SUBARUのソフトウェアエンジニアが創る新たなモビリティUX「最短ルートを案内しないドライブアプリ」とは?
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SUBARU Labの組織沿⾰・担当領域・チーム構成・主なプロジェクトを紹介
株式会社SUBARU
技術本部 ADAS開発部 主査 林 正裕氏
最初に登壇したのは、光学機器メーカーでキャリアを積んだ後、2012年にSUBARUに入社した林正裕氏だ。SUBARUではアイサイト開発におけるPMなどを経験し、SUBARU Labの立ち上げから参画。現在はSUBARU Labの運営や開発プロジェクトのマネジメントを担っている。
オープニングセッションを務めた林氏は、SUBARUが目指す姿や、これまでSUBARU Labが取り組んできた実際の開発プロジェクトなどを紹介した。
自動車メーカーという印象が強いSUBARUだが、航空宇宙事業も手がけている。自動車事業の売上高の8割近くを北米が占めるという特徴も持つ。
SUBARUでは「笑顔をつくる会社」をありたい姿として掲げており、実現に向けて「安心と愉しさ」を提供する。
事故を未然に防ぐのはもちろんだが、万が一起こってしまった場合には最小限に食い止めるべく、独自の「総合安全思想」も設けている。長時間運転していても疲れない設計にすることで事故率を減らす、といった内容だ。
アイサイトの開発はこれまで東京の三鷹、群馬の太田の2拠点で行っていたが、AI関連の開発を推進するため、2020年12月、渋谷に新たな研究開発拠点を設けた。それがSUBARU Labである。現在は、3拠点で協力しながらアイサイトの開発を進めている。
SUBARU Labでは、これまでADAS(先進運転支援システム)やAD(自動運転)領域を中心に研究開発を進めてきた。さらに今後のフェーズでは、「電動化、コネクティッドサービスなど、CASE領域にも拡大していきたい」と、林氏は意欲を述べた。
最後に、これまでSUBARU Labが携わってきたプロジェクトの概要が分かる動画も交えたスライドを紹介し、次のメンバーにバトンを渡した。
林氏が紹介したプロジェクトは、以前のTECH PLAYで開催されたSUBARUのイベントセッションでも紹介しているので、より深く知りたい方はぜひ参考にしていただきたい。
AI経路認識と自己位置推定技術で実現へ──SUBARUが挑む自動運転システムの開発舞台裏
AI画像処理で自動運転車の安全性向上を目指す──SUBARU「EyeSight」の開発最前線
Appleとの協業で世界初となるIn Carサービスを複数開発
株式会社SUBARU
技術本部 ADAS開発部 デジタルコックピット開発1主査
デジタルコックピット3担当 岡本 洋平氏
続いて登壇したのは、SUBARUの米国研究開発拠点で4年間研鑽を積んだキャリアを持つ、岡本洋平氏だ。インカー領域における開発について紹介した。まずは、SUBARUのコネクティッドサービス「SUBARU STARLINK」について以下のように強調し、説明を行った。
「SUBARU STARLINKは、まさしく『安心』と『愉しさ』がキーワードとなる、各種コネクティッドサービスを展開しています」(岡本氏)
「世の中の進化は速い」と話す岡本氏は、自動車業界に限らず世界、特に最先端企業の技術やサービスをキャッチアップし続けていた。
そして「最先端はスマートフォンである」との考えに至るのと同時に、AppleやGoogleといった世界的なスマートフォンOSメーカーとの協業を進めていった。
Appleとの協業では、それまでCarPlayでは横長表示のみであったが、スマートフォンのような縦長表示を開発。さらにセンターディスプレイではなく、目の前のメータにAppleマップを表示させるというチャレンジを行った。
「どちらのサービスも日米初であり、成功体験となっています」と、岡本氏は開発に対する手応えを述べるとともに、このような成功体験を得たことで、協業領域の拡大を進めていった。
例えば、位置情報に関するサービスを提供する英国のwhat3words (ワットスリーワーズ)、北米のラジオ会社との協業による、SiriusXM with 360Lなどである。
what3wordsとの協業では、電波が通じない場所でも3つのワードを入力することで目的地への案内を可能にした。
Sirius XMとの協業でも同様に、電波が通じない環境でも利用可能なサービスを開発する。「どちらもアドベンチャー時の利便性を高める機能だと考えています」と、岡本氏は開発の意図を説明した。
一方で、これら協業においては苦労もあったと岡本氏は語る。例えばAppleマップのメータへの投影機能では、世界初ということでいち早く開発したい一方、使い勝手の良いUXである必要があった。またメータまわりは法規が多いこと、Appleの実装要件が曖昧であるという課題もあった。
Appleの要件と法規の両立は、SUBARUがこれまで培ってきた知見を提供することでクリアした。具体的には、法規対象の表示とAppleマップのレイヤーを分離することで、解決へと導いたのである。
一方、UXにおいてはブラウザ上で簡単にデザインができるツール、FigmaをSUBARUとしては初採用。さらにはAppleのメンバーとの会議中にレビューならびに修正を行うことで、その場で合意形成をすることとした。
「会議の回数が激減しました」と岡本氏は手応えを語り、次のように述べ、セッションを締めた。
「高い壁は変化、成長へのチャンスだと考えています。業界内に留まらない動きや知識も重要であり、今後もさらなる協業を展開していきたいと考えています」(岡本氏)
日本の当たり前は当たり前ではない──北米法人との協業により得た気づき
株式会社SUBARU
技術本部 ADAS開発部 コネクティッドシステム開発第3課
テレマティクス4担当 宮川 治誉氏
インカー領域の取り組みについて、岡本氏からバトンを受けた宮川治誉氏が続いて登壇した。宮川氏は2014年に新卒でSUBARUに入社。以降、モデルベース開発を用いたプロセス改善業務を2年ほど担当。その後、テレマティクス制御ユニットの開発に携わるようになり、現在は開発の統括も担っている。
SUBARUでは、スマホアプリで車両のリモート操作や情報取得などが可能な各種サービスを展開しており、宮川氏は同サービスにおける北米チームとの協業について紹介した。
北米エリアでの売上比率が高いこともあり、SUBARUでは同地域にSubaru of America(SOA)という代理店法人を設立し、販売業務などを行っている。この現地法人と、テレマティクス領域における機能の開発において、協業を推進していったのである。
具体的には、現地の事情に詳しいSOAからの要望や情報をもとに、SUBARU側が要件定義を行っている。実際に機能が開発された後の評価フェーズでも、再びSOAとの合同評価を実施している。
当初と比べると、このような協業体制で開発する機能数は増え、事業も拡大している一方、「日本とは環境が異なるために、評価の際に動かないなど、苦労も多かったです」と宮川氏は語る。
具体的にどのような苦労があったのか、目的地ナビ送信機能を例に説明した。
目的地ナビ送信機能では、乗車していなくとも、スマホアプリを使って自宅などで目的地の検索を行うことができる。
さらに、得た情報を車体のナビに送信することで、ドライバーは特に操作することなく、車に乗り込みエンジンをスタートさせた瞬間に、センターディスプレイに事前に調べておいた目的地の情報が表示されるのだ。
日本では問題なく動作していたが、北米で試験を行うと目的地が表示されないというトラブルが発生。そこで宮川氏は原因を探っていった。すると、日本と米国における文化の違いが見えてきたのである。
日本では駐車する際に後ろ向きに停めることが多いが、米国では逆で、前向きに駐車することが多い。そのため車を発進させる際、まず入れるギアが「D」ではなく「R」となるため、連動したリアビューカメラの映像がセンターディスプレイに表示されることで、目的地画面が表示されていなかったのだ。
このようなトラブルから宮川氏は、日本での車の使い方の当たり前は当たり前ではないことに気づきを得る。そして、開発の初期段階から現地・現物・現実を理解するよう心がけるようになった。
「違いがあるからこそ、より一層相手を知る努力をすること、といった学びを得ました」と述べ、セッションを締めた。
最短ルートを案内しない地図アプリ「SUBAROAD」の開発秘話
株式会社SUBARU
CBPM(コネクトビジネスプランニング&マネジメント)新サービスデザイン
兼 技術本部 AIS PGM 主査 小川 秀樹氏
続いて登壇したのは、スタートアップを経て2009年に入社し、アウトカーにおける取り組みについて紹介した、小川秀樹氏だ。小川氏はSUBARUに入社後、データエンジニアとしてDXを推進。現在はUXを意識した、新たなサービスのデザインや実装に取り組んでいる。
小川氏は改めて、SUBARUのルーツについて言及した。SUBARUは航空機メーカーが起源であり、当初は戦闘機を開発していた。そして、開発における最大の目的は、「いかに乗員を安全に帰還させるか」であった。
「当時の戦闘機の操作パネル類を見れば、そのことがすぐに分かる」と、小川氏。そして、安全で使いやすいコックピット設計をするという創業当時に掲げられたSUBARUのDNAは、現在でも受け継がれているという。
「このときからSUBARUのUXは、中心が“人”でした」(小川氏)
UXを意識した新たなサービスを考えていた小川氏は、改めて「車とお客様が“つながる”こと」を捉え直す必要性があると感じていた。また、「正しくつながらないと、正しいサービスが始まらない」とも考えていた。
一昔前は、車自体を販売することがビジネスモデルであり、そこから先はディーラーに任せていた。しかし現代ではディーラーだけなく、自動車メーカーとお客様もつながる時代となった。
同時に、お客様のデータも手に入るようになった。そうしたデータを活かして車をより良くし、次もSUBARUの自動車を買ってもらうために、つながり続ける必要があると考えた。
自動車の耐用年数が長くなったこともあり、以前と比べるとディーラーを訪れるユーザーは減っている。一方で、SUBARUの顧客は一般的な顧客と比べ、およそ2倍の頻度でディーラーを訪れるという。また、走行距離も1.6倍にも上るそうだ。
このようなデータを紹介した上で小川氏は、「SUBARUにはコアなファン、ロイヤルユーザーが多い」と分析しながら、その理由もあわせて、インタビューやパネル調査などを通じて探った。
すると、「機能を求めている。その機能が実体験できているかどうか。ドライブ自体が楽しいことが大事である」というようなロイヤルユーザーの特徴が見えてきたのだ。
そこで改めて、SUBARUのファンが求めていること、SUBARUらしさを、MaaSなど自動車における世の中の流れと照らし合わせながら、深堀りしていった。
すると、一般的には効率性が求められているのに対し、SUBARUのファンは「エモーショナルを求めている」のではないか。このような仮説が浮かび上がったのである。
このような調査や分析を経て開発されたのが、目的地までの最短ルートを案内するのではなく、その土地ならではの景色や雰囲気が体験できるもの。例えば、ワインディングロードや海岸沿いの道など、刺激あるコースを案内するナビゲーションアプリ「SUBAROAD」である。
そして、SUBAROADでも先の2人の事例と同じように、協業で進めた。マップに関する大規模プロバイダーであるMapbox、サイバーエージェントとエイベックス・デジタルの共同出資により設立された音楽配信サービス会社のAWA、国内外のアワードで数多くの受賞歴を誇るデザインスタジオ、バスキュールである。
小川氏は、システムアーキテクチャも紹介した。
「AWSを活用したシンプルな設計で、特にこだわってはいませんが、拡張性は意識しました」(小川氏)
SUBAROADを利用することで回り道をする行為は、例えば、地方の観光地の渋滞緩和にも貢献することができる可能性があると、小川氏は語る。また、各コンテンツは地元の魅力をよく知る現地のディーラーがつくることで、より魅力を高めている。SUBARUが走ることで、日本の魅力が再発見されていくことを目指してグロースハックしている。
「今後もSUBARU Labのメンバーとも協業しながら、SUBARUらしい、遊び心にあふれたサービスを生み出していきたい」と、小川氏はいう。そしてその際には、つながるのは車ではなく、あくまでお客様、人であることを強調した。
SUBAROADにおいては、「スケールはあくまでSUBARUオーナーの数までであり、モバイルアプリ屋としてグロースしたいわけではない」と、小川氏。強固な繋がりが作り出すエコシステムのプラットフォームになれれば、SUBARUユーザーの方により多くの愉しさを届けることができると、今後のビジョンを話した。
そして最後に小川氏は次のように述べ、セッションを締めた。
「この先、自動車が常にインターネットに接続するようになることで、我々の生活はもっと変わっていき、できることも増えるでしょう。その際にSUBARUらしいものを、SUBARU Labのメンバーたちと協業しながら開発できることを楽しみにしています」(小川氏)
機能単体だけでなく、シームレスかつストレスフリーな体験をデザイン
株式会社SUBARU
SUBARU Lab副所長 兼
技術本部 ADAS開発部 主査 金井 崇氏
セッションの最後を締めたのは、SUBARU Labで副所長を務める金井崇氏だ。金井氏はIT企業でインフラエンジニアとして、設計・運用・販売などの業務に約10年間従事。そのキャリアを生かし、SUBARUに入社してからもアイサイトのソフトウェア開発における、ITインフラまわりのチームをリードしてきた。
SUBARUはこれまで、SUBARUらしさを追求することでブランド価値を向上させてきた。そして今回新たに打ち出した経営方針では、大きく2つの柱を立てている。「モノづくり革新」「価値づくり」である。
金井氏は、特に「価値づくり」について言及した。その中でも、SUBARUと過ごすことで色褪せない価値を生み出す4つの言葉、「Safety」「Adventure」「Versatility」「Longevity」に着目し、セッションを進めていった。
「抽象的でスピリチュアルな言葉だと感じたので、自分なりにグラフを描いてみました」と、金井氏は語る。
アイサイトやOTA(Over The Air)など、現在提供しているサービスを先ほどの4つの価値にマッピングしたもので、「空白部分をこれから手がける必要がある」と続けた。
そしてなんと、実際に自分でAdventureとVersatilityを体験すべく、オーストラリアのシドニーから車で2時間ほどの距離にある自然公園にアドベンチャーに出かけようとしたとの事。「しかし、周りは森で電波はつながらず、ネット検索ができないエリアだとわかり、公園の入口まで観光して引き返しました」と、金井氏は笑いながら語った。
一方で、岡本氏が紹介したように「what3words」や「SiriusXM with 360L」など、SUBARUであれば、ネットがつながらなくても利用できる機能・サービスがある。つまり、SUBARUのこれまでのモビリティUXは、Adventureを後押しするものであり、Versatilityを実現するためのものでもある、と述べた。
ちなみにVersatilityは日本語に訳すと「多用途性」。先のSUBARUの経営方針では、「なんでもできる」と定義している。
金井氏は、さらに個人的な取り組みを続けている。例えば、愛犬も含めた家族で旅行に出かけたときの体験だ。
「家から出発する時には、リモート操作により事前に車内の温度をしようと思いませんでした」(金井氏)
一方で当日は気温38度という暑さで、愛犬が日陰から動こうとしなかったため、旅行先から帰る際は金井氏が抱えて車まで運ぶことになったという。炎天下に置かれた車内は暑く、温度を快適にしておく必要があると考え、スマホでリモートサービスを利用した。
だが愛犬を片手で抱えているため、操作に難航したという。金井氏は、単に機能を提供するだけではなく、どういったシーンでどのような人が、どのように使い、どんな体験をするのか。そこまでUXデザインを考えた上で、一つ一つの機能を開発する必要があると考えた。
金井氏は、先ほどの図の空白部分を埋めたものを再掲し、「機能単体だけでなく、シームレスかつストレスフリーな体験をデザインする。一人ひとりにパーソナライズされた、一貫性のある体験を提供することを目指したい」と語った。
これらの実現のためには、一貫した体験を車内外問わず開発・実装していくエンジニアや、サードパーティとの協業が必要であり、「そのような仲間や人を増やしていきたいと考えています」と述べ、金井氏は登壇セッションをまとめた。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、参加者からの質問に登壇者が回答した。抜粋して紹介する。
Q.リモート・在宅ワークの割合は?
林:SUBARU Labではリモートが約7割といった感覚ですが、実車を走らせる部署は、当然、出社率が高いですし、開発フェーズによっても違いがあると思います。
Q.Appleだけでなく、Googleとの協業については進めているのか?
岡本:今回は時間の関係で触れませんでしたが、Googleとも連携しています。次回、機会があれば紹介したいと思います。
Q.Appleのメンバーとのやり取りはPST(US)時間で行ったのか?
岡本:US時間ではありましたが、Appleの拠点はカリフォルニアのため、北米の拠点と比べると時差は7~8時間と短く、やりやすかったですね。
Q.Appleや北米法人とのやり取りが多いが、英語力はどれほど必要か?
岡本:私は4年3カ月米国に駐在していましたが、行く前はペラペラとはいえないレベルでした。SUBARU全体でも私のようなメンバーが多いと思います。なので、英語力がなくても問題ないと思います。
ちなみに帰国する際には、日常生活では問題なく話せるレベルになっていましたし、TOEICの点数も倍になっていました。
Q.SUBARU STARLINKではOTAを使っているか?
岡本:OTAはすでに市場展開しており、実際、北米で利用されている機能ではOTAによりバージョンアップを行っています。その他のサービスでもOTAの利用を開始しています。
Q.自動運転と移動の楽しさを両立するために、必要だと考えていることは?
小川:あくまで個人の意見ですが、我々はADASと表現しており、自動運転とはいっていません。基本的にはSUBARUならびにSUBARUのお客様は、運転や車好きな人だというセグメンテーションで、事業を進めています。
宮川:私の場合は、運転したい気分のときは自分で運転しています。一方、疲れたときは自動運転が良いなと思います。
Q.SUBARU Labが担う業務領域を知りたい
金井:AIだけを開発して終わりにはしたくないと考えています。お客様に届くまで、そして量産までをイメージした上で、それぞれの開発拠点と一緒になって進めています。
Q.SUBARU Labでは、量産を見据えたデバイス選定や、デバイスベンダーなどへの要求仕様調整なども行うのか?
金井:行っています。例えば半導体デバイスのSoCであれば、AIの性能や処理がどこまで必要なのかを検証し、その上で性能仕様を出して、動作が信頼できる半導体を選定しているからです。今年の4月、次世代アイサイト向けのSoCについてAMDとの協業を発表しました。
Q.SUBAROADは顧客の声から生まれたとのこと。他にも顧客からの声で印象に残っているものはあるか?
小川:私に限った話ではありませんが、北米ではSUBARUに乗っていたおかげで事故で助かったとの声が、お客様からサンキューレターとして届くことが多いです。そのような声を聞くと、モチベーションがアップします。