会津大学の学生たちと「生成AIによるアイデア創出と企画書の自動生成」を徹底議論 ──博報堂テクノロジーズ×会津大学 ARC-DSE サマーワークショップ
プロフィール
博報堂テクノロジーズ メディアDXセンター データテクノロジー部 部長
データサイエンティスト 篠田 裕之(HIROYUKI SHINODA)氏
データサイエンティスト。ビッグデータ、データサイエンスを用いたマーケティング戦略立案、メディア・コンテンツ開発、ソリューション開発に従事。データを用いたTV番組企画立案・制作、レシピデータ分析に基づいた食品開発、GPS位置情報データを用いた観光マーケティングなどの事例多数。データ/テクノロジー活用に関するセミナー登壇、執筆寄稿多数。単著に『となりのアルゴリズム』(光文社、2022)など。
博報堂テクノロジーズ メディアDXセンター データテクノロジー部
データサイエンティスト 青山 格(Tsutomu Aoyama)氏
2021年博報堂DYメディアパートナーズ入社、2022年より博報堂テクノロジーズ出向。テレビCMやデジタル広告における広告効果の予測・最適化などのソリューション開発、生成AIを活用したCM映像や音源、インスタレーション展示制作などメディアコンテンツ開発業務に従事。データサイエンスコンペにて受賞経験多数。
博報堂テクノロジーズ メディアDXセンター データテクノロジー部
データサイエンティスト 平川 智也(HIRAKAWA TOMOYA)氏
データサイエンティスト。データ・テクノロジーを活用したメディア・コンテンツ開発、ソリューション開発業務に従事。 WebCVやテレビ・デジタル広告の横断的な広告効果の予測/最適化、LLMを活用したUI/UXの開発、3D生成AIを活用したコンテンツ制作、AIを活用したCMの映像制作等を担当。その他、上智大学での特別講義、社内外セミナー多数登壇。
会津大学の産官学協働研究に参画。「AaaS Tech Lab」の知見を学生たちに伝える
福島県会津若松市に本部を置く会津大学。日本初のコンピュータ専門大学として1993年に創立された。最高レベルのコンピュータ環境、充実の英語教育、世界から集まるトップレベルの教員たちなど、同大には世界で活躍できる人材育成のための環境が整っている。
その会津大学と提携し、2018年度より共同研究や特別講座・ワークショップなどを展開しているのが、博報堂テクノロジーズおよび博報堂DYメディアパートナーズだ。
会津大学との共同の取り組みについて、博報堂テクノロジーズ所属で、博報堂DYグループの「AaaS Tech Lab」データサイエンティスト篠田裕之氏はこう語る。
「会津大学は、公立大としてコンピュータサイエンスに非常に強く、また会津大学発ベンチャーも盛んでベンチャー連携もしやすいということがあります。さらに、地元テレビ局のほか、会津エリアに限らず様々なメディア・企業との連携が盛んな点も魅力的です。
博報堂DYグループのリアルなマーケティングデータや、広告メディアビジネスの次世代型モデル「AaaS」のソリューションを活用した共同研究を通して、他の取り組みでは得ることができないノウハウを蓄積できています。
また、成果の一部はテレビのコンテンツ開発や、各種メディアへの露出などを通して会津大学・AaaS Tech Lab両者のプレゼンスアップにつながっています」(篠田氏)
2024年8月には、「博報堂テクノロジーズ×ARC-DSE サマーワークショップ」と題した特別講座が開かれた。ちなみに、ARCは会津大学が社会実装も目指した研究力強化の枠組みとして展開する「会津大学リサーチクラスター」の略である。その一環として、2022年5月にスタートしたのが、DSE(データサイエンスエンジニアリング)クラスターだ。データサイエンスを軸とした産学官協業とデータサイエンス活用のための大学教育の充実を目指している。
ビジネスアイデア創出法から、プロンプトエンジニアリングまで
サマーワークショップは、計3回に渡るオンラインでの講義と最終日に会津大学現地で実施する成果発表会の計4回で構成された講座だ。
「昨年からLLM(大規模言語モデル)を題材としたワークショップを実施していて、今年は2回目です。オンラインでの講義では主にAaaS Tech Labにおける生成AIを活用した業務事例のご紹介、ワークショップの課題を取り組むにあたって必要なLLMの技術解説を行いました。最後の成果発表会では、実際のビジネス課題に対してその場で”企画書をLLMで自動生成する”という課題を学生に取り組んでもらい、その成果をプレゼンしてもらいました。
LLMに入力として使える情報として、広告主から広告会社などに向けて提示されるような、与件やサービス情報が記載されたオリエン資料を用意しました。LLMを活用することで、オリエン資料をベースにどのような企画が実施できるかをブレインストーミングしてもらい、その上で企画書を自動でPowerPointのスライドとしてまとめて出力する、という課題に取り組んでもらいました。受講の条件にはPythonなどを使ったプログラミング経験やLLMを活用した開発経験があることとして、合計6名の学生が参加してくれました」と、講師を担当した博報堂テクノロジーズ AaaS Tech Labの青山格氏はいう。
オンライン講義の1日目は、AaaS Tech Labでの事例紹介を行い、広告会社のデータサイエンティストが活用するLLMの技術や生成AIの役割などについて語った。
2日目の講義では、博報堂DYグループの研修でも扱うようなビジネスアイデア創出法について講義、演習に取り組んだ。
「会津大学にはコンピュータサイエンスに強い学生が多く居ますが、理系の学生ということもあり、ビジネスに関する企画アイデアを考える機会はあまり多くありません。そこで、まずLLMは使わずに自身でアイデアを考える体験をしてもらいました。講義内容としては“リボン思考”などアイディエーションに関するメソッドを紹介し、その上で学生自らアイデアを考えてもらいました。」(青山氏)
「リボン思考」というのは、ブランドデザインの現場でよく使われるアイデア発想法だ。できるだけ多くの情報を収集し、コンセプトを絞り込み、そこからアウトプットを多彩に拡げていくという、拡散・集束・拡散を繰り返す考え方である。通常の授業で慣れ親しんだ手法ではないだけに、学生たちにも新鮮に受け止められたようだ。
3日目は、AIを活用し課題に答えるという最終発表を意識して、主にRAG(Retrieval Augmented Generation)の活用とマルチエージェントシミュレーション (MAS)に重点を置いた説明が行われた。RAGはLLMによるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせることで、回答精度を向上させる技術で、広告業界に限らず、実際のビジネスシーンで活用が進んでいる。
RAGに関するパートを担当した、同じく「AaaS Tech Lab」の平川智也氏も以下のように語っている。
「単にプロンプトを入力してLLMで回答を得るという、プロンプトエンジニアリングだけではなく、RAGを含めたより実践的なLLMの原理とその現状を伝え、その活用を考えてもらうことに重点を置きました。
RAGをビジネスで使う上で課題となる点をいくつか挙げた上で、実際に資料をテキストに起こし、そこからデータベースを作る流れを紹介しました。
今回の課題において『この分量でRAGはどのように構築するべきですか?』『RAGを使うべきか、ロングコンテキストを活用すべきかの判断基準はどこにあるのでしょうか?』といった、具体的な質問も出て、学生たちも高い関心をもってくれたようです」(平川氏)
RAG、マルチエージェントシミュレーションを使いこなす学生たち。意表をつくアイデアも
いよいよ最終日、会津大学で開催されたワークショップでは、地域産業との連携を想定した課題が設定され、実際に会津大学発ベンチャー企業所属のOBと協業することで、実際に展開されているサービスに対する企画書を生成、実ビジネスを意識させる課題となっている。
「例えば、今回ご協力いただいたベンチャー企業様は、学生のコミュニティ形成をテーマにビジネス展開しています。
そこで、その企業の事業内容やサービス紹介資料をAIに読ませて、新たなサービスを提案し、資料に落とし込むEnd-to-Endのシステムを構築することを課題に設定しました。
学生が想像しやすいターゲットではあったのですが、発表直前に学生それぞれに別の課題、例えばある学生には留学生向けのサービスを、また別の学生には新入生向けのサービスをというように別々のターゲット像を与えて、その場で資料を作成してもらう、というスタイルです」(平川氏)
「最終発表では企画の出来はもちろん見ますが、LLMを使って、オリエン資料から企画書の生成までが自動で処理され得るかどうかにポイントを置きました。
企画の良し悪しはさておき、アイデア創出から企画書生成に至るエンジニアリング的要素をどれだけクリアできるかも重要で、学生のどのような創意工夫によって、うまくアイデアが創出できるか、そして企画書として綺麗に出力できるか、その過程を大事にしました」(青山氏)
成果発表会では、学生が発表する順番になってから、学生ごとに異なる具体的な課題を初めてその場で提示し、企画書を生成・プレゼンする。その場で生成となるため、タスクとしてはかなりハードだが、想定以上に学生たちの反応はよかったという。
「例えばRAGや、マルチエージェントシミュレーションについては講義でも触れましたが、それらの要素技術をほぼ全員の学生が使ってシステムを実装、発表していました。技術力の高さや、うまく企画書を生成するために行った試行錯誤の量がすごいと感じました。」と、青山氏は驚く。
「企画はテキストベースで考えることが多いと思いますが、ある学生は、OpenAI社のDALL-E 3を使って、いったんアイデアをベースにリアルな画像を生成。その画像のスライド中への自動配置も行っていましたが、そのビジュアルからさらにアイデアを膨らませるような手法を使うことで、別視点からアイデアを膨らませていました。これは、私たちにとっても斬新なアプローチだと感じました」(青山氏)
「実際に資料をアップロードして、ターゲットを入力するテキストボックスにターゲットを入力し、ボタンを押すだけで資料が出来上がるという問題解決のためのUIのシステム開発までしてくれる学生さんもいらっしゃって、すごくびっくりしました。何かのサービスかと思いました。」と、平川氏も学生たちの創造力と技術力には舌を巻く。
こうしたことができたのは、受講した学生たちが、普段から個人の趣味、あるいはサークル活動やインターンシップなどを通して、様々な生成AI活用をはじめとする開発経験を積んでいたことも大きかったという。
秋の「ベンチャー基本コース各論II」でも、今しか議論できないテーマを講義
このサマーワークショップとは別に、博報堂テクノロジーズならびに博報堂DYメディアパートナーズは、同大のベンチャー体験工房「会津IT日新館」という授業の枠組みを使って展開される「ベンチャー基本コース各論II」という講座に他の企業・団体とともに登壇している。
昨年は、篠田・青山の両氏が「広告業界におけるデータサイエンスの活用・実践」と題して、「AaaS Tech Lab」の事例紹介だけでなく、生成AIの利用をめぐる社会的議論についても講義した。
「2023年以降、生成AIの普及が急速に進み、多くの企業が様々なサービスを開発する中で、ビジネス活用の面では中々利用が進まない側面もありました。成功している事例も多くありますが、著作権をはじめとした法整備がされきっておらず倫理的にグレーゾーンに捉えられてしまうポイントも同時に多くあると思っています。その中で、皆さんは生成AIを活用したビジネス / コンテンツに対してどのようなものであれば対価を支払えるかという内容をテーマとする、ディスカッションに関するレポートを出題しました。」(青山氏)
昨年の学生からは「キャンセルカルチャー」や「ウォーク・キャピタリズム」など、海外報道でなんとなく聞いていた事象について講義で知ることができ、非常に面白かったという感想も寄せられたという。
今年も11月にこの特別講座が開催される予定で、今回の担当は平川氏だ。
「2023年から2024年にかけて生成AIに関する研究は急速に進み続けています。まさに今、ディスカッションするべきテーマを考えています。
例えば、2024年に入り、動画生成や3Dモデル生成分野の生成AIがかなり成長したと感じています。また、音声合成に関しても本人と見紛うほどのクオリティで人間の音声を再現できるようになっています。
このようなテクノロジーは負の使われ方が取り沙汰されることも多いものの、進化をネガティブに捉えるのではなく、社会全体の幸福や新しい価値観に基づく文化形成が起きるにはどのようにテクノロジーが使われていくべきか、これからのテクノロジーとの新しい向き合い方を学生たちに考えてもらいたいです」(平川氏)
広告業界におけるテクノロジーとビジネスのまさに「いま」をダイレクトに伝える講義と、それに刺激を受けた学生が新たな技術開発やビジネス創造に取り組む—そうしたフレッシュでインタラクティブな関係性が、会津の地で生まれようとしている。