好きな技術のキャリアを磨き続けるためのエンジニア生存戦略とは?
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レガシーな大規模公共案件に従事しながら、技術を磨き続けてきた取り組み
株式会社NTTデータ
第一公共事業本部
モビリティ&レジリエンス事業部
航空システム統括部 開発担当 課長代理 有川 英希氏
最初に登壇した有川英希氏は、NTTデータにおいて社内・法人・公共といったさまざまな領域で、主に大規模システムのサーバー、ミドルウェアの設計構築や試験などの業務を担っている。
大学時代からITに興味があったという有川氏は、2009年に新卒で入社してインフラエンジニアとしてのキャリアを歩んできた。有川氏は入社2年目頃までのキャリアを、次のように振り返った。
「当時は技術レベルを上げるために、資格を取得してもっと現場で活躍したいと思っていました。仕事が忙しくない時期は資格試験に向けた勉強に取り組み、年間4~5つのほどの資格を取得していました」(有川氏)
システム開発の経験を積み、顧客と話す機会も増えたことで、「よりお客様のためにシステム開発をしたい」という思いを強くした有川氏は、社内の異動制度を活用し、該当プロジェクトに異動する。
インフラエンジニアとしてのキャリアは継続しながら、入社から10年経つとプロジェクトマネージャ(以下、PM)を務める案件も多くなっていった。そこで、ある悩みが生じた。 「技術研鑽」「新しい技術のキャッチアップ」「今後のキャリアパス」といった悩みだ。
悩んだ末に有川氏は、改めて自分は技術が好きであることを再確認し、現在の状況でも、技術研鑽をしていこうと考える。その際のポイントとなるキーワードは「現業の地続き」「楽しむ」である。
そして実際に、「OSSに触れると共に、実際のプロジェクトに導入する」「実際のプロジェクトの技術要素を社内のコミュニティ活動に持ち込む」という、大きく2つの取り組みを始める。
OSSではトレンド技術でもあり、自分が担当する案件ではまだ導入されていなかった、「インフラ構築自動化」「オブザーバビリティ(システム監視のモダン化)」に着目した。
インフラ構築作業の自動化では、ChefやAnsibleといったOSSのIaCツールを実際のプロジェクトにメンバーも巻き込み、どこまで自動化できるかなどを検討し、導入を進めた。
システム監視のモダン化の取り組みでは、実際のプロジェクトにプロジェクトメンバーを巻き込みながら、OSSツールであるGrafana、Prometheus、Lokiなどの導入を進めた。2つの取り組みについて有川氏は、次のように振り返った。
「対象となったシステムはオンプレでインターネットにもつながっていないなど、いわゆるレガシーでした。どこまでOSSツールが活用できるかなど、メンバーと一緒に模索しながら進めることで、普段の取り組みとのギャップを感じるとともに、自分も含めた知見の習得、技術研鑽につながったと思います」(有川氏)
続いての取り組みは、担当案件ではまだ導入されていないが、将来的に必要だと考えられるクラウドネイティブな開発手法に関する学びについてだ。具体的にはコンテナ技術、Kubernetesに着目し、社内コミュニティである「技統本塾」に参加し、同技術について学んでいった。
技統本塾とは有川氏のように、技術研鑽を希望する社員が塾生として参加。各技術テーマの有識者が塾長となり、塾生を育成していく社内の制度だ。技統本塾でKubernetesについて学んだ有川氏は、技術支援も受けながらKubernetes基盤の構築ならびに、商用アプリケーション相当の動作検証を行うまでの技術力を得るに至った。
最後に有川氏は、技術研鑽における自身の取り組みを次のようにまとめた。
「AIなど、現業とつながりのない領域の技術習得は、なかなか厳しいものがありました。そこで現業からの地続きで、周りも巻き込みながら、周りにも宣伝することである意味自分を追い込むことで、技術研鑽を続けています」(有川氏)
高専卒がNTTデータでSWAエンジニアになるまで
株式会社NTTデータ
第一公共事業本部
モビリティ&レジリエンス事業部
航空システム統括部 開発担当 主任 宮原 亮太氏
続いて登壇したのは、SWA領域のエンジニアとして活躍する宮原氏だ。宮原氏は2012年に、工業高等専門学校から入社した。学生時代の専攻は電子制御工学であったため、「情報系に関してはほぼ素人であった」と、当時を振り返る。
配属された先は航空システム統括部であったため、航空システムの移行業務を担当することになる。とにかく現場で仕事を覚えていったという。
航空管制はミスが許されない。ミッションクリティカルな業務であり、出張も多いことから精神・体力両面できつい状況下だったが、「今はそうした環境で経験を積めたことが、自分のキャリアにおいて貴重な財産になっています」と、語った。
部署の役割はパイロットと管制官のやり取りをミスなく確実に行い、航空機の安全な運航に寄与することであり、宮原氏はサーバーやネットワーク機器のメンテナンスを担当することが多かった。そのため担当領域に関する技術が自然と身についていった。しかし、当時を振り返り次のように述べた。
「技術に触れることが多い業務ではありましたが、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、技術志向は芽生えていませんでした」(宮原氏)
日々業務を続けていくうちに、技術の粒度も仕事の精度も高まっていった。だが仕事内容がニッチであったため、エンジニアとしてのキャリアを考えると不安を抱くようになる。ロールモデルがいないことも、不安に拍車をかけていった。
そこで入社から5年目を迎え、リーダーポジションに昇進したのを機に、技術者としてより幅広い業務に精通したいと、他のシステム開発プロジェクトに志願して異動する。これが一度目のキャリア分岐となる。
新たな部署では、グループリーダーとしてシステムの開発・保守を担当。顧客調整やマネジメントといった業務が主軸となった。クライアントからも注目された機器刷新プロジェクトでは2年がかりで取り組み、リーダーとして存在感を発揮。ノートラブルで移行を達成した。「大きな成功体験となりました」と、宮原氏は当時を振り返る。同時期には社内の認定資格も取得する。
着実にキャリアアップしていく中、長女が誕生する。プロジェクトの繁忙期と重なっていたため、育休は取得しなかったが、上司の配慮などもあり、スーパーフレックス制の勤務形態へと変更する。
「このような制度のおかげで、仕事やキャリアアップに取り組みながらも、家族のケアや育児にも時間をしっかりと割くことができました」(宮原氏)
スーパーフレックスタイム制は、現在も継続中だという。
次の転機は入社9年目だ。コロナ禍の影響で開発や保守体制が縮小したことで、宮原氏を含め、一人ひとりのメンバーの担当範囲や業務のボリュームが増えていった。その結果、トラブルが生じるようになってきた。しかし、自分一人の力で解決できることには限りがある。
そんな折、協業していたグループ会社の基盤スペシャリストに対して、憧れを持つようになる。プロジェクトが落ち着いた段階で、技術領域へのキャリアチェンジを決意。胸の内を次のように語った。
「技術や実装に基づいた仕事ができる人材になりたいと考えました」(宮原氏)
ドローンを担当する部署に異動し、業務内容もアプリケーション基盤の開発などを行うソフトウェアアーキテクチャ(以下、SWA)領域にシフトした。一方で、以前のキャリアを活かし、既存システムの機能追加の開発におけるマネジメントなども携わる。
「マネジメントと技術、両面をこなすのは難しいと感じながらも、技術力をつけたいという意欲が高まっています」(宮原氏)
宮原氏は、実際にいま学んでいる技術領域を紹介した。今後はSWAエンジニアとしてキャリアを積み重ねていきたいと述べた。
最後にまとめとして次のように語り、セッションを締めた。
「今後はSWAエンジニアとして一人前、唯一無二な存在になるのはもちろん、マネジメント・技術両スキルを備えることで、より質の高い仕事を進めていきたと考えています」(宮原氏)
オンリーワンな技術系キャリアを歩み始めるまでの道のり
株式会社NTTデータ
第一公共事業本部
モビリティ&レジリエンス事業部
第一システム統括部 開発担当 課長代理 山谷 彬人氏
続いては、モビリティ領域における新規事業創出のテックリードとして、数理最適化技術を使ったプロダクト開発に取り組んでいる山谷彬人氏が登壇した。
山谷氏は、技術を磨き続けたい社員のキャリア支援業務も担当している。「今の仕事は楽しい!」と、笑みを浮かべながら心底の気持ちを語った。
現在の充実振りが伝わってきた山谷氏であったが、数年前までは今とは異なり、苦しい毎日だったという。裏付けるモチベーショングラフを示し、これまでどのようなキャリアを歩んで今があるのかを振り返った。
入社時、関連する端末が各地に900台ほども設置されている、巨大な行政システム保守の担当となる。「入社1年目あるあるだとは思うが」と山谷氏は前置きした上で、当時の具体的な業務やモチベーションが下がっていった理由を次のように話した。
「業務を効率化するためにVBAでマクロを作成するような、技術者らしい業務もかろうじてありました。ただCDにデータを焼いたり、会議の議事録やシステムトラブルに関する報告書を作成したりするなど、事務作業が大半でした」(山谷氏)
モチベーションが低かったからなのか、当時は誤字脱字やメールの誤送信などの凡ミスが多かった。メールと表計算ソフトしか使わない仕事内容や働くことの厳しさを感じていたと、山谷氏は振り返る。
入社2~3年目になると、次期システムの開発業務も兼務するようになる。新機能に関する要件定義や、セキュリティ系ソフトウェアの設計・構築・テストなどの業務を任されるようになった。
ところが、自身が担当する設計を4週間遅延させて先輩に迷惑をかけてしまうなど、失敗も多かったという。山谷氏は当時の心境を、次のように話した。
「仕事がうまくいかず、辛いと感じていました。その理由は、自分の技術力がないからではないか。一方で、今の仕事では技術力がつかないのではないか。まさに、負のループに陥っていました」(山谷氏)
モチベーショングラフでは、3年目がどん底状態となっている。一方で、クラウド、アジャイル開発、英語など、自分が興味を持つ技術領域の社内研修で学び始めた。さらに、トレンド技術に興味を持って身につけたいことを、山谷氏は周囲に言い続けた。
入社4~5年目になると、これまでの業務にオンプレミスなシステムのクラウド化の検討、クライアントとの調整業務、リーダー業務などが加わる。ミスが減り、信頼感を得たことで仕事が増えるのと同時に任されることも多くなっていった。
しかし山谷氏は、技術力が身についている実感がなく、将来はマネジメント系に進むだろうかなど、キャリアに対する不安があったという。
そんな不安、モヤモヤを払拭したのが、モチベーショングラフの中央付近で示した、空白の期間だ。子どもの誕生により、半年間育休を取得したのである。当時の心境ならびに、得た成果も紹介した。
育休を終えると、これまではモチベーションが低かった仕事面でも変化が起こる。「もっと技術力をつけたい」と訴えていたアピールに、会社が応えたのである。研究開発系の部署に、しかも自分が興味ある、かつ性格的にフィットする部署への異動となった。
当時担当した仕事を見ると、AWSや英語関連など、まさに山谷氏にフィットするプロジェクトが並んでいることが分かる。「モチベーションが上がったことで、成果も出るようになりました」と山谷氏は語った。
売上を10倍にアップさせ、携わったプロダクトが顧客から高評価を得るなど、次々と結果を出していき、社内表彰も受けたという。
山谷氏がパフォーマンスを最大限発揮できる環境を、会社が整備したことも大きいが、山谷氏は改めて今に至るまでの歩みを考察した内容を紹介した。
<考察>
● 実は過去に冒してきた数々の失敗は、自分を少しづつ成長させていた
● 「もっと技術力をつけたい」と言い続けていた
● クラウド・アジャイル・英語など、当時の仕事とは関係ないスキルが役立った
ここ数年は、技術力が指数関数的に増加していることを実感しているという山谷氏。社内での認知度も高まり、特に自分が楽しいと感じる案件が舞い込んでくる、まさしくモチベーショングラフが示すとおり、最高潮の状態にある。
「これからも技術系の尖ったキャリアを築いていきたい。そして今後は、過去の自分のように悩んでいる人を支援するような取り組みも行いたい。仕事も家族も大事にする、欲張りな人生を歩みたいと思います」(山谷氏)
【パネルディスカッション】技術力を磨き続けるために必要な要素とは?
続いては鎌田裕樹氏がファシリテーターを務め、パネルディスカッションが行われた。
株式会社NTTデータ
第一公共事業本部
モビリティ&レジリエンス事業部
航空システム統括部 開発担当 課長 鎌田 裕樹氏
鎌田氏もシステム基盤開発業務などに従事し、エンジニアとしてのキャリアを重ね、社内の公募制度を活用しIT政策・企画調整分野のロジスティクスも経験。現在は開発組織の管理職として、事業運営や組織マネジメントに従事している。
──技術を磨き続ける中で、直面した難局はどのようなものがあったか。それらをどのように乗り越えたのか?
山谷:Kubernetesは技術要素が複雑に絡み合っているため、難しいと感じています。基本的には、セッションでも紹介した技統本塾で学んでいます。塾は半年の活動の最後に成果発表を行うので、準備も大変でしたが、通勤電車の移動などを活用して時間を捻出しました。
有川:私も塾に参加してKubernetesを学びました。業務が忙しい中、最後の成果発表を行うのは大変でしたが、成果が残るという意味でも、良いアプローチだったと思っています。
技統本塾は自分が興味を持ったテーマを学べるので、参加者のモチベーションも高いです。過去に学んだ参加者や塾長がコミュニティ活動的に親身にサポートしてくれます。
──技術を磨き続ける上で、技術力以外に大事な素養やスキルとは?
宮原:一つのことを身につけるには、興味や意欲も大切だと思いますが、継続することが最も大変であり、重要だと思います。私はバトミントンを長く続けているので、そうした素養があるのかもしれません。ただすぐに成果が出るタイプではなく、失敗しながら学んでいくのが自分のスタイルだと思っています。
自分の考え・やりたいことを周囲に発信することの重要性も、最近特に強く感じています。そうした行動が得意なタイプではありませんでしたが、実行してみると、まさに近しい案件が上がった際に白羽の矢が立つからです。
有川:生存本能も大事だと思います。というのも私が夜遅くまでカフェで学んでいたのは、周りのメンバーが話しているワードがわからず、危機感を覚えたことに起因するからです。資格取得も同様です。
新人向け研修の講師をした際に話したことですが、経産省が出している「社会人基礎力」が参考になります。「前に踏み出す力」「チームで働く力」「考え抜く力」と大きく3つの力があり、中でも私は「前に踏み出す力」が大事だと思っています。
「前に踏み出す力」はさらに「主体性」「働きかけ力」「実行力」に分解されます。技術要素は無限大なので、自分の好みや役割などを考慮し、選択するとよいでしょう。
出典:経済産業省「人生100年時代の社会人基礎力」
──会社や組織からの期待と自分のやりたいことは、どのように折り合いをつけているか?
有川:私の場合は会社からの期待をうまく活用し、自分のやりたいことを差し込んでいる感じです。PMをしながらもインフラエンジニアとしての立場を強く出し、業務を捌くこともあります。
今ある環境を活かすことも大事です。例えば、浮いた時間をコミュニティ活動に充て、将来に向けて学ぶとか。もちろん業務に支障が出ないように調整しながらですが。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、イベントを聴講した参加者からの質問に登壇者が回答した。抜粋して紹介する。
Q.資格はどのような判断で取得していったのか?
山谷:自分が好きなものから取得していきました。AWSは、EC2が数分で起動したことに感動したことが大きいですね。
有川:最近は好きなものからですが、若い頃は普遍的な原理原則に関するものや、体系的なものを取得していました。
具体的には、OS、データベース、ネットワーク領域に関するもので、LPIC(Linux Professional Institute Certification)やシスコシステムズの認定資格などです。実際、トラブル発生時の原因特定などで役立ったので、取得してよかったと思っています。
宮原:最初の頃は社内の資格を取得していましたが、最近は自分が好きで興味あるものが中心です。両方がマッチする資格がベストだと考えています。
Q.転職は考えなかったのか?
宮原:新しい文化に触れるという観点ではいいと思いますし、選択肢の一つとして考えたことはありました。しかし、NTTデータの組織規模や社内で技術研鑽が積める、スキルアップできるなど、社内の充実した制度を活用することを選択しました。
有川:私は考えませんでした。社内公募やジョブチャレンジなど、転職することなく組織を異動できる選択肢が整っているからです。海外部門には社内公募で異動しています。
山谷:若い頃は技術力に自信がなかったので、逆にどうやって会社にしがみつこうか考えていました(笑)。社内公募は従業員が多いこともあり、部署が変わるとメンバーの顔ぶれやカルチャーも変わるような感覚で、ある意味転職に近いです。
鎌田:私も社内公募を使って異動しました。勤務地や働く人たちの属性やこれまでのやり方が異なり、転職に匹敵するぐらいのカルチャーショックを受けました。NTTデータという大きく安定した組織にいながらも、チャレンジできる環境だと思っています。
Q.キャリアアップの道順について。明確な目標を設定して進むのがよいのか、あるいは自分のやりたいことをつまみ食い的に続けていくのがよいのか?
有川:明確でなくても、目標設定は最低限必要だと思います。その上で周囲に宣言したり、実際に手を動かすなど、まずは一貫性を持ってやってみることが大事だと思います。
山谷:性格が飽きっぽいこともあり、つまみ食い派です。振り返ると特に必要のなかった技術もあったかもしれませんが、つまみ食いした中から芽が出たものを育てていくようなイメージです。
宮原:私もつまみ食い派です。ただ短期的な目標は立てて、やりたいことを宣言し、周囲や会社を巻き込むように意識しています。