「既存の商習慣」を変革するプロダクトの課題と開発舞台裏──freee、クラウドサイン、不動産DXの事例紹介

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既存のビジネス習慣は、対面による商談や会議が当たり前であった。しかし、新型コロナウイルスにより、オンラインでのやり取りが主流となった。これからも従来の商習慣が、テクノロジーによって進化いくだろう。ただし、その実現には従来の“常識”や“ルール”を疑い、変革していくマインドセットも必要不可欠である。今回は、freee、クラウドサイン、不動産DXの事例をもとに、これまで当たり前だった商習慣を打破した取り組みを紹介する。
「既存の商習慣」を変革するプロダクトの課題と開発舞台裏──freee、クラウドサイン、不動産DXの事例紹介

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■登壇者プロフィール


freee株式会社
プロダクトマネージャー 高木 悟氏


弁護士ドットコム株式会社
クラウドサイン事業本部 プロダクト部
プロダクトマネジメントチーム 開 祐貴氏


株式会社POINT EDGE 代表取締役
兼 株式会社REaaS Technologies 取締役 友松 哲也氏

【freee】個人事業主の電子申告普及率アップを実現

「クラウド会計ソフトfreee」を筆頭に、ビジネスに必要な各種ツールやサービスを、一気通貫で提供しているfreee。個人事業主、中小企業、大企業、そしてベンチャーにおいては起業前後からIPO、その先のステージまで活用している。

freeeではペーパーレスを推奨している。サービスの普及はもちろん、電子申告を広めたいとの想いもあった。しかし、普及には3つの壁があったという。どのような壁なのか、トップバッターとして登壇した高木氏は、確定申告のトレンドと合わせて次のように紹介した。

「確定申告は、持参・郵送・電子申告の中から選ぶことができます。私たちが電子申告普及率アップの取り組みを始める前までは、パソコンなどで作成した申告書を印刷し、直接税務署に持ち込む。あるいは、郵送する人が多いという状況でした」(高木氏)


電子申告が普及しなかった理由には、以下の3つが挙げられます。

【電子申告が普及しない3つの壁】
(1)準備が大変である
(2)約3000円のICカードリーダーを用意する必要がある
(3)ペーパーレス以外のメリットがあまりない

「まずは(1)の準備ですが、国税庁が運営している国税電子申告・納税システム『e-Tax』では利用に際し、いくつかのソフトウェアをインストールするなど、準備がとにかく大変という壁がありました。実際、同サイトの利用マニュアルは100ページ以上あり、利用方法を理解するだけで多くの人は挫折してしまう。それが、これまでの流れでした」(高木氏)

そこで高木氏は、準備が簡便に行える「電子申告開始ナビ」の開発をスタートさせる。実際にサイトを見てもらうとわかるが、これまではe-Taxでなければできなかった準備が、freeeのサービス内でできるようになった。

●電子申告開始ナビ:https://www.freee.co.jp/kakuteishinkoku/e-tax/start/

【freeeの電子申告開始ナビで行えるようになった各種準備】
・マイナンバーカードの申し込み方法案内
・ソフトウェアの準備
・利用者識別番号の用意
・電子証明書の登録

(2)に関しては、ICカードリーダーがなくても電子申告が行えるスマホアプリを開発した。いわゆるお財布ケータイや交通系ICに使われている「NFC (Near Field Communication:近距離無線通信)」技術を活用したものだ。

このような取り組みの結果、freeeのサービスを利用すれば、電子申告に関する「準備・作成・申告」といった一連の作業を、他のサイトやサービスを使うことなく、一気通貫で完結できるようになった。

(3)に関しては、国が動いた。電子申告で行えば、紙の申告に比べて10万円多く控除が受けられるように税制を変えたのである。つまり、明確なメリットが打ち出されたのだ。政府がデジタル化を進めていることに加え、密を避ける必要がある新型コロナウイルスの存在が大きかったことは言うまでもない。


画像引用元:payment navi

freeeは国税庁と協力し、電子申告の普及にさらに努める。確定申告が始まる前の1月中旬、同社代表の佐々木大輔と国税庁の担当者を登壇させ、自宅にいながらスマホで簡便に電子申告できるとのイベントを、記者会見も兼ねて実施した。この企画は奏功し、多くのメディアに取り上げられた。

高木氏は、結果も含めてプロジェクトを振り返り、次のようにセッションを締めた。

「具体的な数字は非公開ですが、これまでに比べ、大幅に電子申告の利用率がアップしました。改めて振り返ると、ユーザーの目的やニーズをしっかりと定義し、電子申告に関する作業フロー全体をカバーしたことが、良い結果に繋がったと思っています」(高木氏)

【クラウドサイン】「Rule Re:Make」の精神で電子署名の法解釈を再定義

お堅い商慣習である契約書などのペーパーレス、デジタル化に向かっている。このトレンドをつくったのは、弁護士ドットコムが提供するオンラインによる契約・署名サービス「クラウドサイン」である。続いて登壇した開氏は、クラウドサインの特徴や利用状況、実績を次のように説明した。

「クラウドサインを利用すれば、これまで紙で行われていた各種契約や署名が、オンライン・クラウド上で簡便に行えます。契約類型は雇用契約書や取引基本契約書などにはじまり、取締役会議事録など多岐にわたっています。2015年のリリース当初は個人事業主や中小企業のお客様が多かったのですが、現在では大手企業様にも利用していただき、累計送信件数が500万件以上(※2021年4月時点)の実績をもつサービスとして、企業における契約締結インフラとして広く利用されるようになりました」(開氏)

弁護士ドットコムは、弁護士が創業した企業だ。サービスも、もともとは社名と同じ法律相談に関するポータルサイトを運営してきた。法律相談を受けたい人と、弁護士をマッチングするサービスで、無料で弁護士に質問できる機能が評判を呼んだ。現在では、日本最大級の法律相談ポータルサイトとして広く使われている。

同社では、以前からビジネスシーンにおける契約書類の多さや煩雑さ、書類処理に要する時間がボトルネックだと感じていた。その課題感から、クラウドサインは生まれたのである。

「サービスリリース当時、電子契約の仕組み自体はありましたが、2001年に施行された電子署名法に準拠した当事者署名型の電子署名では、送・受信者両方が認証局での手続きをする必要があり、皮肉にもその手続きに実印と印鑑証明書、住民票の取得が必要でした。また、証明書の取得には1週間以上かかるケースもあることがわかりました」(開氏)


「このような仕組みでは、せっかく契約業務の煩雑さを解決できる可能性がある電子契約が社会に普及しないのではと思いました」と、開氏は当時の思いを述懐する。そして、電子契約の法的な定義をさらに詳しく調べていくと、電子署名の法的な定義は、次の2つを満たしていればよいことがわかった。

【電子署名の定義(電子署名法第2条)】
・誰が契約したか明示されていること(作成者明示機能)
・改ざんされていないと証明できること(改変検知機能)

また、どのような形式で契約を締結するかは、契約自由の原則から縛られていない。つまり、先の認証局での本人確認の手続きは、電子契約に必須とは言い切れないのではないかと考えたのである。

「利便性を損なってはせっかくの電子契約も社会には普及しない、社会に普及させないとプロダクトをつくる意味はないと考え、クラウドサインは敢えて電子署名法に準拠しない現在の事業者署名型(立会人型)電子署名を選択をすることを決断しました」(開氏)

クラウドサインの場合は、まずは契約を交わしたい送信者が、PDFで契約書を送る。そして、送・受信者それぞれが行う項目入力や同意に対して、弁護士ドットコム名義で電子署名を施すことで「誰が」「いつ」契約したか、さらにタイムスタンプを加えることで、その時刻以降電子データが改ざんされていないことを技術的に証明できる仕組みを構築している。

また、クラウドサインは弁護士や法務のエキスパートから編成されたリーガルデザインチームを発足し、政府に提言を行うロビー活動を行っている。その結果、2020年7月にクラウドサインが選択した「事業者署名型電子署名」が正式に国から認められる。

●電子署名法3条要件に対応する機能も追加

国はさらに、同年9月「本人の真正性の推定」、つまり民事訴訟時の証拠力についても新たな見解を示した。この通称3条Q&Aでは、クラウドサインのような事業者署名型電子署名であったとしても、固有性要件を満たすことで推定効が得られる と述べ、それを満たすための具体例として、契約当事者が「2要素認証」を経て電子署名を行っていることという要件が示されたのだ。

ちなみに2要素認証とは、パスワードなど本人だけが知っている「知識認証」、ICカードやワンタイムパスワード用トークンなど本人だけが持っている「所有物認証」、指紋などの「生体認証」のうち2種類を組み合わせた認証方法を指す。

クラウドサインではその発表からすぐに、送・受信者すべてのユーザーが2要素認証を利用できる体制を整備し、さらに「送信者が任意で相手にも2要素認証を要求できる機能」の開発をスタートさせた。

「コンセプトや要件は固まりましたが、クラウドサインはアカウントがない受信者でも同意できる仕組みやスマホユーザーなど、利用者のパターンが多岐に渡るという課題にぶつかりました。そこで、開発チームですべてのパターンをUI Flowsで整理したうえで、受信者の状態に合わせたメッセージとフローを設計、最終的には受信者のパターンによって画面を出し分ける処理を実装することでシンプルなUXになるように開発を進めました」(開氏)

そして、政府の発表からわずか3カ月後、クラウドサインは、電子署名法3条に対応する日本で初めての機能として「高度な認証リクエスト機能」をリリースする。開氏は次のようにプロジェクトを振り返り、セッションを締めた。


「100年以上続いた紙と印鑑による契約の歴史は、今まさに電子契約という形に置き換わりつつあります。私たちクラウドサインは、現在の電子契約の普及はもちろんのことですが、それにとどまらずこれから100年のスタンダードになりうる『新しい契約のかたち』をつくっていきたいと考えています」(開氏)

【POINT EDGE】不動産DXを進める上での壁を壊し、解決策を提案する

最後に登壇したのは、新規事業支援やブランドコンサルティングを手がけるPOINT EDGE(ポイントエッジ)の友松氏だ。

「POINT EDGEの特徴は『ビジネスデザイン』を掲げていることです。具体的にはビジネス全体の価値を設計することですが、『何を』するのかだけではなく、『なぜ』するのか。『誰に』するのか。そしてビジネスの結果、『何を得たい』のか。ミクロからマクロからまで、広い視野で新規事業開発も含めてビジネスをデザインしています」(友松氏)


最近はDX(デジタルトランスフォーメーション)案件が多く、中でも単なるデジタル化だけではなく、まさにDXの本質である、デジタルを活用したイノベーション案件が多いという。

2020年4月からは、不動産事業を手がけるシノケングループの一員となった。シノケングループは投資用不動産領域で、企画・設計・施工・販売・管理など、一気通貫でサービスを提供している強みを持つ。「ライフサポートカンパニー」を標榜している企業でもある。

友松氏は、シノケングループの中で不動産テクノロジーを担う、REaaS Technologiesに役員として参画した。POINT EDGEでは、以下のような不動産テックの企画・開発を行っている。


【不動産テックの事例】
・顔認証で入居できるスマートインターフォン
・IoTを活用し新たな顧客体験を提供するアパートメント
・ウイルスを制御する壁紙や空気循環設備(コロナ禍対策)

現在取り組んでいる不動産DXでは、デジタルデータの改ざん・信頼性を担保する技術を活用した電子契約プラットフォーム「トラストDX」の開発を進めている。

「これまでの不動産取引は、実際にお客様と対面で会い、紙の書類に印鑑で契約するのが主流。さらに本人確認が必要でした。それらを、AI、ブロックチェーンなどデジタルテクノロジーで変革し、個人認証はもちろん、信頼や改ざん防止を踏まえた上で、新たなプラットフォームを構築したいと考えています」(友松氏)

不動産業界におけるDXにおいては、「複雑な業務」「様々なステークホルダー」「法規制」という3つの大きな壁があると、友松氏は語る。

「1つ目の壁は業務量が多く、複雑だということ。慣習や決まりごとはもちろん、実作業も多く、作業ルールも細かい。ある業務では、58枚もの書類を作成する必要があります。さらに厄介なのは、アナログとデジタルが混同している業務フローの存在です」(友松氏)


単にデジタル化するだけではうまくいかないと考えた友松氏は、着眼点を変えた。書類をデジタル化する一般的なフローではなく、各書類はどのような意味があり、何のために作成するのか。書類の意味という根幹をクリアにした上で、デジタル活用を模索していったのだ。

例えば、会議や折衝はすべてオンラインで行えば効率的のように思えるが、現実はそうではない。相手の都合や性格などにより、リアルに会った方が効果が最大化する場合もあるからだ。住宅ローンや金融機関との折衝、高額物件の売買などがいい例だ。「効率ではなく、効果の最大化」がポイントだと友松氏は強調する。

2つ目は国や金融機関など、ステークホルダーが多いこと。それぞれが異なる背景や事情を抱えているという壁だ。

「すべてをDXすればうまくいく、というものではありません。それぞれのステークホルダーが“効果”を生み出すことが重要だからです。そのため、ステークホルダーそれぞれの事情を鑑みた上で、DXを進めていきます。たとえば、メールアドレスを持たない人には直接電話をするし、実際に会ってやり取りしたいと希望されるステークホルダーには、旧フローを継続します」(友松氏)

すべてのステークホルダーが納得するような改革は、実際にはなかなか難しい。そこで、どうしても解決しないものは、壁として残しておく覚悟も必要だという。ステークホルダーを早い段階から巻き込んでおくことも重要だと補足した。

3つ目の「法規制の壁」では、言葉の解釈問題がポイントになる。例えば、政府が発表した不動産ITに関する最新のガイドラインを見ても、解釈の判断で迷う箇所が多分にある。

「対応できない部分も多いので、どのようなことが起きても対処できるアーキテクチャを設計するように意識しています。具体的には、モダンアーキテクチャ。マイクロサービスを繋ぐイメージで、とりあえず明らかになっている箇所から取り組むこと。データはデータ、アクションはアクションと、分けて扱うことも重要です」(友松氏)

壁はまだ乗り越えておらず、今まさに模索している段階だと語り、これまでのチャレンジから得た知見を次のようにまとめ、セッションを締めた。

「デジタル化にこだわり過ぎないこと。できる箇所から着手することなどが、不動産DXを進める上では重要だと捉えています。デジタル・アナログもそうですが、正解を求め過ぎず、ある程度の余白、“あそび”を設けておき、変化に柔軟に対応できる姿勢が重要だと思います」(友松氏)

【Q&A】参加者から寄せられた質問を紹介

セッション後、参加者からの質問に答えるQ&Aタイムが設けられた。

Q:プロダクトマネージャーに求められるドメイン知識の程度

高木:最低限の知識があればいいと思います。私たちのドメインであれば、日商簿記の1級レベルが必要というより、3級程度の知識があれば良いという感じです。どちらかというと知識よりも、プロダクトに対する愛や、課題解決にワクワクするといったマインドを、freeeでは重要視しています。実際、私は税務申告業務が大好きな分野なので、このプロダクトを担当しました。

Q:プロダクトの体制や進行について

高木:体制は特に目新しくありません。最終的なジャッジは、プロダクトオーナーである私が行いましたが、各部門で意志決定を行うプロダクトマネージャーが複数名いました。そのほかにはエンジニア、デザイナーといった開発体制です。

そこに、事業サイドの広報・PR・マーケティングが加わるといった具合です。特徴としては、私とPR担当者が、ほぼ毎日コミュニケーションしていたことです。

開:プロダクトマネージャーは僕ですが、すべての意志決定を1人で行うことは無理なので、他に2名の意志決定者がいます。一人は、企業法務のプロフェッショナルで、もう一人は、CTOも兼務しています。

流れとしては、まずは法の解釈をしっかりと定義し、そこから具体的にどう実装できるのか。お客様の動きなども考慮しながら、最終的に僕がOKを出して進む流れです。

友松:プロダクトマネージャーが、1人で判断して決めることは難しいのが現状です。高木さんが言うように、プロダクトへの愛や価値を最大化するために、ひたらす考える立場だと理解しています。

Q:トラブルや逆風はなかったのか

開:大きなトラブルは特にありませんでした。一方、逆風という点では「取引先が応じてくれない」との声が大きかったですね。また、お客様が増えるにつれ、カスタマイズなど個別最適化の要望が増えてきているので、API連携などで対応しています。

Q:会計システムは性質上、アジャイル開発が難しいのでは? 仮説検証の方法やポイントを知りたい

高木:おっしゃるとおりです。そのため開発するまでの意思決定に注力し、事前のリサーチや検証を手厚く行っています。ただし領域によってはUIの変更など、アジャイルで行う場合も多くあります。

Q:どのような人材が活躍しているか

高木:私はドメイン型のプロダクトマネージャーだと捉えています。メンバーに関してはWeb業界の出身者も多く、グロース領域やモバイルアプリの開発などで活躍しています。一方、ERPシステムに強いメンバーもいます。

開:僕はWeb系ですが、大手SIer出身者のSEも活躍しています。ドメイン知識に関しては、なくても問題ありません。実際、僕もそうでした。法律に詳しい人材が豊富にいますし、わかりやすく発信しているライターも活躍しています。

友松:開さんと同じく、なくても大丈夫とまでは言いませんが、学ぶ意欲があれば、周りがサポートするので問題ありません。それよりも、新しいプロダクトを開発したいとの気持ちがあれば、十分活躍できると思います。

株式会社POINT EDGE
https://pointedge.work/
株式会社POINT EDGEの採用情報
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https://hrmos.co/pages/shinoken/jobs/0000333

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