PayPayのコーポレートエンジニアが語る、アナログ業務のデジタル化とフルリモート対応の軌跡
※所属、肩書きはイベント当時のものです。
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PayPayがアナログから脱却し、デジタルへシフトするまでの歩み
PayPay株式会社
Chief Information Officer
コーポレート統括本部 経営推進本部
エンタープライズエンジニアリング部 部長 岡田 寛史氏
最初に登壇したのは、PayPayのCIOであり、エンタープライズエンジニアリング部(以下、EE部)の部長も務める岡田寛史氏。岡田氏は新卒でSIerに入社し、プログラマーとして業務システムの開発に従事。その後、数社を経て「もう一度ヤフーを作る」という言葉に惹かれ、2019年10月にPayPayに転職したという。
PayPayは2018年にサービスリリース後、現在の登録者数は約4700万人、年間の決済回数は20億回を超える。QR決済サービスに留まらず、クレジットカードや銀行、証券、保険などの金融にまつわるさまざまなサービスをPayPayブランドに統一し、総合金融サービス業として事業を拡大している。
EE部のミッションは、「技術で会社の成長に貢献する」。会社にいかに貢献するかを念頭に置き、社内業務システムやITサービスの提供を通じて、さまざまな部門と連携して課題解決に取り組んでいる。
加盟店(マーチャント)とのセールス・BizOps、PayPayユーザー向けのプロダクト・BizDev、金融庁などのオーソリティのコーポレートという3つの柱を下支えするシステムを開発しているのが、EE部である。
「現在のEE部の人数は数十人。そのほとんどがここ1〜2年以内にPayPayに入社しています。EE部では比較的日本人が多く85%を占めています。その理由は僕らが作る業務部門のシステム構築は、日本語で仕事することが多いためです。多国籍な環境ですが、英語が必須というわけではありません」(岡田氏)
PayPayのモバイルアプリを開発するプロダクト本部とのやり取りは英語となるが、社内に翻訳チームがあり、翻訳ツールも充実しているので、英語が得意でなくても、やり取りできる状況になっている。
岡田氏がPayPayに転職した2019年当時は、ITの調達も各部任せだったため、社内の情報システムをスプレッドシートで管理していたり、ドキュメント不足やセキュリティ対策など、多数の問題を抱えていた。
そして、大きな試練が2020年末に訪れた。加盟店管理システムにインシデントが発生したのだ。これを気に、急ピッチで再発防止と全システムの総点検を実施。トップダウンでのセキュリティ対策、ガバナンス強化にリソースを集中して取り組むことになった。同時に課題を解決する手段として、最新技術をどんどん取り込むことに舵を切ったのである。
現在は、PayPayを利用する多くのユーザーのために、世界トップクラスの信頼性、俊敏性を備えたIT環境、IT組織を作ることをスローガンに取り組んでいると、岡田氏は強調する。
「道半ばではありますが、この2年間で約60の業務系システムやサービスを導入し、一元的に管理しています。現在のEE部は7チームで数十人のメンバーが所属、クラウドネイティブ&フルリモートの環境を実現に向けて頑張っています」(岡田氏)
人財管理フローのデジタル化を「Workday」導入で実現
PayPay株式会社
コーポレート統括本部 経営推進本部
エンタープライズエンジニアリング部 開発1チーム リーダー 竹岡 和彦氏
続いて登壇した竹岡和彦氏はソフトウェア会社で金融機関向けのシステム開発を経験後、インターネット広告会社の情報システム部門のリーダーを経て、2021年9月にPayPayに入社。現在は、PMとして会計ERP領域を担当している。
PayPayの人事情報管理ツールは、創業期から1000人を超える規模であったにも関わらず、Microsoft Excelで対応していた。「どんな同僚がいるかわからない」「発令も手作業」「最新のマスタがどこにあるかわからない」など、課題は山積みだった。
2019年12月に社員検索基盤をシステム化することになり、人事システム「CYDAS」を導入。開発期間1カ月という爆速導入だったが、これにより社員同士が顔と名前を把握できるようになった。
一方で、適切な情報統制ができていなかったため、誰でも従業員リストを取得することができ、従業員が増えることで人事作業の負荷が増加するという課題が出てきた。そこで、CYDAS導入後もしっかりとした人事基盤を構築するため、裏側ではWorkdayの導入に動いていた。
「実はこの話を聞いたときに、かなり驚いたことを覚えています。人事基盤選定のポイントは非常にシンプルで、グローバルスタンダードであることでした」(竹岡氏)
Workdayはデータの一元管理、ガバナンス統制が容易に行える統合HCMプラットフォームのSaaSである。グローバルで2300社以上が導入している。PayPayでは社内公用語が日本語と英語であるため、マルチランゲージであるWorkdayを選定した。
2020年11月にWorkdayを導入し、人事データ管理、人事発令、社員検索機能などをWorkdayでの運用に変更。2022年4月から、人財管理をWorkdayで一元管理している。 Workday導入によりどう変わったのか、導入前と導入後を比べたのが次の図だ。
Workday導入前は、部門から人事への連絡はGoogle Formとスプレッドシートで運用していたが、導入後はJira Service Deskで運用。工数負荷が大きかったデータ登録のうち入社関連はWorkdayに移行し、入社者への連絡は採用管理ツールのメールを利用している。
一方、退職連絡はWorkdayより自動メールを送信する運用に変更。合わせて退職書類についても、WorkdayとDocusignを組み合わせることで、ペーパーレス化を実現している。承認プロセスは、独立したワークフローシステムであるrakumoからWorkdayに移行。一部残っているCYDASのデータについてもWorkdayに移行予定である。
「Workdayへの移行で大変だったのは、社内にWorkdayの有識者がいなかったこと。もう一つは、現行業務フローが整備されていなかったこと。現行の業務フローが整っていない状態でシステムを導入する大変さを痛感しました」(竹岡氏)
採用から入社までのフローは、次の図のように「内定通知や入社承諾のペーパーレス化」「複雑な管理をスッキリさせたい」「入社までの流れをワンストップ化したい」「人員・配属情報データを集約したい」「人員表作成やエクセルでの複数管理をやめたい」などの課題があった。
Workday導入後は、内定通知の入社承諾に関してはDocusignでペーパーレス化を実施。採用管理ツールを導入して入社アンケート送付し、その回答をWorkdayと連携して登録させている。Excelで複雑になっていた処理は、Workdayに集約させた。
「人事発令などのレポートもWorkdayから出力できるので、採用から入社までの業務のフローがスリム化できたと思います」(竹岡氏)
今後の改善点としては3S(Simple、Secure、Scalable)を目指し、事業を支える仕組み化を実施したいと、竹岡氏は語っている。
「採用管理システムとWorkdayの連携や、給与計算ベンダーのWorkdayへの巻き込み、退職連絡におけるマネジメントセルフサービス、人事による退職面談の記録などを実現していきたい。プロビジョニングによるアカウント管理を行い、プロセス管理、データ基盤の一元化、ユーザビリティをより向上させたいと考えています」(竹岡氏)
さらにWorkdayで実現したいことの一つが、データ活用だという。目標&パフォーマンス管理については、すでに今年の4月に導入が完了している。キャリア育成や後継者育成プラン、タレントマーケットプレイスの活用、残業時間や休暇取得状況などの可視化など、蓄積された人事データを活用してピープルアナリティクスを進めていく予定だ。
フルリモートを実現したセキュリティ施策、ゼロタッチキッティングの取り組み
PayPay株式会社
コーポレート統括本部 経営推進本部
エンタープライズエンジニアリング部 IT基盤チーム リーダー 藤川 大氏
最後に登壇した藤川大氏は、通信事業者のインフラエンジニア、音楽配信事業者の情シス部門を経て、2019年11月にPayPayに入社。PayPayに入社した理由を「立ち上げフェーズのコーポレートITを経験してみたかったから」と話す。
現在は、「金融事業者なのにどこでも働ける」「セキュリティを担保しつつ、生産性を向上させる」という新しい働き方をどう実現できるのか、少数精鋭メンバーで日々、試行錯誤しながら働き方をアップデートしている。
PayPayでは「WFA(Work From Anywhere at anytime:いつでもどこでも働ける)」という働き方を実施。藤川氏はこの働き方をどうやって実現しているのか、「デバイス」「入社サポート」「Anytime」「セキュリティ」に分けて紹介した。
1.デバイス
PayPayではWindows、Mac、iPhone、iPadの4種類のデバイスを活用している。2019年当時は手作業でキッティングしており、毎月入社人数が増えていくため、入社日に間に合わなくなる恐れや、作業漏れが発生することもあった。
そこで『要員の追加』『アウトソース』『自動化』という3つの選択肢から、エンジニア同士の話し合いにより「自動化(ゼロタッチキッティング)」を選択することを決め、2020年3月にキッティングの自動化を完了させた。
また、新型コロナウイルス感染症が拡大したこともあり、同年4月よりフルリモートで入社して勤務開始できるよう、デバイスの自宅への配送を開始した。
キッティングの自動化については、いくつかのクラウドサービスを比較・検証した結果、最終的に採用するサービスをエンジニアの話し合いで決定。トライアンドエラーを繰り返しながら、ゼロタッチが完成した。
キッティングの自動化の流れでキモとなったのが、エンジニア同士の会話で決定することだと、藤川氏は強調する。
「PayPayという会社の特徴の一つとして、偉い人から言われるのは要件のみ。要件を満たせば、手段に関しては細かく言われる雰囲気はありません。このサービスを使いたいと、熱意を持って説明すれば、自分たちでソリューションを決めることができる。こういう文化はすごく気に入っています」(藤川氏)
ゼロタッチキッティングのメリットはデバイス管理者の出社頻度を最小限に抑えられること、キッティング工数の削減、自動化によりミスがなくなること、キッティング時にデバイスを触る時間が短いので衛生的であることなどが挙げられる。
一方課題としては、デバイス管理者をフルリモート勤務にできていないこと。現状、最終的に入社者にPCを配送するため、オフィスへの出社が必要になるからだ。そのほかにも完全ゼロタッチではなく、資産管理シールの貼り付け作業が残っていること、返却されたデバイスは初期化して、シール剥がしなどのクリーニング作業が必要であることなどが課題として挙げられた。
2.入社サポート
PayPayはフルリモートのため、リモート入社に対するサポートを提供している。例えば、デバイスのセットアップがうまくいかない人のサポートや、社内向けポータルサイト上で、入社後に実施する内容をフェーズ分けして案内している。
具体的には、人事向けの手続きや経費精算の口座の作り方、セキュリティ関連、ITツールの種類や使い方などの情報提供である。
「実現にあたっては、様々な部門の人を巻き込んでプロジェクト化し、完成させました。組織が大きくなると縦割りになりがちですが、PayPayでは組織の壁を越えて一丸となってプロジェクトを推進できる文化があります」(藤川氏)
3.Anytime
サービスデスクの窓口時間は10時から18時45分。問い合わせフォームでの受付は24時間OKとしており、窓口の営業時間とは関係なく、早朝や夜でも、回答者の勤務スタイルに合わせた時間で回答している。また、問い合わせフォームにテキストを入れると回答がサジェストされる仕組みを導入しており、少しでも自己解決率の向上を目指している。今後は、さらなる自己解決率向上に向けて、チャットボットの導入を予定している。
4.セキュリティ
PayPayでは、働く場所がどこであってもセキュリティを担保できるゼロトラストの仕組みを導入している。業務系SaaSへのアクセスは、認証されたデバイスから認められた人のみができるという仕組みを構築。BYODは禁止しており、基本的に貸与したデバイスでのみでしか業務が行えないようになっている。
アクセス制限およびシャドーIT対策として、セキュアWebゲートウェイとCASBを採用。さらに認証基盤でIDとパスワード認証、さらにMFA(多要素認証)を行っている。
約30分にわたって繰り広げられたQ&Aタイム
セッション終了後、登壇者が視聴者からの質問に答えるQ&Aタイムが設けられ、大いに盛り上がった。
Q.SI出身で合う人、合わない人とは?
岡田:PayPayは仕事のスピードに対する意識が強いので、石橋を叩いて歩くことを重視する人、変化に対する柔軟性が乏しい方は合わないかもしれません。逆にどんどん新しいことにチャレンジして自律的に働ける人は合うと思います。
藤川:ボトムアップで解決していこうという文化があるので、答えを教わるタイプの人や、ソリューションありきの業務に就いていた方は合わないかもしれないですね。
竹岡:課題を解決するためにいろいろなアプローチを出し、自信を持って話できる人が向いていると思います。
Q.Workday導入で苦労した点について
竹岡:システム導入と並行して業務設計を整備していったことが、難易度が高く、苦労したところですね。
Q.採用管理システムは何を使っているか
竹岡:Greenhouseを使っています。APIを使ったデータ連携を想定しています。
Q.対面でないと業務の把握が難しいこと、課題を理解しづらい場合の工夫について
藤川:業務改善でも対面でなければ難しいということはあまりなく、Zoomやチャットで解決することが多いですね。デバイスキッティングやオフィスのIT状況など、現地に行かないとわからないことについては、出社人数を絞るなどの工夫をしています。
岡田:コロナ禍で半強制的にフルリモートになったので、その状況下でどうするかを考えてきました。例えば、会議で欠かせないホワイトボードの代わりとして、Miroというオンラインホワイトボードツールを導入したりなど、いろいろ模索しました。
Q.金融事業特有の制約条件の中で、ゼロトラストを実現する難しさは?
藤川:扱うデータがセンシティブなので、データへのアクセス制限、データを持ち出せない仕組みについて監査では厳しく問われます。クラウドサービスを使っていますが、本来の使い方ではない使い方で対応している部分もあります。
岡田:私たち自身がセキュリティポリシーを考えていないこともポイントです。PayPayではCISO室というセキュリティを司る部門や内部監査や統制を担当する法務・リスク管理部門などがポリシーを策定。それらの部門とポリシーについて話し合いながら、私たちが実装をするという役割分担ができています。
Q.組織規模が大きくなる中での課題や取り組みについて
岡田:事業が常にスケールするので、私たちもそのスピードについていかなければならない。情報共有をオープンにし、現場に権限を委譲してボトムアップで動くようにしています。特徴的なところは、マネジメントも同様の思考を持っていること。上から下まで情報共有に感度高く取り組んでいます。
Q.課題解決の優先順位のつけ方はどうしていたか
藤川:セキュリティに関するものは、最優先事項として取り組んでいます。それ以外の施策としては、社員の業務効率が上がるなど、どれだけ社員にインパクトがあるかを考慮した順で対応しています。
Q.EE部で将来に目指してる理想もしくはゴールは何か
岡田:私たちの部門はPayPayが抱える課題を横串で解決することを担っており、より強化していきたい。また、大量のユーザー資産を預かっているので、セキュリティ対策は手綱を緩めない。これが今後もEE部が取り組んでいくことです。