三菱UFJからスピンアウトしたJapan Digital Design(JDD)が模索する金融サービスの新しいカタチ

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三菱UFJからスピンアウトしたJapan Digital Design(JDD)が模索する金融サービスの新しいカタチ

IoTやAIなどテクノロジーが急速に進化する中、金融業界にもその波は着実に押し寄せている。そこで注目されるのがメガバンクの動きであり、その周辺で動く金融SIerの動きだ。同時に、データサイエンス領域に独自の知見を持ち、FinTech領域で異彩を放つ金融スタートアップの動きにも目が離せない。

Japan Digital Design(ジャパン・デジタル・デザイン、以下JDD)は三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が、FinTech事業の開発を狙いに2016年に立ち上げた内部組織が、2017年10月にスピンアウトして生まれた会社だ。これまでにないクリエイティブな“金融体験”を生み出すべく、エンジニアやデータサイエンティストなどの人材を求めている。

従来の銀行業界では生み出せない、新しい金融技術とサービスを開発

「AIやクラウド、データサイエンスやブロックチェーンなどの技術の深化は、次世代の金融体験を生み出す大きなチャンスだと捉えています。しかし、大企業の中にあってはなかなかものづくりができない。外部のシステムベンダーと組むにしても、NDAやらお互いの組織決定やらに時間がかかる。最初のミーティングをするのに1カ月もかかってしまっては、この変化の波に取り残されてしまいます。やはり内製のシステム構築、テクノロジー開発ができる組織でないと自由に動けないのです」

と語るのは、Japan Digital Design代表取締役CEOである上原高志氏だ。技術の内製化だけでなく、人材採用や予算の権限も自分たちで行う自律性の高い経営を目指す。実際、MUFG資本の連結子会社ではあるが、グループ外からのエンジニア採用や地方銀行との業務提携など独自の取り組みを強めている。


▲Japan Digital Design株式会社 代表取締役CEO 上原高志氏

「MUFGの外からエンジニアやデザイナーを20名以上採用、それとは別に10名程度のデータサイエンティストも確保しました。ゲーム業界、中央銀行などさまざまな業界の経験者がいて、外のノウハウがまさにいま混じり合っているところ。そこから面白い試みが生まれようとしています」

創業以来、外部企業との提携を通して生み出されたビジネスはいくつかある。一つが株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイドと組んで進める「みんかぶ保険」だ。自分はどのような保険に、どのくらいの保障の大きさで、どのくらいの期間加入すればよいか、ユーザー自身が保険ロボアドバイザーとの対話を通して、自分に最適の保険をデザインすることができる。保険商品選択における新たな顧客UXの提供と顧客ニーズを保険会社へ繋ぐ新しい試みとして注目されている。

もう一つは、中国のSNS最大手Tencent(腾讯)と組んだ動画投稿コミュニティサービス「第j站(jStation)」だ。訪日外国人旅行者の25%を占める中国人観光客に対して、ガイドブックに記載されていない新たな日本の文化と魅力の発見を提供することに特化している。


▲Japan Digital Designが提供する「みんかぶ保険」「第j站(jStation)

「日本のお寿司屋さんでの正しい食べ方や、和風旅館でのマナーなどを動画で伝えます。一見、金融サービスとは無縁のように見えますが、ここに日本観光に興味を持つインバウンドのユーザーを集めることで、旅行代金の決済や広告などのビジネス・プラットフォームになることを期待しています。2018年7月のスタート以来、約2万人を超える中国人ユーザーが登録し、既に800以上の動画コンテンツが集まっています」

ATMをクルマに積んで生活者の現場へ

リテール向けの金融サービスにおける新しい試みとしては、「ATM mini」も面白い。ユーザーが銀行窓口やATMに赴くのではなく、現金扱いが必要なその時、その場所にATMを積んだミニバンが出かけていくのだ。

銀行店舗からATMを切り離し、自由自在に移動させることができたら、どんなシーンが生まれるか。すでに、このATMカーは、地方銀行と組んでイベント・ライブ会場や大規模な花火大会等の、一時的に現金ニーズが発生する場所やATMが近くにない場所に“出動”している。

「mini」は、昨今のインターネット・バンキングが入出金、残高照会はもちろん、外貨預金から投資信託、ローンまで扱うフルバンキング化を進める流れに反して、生活者にとって真に必要な金融ニーズに特化して機能を切り出すという意味での「ミニ化」をも意味している。

「キャッシュレスの時代に今さらATM? と訝しがる人もいましたが、ATMカーは高齢者には喜ばれました。例えば老人介護施設に入所する人でも、自分で現金を引き出せるというのは最低限の自尊心を保つ重要な要素なんですね。インターネットネット・バンキングを使っていない人がまだ大勢いるなかで、そうした人たちの真のニーズを探ることも重要な課題です。また、こうした方々のデジタルへのゲートウェイとしても今後位置付けていこうと考えています」

さまざまな社会的課題に対して、FinTechを含む技術を活かした具体的なプロトタイプ開発を行い、多様なコミュニティでの実証実験を繰り返しながら、次世代の新たな金融UXを創造・提案することもJDDのミッションなのだ。

産学共同・企業間連携で新しいAIモデルの開発・分析を進める

同時に、JDDはAIやブロックチェーンなどの先端技術の研究開発にも注力している。2018年4月には「MUFG AI Studio(M-AIS)」を社内に設置した。モデル開発を行う専用ルームとAWS上に構築した分析環境を活用し、新しいAIモデルの開発・分析を進めていくのが狙い。

「例えば、法人間決済や法人・個人間の資金の流れを巨大なグラフにモデル化した金流分析スコアリングモデルの研究を進めています。これがうまく機能すれば、財務諸表の提出を必要としない中小零細企業向けの貸し出し業務も可能になるでしょう。つまり法人あるいは会社から個人への給与支払いの口座のやりとりをAIで分析することで、その会社の経営状態を短・中期的に把握し、たとえいま資金繰りが厳しくても、倒産の危機は間近なのか、それとも一時的なものなのかを具体的に把握することができるはずです」

上原氏自身、銀行支店で貸付業務の経験がある。

「かつては銀行員が自分の目で入出金や取引先の動きを把握し、その背景にある人や事業の動きを見て、手形割引の判断などをしていたものです。そうした銀行マンの属人的なノウハウをAI化したい。そこでは銀行マンの業務知識や経験とデータサイエンティストの知見を組み合わせること欠かせないのです」

他にも、ブロックチェーンを活かした市場取引AI判断モデルの高速化や、顧客行動履歴から将来の行動を予測して、それをマーケティングに応用する技術、さらにハイパフォーマーの暗黙知やノウハウを学習し、従業員全体に伝達するなど金融業務に特化したHR Techサービスの研究なども進む。

「M-AIS」の共同研究パートナーには、三菱総研、三菱UFJトラスト投資工学研究所などのMUFGグループ企業の他に、東京大学情報理工学研究科やAIベンチャーのエクサウィザーズなどが含まれる。JDD自身も10人規模のデータサイエンティストをそこに投入している。

本当に組みたいのは、アイデアを実装できるエンジニア

今後のJDDの活動範囲を広げ、深めるためには、エンジニアの拡充は急務だ。

「これまでの日本のIT業界は、顧客と対面するSEは実際にはコードを書いていないことがほとんど。実際のものづくりは受託開発の下請け、孫請けのベンダーに流されるのが通例です。SIerの業界構造自体もプライムベンダーが仕様を決めて、あとは言うとおりに作れと言われるだけ。ピラミッド構造の中で、実際にものを作れる人が最下層にいて、作れない人が上にいる。私たちが本当に組みたい相手とはなかなか出会えないんです。そういう構造自体を変えていきたい。

ものを作れる人が実際にアイデアを形にすることができないと、アジャイルなイノベーションは生まれないんです。事業開発を進める人と、そのコンセプトを体現するデザイナー、それをコードで実現するエンジニアの3者が深いレベルで交わることが決定的に重要。それぞれ独立していながら、それぞれがリスペクトしているという関係性が理想的なのです。」

そうした技術開発の理想像を求めて、JDDにはフリーランスのエンジニア、スタートアップのCTO、ゲーム業界のエンジニアなどさまざまな経歴の人材が集まりつつある。BizDev、スクラムマスター、UXデザインなどその経験も多様だ。

現在、「みんかぶ保険」や「jStation」の運用はそれぞれ提携企業に任せ、JDDが開発と運用を同時に行うのは「M-AIS」だけ。今後のビジネスでも運用まわりで身動きが重くならないよう、銀行サービスにかかわるものについては運用を銀行に任せ、むしろJDDはアイデアの実装、研究開発、実証実験などに軸足を置く構えだ。知財の蓄積も今後の課題といえる。

「“Japan Digital Design”というちょっとFinTechらしからぬ社名は、皇居周辺を散策しながら世の中を大きく変えていきたいなと考えているときにふと思いついたもの。MUFGとはあえて冠したくなかったし、モノづくりといっても技術オリエンティッドの製造業ではないのでデザインがいいかな、と」

もともと上原氏は東京工業大学で建築や都市工学などを専攻。ロンドンへの留学経験もあるという、銀行員としては珍しい経歴。そのデザインセンスは、真っ赤なカウチベッドや、畳敷きの会議室までしつらえた、これまた金融関係企業とは思えぬハイセンスな日本橋のオフィスにも体現されている。

「さまざまな人が集まる開放性とセキュリティを共に担保するのに苦心しましたが、ま、私の独断と偏見でデザインを決めました」

メガバンクのエリート銀行員の経歴をもちながら、あえて新しい時代の波に身を投じた異色の経営者は、技術をよく知っている。その人と、アイデアをカタチにできるエンジニアとの出会いが、これまでにない新しい金融サービスを生み出していくだろう。

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