野村総合研究所(NRI)が語る「生成AI活用・新規ビジネス創出・エンハンス開発」──NRI Tech Talks#2
NRIのコアビジネス「エンハンス開発」とは
株式会社野村総合研究所
金融ソリューション事業本部
金融フロントシステム事業一部 井上 一真氏
最初に登壇したのは、金融ソリューション事業本部の井上一真氏だ。「エンハンスPMとして顧客課題に向き合う中で見つけた8つの教訓」をテーマにセッションを行った。
井上氏は2004年にNRIに入社。証券、保険の金融システム開発、運用・保守に従事。2017年から銀行の金融システムを担当している。NRIでは、システムの保守業務を増強や成長という意味でエンハンスと呼んでいると、井上氏は説明する。
「保守業務は、お客様と中長期的な信頼関係を構築して、新たなビジネスに繋いでいき、全体感を持つことで質の高い維持管理サービスを提供する場です。さらに、いつでも次ステージへの再構築できる状況を整える場と捉えています」(井上氏)
NRIではエンハンス事業は売り上げの半分以上を占めているため、コアビジネスと位置付けられているという。
エンハンスプロジェクトとの例として、井上氏は住信SBIネット銀行(以下、SSNB)での取り組みを紹介した。
NRIは同行の開業時から17年間、SSNBのWebシステムを担当している。「NRIのエンハンス開発規模はエンハンス活動が始まった2008年から大きく拡大しています」と井上氏は語る。
エンハンス活動が拡大している背景には、SSNBの「テクノロジーと金融の力で世の中の課題を解決する」をテーマに掲げ、次々にサービスを提供するなど、常に挑戦をしていることが大きく影響している。
徹底的な顧客視点もSSNBの特徴で、「SNSで『ここが使いにくい』というお客様のポストがあれば、私たちにすぐ対応してほしいという依頼がある。対応するのは大変だが、『使いやすくなった』というコメントが届くので、私たちもやりがいになっている」と井上氏は語る。
井上氏が担当しているWebシステムエンハンスプロジェクトは、ミッションクリティカルな大規模システムを24時間365日安定稼働させ、新たなサービスをアジリティ高く提供することを目的としている。
エンハンスプロジェクトでポイントとなる8つの施策
このエンハンスプロジェクトでは次のような8つの施策が実施された。井上氏はそれぞれについて説明を行った。
①エンハンスの方針(中期戦略マップ)を策定・定期的にブラッシュアップ
これは顧客ビジネス展開のスピードが速いため、陳腐化しない方針を策定してよりどころにするためである。
まず創出する社会価値について定義する。次にそれを達成するために、顧客(SSNB)に向けた目標を定める。第三にQCD/CS向上、顧客支援拡大、モダナイズ化、事業会社への金融サービス提供を実現するための内部プロセスを定める。
そのための活動を行っていくのだが、最も重要になるのが、「最初に定義する創出価値をメンバーみんなで共有すること」と井上氏。ゴールの方向性が見えていると、各メンバーが動きやすくなるからだ。
②アジリティ高いリリースを安定して提供
エンハンスプロジェクトでは、SI中心の案件が多く、開発規模の山谷も大きい。そこで谷になったタイミングで改善対応を実施するのだが、「事前に案件の内容をストックするようにしている」と、井上氏。
③信頼は安定した品質の上に
「障害発生の背景を踏まえた地道な障害削減活動を繰り返し行うことが重要」と井上氏は語る。DX案件増加に伴い、他社とのAPI連携が増加。これまで通りのシステムエラー検知ではコール数が増加してしまったという。
そこでDatadogなどのエラーメッセージ監視ツールを導入し、顧客の影響度に応じた対処をするような取り組みを行っている。
また、単にタスクを減らす依頼だけではなく、作業自動化の開発やQA削減のための勉強会など、品質や効率性の向上につながる前向きな提案を行うことで、顧客から信頼を獲得していった。
④お客様の近くで、お客様の考えを適切に理解して寄り添う
この施策を実行するために井上氏らは、常駐エンジニアの座席を自然と情報が得られる位置に配置してもらった。また常駐するメンバーにも、常駐する目的の方向性を共有した。
「お客様の近くでお客様を知ることに加え、お客様にもNRIイベントの活動を知ってもらう取り組みを実施することで、お客様との一体感をより感じることができました」(井上氏)
⑤社内の連携強化
SSNBは、SBIグループ企業の1社である。NRIではSBIグループの証券事業や保険事業を営むグループ会社を支援している。そこで、SBIグループ担当のNRIメンバーと情報交換や社内セミナーを毎月実施。その場で得た知見を活かして協業で提案を実施できるような取り組みを行っている。
「社内にも感動的な参考になるUI/UXが多数あることもわかった」と井上氏。「他のプロジェクトで構築された口座開設のUI/UXは免許証やマイナンバーカードを読み込むだけで、入力内容を埋めてくれます。非常に参考になりました」(井上氏)
⑥顧客への提案(お客様のチャレンジ案件の共創)
勉強会や社内セミナーで知り合った他の担当者と共に、さまざまな社内ソリューションを提案することを実施している。井上氏はこれを「数打てば当たる大作戦」と表現していたが、顧客に何が響くかわからない。その提案をもとに業務について顧客と議論することで、次の案件に繋げているという。
提案はSIだけではなく、コンサルティングやツールの紹介なども含まれている。
「常にお客様のビジネス拡大に繋がっていくことを念頭に置き、提案しています。最近の事例では、アンケート調査からの業務ニーズ検討や障害発生時のコール対応に、AI活用の検討、ブロックチェーンの活用検討、外部設計書作成へのAI活用などがあります」(井上氏)
⑦お客様目線での中長期のシステム対応を検討
タイミングを見計らい、少し先のシステムに関する課題を繰り返し提示することで、課題を明確化し、予算取りを進めていくこともエンハンス事業では有効だったという。
⑧お客様と一緒に成長
顧客の事業価値の確認を優先し、順次サービス拡充の推進やコスト削減などの提案によって、アジリティ向上を実現している。
「顧客と勉強会を行いながら、必要性の認識を共有し、案件化を推進していくことが重要です。顧客課題に向き合う中で見つけた8つの施策を推し進めていく。これがNRIエンハンスプロジェクトのポイントです」(井上氏)
エンハンス開発によって、長年のしがらみから抜け出す
株式会社野村総合研究所
通信・サービスソリューション事業本部
通信プラットフォームビジネス部 柏原 忠和氏
続いて登壇したのは、通信・サービスソリューション事業本部の柏原忠和氏だ。『14年間で蓄積されたしがらみをぶち壊せ!!~「AI部長」が変える新時代のプロセス改革から、RPA×ZeroOpsによるコール・障害撲滅まで~』をテーマにセッションを行った。
柏原氏は、2013年に新卒でNRIに入社。現在は通信会社のシステムを担当している。「人間がやるべきでない仕事」を組織から撲滅することを信念に仕事に携わっているため、柏原氏らが担当するエンハンスプロジェクトのアプローチは、生成AIやRPAを活用し、しがらみを解消しつつ、新たなチャレンジをすることだと語る。
柏原氏らが担当するシステムの特徴は、大きく3つある。第一に24時間365日稼働率99.999%の高い可用性が求められること。第二に社会インフラとして、高い信頼性が求められること。第三に時代の変化に追いつくために、3か月に1回の短い周期で大規模リリースを行いエンハンスしていることだ。
システム自体は、構築してから14年ほど経過している。それにより蓄積されたしがらみなどから、新しい一歩が踏み出せないという状況があったという。
ではなぜ、踏み切ったのか。第一に夜間、土日の障害コールが増え、社員の負担が増大したこと。夜間と休日のコールが多く、社員の生産性が低下していた。第二に「時代の経過に伴って管理方法が変わり、情報も散在していた」と柏原氏は明かす。
例えば、情報の格納場所は時代と共に社内PukiWiki、ファイルサーバー、Confluence※で変遷している。また、格納も作成者がそれぞれ配置して体系化されていなかったり、記載が文章のみで長いページもあったりするなど、コンテンツをわかりやすく再編する必要もあった。
※ アトラシアンが提供する企業向けWikiツールが活用されるようになった。NRIではチャットツール、タスク管理、ナレッジの共有など、業務に必要な機能を「aslead」というサービスにてオールインワンで提供している。Confluenceもasleadのツール群の一つとして利用している
「時間をかければ見つかるのですが、情報が点在することで手間がかかっていました」(柏原氏)
そこで柏原氏らは生成AIなどを活用し、非連続な生産性向上の技術の獲得が必要不可欠だと考えた。初期構築のしがらみを解消し、未来を見据えた施策を進めるよう、プロジェクトを立ち上げたのである。
そのエンハンスプロジェクトのアプローチは図の通りである。まずは過去からのしがらみを解消するよう、障害・コールの撲滅、プロセスの効率化などによる品質向上に取り組み、続いてRPA×ZeroOps活用による生産性向上、生成AI活用に取り組む。
「3段の取り組みが相互に効果を出し合うように、新たなチャレンジをしてきました」(柏原氏)
柏原氏は、品質向上、生産性向上、AI活用の3つの取り組みの詳細についても紹介した。例えば、品質向上ではコールの撲滅を挙げている。
だが、3か月に1回の短期サイクルで大規模リリースされること、事業変化のスピードに対して障害コール対策のスピードがマッチしていないこと、24時間365日稼働するコンシューマ向けサービスのためユーザー操作起因でアラームが上がってしまうことが原因となって、徐々にコールが増えていく。
「コールが増え続けるので、削減活動をしても削減実感がなく、モチベーション維持も難しくなった」と柏原氏は明かす。
そこで、RPAを用いた障害アラートの自動蓄積・同件判定の自動化を実装することとなった。そこで活用したのが、「Senju Family」という同社の監視システムとRPAの連携である。
Senju Familyで障害アラートをRPAに飛ばして、RPAで自動蓄積、同件判定を行うという機能をRPAで構築した。この仕組みの構築はNRIのメンバーが行っている。
削減の効果を実感するために、社内チャットツール「Mattermost」(asleadで提供されるツール群の一つ)に自動でコール状況を通知し、発生数の自動算出、傾向分析をするなど、見える化も実現した。
「効果が体感できるので、モチベーションアップになり、改善が加速しました」(柏原氏)
この言葉通り、2023年4月のコール数と比べ、2024年1月のコール数は63%減となった。どうしても抑えられないコールについては、夜間コールの専門部隊に移管して役割を分担したという。これにより、2024年4月のコール数に対して約80%削減することができた。
生産性向上の取り組みとしては、「ZeroOps」(システムの安定運用に関わるインシデント対応業務を包括的にサポートするNRIのサービス)をRPAと連携し、コール対応の生産性を向上させる取り組みを行った。
これまでは障害管理はExcelで行っており、コール対応情報が分散、属人化されていた。ZeroOpsを使えば、ナレッジの登録は必要だが、アラートが鳴ると障害対応方法が自動でレコメンドされる。レコメンド率が高ければ、ほぼ確実に過去の障害と同一事象といえる。
自動的に表示されるので対応手順書を探す必要もなく、コール対応時間の短縮、ノウハウの共有による属人化排除が実現できた。
障害対応が終わると、顧客に障害対応メールを送ることになっている。そこで対応完了メールも半自動化するように、RPAをカスタマイズ。MattermostとZeroOpsと連携させ、クリックするだけでメールを自動で立ち上げ、基本的な情報をセットする仕組みを作成し、効率化を図った。
生成AI活用への取り組みについては、社内で積極的に活用する雰囲気作りのために、生成AIの部内勉強会を開催。画像生成AIを活用したチームのロゴやステッカーの作成、作業ログから手順書の作成、ChatGPT活用案の共有などの活動を行ったという。
業務上での生成AIの利用においては、「セキュリティの観点が非常に重要になる」と柏原氏は指摘する。NRIでもセキュリティ事故が起こらないように、組織的に安全な仕組みやツールを比較検討し、NRI内製の生成AI環境を利用することとした。
さらに高度な活用を促すため、「ノウハウ応答チャットボット」や「AI部長」というアプリケーションを作成し、業務に活用するという取り組みも行った。
これらは生産性向上を図ることに加え、生成AI関連の顧客との取り組みに繋げることを目的としており、RAG(Retrieval-Augmented Generation:大規模言語モデルによるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせ、回答精度を向上させる技術)を活用している。
チャットボットの仕組みは以下スライドの通りだ。入力した質問文に対して、ノウハウ情報を要約し、会話らしい形で情報を回答してくれる。
「組織知を集約することで知を容易に引き出し、情報収集時間の削減を期待できる。また、先輩エージェントとして、新人・先輩のいずれにとっても負荷の低減に役立つのではと考えている」(柏原氏)
また、Mattermostのチャット履歴も取り込み、ノウハウ・ノウフー情報を蓄積することにも取り組んでいる。
もう一つの「AI部長」は、忙しい部長の代わりに提案資料やプロジェクト計画書のレビュー指摘をしてくれるというアプリケーションだ。
「レビュー工程において、事前に指摘を潰すことができる。また、品質の高い資料をレビューできるので、レビュー負荷の軽減、効率化が実現できます」(柏原氏)
AI部長の利用者にアンケートを実施したところ、有用性が評価できたという。
「日々の利用への定着に向けた改善が必要なので、どんどん使って評価検証を進めています」(柏原氏)
タイポ・表記揺れ機能の追加は機能改善の一つで、利便性向上に寄与している。
AI活用が進むことで、これからのエンハンスプロジェクトでは、次の図のようにプロセスが変わっていくのではと、柏原氏は語っている。そして最後にこう語り、セッションを締めた。
「各工程にAIが寄り添い、一つのツールとして各工程に当たり前に介在するようになると考えてます」(柏原氏)
参加者から多数の質問が寄せられたQ&Aセッション
この後に行われたQ&Aセッションでは、参加者から多数の質問が寄せられた。いくつか抜粋して紹介する。
Q.障害発生時にCI/CDを検討するという取り組みについて、可能な範囲で効果が高かった取り組みを教えてほしい
井上:手作業でリリースをしていると時間がかかるため、夜間にならないと作業ができませんでした。ブルーグリーンによりリリースできる仕組みを作ることで、リリース作業のスピードを向上できたことに加え、万一、霜害が発生したとしても、すぐにもとに戻せるようになったことが一番効果が大きかったと思います。
Q.RAG構築にどう着手したらいいかを知りたい。コストやコストに見合う効果などの見極め方なども聞きたい
柏原:自分で手を動かすところから始めることですね。世の中にはハンズオンがあふれているので、それを真似してみるのもいいと思います。コストは利用するLLMによって変わったりするので、それらをきちんとチェックすることと、生産性がどれだけ向上したのかを確認することが大事だと思います。
Q.エンハンスチームのメンバー構成、アサイン率はどのくらいが適切なのか
井上:社員が40人、パートナーが200~250人、アサイン率は95~100%です。アサイン率が高いのは、案件の谷を予測して滞留案件を作っているためです。アサインがなくなりそうになったら、対流案件の中から案件を選び、アサインするようにしています。
Q.社内でAI部長などの取り組みをするには、どのような承認フローが必要だったのか
柏原:内製のツールを作る分には大がかりな承認フローはありません。AI関連の場合、統制面で厳しくなっていますが、会社のルールに従いきちんと管理していれば、そこも容易にクリアできます。