応を考慮しながら実験部署が納得できる性能を狙う。
目的に特化した内製化で、ダムを目指し続ける
SUBARUが実現すべき目的に特化して、ハードや認識・制御ソフトを内製化する。コストや電力消費量を抑え、できるだけ多くのお客様に届ける。SUBARU Labが日々挑んでいるのはそのためのPoCだ。
続く2つのセッションでは、その具体例として、経路AIの認識開発と、モデル予測制御を用いた操舵制御開発の現場が語られていく。
交差点と雪道に挑む経路AI開発のリアル
複雑な道路環境で、量販価格帯の制約を抱えたAIによる認識をどう成立させるか。交差点や雪道といった具体的な課題シーンをもとに、原因分析と対策の意思決定プロセスを、経路AI開発チームリーダーの宗形敦樹氏が語った。
株式会社SUBARU
ADAS開発部
チームリーダー
宗形 敦樹(むなかた あつき)氏
経路AI立ち上げ初期から歩んだキャリア
宗形氏は2019年に新卒でSUBARUへ入社し、経路AIの立ち上げ初期からAI開発を担当してきた。2020年にSUBARU Labへ異動し、2025年からはチームリーダーとして経路AI開発のマネジメントを担う。SUBARUのアイサイトはセンサーから認識・制御、車両制御系まで一連を内製で開発しており、宗形氏はそのなかでも認識、特にリアルワールドの複雑な道路環境における自動運転用AIモデルの開発を担っている。
リアルワールドの複雑さとは何か
「リアルワールドの複雑な道路環境」を具体的に見ていくと、難しさは至るところにある。

交差点内には白線のような目印がなく、前後の少ない情報から経路を判断しなければならない。木漏れ日は白飛びや影を生み、中央線や路肩が認識しづらくなる。ゼブラゾーンや急カーブでは、直線から急激な形状変化を認識する必要がある。米国の広い道幅の道路では、日本人の感覚だと2〜3車線と感じるような道路が北米では1車線と考え、ドライバーは少し左寄りに走る。その「少し」がどれくらいかを判断するのが難しい。1車線が急に3つに分岐するシーンでは、どこに侵入すべきか判断が求められる。
「リアルワールドはバリエーション豊富で、非常に難易度の高い道路環境が多い」——宗形氏はそう表現する。だからこそ、高度な判断が可能なAIによる認識が必要だと考えている。
AIをどこまで活用するか、3つのパターン
AIの活用方法を3つ紹介する。

1つ目は、AIで白線や車を認識し、その結果をルールベースのCPU処理で経路化する方法。説明性が高く、デバッグや課題対応がしやすい反面、複雑なシーンへの対応に限界がある。
2つ目は、AIから直接経路を出力する方法。AIへの依存度が上がり性能は伸びるが、経路生成過程がブラックボックスになるため説明性が下がる。
3つ目は、AIから直接ステアリングの舵角をEnd-to-Endで出力する方法。性能は最も高いが、説明性と課題対応がさらに難しくなり、車種ごとの適合という新たな問題も生まれる。
今回は、SUBARU Labが取り組んでいるのは、2つ目のAIから経路を直接推論するアプローチを紹介する
経路の正解データを大量生成する仕組み
AIには画像と「この画像でどんな経路を引くべきか」の正解をセットにして大量に学習させる必要がある。SUBARUでは、元画像に対して自車線の左右の境界をアノテーションし、アイサイトから生成される視差画像を使って実空間上の経路を生成するスキームを確立している。これによって大量の正解データを生成し、AI性能を日々高めている。

初期のAIは、白線がはっきりしたシーンでは動いた。しかし交差点、雪道、ゼブラゾーンでは正しい経路が引けず、課題が残った。

AIが間違える5つの原因
対策に入る前に、AIが間違える原因を宗形氏は5つに整理している。
- 学習データに類似シーンが入っていない
- 正解データに一貫性がなく、AIが混乱する
- 過去や周辺等の認識に必要な情報がAIに入力されていない
- モデルサイズや構造が複雑さに対して不十分
- 大量のデータを入れただけでは覚えてくれない(学習の工夫が必要)

「起こった課題シーンによって、どれが原因かは変わります。適切な原因を見極めて対策していくことが重要になります」
3つの手法をどう取捨選択するか
交差点内は、目印がなく、手前と先を結んで経路を引かなければならない。真っすぐ入ると隣車線に侵入してしまうケースもあり、しっかり認識する必要がある。

AI分野はトレンドや論文が無数にあり、全部に対応する時間はない。「そのなかからいかにいいものを取捨選択するかがエンジニアの腕の見せどころ」だと宗形氏は言う。今回、宗形氏が候補に挙げたのは3つの手法だ。
- Transformer(トランスフォーマー):Attention(アテンション)機構で画像上の注目箇所を精査
- 3D Gaussian Splatting:画像から3D空間への変換で新たな画像を生成
- Mixture of Experts(MoE):出力を専門特化させ性能を上げる

どれを優先するかを判断する観点も、宗形氏は4つに整理している。課題への効果の大きさ、開発工数、ハードウェア制約、他シーンへの影響だ。特にAI開発ならではのポイントとして、ハードウェアリソースを常に意識すること、課題以外がデグレしていないかを必ず確認することを挙げた。加えて、課題そのものに固執せず「AIの頭をシンプルに良くする」対策も効果的だという。

3つの手法を評価すると、Transformerは実績があるがデータ量・演算量が大きくハードウェア制約をクリアするハードルが高い。3D Gaussian Splattingは効果が高く、学習データを増やす手法のためハードウェア制約とは無関係で優先度が高い。MoEは演算量やデータ量が増える点でやや優先度が下がる。総合評価に基づき、まず3D Gaussian Splattingから着手した。

生成画像で交差点課題を解決
3D Gaussian Splattingでは、直進した交差点の画像から、オフセットした交差点やカーブした交差点の画像を生成できる。こうした変則的な交差点は特定地域に密集しているわけではなく、いろんな地域に転々と存在するため、実車でデータを集めるのは大変だ。生成できるメリットは大きい。

大量に生成した画像で学習させると、オフセット交差点で真っすぐ進んでしまっていた挙動が形状に沿うようになった。カーブでも隣車線の矢印に取られていたのが改善した。「AI開発というとテクニカルなことをやるイメージがありますが、このようにデータをひたすら集めるだけでも改善することが多いです」と、宗形氏は強調する。
AIが「大好物」とする黒白コントラスト
雪道は、広い道路でどこを走ればいいのか一意に決めにくい。周辺の交通状況やドライバーの主観で走る位置が変わり、白線のような目印もない。「人間でも判断困難な一意な経路を判断・決定する必要がある」難しさがある。
初期のAIは、黒い路面と白い雪の境界に強く反応した。轍がくっきりしたシーンでは走れるが、雪がまだらだと右端のはっきりした境界に飛びつき、隣車線のくっきりした轍にも取られる。「もうAIの大好物で、すぐに認識してしまった」

実施した対策は主に2つ。1つは正解の一貫性を見直すこと。従来はドライバーが轍を見て走ることが多いため、轍の縁を正解にしていた。するとAIも「コントラストの強い縁を見ればいい」と学んでしまっていた。そこで4つの画像パターンでも一貫して使える汎用的なルールに変更した。もう1つはモデルの変更で、経路推定に重要な情報を保持できるよう、Transformerにも使われるSelf-Attention(セルフアテンション)機構を一部追加した。
北海道のテストコースで撮った走行動画では、一面雪の路面や日差しの強い白い雪でも、ハンドル操作なくスムーズにカーブを曲がる様子が示された。
雪道といえばSUBARUという原点
雪道対応を独りよがりの研究に見せないため、宗形氏は背景を語る。北海道や米国のコロラド州のような豪雪地帯にはSUBARU車が多く、「昔も今も、雪道といえばSUBARU」と感じてくれているお客様が多い。「そういう地域のお客様に満足していただきたい」——その気持ちを込めて、難しい雪道にも挑んでいる。
原因を吟味し、AI開発ならではの観点で選ぶ
交差点と雪道の例を通じて、宗形氏は原因の吟味と対策選択の重要性を強調した。トレンドや論文が無数にある中で、間違った選択をすれば効果は出ない。AI開発ならではの観点をしっかり入れて対策していく。
次のセッションでは、この認識結果を受け取って車両を動かす操舵制御の開発現場が語られる。
走っては試す一般道操舵制御の開発現場
認識で得た前方の点列を、そのまま制御の入力として生かす。SUBARU Labが取り組む新しい操舵制御アプローチをモデル予測制御の理論とともに、金井聡吾氏がひもといた。
株式会社SUBARU
ADAS開発部 兼 デジタルカー戦略PGM
主査
金井 聡吾(かない そうご)氏
アイサイトのすごさに惹かれてSUBARUへ
金井氏は2015年にSUBARUへ中途入社した。前職で運転支援に携わっていた頃からアイサイトの評判が耳に入っており、それが入社の決め手だったという。以来10年以上、ADAS開発部で自動運転技術の操舵制御開発に従事し、ツーリングアシストやアイサイトXの操舵制御機能を商品化してきた。2026年現在はアイサイトのHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)制御開発の主査を務めつつ、操舵制御開発全体の取りまとめ、SUBARU Labの操舵制御開発チームのリーダーを兼務する。
アイサイトの制御開発は「全部」内製
アイサイトで「制御」と呼ばれる領域は幅広い。システムの状態遷移、走る・曲がる・止まるの車両制御、異常検知時のフェイルセーフ処理、HMI要求を出す判断部——これら全てを制御として開発している。SUBARUはほぼすべての領域を内製で開発しており、お客様に提供したい機能の動作を自分で考え、車両として実現するところまで一貫して手掛ける。
従来手法「近似+古典制御」の限界
現在の量産されている商品は高速道路が主軸としている。高速道路は道路形状の規格が厳しく決まっており、比較的シンプルな構造をしている。カメラで検出した白線を2次近似で表現し、道路曲率・横位置偏差・ヨー角を使って古典制御で作り込む。曲率からフィードフォワード的に舵角を求め、ヨー角と横位置のフィードバック項で車線に平行かつ車線中心付近を走らせる。

このアプローチは処理が軽く、ゲイン調整が直感的で分かりやすい。しかし複雑な道路形状では近似が破綻し、シンプルな道路と複雑な道路を両立するパラメーターの作り込みも難しい。作動範囲を広げようとすると、限界が見えてくる。

具体的な課題として、屈曲するカーブでは近似で綺麗な形状表現ができない。旋回中は車両の向きと進行方向がずれる「滑り角」があり、速いハンドル操作では車がリニアに応答せず、精密な制御を邪魔する。作動範囲拡大には、これらの誤差を扱う仕組みが必要になる。
認識の点列を直接生かすMPC
SUBARU Labが取り組む新アプローチは、近似せずに認識で得られた前方の目標点列をそのまま制御の入力として活用する形だ。点列に対して自車がどんな向きでいたいか、どんなヨーレートを持ちたいかという目標挙動を作り、車速や舵角の情報から精密に自車の挙動を推定する。ここでモデル予測制御(MPC)を活用している。

MPCは、自車が走る軌跡の状態と目標状態を、たとえば2秒や20mといった予測区間で算出し、その誤差が最小になる入力を逐次計算する手法だ。目標状態には認識から得た進行方向の座標と姿勢を使い、自車推定には車両モデルによる状態空間モデルを用いる。

具体的には一般的な2輪モデルの運動方程式から、タイヤ角に対するヨーレート、自車のXY座標、姿勢を算出する式を導き、状態空間モデルに落とし込む。現在の車両状態とハンドル角の入力から次の状態を予測し、必要な情報(ヨーレート・ヨー角・横位置)を観測式で抜き出す。予測区間分をまとめて行列で計算することで、任意の時間先まで一気に状態を求められる。

評価関数にはQとRという重み行列が現れる。Qは目標状態への重みで、たとえば横位置を重くすれば位置ずれが小さい方向に最適化される。Rは入力への重みで、ハンドル角を重くすれば動きが滑らかになる代わりに横位置成績が悪くなる。「状態空間モデルの作り方とQ・Rの調整で、どんな車両挙動を作り込みたいかを表現していく」

検討・実装・机上検証・実車検証をガンガン回す
車両挙動の作り込みは、要件の検討・実装・机上検証・実車検証のサイクルを回す。カーブ中の修正舵角を減らしたい、横位置変動を抑えたいといった要件から、どんな要素を追加すれば良くなるかを考える。旋回中の角度を状態モデルに追加すれば挙動が安定するのではという仮説を立て、モデルに実装する。

パソコン上のクローズドループで実車を模擬した机上検証で効果を見て、うまくいきそうなら実車データ計測で検証する。ダメだったら戻ってやり直し、うまくいけば次の課題へ進む。「自分で試せるので、もっとこう走らせたいという要件が細かく想像できる。自分の思い通りに車両が動いて性能進化するのを身をもって体感できる楽しさがあります」
実車データ計測の様子として、北米一般道で白線のない道路の急カーブや、路駐車両をよけながら次の急カーブに向かうシナリオが紹介された。
演算負荷とパラメーター調整という残された課題
PoCは回っているが、クリアすべき課題は残る。MPCは処理の演算負荷が高くなりがちだ。アイサイトが持つ衝突回避技術など他機能と両立するため、性能を落とさずに最適化回数や予測時間を絞り込む必要がある。パラメーター調整も、現代制御は古典制御に比べて人間の直感からやや離れる。人が細かく調整しなくても、どんな車両でも性能を確保できる手段を検討している。

「自分で作ったものを量産化して、お客さんが運転が楽になったという声や、SUBARUの自動運転はすごいというリアクションをもらえることが一番のモチベーションです」
認識と手を組んで、精密な車両制御へ
AIの認識結果を活用し、これまで以上に精密な車両制御を実現する——SUBARU LabではPoCを高速に回しながら、実現に向けた課題出しと解決策の検討を並行して進めている。
このあとの質疑応答では、内製化の方針や網羅性の担保、ステレオカメラへのこだわりなど、視聴者からの鋭い質問に3名の登壇者が答えていく。
Q&Aセッション
Q. ソフトの規模が大きく複雑になるなかで、これからも内製化にこだわるのか。アウトソーシングするならどんな方針か。
田村氏: 全部内製化すると開発費がかかってしょうがないので悩んでいます。画像認識のようなシステムは入力が無限で、リアルワールドの天候や時間などが要求仕様として定めにくいので、できる限り内製化して課題を早く巻き取れるようにします。一方でアイサイトのADAS系全部を内製化しているわけではなく、入力がシンプルでソフト変更の頻度が少ないシステムはサプライヤーさんにお任せもしています。変更頻度と要求仕様の作りづらさで判断しています。
Q. 交差点や広い道幅などの課題シーンでは、標識を参考にすると思う。ステレオカメラは標識画像を拾うのか、SD地図の標識情報を参照するのか。
田村氏: 世の中には2通りの方法があると思っています。地図の情報で標識のようにあらかじめ分かっているものは、それをAIに入れる方法もCPUで処理する方法もあります。一方、画像単体で実現するアプローチの研究開発も進んでおり、VLA(Vision-Language-Action、映像や言語から運転動作まで推論するAIモデル)という新しいAIモデルは標識や看板の意味まで理解して運転行動のアクションまでを出力できる。ただパラメーター数と計算量が大きく、車載に持っていくにはもう少し時間がかかると考えています。今後、実際にSUBARUがどうするかは答えづらいですが、そういった選択肢をとる可能性もあると思っています。
Q. AIが出す答えは100%期待通りとは限らない。そこの許容値はどう決めているのか。
宗形氏: AIはブラックボックスなので、絶対に正しいということはありません。今のAI技術では、出力の信頼度を数値で出したり、標識をちゃんと認識して分かった上で認識しているかを参照したりして、信頼度を判定していく方法があります。それでも100%信頼するのは難しいので、既存のルールベースのCPU処理と組み合わせて、AIが言っていることとCPUが言っていることが大体一致しているかを見たりします。詳細や許容値はお出しできませんが、間違った認識で車の挙動を作らないよう、安全性を考えて研究開発を進めています。
Q. 雪道で脇の積雪が日差しで路面に影を作り、影の陰影を誤認識しそうだが大丈夫か。時間により影の範囲も変わる。
宗形氏: 大丈夫なんでしょうかと聞かれると、駄目です。特に初期の頃はコントラストの強い影と白い雪の間はAIの大好物で、すぐ認識してしまいました。対策はまずデータのバリエーション。影がある位置でも違うところを認識してほしいというデータをたくさん集めます。モデルや学習の工夫で、影ではなく違うものを注目させる教え方もしています。面白かった事例では、テストコースを何十回何百回と走ってきたのに、あるカーブの白線延長線上にちょうど綺麗に影が乗ったタイミングで奇跡的に変な動きをしたことがありました。1回走れたからOKではなく、しっかり走り込んでリアルワールドでいつでも性能を出せるようにすることが大事な要素です。
Q. モデル予測制御について、滑り角やステップ入力と応答のズレは、評価式のどの因子で是正されるのか。
金井氏: 状態空間モデルで式を立てるところで、滑り角の演算や応答遅れを再現する車両モデルを数式として立てた上で、最適化計算をかけています。そのなかでずれや誤差を保証して最適な舵角を出す形になっています。
Q. どんな高度な自動運転でも、運転手の感覚に合わないと不快な乗り心地になる。評価や作り込みはどうしているのか。
金井氏: おっしゃる通りで、機械的な動きをされると違和感があり、人間っぽい動きをしないと安心感がありません。作り込みは群馬にある実験・評価部署と、こう走りたい、こういうハンドルの動きをさせたいというところを密に話しながら進めます。自分たちも走るので、これがいい・これが悪いを毎回考えて目標に落とし込み、それを実現できているかデータ計測で確認します。好みはあるかもしれませんが、万人受けする車両挙動を狙って作っています。
Q. ダムを作る思想のなかで、車種やアクセサリー、車の状態の個体差にはどの程度対応できるのか。
田村氏: SUBARUの考え方は、同じ機能ならどの車種・どの車型でも同じ性能が出るように作ることです。認識はどの車型で計測しても同じ物理値精度を出す。制御は同じもので車種の適合だけすればよいという考え方です。とはいえ、お客様がタイヤ交換をされる場合も想定されるので、使い勝手も含めていろんなバリエーションを振って試験・チューニングします。過去にサマータイヤでは出た性能がスタッドレスタイヤでは出ないという苦労もあり、使われる範囲と車種変更に対して同じ性能が出るよう工夫しています。
Q. AIの進化やカメラの精度・画素数が上がるとデータ量も上がり、車側の処理が追いつかなくなる。センサー依存が進むほど通信ノイズの課題もセンシティブになる。対策の考えを聞きたい。
田村氏: おっしゃる通りで、高解像度でたくさんのカメラをAIに入れた方が精度は出ます。側方カメラやリアカメラの画像も全部処理して、また、遠くにある信号機にブレーキをかけるには望遠カメラが必要にもなる。ただ全部入れると処理は、回りません。宗形や我々が苦労しているのがまさにこの演算量です。量販価格帯だとこれ以上超えちゃいけないSoCのコストや演算量などの線が見えています。だからこそ目的合理性で、完全な自動運転を作るならリッチになりますが、運転負荷軽減という目的にフォーカスした時に、ある領域だけ使える、あるODD(Operational Design Domain、機能が動作する条件範囲)の範囲だけ使えるといった機能でも目的の達成ができたりする。そういうなかで必要最小限に絞ったセンサー構成、バス構成の中で、電気信頼性まで含めてきちんと作っていきたいと考えています。
Q. 走行シーンの網羅性はどう担保していくのか。
宗形氏: 重要だと考えているのは2つあります。エンジニアの想像力と、ひたすらリアルワールドを走り込むこと。SUBARUのお客様が多い地域にしっかり走り込んで、どういう道路・特徴・課題が出るかを見極めていく。そこで学んだことを踏まえて、エンジニアが「このAIはどこでミスするか」を想像し、バリエーションを考えられる限り網羅する。雪道プラス影というご指摘のように、どういう影のバリエーションがあり得るかを精査する。最近は画像生成技術も進んでいるので、そこも使って網羅性を上げます。それでも見落としは確実にあるので、お客様にお渡しする前に本当にしっかり走り込んで潰し込んでいく。ここが今までのSUBARUの良さだと思っているので、AI開発になっても同様に追求していきます。
Q. 検討・実装・机上検証・実車検証のサイクルで、車両モデルの精度はどの程度要求されているのか。
金井氏: 細かい数値はありません。実車と机上は違うことが結構あり、現状の技術ではそういうものだと割り切って検証しています。机上検証は効果のあり・なしの判断に使い、最後の効果検証は車両でやるスタイルです。ただ、机上で車両挙動を再現する技術はSUBARUも取り組んでいて、より実車に近いモデルを作り上げて机上検証の精度を上げていく動きも進んでいます。
Q. 最近ステレオカメラを使うメーカーが減ってきているが、SUBARUがここまでこだわる理由は何か。
田村氏: ステレオカメラは開発が実は大変で、右と左のカメラが完全に同じものを映さないと視差が正確に出ません。このキャリブレーション精度を保ったまま簡単に製造できるのは、SUBARUをおいて他にはなかなかないと思います。またAIで距離が出るようになってきていることも単眼カメラを採用するOEMが増える理由の1つでしょう。ただ我々がこだわるのは、AIで距離が出たりEnd-to-Endで自動運転が出てきたりしても、AI自体がブラックボックスの部分があるからです。それに対して3次元測量というきちんとした形で、推定の距離ではなく測量の距離でぶつからないことを保証する。そういった考え方は、今後お客様の安全を守るうえで重要だと考えており、我々は今後もステレオカメラを大事にしていきます。
※所属組織および取材内容は2026年7月時点の情報です
文=坂本 奈穂(TECH PLAY-X)
株式会社SUBARU
https://www.subaru.co.jp/
株式会社SUBARUの採用情報
https://www.subaru.co.jp/recruit/
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