アクセンチュアが示すデジタル時代の行政サービスと、DX成功のポイントとは
登壇者プロフィール
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部
マネジング・ディレクター 立石 英司氏
1996年、アクセンチュアへ新卒で入社後、長く官公庁向けコンサルティングに携わり、業務改革、業務システム刷新、大規模システム構築等を手がける。現在は社会保障領域チーム統括として、国税庁や厚生労働省(主に年金、労働、生活保護分野)向けコンサルティングの責任者として従事。
アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ マネジング・ディレクター 梅村 透氏
2007年にアクセンチュアに入社。中央官公庁・地方自治体・学校法人をはじめとする多数の公共機関の成長戦略・再編戦略・財務戦略立案やデジタルトランスフォーメーションなどを手掛け、近年は、国立大学統合・再編など、日本初となる取組みに係るプロジェクト責任者も歴任。現在、社会保障領域チームにおける労働領域を統括。
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部
マネジング・ディレクター 大寺 伸氏
2002年、アクセンチュアへ入社後、永く官公庁向けコンサルティングに携わり、業務改革、業務システム刷新、大規模システム構築等を手がける。現在は社会保障領域チームにおける年金領域を統括し、厚生労働省(主に年金、労働分野)向けコンサルティングや社会課題解決を担うNPO向けプロボノ活動の責任者として従事。
アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部
テクノロジーストラテジー&アドバイザリーグループ
シニア・マネジャー 滝沢 啓氏
2012年、アクセンチュアへ入社以来、官公庁向けコンサルティングに携わり、主に税、年金、社会保障の領域を中心に、中央省庁や自治体などの公共機関における業務改革、業務システム刷新、ビッグデータ・アナリティクスを活用した実証実験や公共機関職員向けデータ活用研修などを手がける。
これまでの常識やルールをゲームチェンジする
まずは立石英司氏が「社会保障DX戦略~新時代のゲームチェンジ」をテーマで登壇。生物学者ダーウィンの言葉とされるスライドを紹介し、セッションをスタートさせた。「社会保障DXを考えるにあたってまずみていただきたいのは、こちらです。目の前の環境変化に対し、今以上に頑張る、ではなく、皆で知恵やアイデアを出し合い、前提や制約を見直し、新しい社会に適応していく。DXは世の中を良くしていく手段、変化に強い行政を作っていくきっかけ、ととらえることが重要です」(立石氏)
立石氏は、このような流れを「ゲームチェンジ」という表現に置き換えた。ゲームにはルールが必要であり、進め方や勝敗などもルールに依存する。社会保障DXも同じく、ルールを理解し、現状に合った内容に見直すことが社会保障DXのスタートである。そして、ゲームチェンジの内容が要約された一枚のスライドを紹介した。
立石氏が着目した従来のルールは以下5つだ。
- 所掌事務
- 計画
- 正確さ、ミスの無さ
- コスト
- 安定した仕事
所掌事務から、それに加えて、昨今の企業でも取り組んでいる目的(パーパス)を明確化して進めるべき。所掌事務とは、法律等で規定されている行政機関の役割・仕事内容を示す言葉である。この先DXが進んだとしても、法制度の執行機関・専門機関として所掌事務の概念はなくならない。それらに加え、どのような目的(パーパス)で今の行政事務やサービスを行っているのか、ステークホルダーそれぞれにおける具体的な目的を再確認していくことが重要だと説明した。
計画、即ち取組みの進め方に関しては、従来のウォーターフォール型から、DXのトレンドでもあるアジャイル型への移行が求められる。
「これまでは計画をしっかりと固めてから実行していくウォーターフォール型が当たり前でした。しかし、変化が激しい時代においては計画を立ている間にアイディアが陳腐化してしまうケースやその間に実行し成果を得られるケースも多数存在します。計画をしっかり立てて進めることは大切なことですが、変化が激しく答えのない社会においては、まさにアジャイル的に試し、改善していくやり方にも取り組んでいく必要があるでしょう」(立石氏)
社会保障や行政業務では、ミスをしないよう取り組むことが、是とされてきた。しかし、あまりにも正確さを求めすぎている傾向があるのではないか、と立石氏は指摘する。また、今回の新型コロナウイルス関連の各種助成金の申請・給付のようなケースでは、正確さはもちろん大事だが、スピーディーな対応が必要だと補足した。
コストの適切性から、成果(パフォーマン)に大きく舵を切りなおすべき。 コストの考え方に縛られる習慣も同様である。活動原資が税金であるため、市民に使い道を詳しく説明する責任は果たさねばならないのは当然だが、行政においても事業会社と同じように、費用対効果、国民への価値提供というパフォーマンスに着目することが必要なのである。コスト説明から、パフォーマンスの説明に軸足を移すべき。
また、公務員、行政業務には安定した仕事というイメージが強いが、今後は社会保障を支えていくためにも、より魅力ある仕事、というイメージに変えていくことを意識すべき。
このように、DXを進めていくうえでは、従来のルールを新たなルールに見直していくことが、実はポイントだと、立石氏は強調した。
社会保障DXにおける5つの本質
立石氏は社会保障DXの本質について、以下のように述べている。
「DXというと、新しいIT技術を活用した改善ばかりに着目しがちですが、本質はこの5つです。まず、社会保障とはあくまで人、市民に寄り添うサービスであること。つまりDXで業務を見直し、市民のために考え、働く時間を確保することが重要です」(立石氏)
業務においては制約範囲内での小手先のやり方だけを考えるのではなく、従来の制約や常識そのものを見直す発想が重要だ。人材においては技術の導入が目的ではなく、新しいバリューを社会に提供することが本質であるため、いわゆる起業家精神を持つアントレプレナー人材が必要である。
さらに、組織全体がオープンで多様な組織に変わることや、データを可視化して活用することも不可欠だ。
「データの可視化・活用は非常に重要です。困っている人を見つけ出し、適切なタイミングで適切なサポートを行い、その成果・パフォーマンスを可視化することができるからです。」(立石氏)
人も社会も多様化する中での社会保障DXが求められる
続いて立石氏は、日本社会の変遷と社会保障の関係性を紹介した。高齢者1人を支える人数は、1970年代には9人であったが、2010年には3人となり、30年後の2050年には1人になると予測されている。
少子化により、労働市場においては生産年齢人口が減少する一方で、女性や高齢者にも働く機会が広がり、労働力人口自体はゆるやかな上昇傾向を示してきた。ただ今後も人口全体の減少傾向は変わらないため、より外国人労働者への機会提供を積極的に考えていく必要があり、さらに日本の労働市場は多様化が進むと見られている。
世帯の変化も大きい。1975年に最も多かった4人世帯は、今では9位に落ち、1人世帯や2人世帯が上位を占めている。これまでの日本の社会保障制度は、夫婦2人子2人の4人家族をベースに設計されてきたが、今後そうした「標準」は見直されなければならず、より粒度の細かい属性の定義と個々にあった対応が必要である。
貧困化問題も深刻だ。日本の貧困率は全体で15.6%、6人に1人は貧困状態。子どもにおいては13.9%と7人に1人が貧困状態であり、グローバルで見てもOECD加盟国内ではイスラエル、アメリカ、エストニアに次ぐ4番目に貧困率が高い。このような状況に、今回の新型コロナウイルス感染症が直撃した。
「株価は回復しているので、一見すると経済へのダメージやインパクトは緩和されているように思えますが、実経済のダメージやインパクトは、これから顕在化すると予想しています。特に、種々の給付金・助成金が今後縮小されていくに連れて、失業者や生活困窮者にはその影響が顕著に現れるため、今後の社会保障にはより注力する必要があるでしょう」(立石氏)
リーマンショックの際は、失業率が以前の状態に戻るまで4年かかったが、「今回のコロナ禍では多くの業界が影響を受けたこともあり、さらに時間がかかる」と、立石氏。次のように述べ、セッションを締めた。
「公務員の人数だけでなく、予算も削減されている一方で、社会保障に対する期待は増えています。つまり、社会保障の現場は逼迫していると言えます。だからこそ、これまで説明してきたようなゲームチェンジを行い、『Do More with Less』を実現する、社会保障DXを進める必要があるのです」(立石氏)
これからの社会保障は、デリバリーモデルをエコシステム型へ
続いて登壇した滝沢啓氏は、社会保障の改革について、以下のように語り始めた。
「社会保障の改革と言うと、制度改革がまず頭に浮かび、政治家の仕事だと捉えられがちです。しかし私たちは、サービスの届け方=デリバリーさえうまくいけば、現在の制度下でもより良い成果を生むことができると考えています」(滝沢氏)
具体的には、デリバリーモデルをエコシステム型に変革すること。制度ありきのSocial Securityではなく、社会保障の根幹である「困っている人や助けを求めている人に適切に手を差し伸べる」Human Servicesの考え方が重要だと説明し、具体的な改革案を紹介していった。
お役所仕事とも呼ばれる垂直統合・縦割型の組織構造を、多様なプレイヤーがフラットにオープンな状態で対応できるように変革する。これにより、市民は「このサービスを受けるためにはどこの窓口に相談すればよいのか」で迷う必要がなくなり、困ったときに助けてくれるプレーヤーにアクセスしやすくなる。
サービスのあり方についても、これまでの中央集権のトップダウン型ではなく、多様なプレーヤー一人ひとりに任せる。プレイヤー間では目的・ゴールを共有し、その実現方法やサービスの届け方はそれぞれの得意分野でパフォーマンスを発揮してもらう。マニュアルや画一的な対応も変える。市民一人ひとり、多様な人それぞれに寄り添う全体包括、即ちインクルージョンの思考と環境を整える。
「多様なプレイヤーに参加してもらうことはもちろん、他にもキーとなる指標があります。まずは、市民一人ひとりの状態をデータとして見える化し、必要なサービスを的確にデリバリーできるように設計します」(滝沢氏)
テクノロジーに関しても、単にシステムやプロダクトを導入するだけではない。どのようなデリバリーモデルを構築すれば、一人ひとりの市民に適したサービスを提供できるかを明確にする。紙で行っていた書類が、タブレットの液晶に置き換わっただけのデジタル化ではなく、サービスそのものを改革することが重要なのだ。
行政やパートナーだけでなく、実際にサービスを利用する市民とコミュニケーションを取り、エコシステムを実現していくことも重要だ。さらに、そのモデルも日々アップデートしていく。まさに、その時々に合ったエコシステムを構築していくイメージだ。
続いて滝沢氏は、このエコシステム型デリバリーモデルを実現しているグローバル事例を2つ紹介した。
【事例1:英DWP】効率化とイノベーションを生み出すエコシステム
「イギリスの社会保障を巡る課題や状況も日本と同じでした。国家財政における社会保障負担は年々増大。2013年には低所得層向けの給付制度ユニバーサル・クレジットを導入したこともあり、費用支出も対応業務も増加。さらにはEU離脱による各種制度の見直しで、業務や予算負担が更に上乗せされているような状況でした」(滝沢氏)
2011年~2020年に、DMP(労働年金省)の職員数は10万人から7.2万人と30%減少。予算においても9000ポンドから5800ポンドと、36%減少。つまり「Do More with Less」。より少ないコスト=体制で、より多くの業務を裁かなければいけない状況になっていた。だが実際はそんなことは難しく、事務誤りや給付の遅れなどの問題が発生していた。
そこでDWPでは、デジタルを武器としたドラスティックな改革を推し進めた。具体的には組織と業務にテクノロジーを組み込み、DWP内にイノベーションを生み出すエコシステムを構築したのである。
上層組織の「ガレージ」では、あらゆる業務にテクノロジーを導入し、自動化や効率化を目指した。その結果、同業務に携わっていた職員の稼働工数が浮いた。その浮いた工数を、よりよいお客様サービスのために振り分けたり、下層の「Dojo」「グリーンハウス」でのイノベーションを生み出すプロジェクトに充てることができた。
「Dojoはテクノロジーを活用し、イノベーションのシーズを育てながら、イノベ-ションを生むための方法論を実際に体験し習得する場として機能しました。まさに、日本の道場のような組織と言えます。グリーンハウスでは、より新しいテクノロジーやアイデアを試し、可能性を探っていきます」(滝沢氏)
成果はスライドで示した通り、必要のない業務の抜本的な見直しを行うと同時に、業務効率化を実現するソフトウェアロボットを1100体以上も導入。それまで慢性的にスタックしていた180万件の書類の処理業務は、わずか2週間で解消。ペーパーレス化も進んだことで893本の木が節約されるなど、SDGsへの貢献にも繋がった。
Dojoではテクノロジーやイノベーションを得意とする民間企業が、パートナーとして参画。まさしく多様なメンバーがコラボレーションすることで、新たな価値が共創されている。
【事例②:独・連邦雇用庁】求人・求職・労働・教育をデータで繋げたエコシステムを構築
ドイツでは東西ドイツの統一後、不況や移民の拡大などにより、失業率が増加。政府は2002年から2005年にかけて、失業者の保護や労働市場への再編入の促進を目的とした「ハルツ改革」を推し進めた。
ハルツ改革の一つが、「IVLM(Integrated Virtual Labor Market)」と呼ばれる、統合労働市場を実現する社会基盤エコシステムである。
「IVLMには、仕事を求めている市民の求職情報や企業からの具体的な求人情報、市場動向、業種・職種別のスキル、マッチングの成果といったデータがまとめられています。IVLMが参考になるのは、これらのデータが、単に仕事探しや企業とのマッチングに使うだけではない点です」(滝沢氏)
例えば、マッチングがうまくいかなった場合は何が理由だったのか、どのようなスキルが不足しているのかを検証し、求職者にフィードバックする。マッチング実績と求められる人材要件のデータは教育事業を手がける民間事業者にも共有され、市場で人気なスキルを学べる機会とコンテンツが市場へ提供されるようになっている。
さらにIVLMでは、求職者側だけではなく、企業にもデータを提供することで、企業に潜在する人材需要の掘り起こしや求人情報の登録啓蒙といった活動も行っている。
大学などの教育機関とも連携しており、市場でニーズの高いスキルや人材をデータから検証。同内容をフィードバックすることで、社会で必要とされている人材を育成するための学習プログラムの提案も行っている。
つまり、求職者、雇用する企業、アカデミックな機関など、多くのプレイヤーを巻き込み、データを中心とした労働と教育のエコシステムを構築しているのである。IVLMについては過去のセッションでも詳しく紹介されているので、より深く知りたい人は参照してほしい。
【レポート】国家課題に最新テクノロジーを駆使してイノベーション起こす!ドイツの改革事例を用いたAccenture流メソッド
社会保障DXを成功させる鍵は「人」
滝沢氏は、社会保障DXを成功させるためには、テクノロジーの導入・活用も重要だが、それ以上に「人」が重要だと強調する。
「DXの成功の是非は人にかかっている、とも言えるでしょう」(滝沢氏)
まず挙げたのはDXのコンセプトにおける「人」。具体的には「ヒューマンセントリック」、即ち人間中心の視点である。
テクノロジーは、あくまで市民データの可視化や業務の効率化などの実現手段であって、重要なのは、一人ひとりがどのようなニーズを持っているか。そのニーズを解決するために、データやテクノロジーを活用するという思考が重要だ。
もう一つは「セルフサービス・セルフコンプライアンス」。自分がどのような状況にあり、どんなニーズや制度を求めており、そして利用できるのか。自治体の担当者に頼らず、自ら探し出し、手続きができる「自助」の仕組みが重要である。行政担当者やシステムはそうした自助を推進するためのサポートを行う。そのようなサービス環境=エコシステムの構築やテクノロジーの活用こそ、このデジタル時代に求められる新しい「公助」の役割と言えると説明した。
「人」が重要であるとの考えは、DXの推進役としても同じだ。イギリスDWPの事例に携わったアクセンチュアのUKメンバーも痛感しているという。特にイノベーションを生み出す組織について、次のようなメッセージを紹介した。
- オープンで否定しない「can do」の文化
- イノベーションは境界線から生まれる
最後に滝沢氏は、現在のテクノロジーで人やアイデアの工夫次第ですぐに実行できる「社会保障DX」の具体的なユースケースを4つ紹介し、セッションを締めた。
- 老後の生活に安心をもたらすAIコンシェルジュ
- 社会や市場の動向から「私」のキャリアパスを相談できるAIアドバイザー
- 行政手続きからサービス享受までを自動化・ワンストップ化できるアプリ
- デジタルで更にパワーアップする社会保障プロフェッショナルな行政職員
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
ここからは、同じく社会保障DXを進めている梅村透氏、大寺伸氏の2名が加わり、Q&Aが行われた。
Q.社会保障はグローバル、どこの国も共通の課題を抱えているのか?
梅村:先の2つの事例のように、基本的には少子高齢化の傾向や制度とのズレ、国家予算問題などは共通しています。ただまったく同じというわけではなく、国民の特性・リーダーや政党の考えや特徴などにより、異なる部分もあります。
Q.社会保障とイノベーションの関係性やDXとの相性はどうか?
大寺:DXやテクノロジーを活用した改革は、社会保障領域だけでなく、あらゆる業界において避けては通れないと認識しています。イノベーションも同様です。アクセンチュアでは、イノベーションラボなどで他のパートナーとコラボレーションすることで、新しいサービスをデザインしていきます。
Q.AIなどの最先端テクノロジーはマスでは使いやすい印象があるが、一人ひとりの個のニーズでの利用はどうか
滝沢:むしろ逆に、膨大なデータを分析して一人ひとりの個のニーズや状態を拾うために、ビッグデータとAIの活用が必要だと考えています。同じ仕事を人が行う場合、膨大なデータを解釈するだけでも一苦労ですので、分析や可視化はAIが担い、それに基づき判断するのは人、という役割分担が重要だと考えます。
Q.人員が削減されていく中で、本業をしながらの改革事業は困難だと感じる
立石:だからこそ、DXを進める必要があると考えています。これまで日本は、現場の皆さんの頑張りでしのいでいますが、それもそろそろ限界だと思います。前提を見直し、制約を外し、市民に対するパフォーマンスを競争・協同していくゲームに変えて行くことが重要です。
すでに、民間企業ではジョイントベンチャーなどのかたちで、成果を出しています。社会保障行政も基本は同じです。だからこそ我々のようなプレーヤーがより関わっていくことで、社会保障におけるDXも早く進めたいと思っているし、その想いがあっての書籍発刊でもありました。
Q.民間企業DXとの違いや向いている人材、特有のスキルはあるか
大寺:社会保障DXに必要な特有スキルは、特にありません。ただ書籍でも触れているように、調達の仕組みや目標設定の難しさなど、行政機関特有の知識はあります。また一朝一夕で変わる事業ではないので、粘り強くビジネスを進められるタイプが向いているのではないでしょうか。
梅村:民間企業であれば、利益創出という明確な目的があり、そこから逆算でアイデアを発想することができます。社会保障DXの場合は、目的が一人ひとりにより異なるため、目的・ゴールの設定から入っていくという違いがあります。
Q.Accenture「Japan」とは言え、なぜ日系企業は自国の社会保障改革に十分に取り組めていないのか。アクセンチュアほどの規模感がないと本格的に対応するのは難しいのか。
なぜアクセンチュアは社会保障DXに取り組めるのか、他の企業にない強みは何か。
立石:日系企業でも素晴らしい取組みを推進されているところは多くあると思います。その上で当社の強み、実績を裏付けているものは、取組みを始める実行力とそれを支える多様なスキル・専門性を有した人材だと思います。実際に物事を動かすためには様々な知見とスキルを集め、多様な人材を揃え巻き込むことが重要であり、みんなでやっていこうよというムードを醸成することが鍵です。またもう一つ大事な点としてゲームチェンジ、つまり予算をいくらかけるのか(コスト)ではなく、どういう価値があるのか(バリュー)・どうやったら社会に貢献できるのか、それによって当社自身どうビジネスができるのかを常に考え良い意味で切磋琢磨するようなパートナーシップ関係を築くことだと思います。
(ここから先は当日時間内で回答できなかった質問に追加でお答えします)
Q. 英国やドイツの例では変革はどのように始めたのでしょうか?(始め方が難しいという問題認識から)
A. ドイツでは、高い失業率と低い労働市場の流動性という課題を起点に、ハルツ改革として政府のトップダウンで改革を進めました。英国(DWP)は財政難と人員削減プレッシャー、そしてDWPの業務ミスに対する批判などもあり、組織レベルの課題対応としてドラスティックな行政改革が進められました。いずれも国家レベル・組織レベルの問題認識のうえで取組みが始まっていることから「何を目指すのか」という強い目的意識と組織内での共通認識の醸成が重要と分析しています。
Q. 保険料徴収だけで現行の社会保障制度を支えることができるのか?他国では税で賄う場合もあるが、今回の新型コロナ対策も各分野で進めるよりかは一律公平にできる制度設計もありではと思う。グローバルに強いアクセンチュアにはどう見えているか。
A. 制度設計の是非についてはアクセンチュアとしての見解はありません。アクセンチュアでは、グローバルでの行政機関支援の実績とその視点から、どのようにローカルの課題解決につながるか、日本の文脈に即したエッセンスを捉え、取り入れることを常に考えております。例えば、社会保障行政に関する国際組織ISSA(International Social Security Association)の10 Global Challengesでも示されるように、社会保障に関する課題は世界的に類似しつつも、制度的な建付けや歴史背景の違いから、移民や貧困、非公式経済など社会保障がターゲットとする状況も国によって大きく異なります。その中でも共通的に意識していることはやはり、成果のインパクトを最大化するには制度設計と合わせてデリバリーモデルも大きく変革していくことが重要と捉えており、各国機関の行政オペレーションの変革支援に繋げております。
Q. 安全性を重視する公的部門の効率化へ向けたインセンティブはあるのか?
A. まずDX=効率化だけではない、ということを改めて申し上げたいと思います。国民中心で考えたときに、社会保障に今求められている安全・安定、言わば品質は、もはや旧くからの標準世帯向けのそれではなくなっているわけです。多様な期待に応えるためには、今までのやり方の延長ではなく、トランスフォーメーションが必要です。それを実現するための一要素として業務効率を上げることは不可欠であり、安全性と効率性は矛盾する概念ではないと捉えています。もしそうした「誤解」があるのであれば、それを解くことから始めていくことが重要だと考えます。
Q. 昨今の個人情報保護が重視される中、多様なニーズを把握するための情報取得には課題はあるのでは?(特に民間企業が個人情報を使うことを懸念する市民は少なからずいる)
A. 書籍内でも紹介しています会津若松市の事例では、「データは市民のもの」という考え方をベースに、市民から明確な同意(オプトイン)を前提に様々なデータを活用しより良い市民サービスに繋げています。弊社で行ったグローバル意識調査によると、市民の84%(日本は79%)が「より自分に合った、パーソナライズされた公共サービスが得られるなら、行政機関に対して個人情報を共有しても構わない」と回答しています。さらに41%(日本は20%)は「公共サービスが向上するのであれば、個人情報を複数の行政機関で共有してもよい」と回答しています。スマートフォンアプリなど民間サービスに、自分のデータを連動させることで、すでに便利な生活を経験している市民は、行政側が考えているよりもずっと前向きにとらえていると言えるでしょう。
【書籍情報】
社会保障DX戦略 アクセンチュアが提起する〈デジタル時代の雇用と年金〉
日本の社会保障行政のDXを実現させるための課題認識はもちろん、現代のデジタル社会におけるトレンドについても解説。市民一人ひとりに合った「人間中心(Human Centric)」のサービスの考え方や、「デジタル・ツイン」の活用、エコシステム型プラットフォームへの転換などについても、具体例を用いて詳述している。
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