NECのデジタルクラフトチーム「FCD」とは──デザイン思考×XR・顔認証技術で生み出す最新プロダクトを紹介
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60年以上にわたり培ってきたNECのデザイン思考
最初に登壇した熊谷健彦氏は、まずNECにおけるデザインの歴史や特徴、現在はどのような体制となっているかについて紹介した。
NECでデザインに対する本格的な取り組みが始まったのは、今から60年以上前の1958年。その後1993年には、世界各地に拠点を持つグローバルデザインファームのIDEOと共同プロジェクトを行い、デザインに関するプロセスや方法論をメソドロジー化していった。
2018年にはさらに、グローバルでビジネスデザインの実績と洗練されたメソッドを持つビジネスモデル社と連携。これまで蓄積されてきたデザインフレームワークをブックレットとしてまとめている。
ブックレットは現在バージョン2となっており、デザイナーに限らず、テクノロジー部門のメンバーも目を通し、デザインの汎用知識を学んでいる。そんなNECのデザインのベースとなっているのは「Human-centered design(人間中心設計)」だ。
「たとえば、目の前に見えている行動や発言から一歩進み、本人も自覚していないようなニーズをインサイトしていきます。また、自社の技術ありきではなく、社会や生活者の視点に立ち、同じくどのようなニーズやサービスを求めているのか。このような人ありきのデザイン思考を、ビジネスプロセスに対しても適用しています」(熊谷氏)
具体的には「DXデザインコンサルティング」というオファリングとしてサービスを提供しており、その領域はビジネスの創出からブランドデザイン、プロダクトデザインまで多岐にわたる。同オファリングならびにデザイン思考を総称して「FCD(フューチャークリエイションデザイン)」と呼んでいる。
実際に顧客が扱うプロダクトをデザインするチームは「テクノロジーデザインチーム」と呼ばれており、熊谷氏は同チームの特徴を詳しく説明した。
「NECがこれまで120年の歩みで得たさまざまな先端技術に、外部の技術を組み合わせることで、どのような新しい価値が出せるのか。実証実験などを行いながら進めており、特に最近はXR領域に注力しています」(熊谷氏)
同チームはエキスパートにインタビューを実施したり、市場動向を調査しながら、ゼロイチで新規事業を創出する。顧客に最も近いポジションだ。そして案件が動き出した際には、担当者がプロジェクトのリーダも担う。
メンバーは、デザイン思考はもちろん、テクノロジーの知識、マネタイズも担うなど、さまざまな知識や役割が求められる。中でも熊谷氏は、以下4つのスキルが重要だと語った。
- 俯瞰力
- ビジネスセンス
- 問題解決力
- コミュニケーション力
部門を横断してさまざまな人とやり取りする業務が多いため、特にコミュニケーション能力が必要だと熊谷氏。逆の言い方をすれば、同スキルを身につけた人に向いているチームだと説明し、セッションを締めた。
テクノロジーデザインチームの役割や活動事例
続いては、テクノロジーデザインチームでデザイナーを務める則枝真氏が登壇。ARやVRの研究に従事し、賞の獲得やメディア・講演への出演、書籍執筆など、幅広い分野で輝かしいキャリアを誇る則枝氏。まずは、これまで携わってきた研究成果を紹介した。
人の体をスイッチにする研究では、腕に「再生」や「停止」といったUIが浮かび上がったり、同じく指に「あいうえお」などの文字が浮かび上がることに成功。まさしく人の体を、これまでのデバイスUIに代わりスイッチとして使用できると話題になり、メディアやテレビ番組でも多く取り上げられた。
同研究はその後、事業化もされる。機器のメンテナンス業務での活用だ。先のプレイヤーと近しいUIが腕の上に浮かび上がり、作業手順などが表示される。そのため、作業マニュアルを現場に持っていく必要がなくなる。
腕だけではない。目線を機器の方に向ければ、メンテンナス手順がAR表示されるため、経験の乏しい作業員でも、ミスなく確実に、業務を進めることができる。そしてメンテンナス結果は、再び腕のUIにタップし入力することが可能だ。
「ピッキング業務では、ピッキングする箇所をARで示すことで、作業時間がこれまでの40数秒から30数秒と18.2%に削減しました。ベテラン作業員と比較しても、変わらない作業効率を実現しているとの結果が出ています。そのほか観光案内などでも、研究成果が活用されています」(則枝氏)
続いて、現在のFCDの取り組みについても、先の熊谷氏の内容を補足するかたちで、紹介が行われた。具体的にはスライドで示したように、8つのプロセス(問い)を、顧客と共に応えるかたち(フロー)で、具体的なサービスや課題解決を実現していく。事例も紹介した。
事例①:感情分析技術×遠隔会議
オンラインでのやり取りでは、カメラがオンになっていない場合や、不特定多数の視聴者に向かって話す場合、相手の表情が分からず、会話やセッション内容がどこまで届いているのか不明瞭の場合が多い。このような課題を解決するための取り組みだ。
「まずは、どのようなユースケースがあるのか、アイデアを出し合います。次に、出たアイデアをグルーピングし、本当にニーズがあるのかどうかを、場合によっては調査会社を活用し、調べます。ターゲットの絞り込みなど、さらに議論を重ねていきます」(則枝氏)
ユースケース検討の次は、構成を検討する。データはどのように受け渡すのか。クラウドや感情を分析するAIは、どこのサービスやモデルを採用するのか。APIで連携可能かどうか、NECならびにパートナーの技術やアセットは適用できるか、といった具合だ。
ビデオ通話システムはもちろん、スマホやパソコンといったデバイスなど、先のユースケースを実現するために必要な技術スタックについても検討していく。その後は実際にプロトタイプモデルを作成し、効果検証フェーズに進む。
事例②:デジタルオフィス/顔認証連携サービス
続いては、NECが2020年の夏から自社オフィスを実証実験の場として取り組んでいるデジタルオフィスプロジェクトだ。NECが得意とする顔認証技術を、さまざまな場所やワークシーンで活用する取り組みである。
ロッカーは鍵やカードではなく、顔認証や指の動き(フィンガージェスチャー)で開閉する。建物の入館や会議室の入場についても、顔認証で照会する。また入場の際ならびに、オフィス内のあちらこちらに設置されたカメラならびに映像解析技術により、誰がどこで働いているかも把握。社内だけでなく自宅でのリモートワーク、バーチャルオフィス、外出先などの情報も共有する。
大手ITベンダーであり、日本有数の大手メーカーでもあるNEC。その強みを活かし、ロッカーのプロトタイプを自ら開発している。会議室の入場においても、単なる顔認証では、個人情報やパスワードを盗み見するショルダーハックに遭う危険性がある。そこで、ホログラムタイプの特殊なプレートを装着し防ぐ対策も、施されている。
まさに冒頭、熊谷氏が説明したように、これまで培ってきたさまざまな要素技術を組み合わせた取り組み事例である。則枝氏もまさにそこに触れながら、セッションを終えた。
「私自身はXRが専門ですが、NECにはデバイス、クラウド、ソフトウェア、アプリなど、それぞれの分野の専門家が揃っていますから、イメージしたプロダクトやサービスが実現できる環境が整っています。そして私たちチームの役割は、そのような多くの部門を連携し、新たな価値や課題解決を実現していくことです」(則枝氏)
5G/ARを活用した新たな事業創出について
ここからは、実際にFCDが各事業部と連携しながら進めたプロジェクトが紹介された。まずは、5G/ARを活用した新たな事業の創出を、携帯キャリアへの営業活動部門の江口和樹氏が語った。
「5Gがスタートしたが、現状としては前の4Gと特に変わっていない。このような感想を持つ人が多いのではないでしょうか。理由は明白で、デバイスが以前のスマートフォンのままだからです」(江口氏)
江口氏は1Gから5Gまで、モバイルネットワークの進化について説明。1Gでは自動車電話やショルダーフォンといった大型のデバイスであったのが、2Gになると小型のデバイスになった。
3Gになるとネットワークに繋がるようになり、iモードやEメール、カメラといった機能も追加された。4Gになると、デバイスはスマホに刷新。アプリをインストールする機能が加わったことで、爆発的に需要が高まった。
「5Gが広まるためには、それぞれの起点で起きたような爆発的な変化が必要であり、そのきっかけにARがなると予測しています。実際、2030年にはAR/MRの市場予測は約14兆円に拡大すると言われています」(江口氏)
AR市場はガートナーが提唱する技術の成熟・社会浸透度を示す「ハイプ・サイクル」において、過度な期待を超えた幻滅期だと江口氏。これからまさに、14兆円の市場に成長していく段階であり、一般的な技術・サービスとして広まっていくと説明。マーケットにおけるバリューを説明し、だからこそビジネスとして取り組み意義があると強調した。
一方で、課題も多いという。値段が高い、重い、バッテリーの駆動時間が短いなど、まだまだ一般ユーザーが使う、欲しいと思えるスペックになっていないことがまずひとつ。もうひとつは、スマホが爆発的に流行ったような、ARに対応したアプリケーションやエコシステムの構築だ。そして江口氏は、同問題が最も大きい課題だと説明した。
改善に向けて取り組んではいるが、課題は山積していると江口氏。大きくは3つ。「マーケティング」「パートナーリング」「開発」だ。
江口氏が所属する部署は、先ほども少し触れたが、もともと通信事業者向けにサービスを扱っている。そのため今回のようなコンシューマ向けのサービスや、エコシステムの構築といった業界全体を巻き込むような新たな事業やシステムを創出する経験がない。そのため当初はまずは何をすればよいのか、分からなかったという。
また、AR・5Gで提供していくサービスは、ネットワーク、画像解析、AR、クラウドなどさまざまな領域の技術要素を組み合わせていく必要があるため、NECの一部門でやるには非現実。そして、爆発的に普及するためには業界全体としてエコシステムを構築する必要があるため、パートナーとの協業や開発が必要不可欠だと感じていた。そこで、FCDの門を叩く。
「これまでは各フェーズや領域ごと、担当者それぞれに連絡を取っていましたが、FCDであればワンストップで行えるので効率的です。すでにARで提供するサービスのPoCも完成し、現在アジャイルを何度もまわしている最中です。半年から1年後には、改めてサービスを公開できると意気込んでいます」(江口氏)
キャビンアテンダントの訓練を効率化
続いては、航空会社のトレーニングセンターでの新規事業を、同クライアントの担当部署とFCDが協業した事例を、坂直樹氏が紹介した。
クライアントはANA。ANAでは、従業員に対する教育や訓練から、働き方改革や新たなイノベーションの創出を、「ANA Blue Base(略称:ABB)」という総合トレーニング施設で行っている。同施設は見学や体験が可能で、同社のブランディングも担う。
今回の実証実験は、教育訓練の質向上を目指した取り組みである。テクノロジーを活用し、ベテランCA(キャビンアテンダント)の動きやサービスを可視化。さらにはモデルとして定義し、新人の教育(訓練)に活用していく。
「ベテランならびに新人CAの方にVRやMR、感情や言葉を計測するリストバンドやアプリなど、さまざまなデバイスを装着してもらいデータを取得。そのデータを可視化、両者の違いを分析することで、訓練に活用してもらう実験を行いました」(坂氏)
デバイスやソフトウェアなど、実験に用いた技術スタックは上記スライドのとおり。これらデバイスにより、CAの姿勢、視線、音声(テキスト)、感情などを計測し、データ化していく。
対象となる動き(実験)は大きく2つだ。1つ目は、ギャレーと呼ばれる飛行機内のキッチンのような箇所で、飛行中に台が飛び出さないよう、的確かつスピーディーにロックする訓練。もうひとつは、お客様に対する会話や挨拶など、いわゆる接客サービスだ。
前者の実験では約70箇所をロックする必要があるが、ベテランCAは動線の無駄もなく、ロックのし忘れもなかった。一方、新人CAは無駄な動きも見られ、かつ、ロックミスもあった。接客サービスではベテランCAは、お辞儀の角度が25度と安定しているのに対し、新人は30度と深すぎる。
視線においては、ベテランCAは客に向いている時間が長い。声がけにおいては多くの単語を使って話しているなど、会話のバリエーションが豊かであることがわかった。感情においては、新人は緊張状態(アングリー)で満たされているのに対し、ベテランは幸せやリラックスといった感情。つまり、適度な緊張がありながらも、接客を楽しんでいるのだ。
ANAではMRデバイス「HoloLens2」を保有しているため、同資産を活用できないかとの実証実験も行った。具体的には、VRや視線追跡で使用したデバイス、Tobiiの機能をHoloLensに移植。見え方は多少変化するが、実験の根本、データは得られるため、今後はさらなる場での応用を考えているという。
坂氏は今回の取り組みを振り返り、次のように述べセッションを終えた。
「私はこれまで基幹系システムの構築がメイン業務だったので、今回の取り組みは正直、未知な領域でした。けれどもFCDと連携しながら進めたことで、確実に成果が得られ、ANAからも感謝の言葉をいただきました。今後は今回の成果をさらなる領域でも広げられないか。具体的にはANAと協業しながらXRによる新たな価値を創造し、エンドユーザーへの提供を検討しています」(坂氏)
共通のデジタルIDでサービス・IDをシームレス連携する
クレジットカードによる決済、交通系ICカードによる乗車や買物、Webサービスへのログイン、会社の社員証など、私たちは日々の暮らしやビジネスにおいて多くのIDを保有している。そして、その多くがリンクしていないために、複数のアカウントやパスワード、カード、キーなどを保有している。
NECではこのような複数のIDやサービスを、顔や虹彩などの生体認証を共通IDとすることでシームレスに紐付け・連携する取り組みを行っている。その結果、快適でありながらも安全な体験やサービスが受けられる社会を実現していく。
2020年6月には、このような考えを「I:Delight(アイディライト)」というコンセプトとして発表。最後に登壇した大澤健一氏は次のように補足した。
「顔認証はマスターIDですから、アイディライトのコンセプトが実現すれば、これまでのように複数のアカウントやパスワードを記憶したり、複数のカードを保有することなく、顔をカメラに映すだけで、あらゆるシーンでの体験が可能となります」(大澤氏)
NEC本社では、まさに自販機や社内売店での買物やバーチャルオフィスへのログインなど、1つのID・顔認証だけで可能となっている。
自治体での実証実験も始まっている。南紀白浜だ。羽田空港での決済から、南紀白浜空港での手荷物の受け取り、ウエルカムサイネージとの連携、宿泊ホテルでのキーレス、現地でのショッピングでのキャッシュレス、施設への入場時など。あらゆる体験が顔認証だけで実現する世界が、南紀白浜に行けば体験できる。現在はシェアオフィスなどからも問い合わせが増えているという。
改めて大澤氏はFCDとの取り組みも含めた同プロダクトを振り返り、次のように述べてセッションを締めた。
「今回紹介した事例も含め、これまでいくつかアイディライトのコンセプトを実際の事業、体験として具現化しています。FCDと一緒にアジャイル方式で行ったことで、ゼロからの開発でしたが、わずか3カ月ほどでクイックに完成まで導くことができました」(大澤氏)
登壇者プロフィール
日本電気株式会社
DX戦略コンサルティング事業部
エグゼクティブコンサルタントリード 熊谷 健彦氏
日本電気株式会社
DX戦略コンサルティング事業部
マネージャー 則枝 真氏
日本電気株式会社
トランスポート・サービス業システム本部
プロジェクトマネージャー 坂 直樹氏
日本電気株式会社
NTTドコモ営業本部
マネージャー 江口 和樹氏
日本電気株式会社
交通・物流ソリューション事業部
(兼)クロスインダストリーマネージャー 大澤 健一氏
日本電気株式会社
DX戦略コンサルティング事業部 柏崎 亮太氏