キャッシュレス決済を支える社会インフラの構築 ──「IT×金融」の未来を切り拓くインフラエンジニアたちの挑戦
より上流工程へ。確かな技術力をベースとした提案力が求められる
クレジットカードの決済を支えるシステム構築は、24時間365日に1秒たりとも休みなく働くミッションクリティカルなもの。一方で、枯れた技術をオンプレミスで慎重に運用するイメージも強いだろう。実際、堅牢性の高いシステムが求められるのは事実だ。しかし、デジタル決済システムの多様化に伴い、近年のシステム構築の現場には旧態依然とした「お堅い」イメージはもはやない。
NTTデータ・フィナンシャルコア(以下、NTTデータFCと略称)は、NTTデータ100%出資の子会社。もともとは、クレジットカードなどの決済系サービスに特化したシステム開発をしていたNTTデータネッツと、同様に金融機関の預金・為替・融資など基幹系システムに強みを有していたNTTデータフィットが、2009年11月に合併して誕生した金融系テクノロジー企業だ。
事業部は第一から第五まであるが、今回話を聞いた第四事業部は国内最大のキャッシュレス決済総合プラットフォーム上に構築されるさまざまなサブシステムを開発しており、インフラエンジニアとしてキャリアアップができる国内有数のビジネス環境がここには揃っていた。
アプリケーション開発は主力としてありながらインフラ構築・保守にも強みがありインフラ事業の成長率は著しい。少数精鋭ながら、風通し良くチームビルディングを行っていけるインフラエンジニアの存在がその原動力となっている。開発した後の保守・運用・リプレースも含めライフサイクル全般を担い続けるカルチャーが根付いており、DevOpsが注目される前から、インフラエンジニアにはそうした考え方が自然に身に付いている。
第四事業部のこれまでの実績は、実は身近なシーンにも多数見かけることができる。コンビニでのATMを利用した現金引き出しや振り込み、クレジットカードやスマートフォンを利用したカード決済。近年では、グローバル化の一環として海外発行のクレジットカードによる日本でのキャッシングサービスにも対応した。日本のクレジットカードがより安全・安心・便利なものになるためには、彼らの仕事が欠かせなかった。
だが、クレジットカード決済システムの開発手法には近年変化が訪れている。
「もともとNTTデータグループは、グループ内の工程分担に明確な規定があり、NTTデータが企画したシステムを、その子会社が設計・構築・テスト・運用を行うという流れがありました。システムの作り方も、基本的にはウォーターフォール型でした。
しかし、昨今はクレジットカードだけでなくさまざまなデジタル決済システムが普及しつつあります。従来型の工程分担や開発手法ではビジネス変化のスピードに追いつけない。そのため、私たちはクラウドやアジャイルなど、新しい開発手法を取り入れるとともに、企画や要件定義をより上流工程にまで提案力を高めるようになりました」と語るのは、同社第四事業部の吉澤稔氏だ。
▲株式会社NTTデータ・フィナンシャルコア 課長代理 吉澤稔氏
「クレジットカードに代表される決済系システムは安心してご利用頂くための堅牢性が重要でありその部分では一定の評価を頂けていました。しかしこれからは加盟店様向けのサブシステムは特に、ビジネスの新しいニーズを捉えながら、スピード感を持って開発をしなくてはなりません。様々な業種の仕様を示されて、それを単純に形にするというだけでなく、お客様の真のニーズを見抜き、それを実現するための新しい開発手法や技術を取り入れる必要があるのです」(吉澤氏)
NTTデータのデジタル専門部署とのコラボレーション
NTTデータでもそうした新たな開発手法に積極的に取り組んでおり専門部署を設立してきた背景がある。ミッションクリティカルな決済システムをスクラム開発でクラウド化し、現行システムからの切り替えを瞬時で行った実績も出来始めている。
ここで、NTTデータのエンジニアたちと、デジタルテクノロジーを活用した新しい決済サービスの企画・開発に取り組むのが、NTTデータFC、第四事業部の面々なのである。「NTTデータから長年にわたる信頼を勝ち得ている。金融システム構築では、むしろ私たちにこそノウハウが蓄積されている。それを見込んでぜひ新しいテクノロジーの上流に入ってきてほしいという期待を強く感じている」と、緒方武哉氏がコラボレーションの背景を語る。
▲株式会社NTTデータ・フィナンシャルコア 課長 緒方 武哉氏
吉澤氏はこの春までNTTデータのデジタル専門部署にプロジェクト支援として参画していた。そして今、同専門部署にプロジェクト参画して大活躍をしているのが、由井亮氏だ。
「従来はクライアントからソフトウェア基盤を作ってほしいという要望を、指示通りに作るのが我々の仕事でした。しかし、今は『こういったソリューションをこういう基盤の仕組みでやってみませんか』という提案もします。逆に、新たにこんなことはできないかとお客さんに相談されて、一緒にイチから開発することも多いですね」(由井氏)
▲株式会社NTTデータ・フィナンシャルコア 課長代理 由井 亮氏
由井氏によると、デジタル専門部署は、その組織風土もさることながら、エンジニアの服装なども異彩を放つ。服装などの多様化が、柔軟な発想や活発なコミュニケーションをもたらし「働きやすさ」を生じる効果が期待されているという。
そうした風土の背景には、デジタルペイメントを事業ターゲットに据えるにあたって、NTTグループ外のリソース、例えばWebやゲーム開発が得意なスタートアップや、才能豊かなフリーランスエンジニアなどとの協業が増えてきたこともあるようだ。
「クラウドテクノロジーを活用するにあたり、これまでの開発手法や文化から変えていこうということで、デジタル専門部署が作られたと聞いています。私たちもそれは大きく共感していて、ITスタートアップとの協業も始めています。
金融のフィールドからデジタルの世界に飛び込んでみて気付いたことは、最初からクラウドネイティブのアプリケーションを作ったり、完璧なアジャイルを導入しようとすると、数多くの課題に直面することとなり軌道に乗せるまでが非常に難しい。そこで私は、新しいデジタルのノウハウを当社の現場にフィットさせ、最新の開発手法をビジネスとして形にすることをミッションにしています。開発現場を熟知しているだけに、泥臭いこともやらなければ」と、吉澤氏は笑う。
顧客とともに築いてきた。新技術への挑戦と、セキュリティノウハウ
NTTデータFCの新技術への取り組みは、何も最近始まったことではない。十数年前のeコマースの成長期に増加し続ける海外へのトランザクションに対応するべく、日本に決済システムを構築する必要に迫られた。そのシステムをNTTデータとともに担ったのが、NTTデータFCのエンジニアだった。
「当時、私たちの先輩たちはUNIX OSのオープンソースコンテナを活用して、独自の仮想基盤を構築しました。今の仮想コンピューティングの走りだったようですね。その後、このECはクラウドに全面的に移行しました。そこでも単なるクラウドではなく、Kubernetesのようなポータブルで拡張性のあるオープンソースプラットホームを真っ先に取り入れて、国内有数のトランザクションをさばいています。
他のIT事業者が遭遇したことのないようなトラフィックをさばくためには、枯れた堅牢システムがいいなどとは言っていられない。その時代の最先端技術を使わざるを得ない宿命があります。そうしたお客様との協業を通して、私たちの技術も成長してきたのです」 と、吉澤氏はNTTデータFCに綿々と伝わる技術的DNAを指摘している。
eコマースだけではない。小売業や飲食業など生活に身近なリアルなフィールドでも実績を積み上げて行き、サービスステーションで使われているクレジットカード決済システムも同社の技術力の高さを物語る一例だ。
「当時NTTデータFCが最初のゲートウェイシステムをつくり、その仕組みを応用展開して行きました。クレジットカード会員データを安全に取り扱うことを目的として策定されたグローバルセキュリティ基準(PCI DSS)が登場した頃でしたが、メンバーにはセキュリティの専門家がいたので、その知見を活かすことで事実上の業界標準の決済システムを構築することができました」と、緒方氏は振り返る。
「この頃から培われたPCI DSSなどセキュリティのノウハウはクラウドシステムの時代にも活かされています。大量トランザクションをさばける堅牢性と同時に、長年センシティブデータを取り扱ってきたがゆえのセキュリティ技術については自信を持っています。こうした私たちのコア技術は、ネットワーク環境や決済端末が変わっても絶対に必要なものです」
次世代型の決済サービスを自らの手で生み出す
これまでのクレジットカード決済システムにも、課題はいくつかある。求められているのは、信用照会の迅速化、 カード決済プロセスのスピード化、24時間365日のサービス提供、災害時でも利用可能なシステム、そして高度なセキュリティだ。
これらの課題を一つひとつ解決しつつ、デジタル決済システムの変化にも対応していかなければならない。従来の金融系とは別の事業者が競って参入するQRコード決済。銀行業界も負けじとQRコード決済サービスを拡充させようとしている。
クレジットカードだけがキャッシュレス決済の代表ではもはやないのだ。こうした現状を彼らはどう見ているのか。
「コード決済やスマホ決済の普及は、私たちのビジネスにとってもちろん脅威ではあります。専用端末の設置が店舗スタイルに合わなかったり、手元に現金が入るまでの時間を短縮化することでビジネス効率を追求されているクライアントは、クレジットカードは導入しなくても、こうした新しい決済方式に魅力を感じているはずです。ただ、日本はキャッシュレス決済の普及度では、欧米や中国・韓国に比べれば遅れている。市場全体のポテンシャルはまだまだあると見ています」と、吉澤氏は強調する。
由井氏も「今回のコロナ禍で、キャッシュレスへの関心が高まり、デジタル決済への移行が進むのは新たなビジネスチャンスでもある。そのなかでクレジットカードについての信用は、他の決済手段に比べても高いと思います」と言う。
ただ、金融系エンジニアの彼らにとって、これまでの得意分野であるクレジットカード決済システムだけが活躍のフィールドではないという意識は強い。
「自分たちの得意な分野だけに留まっていたら、私たちエンジニアの活躍の場も狭くなりエンジニアとして成長の機会も失われる。そこでいま社内では、次世代型の決済サービスの開発やマーケット開拓を自らの手で進めよう、そのための技術シーズを生み出そうという気運が高まっています」(吉澤氏)
これまでは、受託開発としてシステム開発やインフラ構築を実施してきた。これからは、ノンキャッシュのデジタルペイメントに関するサービスを、自ら提供することが目標になる。今まで以上のスキル向上や、従来の枠を超えた仕事領域の積極獲得を目標設定して、新しい海原に乗り出そうとしているのだ。
「自らの手で金融の未来を切り拓くための挑戦」は、経営トップである釘宮英治社長が発した掛け声でもある。釘宮社長とは社員誰もが気軽に語り合える関係にある。「私はしょっちゅう社長室で議論をふっかけているので、またお前かって言われてますよ」と、吉澤氏。
チャレンジの掛け声に応えるエンジニアに、社長は決してネガティブな反応は示さない。むしろその挑戦をより成功確率の高いものに引き上げるために、真剣な問いかけをしてくる。「従来の延長戦上のビジネスではない挑戦的な企画なのか?当社にとって取り組む意義は果たして何なのか?」など、核心を突かれ気づきを得ることもよくあるという。
今後の日本の消費経済の動向を左右するキャッシュレス決済。その最前線を技術力で担うNTTデータFCのインフラエンジニアたちが、この瞬間どんなチャレンジを見せてくれるのか。彼らの飽くなき挑戦に期待したい。