メルペイの事例から考える「キャッシュレス社会」の課題と、ペイメントサービスのプロダクト開発・マネジメント実践論
キャッシュレス社会における課題と、その解決法とは?
及川:メルペイをはじめとしたペイメントサービスは、キャッシュレス社会を実現する一つの解決方法を提示していると思います。改めて、なぜ今日本でキャッシュレス社会が必要なのか、どんな世界観を抱いているのか。メルペイのビジョンについて教えてください。
▲Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler 及川 卓也氏
早稲田大学理工学部を卒業後、日本DECに就職。営業サポート、ソフトウエア開発、研究開発に従事し、1997年からはマイクロソフトでWindows製品の開発に携わる。2006年以降は、GoogleにてWeb検索のプロダクトマネジメントやChromeのエンジニアリングマネジメントなどを行う。その後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。
太田垣:私はメルペイのPayment Experienceというチームで、支払いの体験やメルカリの中でメルペイのハブとなる機能の設計を、プロダクトマネージャーとして担当しています。
メルペイのミッションは「信用を創造して、なめらかな社会を創る」。日本においては現金が最強ですが、この「なめらか」でない点がいろいろあると考えています。政府が出したレポートに、店舗が釣銭のやりとりにかける時間が「一日あたり一店舗で平均153分」というデータがあるんですが、この約2時間半という数字を見たときに、衝撃を受けたんです。現金は便利なんですが、なめらかじゃない点がたくさんあるんじゃないかと。
メルペイが目指す「なめらかな社会」とは、お金を持ち歩かなくてもサービスのメリットを享受できる社会。メルカリとの連携も含めて、なめらかな社会を実現していきたいと思っています。
メルカリとメルペイのお客様には、メルカリ上で「丁寧に取引をしている」「期日までに支払いをしている」等、所属や肩書等ではみることができない人となりのような情報を基にして、、チャージレスにお買い物をして、あとからまとめて支払える「メルペイあと払い」といったサービスなどを提供するなどしています。
非接触型サービス「iD」とQR・バーコード決済に対応していることに関しては、かなりいい評価を世の中からいただいていると思っています。一方で、iDで払えることと、メルペイのQRコードで払えるという二つの手段があることで混乱が起こるケースもあり、いざふたを開けてみると、いろんな課題に直面しているとも感じています。
▲株式会社メルペイ Product Manager 太田垣 慶氏
2006年にDeNAへ入社。ソーシャルゲーム事業の立ち上げプロジェクトリーダーに従事した後、サンフランシスコへと赴任しプロデューサーやゲームデザインアドバイザーを歴任。2013年よりスマートエデュケーション、2015年よりPiccolo(現VIVITA)を経て、2017年4月株式会社メルカリに参画。US版メルカリのプロダクトマネージャーを務めた後、2018年よりメルペイのプロダクトマネージャーに従事。
及川:両方に対応しているのはメルペイだけなんですか?
太田垣:そうですね。店の端末にスマートフォンをかざすだけで支払いができるLINE Payの「QUICPay+TM(クイックペイプラス)」がありますが、iDとコードの両方対応という意味ではメルペイだけです。
及川:ペイメントサービスが次々と出てくる中、国もキャッシュレス化を推進していますが、世の中の大半はまだ使ったことがないのではないでしょうか。そういった人たちに使ってもらえない限りは、キャッシュレス化社会は実現されないと思っているのですが、なぜ使わないのか。メルペイはその阻害要因をどのように解決し、需要を喚起するために、どのような対策をしているのか教えてください。
Ishikawa:メルペイとしては、キャッシュレスを推進しています。でも、今やってないことをやってもらうのはすごく難しいことですよね。それをどう乗り越えていただくかについては、いろんなやり方があると思っています。一回でも使ったら意外と簡単だったり、便利だったりする。その体験が提供できれば、その後も使っていただけるんじゃないかなと。
私は、もともとツイキャスというライブ配信のサービスを作るエンジニアをしていました。2年前にメルカリの子会社のソウゾウに入社し、メルカリNOWのプロダクトオーナーを経て、メルペイにて金融新規事業(Credit Design)に従事。主にあと払いや、信用基盤などの開発を担当しています。
「信用」とは約束を守ってくれるということだと考えています。この人は約束を守ってくれるという情報をベースにしてできるサービスはいろいろあります。僕らとしては、そのベースの上に多種多様なキャッシュレスのサービスを作り、さらにキャッシュレスが浸透させていきたいですね。
▲株式会社メルペイ Product Manager Yuki Ishikawa氏
2012年に任天堂株式会社入社。スタートアップやフリーランスを経て、2014年にモイ株式会社(ツイキャス)に初期社員エンジニアとして入社。国内開発、海外マネージャー、アジア事業立ち上げを経て、2017年6月にメルカリ/ソウゾウに入社。メルカリNOWのプロダクトオーナーを経て、メルペイにて金融新規事業(Credit Design)に従事。
及川:キャッシュレスで単に現金の置き換えだけを狙うのではなく、キャッシュレスならではのサービスやメリットを見せることで、需要を喚起させたいということですね。
メルペイのプロダクトはどう作られているのか?
及川:続いては、実際にプロダクトはどう作られていくのか。プロダクトの機能に関する起案・アイデア出しから、最終的にユーザーの手元に届けるまでの流れと、それぞれの職種の方々の役割をお聞かせください。
鈴木:私はメルペイの立ち上げからデザイナーとして参画しています。立ち上げ当初はスタートアップにかなり近いかたちで、複数の機能を同時に立ち上げていました。当時はデザイナーも4名しかいなかったため、かなり横断的に関わっていました。
一般的にはPMが仕様をまとめてデザイナーやエンジニアに振ることが多いと思いますが、メルペイでは、各職種の人間が能動的に動いています。動きながら開発を進めるのがメルペイの開発スタイルなのだと思っています。デザイナーも画面だけ作るのではなく、PMと仕様を詰めて、前に進めていくために何ができるか一緒に考えることが多いですね。
▲株式会社メルペイ Digital Product Designer, Design Manager 鈴木 伸緒氏
京都工芸繊維大学を卒業後、ニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学。帰国後、WEB制作会社、サイバーエージェントを経て、2015年11月よりメルカリにジョイン。US版メルカリのグロース、UK版メルカリの立ち上げをプロダクトデザイナーとしてつとめた後、2018年1月からはメルペイの立ち上げに携わり、現在は「メルペイあと払い」の体験設計を中心に担当。
昨年入社した草野は、リサーチャーという立場で上流から横断的に関わっています。以下の体制図のように、PMとデザイナーで仕様を徹底的に詰めた上で、エンジニアに実装を依頼して、コストを見積もってもらいます。
リリース後はBIの数字を分析するデータアナリストや、UXリサーチャーから定量的、定性的なフィードバックをもらい、それをさらにまたプロダクトに落とし込んでいきます。
デザイナーやリサーチャーに関しては、横断的に全部の領域に関われる体制となっています。例えば、プロジェクトAとBがあったとして、それぞれのデザイナーが同じ画面を作業するといったことがないように、お互いのプロジェクトにフィードバックする機関になっています。
及川:そこでデザインの一貫性は確保されているんですね。
鈴木:はい、フィチャーやスペックのズレみたいなところも、組織を横断してそれぞれの役割を担っています。
草野:UXリサーチャーの草野です。基本的にデザイナーとUXリサーチャーは同じチームにいるので、動き方としては同じですね。横断的にいろいろなプロジェクトに関わっています。
リサーチャーは調査して分析して報告する、というイメージがあると思います。それも大事な役割ですが、私は分析結果ををどのようにチームや組織にインプットするか、そのためにどうファシリテーションしていくかといったことも含めて動いています。
▲株式会社メルペイ UX Researcher 草野 孔希氏
電気通信大学大学院修士課程修了後、通信事業会社の研究所に入社し、デザイン方法論の研究および研究知見を活用したコンサルティングに従事。同時に社会人博士として慶應義塾大学院大学システムデザイン・マネジメント研究科にて博士後期課程を修了 博士(SDM学)。2018年11月にUXリサーチャーの一人目としてメルペイに入社し、UXリサーチを活用したサービスデザインに取り組む。
Ishikawa:メルペイは去年の7月頃までは、この図のような組織でプロジェクトごとにチームを作っていました。よくあると思いますが、プロジェクトAがこの機能、プロジェクトBがこの機能、というように、機能単位にチームを作って、その中にPMやエンジニア、デザイナーがいて、チームだけで自走できるようにしていました。
それで進めていたところ、いくつかの課題が出てきました。例えば、プロジェクトドリブンになってしまった。それによって、エンジニアが正しく評価されにくくなってしまったり、キャリア形成において、足元の仕事をすることになったりなど。工数の見積もりやスケジュール管理なども人依存になってしまったので、これも仕組みでなんとか解決したいと考えました。
技術負債の返済やセキュリティ対応などに対して、適切にアサインを入れて、仕組み化していくことが、我々が達成したかったことです。どう改善したかというと、PM、テックリード(TL)、エンジニアリングマネージャー(EM)の役割を明確にし、TLはPMの技術的な面において、壁打ち相手になる役割、EMがエンジニアのキャリアやプロジェクトをまたいだエンジニアのアサインをする役割としました。
プロジェクト単位というのは変わらないんですが、横ぐしにエンジニアリングマネージャーが見ていく。横断的にエンジニアをアサインできるようにしました。これは結構人が必要になるので、難しい部分もあったり、改善点がいろいろ見えてきた。フェーズによっても適切なやり方は変わってくるので、常々やりながら改善を進めています。
UXリサーチャーの役割と仕事内容とは?
及川:UXリサーチャーの役割をもう少し詳しく教えてください。
草野:リサーチャーとは基本的に、明らかにしたいことを何かしらの手段で明らかにするのが仕事です。その中には、定量・定性・ユーザー向け・ビジネスなど、多様なリサーチが存在します。
その中でUXリサーチャーは基本的にはお客さまの体験に関することに、リサーチの責任を持つスペシャリストです。やることとしては、例えばフィールドリサーチ。実際に現場に行って、お客さまがどういう生活をしているのかを見たり、お客さまをインタビューしたりすることで、どういう心理状態なのか、なぜキャッシュレスを始めないのかなどを調べていきます。
また、プロダクトのユーザビリティテストをしたり、プロダクトのコンセプトについて早い段階でお客さまにフィードバックをいただいたりする。これによって使いにくいプロダクトをお客さまに届かないようにします。
メルペイのUXリサーチで特徴的なのは、「こういう方向性でプロダクトを作っていきたい」という新しいコンセプトが出たときに、早い段階でのお客さま調査、調査結果を使ったアイデア発想、コンセプトの妥当性確認をセットでお手伝いすることですね。
デザインのプロセスではお客さま視点が薄まっていく瞬間があるんです。そういったときにUXリサーチャーが入りこんで、PMやデザイナーをサポートします。
UXリサーチャーというとUXを全部やる人だと思われることもあるんですが、メルペイの方針では、UXは全員で作り上げるもの。ただし、お客さまの体験を調査するにはリサーチの専門性が必要なので、UXリサーチャーという名前をつけて役割を明確にしていますが、UXを作り上げるのは全員であるという意識で取り組んでいます。
及川:UXリサーチャーを専任で抱えている会社はまだあまりないと思いますが、これからはUXリサーチャーを採用していった方がいいのか、それとも別の職種の人にUXリサーチを担当してもらうようにしたらいいのか。ケースバイケースだと思いますが、何かアドバイスがあればお聞かせください。
草野:スモールスタートで始めるのであれば、プロダクトマネージャーやデザイナーが、その職能の一部を担うのが一番早いと思います。UXリサーチの専門性が高い人材は、まだ日本のマーケットにそこまで多くないと思うので、業界全体で意識的に人材育成もやっていかなければいけないと考えています。
ペイメントサービスを万人に使ってもらうための施策とは?
及川:メルペイだけじゃなく、キャッシュレスのペイメントサービスを万人に使ってもらおうとしたときに起こる矛盾や難しさもあると思います。その中で、メルペイの考えるターゲットとはどんなユーザーなのでしょうか。その方々のためのUXリサーチやデザインで、工夫されていることはあるかどうかを教えてください。
太田垣:今現金を使っている方に、無理やりキャッシュレスに移行してもらいたいという思いはなく、いろんなステージの方を想定しています。以前からiDを使ったことがある方も対象ですし、Apple PayなどのiDを使うのは初めてという方も大事なお客さまとして考えています。もちろんメルペイは基本的にメルカリのアプリの上にあるサービスなので、メルカリユーザーのなるべく多くの方に使っていただきたいと考えています。
基本的な思想としては、メルカリで売ったことがあるセラーとしての経験がある方、そうでない方、iDを使える状態まで設定されたお客様とされてないお客様。さらに、銀行やあと払いの設定をされている方、いない方。この3つをかけ合わせするだけでも、かなりの数のパターンが出てきます。
メルペイタブをダッシュボードと呼んでるんですが、その出しわけがかなり多くの数になっていて、ケース分けを整理するだけでも大変になりつつあります。各シーン別にメルペイタブはこういう導線であるべきというものを、緻密に分けて設計しています。
太田垣:左は初期のダッシュボードの構想です。当時は利用履歴もトップページに出てた方がいいんじゃないかという議論があり、負荷的な面やプライバシーは見えない方がいいという声もあって、止めたんです。2月13日のリリース段階では、右のような画面デザインで出しました。
今はコード払いなど、新しい機能が増えているので、違う画面になっているのですが、そのたびにどこに置こうかという発想で進めています。ある程度新しい機能が増えてきたので、改めて次のバージョンはどんな形であるべきかを議論したり、その仕込みをしています。
及川:この最初のサンプルから改良していく際に、実際どのようなことをして、その意思決定がされたんですか?
太田垣:これはPMによっても考え方が異なると思いますが、我々が重視しているのはやはりデータです。PMの頭の中にいろいろなペルソナというか、お客さま像が脳内にあると思うんですね。それがキャッシュレス初心者にとってどうだろうとか、当然考えるわけです。
しかし、我々のサービスを使っていただいている何百万人というお客様にどのようなパターンの人がいるのか、全ては網羅できないわけですね。それを正しく伝えてくれるのが、データだと考えています。従って、基本的な価値判断はデータで行っています。
及川:コンビやファーストフードのスタッフなど、ユーザーの支払いを受ける側も一種のユーザーになると思います。このユーザーのターゲット像や需用に対しては、どう定義されていますか?
太田垣:私も立ち上げ当初、加盟店をいろいろ回ったので、ビジネス向けのプロダクトはそこが差がつく部分だと思っています。うちのデザイナーも加盟店に行って業務を見て、改善のヒントを得てきたりしています。
話がそれますが、日本のコンビニは、公共料金支払いやメルカリ便の支払い対応など、マニュアルやオペレーション対応がすごいですよね。私がコンビニで明日からやってくれって言われたらたぶんできないと思います。
実例で紹介すると、ファミリーマートさんでファミポートからクーポンを発券してもらうキャンペーンがあったんですね。我々も注意書きを用意していたんですが、そのやり方がわからないメルカリ・メルペイのお客さまからのお問い合わせがあり、より目立つように変えるべきだと意見をもらい、その日のうちに対応しオペレーションを整えました。そういった試行錯誤の連続なのかなと。
及川:実際にユーザーが増えて、データも貯まると、いわゆるグロースハック的な形で、マジックナンバーと言われるものを見つけ出せているのではないかと思うんです。そこに至るまでと現状の勝ちパターンは何か、また今後はどのように進めていく予定でしょうか。
太田垣:分析に関しては、メルペイには強いデータアナリストがたくさんいるので、プロダクトの意思決定をサポートしてもらっています。我々が重視している指標は、圧倒的にエンゲージメントです。どれだけリピートいただけるかですね。
特に、初期のどのくらいの期間にどのくらい使ってもらえるか、という2つの数字を今社内でセットしています。そこでどれだけ何回使っていただけるか、使っていただけてる方が何%なのかという数字はかなり見ています。
キャンペーンの効果測定と、その効果は?
及川:その数字を達成するまでの仕組みを、いろいろなUXとしてデザインしているということですね。それと関係するかもしれないんですが、今メルペイをはじめ、ペイメントサービスの多くはキャンペーンをたくさん実施しています。そのキャンペーンの効果測定ってすごく難しいと思うんですね。
例えば、期間中にそれを使ったらもう使わなくなるなど、キャンペーンに乗っかってるだけという人も少なくないと思います。そうならないようにする工夫、効果測定はどうしているのでしょうか。
Ishikawa:各社いろんなキャンペーンを実施しているので、それをめぐるだけの人もいると思いますが、一回使ってもらうことは非常に大事だと考えています。そこで終わってしまうようであれば、改善の余地を示唆しているところなのかなと。効果測定に関しては、リテンションなどの継続部分を重視していますね。
あとは決済をした後に、付加価値をどう作っていけるか、その付加価値をお客さまにどうお返しできるかも非常に重要だと考えています。
及川:各社キャンペーン合戦になっていますが、特定の決済手段として、永続的に定着するまでどのくらいの期間が必要と考えいますか?
太田垣:それは我々も教えてほしいですね(笑)。キャンペーンの妥当性評価の観点としては、2つあると思っています。一つはキャンペーンをしていない期間にどれだけベースが積み上がっているか。
もちろんキャンペーンだけに反応するお客さまもいるわけですが、キャッシュレスやモバイル決済は習慣化が重要だと思っています。一回使ってみたら意外と簡単だとか便利だと感じて、非キャンペーン期間にも使っていただけているという数字も出ており、しっかりベースが上がっている実感を持っています。
二つ目の観点は、ソーシャルゲームの運営をしたことがある方には共感してもらえると思いますが、やはりCPAとLTVですね。メルカリキャンペーンは毎回ポイントをずらして実施しています。例えばGWキャンペーンでは、銀行をつなぐというポイントで実施し、6月のキャンペーンではあと払いという新しい決済手段で還元しました。明確にキャンペーンごとにどの設定に対するCPAがどうだったのか、かなり厳密なレベルで評価しています。
既存の枠にとらわれないユーザーストーリーを描くには?
及川:既存の枠にとらわれないユーザーストーリーを描くスキルが求められていると思いますが、そのスキルを磨くために意識していることや若手に伝えることはありますか。
鈴木:ベースとしてメルカリのお客さまが、どういうことを考えて、使ってくださってるのかということを第一に考えています。お客さまの中にはiDを使う方もいれば、行動決済しか使わない方もいます。メルカリで売ったことがある人もいれば、買ったことしかない人もいるという状況を理解した上で、この機能は誰に対して、どのように使ってもらいたいのか、PM、エンジニアと共有した上で作っていくことがすごく大事です。
これだけ大きな規模感のサービスになってくると、社内でも様々な側面を気にする人が出てきます。それを把握した上で、自分の考えをプレゼンしていかないと、途中で折れてしまう。まず自分がこのFintechを通して、どういうサービスをメルカリのお客様に提供したいのか明確にすることが、デザイナーとして非常に大事だと思っています。
及川:仮説は当然あるんだけれども、そこに対しての自分の思いをしっかり持つ。逆に言うと、ちゃんと自分の思いを持てるくらいリサーチやエッジの効いたものを作り上げていくことが、大事だということですね。
鈴木:そうですね。
草野:既存の枠にとらわれないためには、まず既存の枠でユーザーストーリーを描けなければいけないと思っています。つまり普通に作っていったら、どうやったら使いやすくなるか、どうやったらお客さまが嬉しくなるかがわかっていること。その上で、どのように変えていったら既存の枠を超えられるの考えられると思います。
既存の枠のなかでユーザーストーリーを描くには、多くのお客さまのフィードバックを得たり、実際に世の中に出たものがデータ的にどうなったのかなどを真摯に見る必要があります。そこはしっかりインプットしておくことも重要だと考えています。
そういったところをしっかりやった上で、既存の枠にとらわれていないユーザーストーリーもお客さまに見せて学びを増やしていくことが大切です。それらができるリサーチャーとなり、サポートしていきたいと思っています。
及川:型を外すには、型を覚えなくてはダメだと。武道と同じですね。そもそもなぜUXリサーチャーを専任で設置したんでしょうか?兼務ではなく、専任である理由は何でしょうか。
草野:今はリサーチの手段がかなり多様化しています。またお客さまも多様化している中で、リサーチの専門性と複雑性はかなり高まっています。それを兼務することは負荷がすごく高いですね。
特にメルペイは、PMが様々な要件を考えてスピーディに意思決定をする必要があります。その中でUXリサーチも兼任で調査や分析をするのは大変です。
こういう状況では、リサーチャーが専任でいた方が全体の効率が良くなります。組織としてのリサーチに対するケイパビリティを上げられます。
Ishikawa:PMの観点でいうと、リサーチ部分をリサーチャーに丸投げして、PMやデザイナー、エンジニアは何もやらないというわけではありません。むしろかなりやっている方だと思います。領域を超えて、お客様の声を聞いたり、インサイトを得ることは非常に重要なので、それはもちろんやります。
ただ、その先にあるプロフェッショナル領域であるリサーチに関しては、その専任の方のアウトプットクオリティは非常に違うなと、仕事を通じて感じている部分があります。その得意な部分をやってもらうことがプロジェクトに活きているなと感じています。
お客様からインサイトを得るというところは一緒にやりながら、専任の方が得意なところとしてアウトプットもらっているので、PMとして助かっています。
及川:UXリサーチャーに限らず、小さいプロダクトだとプロダクトマネージャーもいなくて、エンジニアリーダーがプロダクトマネージャーをやることも少なくありません。そうなったときに、対立する構図がいくつか生まれたり、適切な意思決定ができなくなるという兼任・専任問題があると思います。
例えばUXを突き詰める立場でデザイナーとプロダクトマネージャーがいて、UXは全員の問題だとは言いつつも、プロダクトの事業観点も見なきゃいけないし、適切に頭を切り替えることは難しい。
そうした時に専門職であるUXリサーチャーがいたならば、自分の軸はこれだからという健全な対立となり、その中から事業としてどうすればいいか、意思決定ができる。一人の人間で頭を切り替えできないことも多いので、専門職がいるという強みでもあるのかなと感じました。
Fintechという規制産業の難しさとやりがい、新たな取り組み
及川:Fintechという領域は、金融ということもあり、規制産業であることの難しさもあります。その中でメルペイもいろんな工夫をされていると思うんですね。「金融はスピード感がなさそうだし、国からもいろいろ文句言われそうだ」と、敬遠する人も多い一方で、やりがいがある部分もあると思います。
皆さんの中で、Fintechの面白いところ、こういったチャレンジをしたいと思っていること、今やってることをご紹介してください。
Ishikawa:僕はこれまでWebサービスやアプリを作ってきて、Fintechの経験はなかったんですけど、金融はやはり難しいですね。プロダクト開発の観点でも、セキュリティ周りやリーガル周りの整理など、考えなくてはいけないことが非常に多くあります。
ただ、お客様や社会に対するインパクトが非常に大きいので、やりがいもあります。お金自体をどうこうするというよりは、お金を使って何かをやりたいとか、サービス提供できるという、スコープが広いんですね。規制産業でハードルが高いというところでも、改善できる余地がたくさんあります。
メルカリ・メルペイは、プロダクト開発のスピード感がとても早いです。そのスピード感で規制産業、あまり動いてなかったところに対して、こうしたらいいのにという施策やサービスを提供していけることは、非常に面白いと思っています。
5Gの登場やインターネットが浸透していった中での金融のあり方がちょうど変わっていくタイミングなので、そこにプレイヤーとして関わり、変えていけるというのは、非常に楽しいと考えています。
鈴木:Fintechは、デザインに対して非常に相性がいいと思っています。僕は2018年からエンジニアやPMと一緒にメルペイ立ち上げに関わってきたんですけど、みんな最初は何を作っていいかわからなかったんですね。Fintechをやったことある人なんて、ほとんどいなかった状態でスタートしたので。
道しるべになるものも何もなかった中で、Fintech経験のあるデザイナーが1名いたので、彼を中心に仕様をキャッチアップしながら、議論しながら画面を形にしていった。そういうことが、周囲の職種の人にありがたいと思ってもらえる環境が相性がいいし、面白いと思っていることの一つです。
メルペイ単独でこのFintechの規制産業に関わっていたら、非常に大変だったと思いますが、他社との競争環境があったからこそ、エキサイティングに楽しめる。一般的には新規事業立ち上げまでが一番楽しいフェイズだと思うんですけど、リリース後もそれが続きます。
それだけ競争環境が激しく、一般的な運用とはかけ離れたスピード感と、次の手を打っていかないとどうなるか分からない状況は、今でも現場では続いています。そこが非常に楽しいなと思っているところですね。
及川:そうですよね。金融と規制産業をひとくくりにてしまったのですが、メルペイというのは新規事業であり、事業を創ると同時に、一種別の産業を創っている状態なんですよね。
ですから、規制産業という先入観を捨てて見てみれば、かなり自由にいろんな挑戦や実験ができる新しい産業であることがわかりますね。メルペイの金融業界の常識とイメージを変革するサービスに期待しています。