AIブームの裏側で着実に成果を上げた、NECのAI活用と最新事例とは?
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AI市場の成長に伴い、AI人材の育成ニーズが拡大
今回NECのAI活用について語ってくれたのは、NEC AI・アナリティクス事業部の若松直哉氏。若松氏は2008年、NECに転職で入社。以前はプラント制御メーカーで鉄鋼、石油石化などのプラント制御システム開発や導入作業に従事していた。NEC入社後はプロセス業向けSIのPMとして活動した後、2014年より現在の部署であるAI・アナリティクス事業部に異動。データサイエンティストとしてNECの独自技術インバリアント分析を活用したプラントの異常検知を中心に活動。最近は、AI品質ガイドラインや分析プロセスの策定などAI品質、分析に関わる共通化業務にも従事している。
まず語られたのは、AIの市場についてだ。2020年のAI市場は約510億円、5年後の2025年には1200億円に達する見込みとなっている。また、今後は特定の産業や用途に特化したソリューションや本番稼働後の性能監視、運用管理を支援するソリューションにおいて、需要が拡大すると見込まれている。
「NECではこのような状況に鑑み、2013年10月より本格的にAI人材の育成を開始しています。現時点において、NECグループ全体で約1800人を育成、現在は成熟期に突入しており、中でもAI業務を活用する人材の育成に注力しています。」(若松氏)
また、NECではAI学習動画や研修の予習復習ができるAI学習基盤を整備していたり、AIに関するコンテストを実施したりしている。また、AIに関する情報共有や人材交流を行うためのコミュニティも開設している。
さらに、NECは「Quality of Life」「Work Style」「Industry Eco System」「Communication」「Lifeline Infrastructure」「Safer Cities & Public Services」「Sustainable Earth」という7つの社会ソリューション事業に注力。社会課題の解決に貢献している。
これらを展開するため、NECではICTプラットフォームを構築。NECのナンバーワン、オンリーワンのコア技術を磨くことで、サイバー世界を強化し、社会価値を増幅している。
「NECでは社会価値を生み出すために、サイバー世界において『見える化』『分析』『対処』という3つのアクションがあると考えています。見える化とは、IoT技術やセンサーなどを使用して、実世界のさまざまな事象を認識し、デジタル変換すること。
2つ目の分析とは、データを認識、認知し、将来予測や異常検知などを行うこと。3つ目の対処はその分析結果を基に、課題解決の為の最適な手段を提供することです。NECではこれら一連のデータの価値を変換するプロセスをAIによって実現しています。」(若松氏)
NECのAIに対する取り組みは1960年代から始まった
NECのAIに対する取り組みは、1960年代のOCRを使った郵便宛名読み取り区分機から始まった。その後見える化技術は指紋認証、顔認証、虹彩認証の開発へと発展。2000年代に入ってからは、ディープラーニングや機械学習を含む分析の領域にも取り組み、NEC AIチーム独自のアルゴリズムである異種混合学習やインバリアント分析などを開発している。
2010年代に入ってからは、自律適応制御や予測型意思決定最適化技術など対処の領域においても、NEC独自の技術を開発している。
「見える化のAI技術である生体認証では、アメリカの研究機関が運営する認証制度ベンチマークテストにおいて複数回、世界ナンバーワンを獲得。例えば指紋認証では8回、顔認証では6回、虹彩認証では2回、世界ナンバーワンを獲得しています。」
分析のAI技術である分析においては、ディープラーニング技術を発展させて、GPUを必要とせずに高速で動作するRAPID機械学習技術を開発。ルールを説明可能なホワイトボックス型に分類される異種混合学習などの開発も行っている。対処の分野では、多数のリソース間のバランスをとるために、多大な計算量を求められる最適化技術も生み出している。
これらのAI技術を総称するブランドとして、2016年にNECでは「NEC the WISE」を立ち上げた。NEC the WISEは現在27個の技術で構成されており、順次拡大している。このようなブランドを立ち上げた背景を、若松氏はこう語っている。
「今や社会課題は複雑化し、領域も多岐にわたるため、一つの汎用的なAIですべてに対処するのは現実的ではありません。そこでさまざまなAI技術を組み合わせることで、あらゆるシーンに柔軟かつスピーディに対応させ、付加価値の高いソリューションを提供することができると考えました」
NEC the WISEでは、AIの性能を最大限に引き出すために必要なAIプラットフォームを一括して提供することが可能になっている。若松氏はそう強調した。
AI活用で、成果につながった事例の紹介
では実際、どのような場面で活用されているのか。若松氏が紹介した1つ目の事例は、AI活用検査支援のソリューションだ。画像を用いた検品業務の効率化削減を実現している。
課題は、検品業務に膨大な時間と労力を要し、作業品質のバラツキのある目視による製品検査の効率化と品質の向上。解決策はディープラーニングで画像から傷や汚れなどの特徴を自動で学習させ、製品検査の自動化である。これにより検索目の削減による原価低減、生産性向上、検品作業品質の均質化を実現した。
続いて紹介されたのは、需給業務の最適化事例だ。顧客の需要予測の精度の向上、属人的な需給業務の効率化という課題を解決するため、様々なデータをインプットし、予測結果の因果関係を明確に捉えることで、解釈性の高い需要予測を実現可能にした。効果としては廃棄ロス、欠品、過剰在庫の削減、需給調整業務の工数削減などを実現している。
第三は不正検知の事例。金融取引における不正のモニタリング業務において、人手をかけず正確かつ迅速に判断したいという顧客の課題に対して、AIによって不正公正取引、保険金不正請求、不正送金などの不正度合いのスコアリングを実現。
疑い度合いに応じたモニタリング業務を行うことで、業務の効率化・高度化を実現。さらに不正取引による損失を削減するという効果が得られた。
第四の事例は、ユーザーの声分析だ。時間やコストをかけずに、声やテキストなどの膨大な意見や会話データを高品質に分析したいという課題に対し、音声認識、感情認識、テキスト含意認識を組み合わせて、声データを意味ごとに高精度に自動分類。見出しを自動付与するというソリューションを提供した。
「これにより少ない工数で正しくタイムリーにお客さまの声を把握できるようになり、事業判断、応対業務の高度化、効率化を実現しました。」
第五の事例は電力需要予測。発電コストに直結する電力需要予測の精度向上という課題に対し、過去の電力実績値など電力使用量に影響するデータを分析。今後のエネルギー需要を30分単位で予測することを実現した。
さらに、需要量に見合った最適な発電・調達計画に貢献し、コストも低減。需要予測業務の負荷・工数も低減し、効率的な電力事業運営に貢献した。
第六の事例は、プラント故障予兆監視である。プラントシステムの安定した運用と異常時の早期対策を実施するため、NECが提供したのがインバリアント分析だ。
「各設備に設置された大量のセンサーから送られてくるデータから、すべてのセンサー間の関係をインバリアント分析により把握し、微細な変化から異常予知をリアルタイムに検知することを可能にしました。これにより深刻なトラブルが起こる前に対策を取ることができ、プラントの稼働率の向上に貢献しました。」
プラント故障予兆監視ソリューション「インバリアント分析」の詳しい紹介については、こちらの動画を見てほしい。また若松氏は実際に、センサーの関係性の崩れ度合いの異常度がどのように見えるのか、デモも実施した。
「このソリューションで利活用するのは、DCSやPLCという既存の制御システムのセンタトレンドデータです。センター間の関係性の崩れに着目して、リアルタイムに検知して異常を通知します。JXTGエネルギー水島製油所のボイラー設備に適用したところ、既存の制御システムより約1週間前に異常を検知したという実例も登場しています」
インバリアント分析という技術を簡単に説明すると、一つ一つのセンサー間にそれぞれ成り立っている1対1の関係性に着目し、その崩れが発生したところを異常と捉えるという仕組みである。システム構成例は次の図のようになっている。
またインバリアント分析の適用では、グリス切れによるバルブの開度異常を91時間前に検知したという事例も登場している。
AIの活用における課題とは
このように活用が進むAIだが、課題も山積している。その一つがPoC疲れだ。データを検証しても、PoCから先に進まず、それで疲れてしまうという状況である。次に挙げられるのは、AI品質。現在、AI活用領域は広がっており、品質保証要求が高い分野にも適用が拡大している。
「現在、国内外でガイドラインや標準、法整備の検討が進んでいます。国内であれば経産省の『AI原則実践の為のガバナンス・ガイドライン』や産総研の『機械学習品質マネジメントガイドライン』、海外であればOECDの『AI原則』、欧州委員会の『AI規則法案』や『AI賠償責任ルール』などがその一例です。海外の動向、あと国内のこういったガイドラインも常にウォッチしていく必要があります」
また、品質面で気をつけなければならないのは、AIは従来のソフトウェアとは異なる性質をもっていること。従来ソフトウェアは演繹的プログラムだが、AIソフトウェアは帰納的プログラム。このように従来ソフトウェアとAIソフトウェアでは作り方と振る舞いが大きく異なることも、AIの品質を保つ難しさにつながる。
例えば学習時には精度が高くても運用になると、精度が悪くなる。運用時のデータは時間経過とともに変化し、学習時のデータから乖離するため、精度が運用中に劣化する。AIの品質を確保するには、こういったAI特有の性質を考慮した対応が必要になる。
「現在、AI品質確保の難しさに対処するため、科学的根拠に基づく方法論の確立を、各国で検討していますが、まだ発展途上の段階です。現状では蓄積された経験知やノウハウに基づいた品質評価、改善を行っていくのが最善策です。そこでNECでは19年に『AI品質ガイドライン』を作成しました。」
このガイドラインの特徴は、AIシステム開発の主なフェーズごとに確認事項を整理していること。簡単に言うと、各フェーズで達成すべき状況におけるゲートチェックである。
最後はMLOpsについてである。AIシステム運用後のモニタリングの問題、モデル更新の問題、モデルの継続的な改善など、問題はたくさんある。そこでNECでは、MLOpsサービスを提供し、モデル作成から運用まで幅広く支援していることが紹介された。
セッション後は、充実のQ&Aタイムを実施
NECがいかにAIを活用し、成果に繋げているか、理解できる若松氏のセッション終了後は、Q&Aタイムが始まった。
Q.インバリアント分析では多数のセンサーの時系列データを分析するとのことだが、各センサーの単位時間当たりのデータの点数は揃えるのか?
単位時間あたりのセンサーデータの点数を揃えていただく必要があります。
Q.インバリアント分析で、異常発生箇所とその原因箇所の特定、区別は可能か?
依存異常発生箇所は、関係性の崩れが集中しているセンサーで特定できます。一方、その原因特定といったところは難しいと考えています。
例えば、あるバルブのところで異常が集中して異常度が高くなったとしても、その要因についてはグリス切れによるバルブの開度異常、断線による異常などが考えられるからです。
なお、過去と同じような動きをしているなど、そういったナレッジ機能を使うことで、ある程度、原因を予測することができるのではと考えています。
Q.インバリアント分析は最初に紹介したような予測(検品業務分析、不正検知など)を組み合わせた形になるか、それとも全て同一技術か?
インバリアント分析技術は、組み合わせた技術ではなく、単一の技術です。
Q.異常検知後すぐ対処してしまうと、何時間前に予知できたのかわからないと思うが、どうやって91時間前とわかったのか?
現場オペレータと話して、インバリアント分析技術が入っていない場合、どのタイミングで検知できたかを確認させて頂いた。普段のプラント運転では、既存の制御システムや現場パトロールにて異常を検知します。今回の場合、センサーデータの値を比較してシミュレーションしたところ、インバリアント分析技術が無ければ、91時間後の検知になるだろうといった時間が算出されました。
Q.AI品質に関しては都度手動で測定するのか。NEC側で品質チェック用のツールなど用意しているのか?
AIの品質に関しては、都度手動でチェックします。その際に利用するのが、品質ガイドラインというチェックリストです。
Q.複数の測定値から学習モデルを作ると莫大な時間がかかるが、一つのプラントでモデル作成にどれぐらいの時間を要するか?
一般的なスペックのサーバーがあれば、数千のプラントのセンサーデータで、数分ぐらいでモデル化することが可能となっています。
Q.インバリアント分析では、メンテナンスなどにより部品や機器を更新した場合、関係性の再学習が必要か?
メンテナンスにより、再学習が必要になります。理由は、同じプラントでもメンテナンスによりプラントの状態が変わってしまうからです。
Q.データの見える化において、最も重要なことは何か?
私自身が重要だと思っているのは、お客様の納得感が得られること、つまり現場の業務知見に即していることです。インバリアント分析技術も当初は既存の制御システムと比較され、信頼性の観点からがなかなかご理解を頂けない状況が続きました。しかし、インバリアント分析でセンサー間の関係性が形として見え、それが現場の知見と合致すると、この技術は信じられる、納得できるという空気に変わっていきました。 データの見える化では現場の納得感があることが非常に重要になってくると思います。