「SIerにおける提案型開発」とは?──SE・営業の枠を超えて結束したラックの社内プロジェクト舞台裏
受身から共創へ。顧客との関係を変える新たなシステム提案
2021年8月、ラック本社の一室には、エンタープライズ事業部の部長クラス社員が、大型モニターの中で繰り広げられるプレゼンを注視する風景があった。「担当顧客のビジネスを成長させるためにICTでできること」をテーマに、エンタープライズ事業部が開催した初のビジネスコンテストだ。
事業部内でノミネートされた9つのプロジェクトチームが、顧客とともに共創する新たなシステム企画を発表する。それを部長クラスがリモートで審査するスタイルで行われた。 今回、事業部内で賞金を供出し、強くビジネスコンテストを推し進めたのは、エンタープライズ事業部長の峯岸大輔氏だ。なぜ峯岸氏は、そうまでしてビジネスコンテストを推し進めたのか。
「SIerはシステム開発を請け負う際に、何人のSEがどのくらい工数をかけたかという基準で、提供価値を測る人月型ビジネスが中心です。そこでは、SEが客先に常駐して業務を受託し、技術サービスを提供するSES(システムエンジニアリングサービス)型が一般的でした。しかし今後は、顧客企業のDXや技術の内製化が進み、人月型ビジネスは減っていくでしょう。そこで、顧客に新たな価値を提供するビジネスを模索する必要がありました」
株式会社ラック エンタープライズ事業部長 峯岸大輔氏
ラックのエンタープライズ事業部には、約400名の営業・SE部隊がいる。これまでは客先に常駐するSEが、顧客企業のシステム課題を受託し開発する流れが一般的だった。顧客の情シス部門や経営層と直接相対し、企業のIT課題を先取りしながら、システム開発を行う、いわゆる「プライム契約」である。
これを単なる受託開発に甘んじるのではなく、攻めに転じていかなければならない。そのために何が必要か。事業部では、この数年の事業計画書に「お客様との共創」という言葉を掲げ、「ラックのSEと営業のマインドセットを、受身型から提案型に切り替える必要がある」と提言していた。
しかし、現場のPMやエンジニアは顧客からの案件を抱え、それを遅滞なく納品することに毎日汲々としている。顧客の要求の背後にある真のニーズを察知しながらも、その時間の余裕が十分にないのは、ラックに限らずSI現場の偽らざる現状だろう。
「その現状を肯定したままでは、SIビジネスの先細りは見えている。なんとしても意識転換を進めなくてはいけません。そこで、実業務と離れた自由な発想で新しいシステム企画を提案するビジネスコンテストを試みました」
こうして、2021年度の事業計画書に記された「ソリューションフォーラムの開催」が実現したのだ。
インバウンド需要のV字回復に向け、観光アプリを提案
ビジネスコンテストで大手旅行代理店向けの提案内容を発表したのは、鍋島佳代氏だ。4年前に中途入社して以来、PMとして担当している顧客である。
「以前から、客先に私たちが常駐で入る意味や、プライムのSIerとしてラックが提供できる価値は何なのかを考えていました。依頼された業務をこなすことはもちろんですが、顧客が感じているモヤっとした課題感を解き明かしながら、ソリューションを見出し、案件化する。まさにPMの仕事の一つは、案件創出だと思っていました」
株式会社ラック エンタープライズ事業部ITソリューションサービス部 鍋島 佳代氏
ただ多忙を極める中、ビジネスコンテストのノミネートを告げられた時は、正直戸惑った。だが、やるからにはいいものを発表したい。まずは、顧客が抱える課題を改めて精査するところから始めた。
「コロナ禍で、旅行業界は不況に陥っています。外国人観光客を呼び込み、日本の地域創生に繋ぐ旅行業のミッションは、今後の日本経済においても重要です。しかし、いずれ回復するであろう旅行需要を待っていたのでは遅い。需要の底にある今だからこそ、新しい提案を行うべきだと考えました」
ビジネスコンテストの要件には、「机上のアイデアではなく、最終的には顧客に提案できるシステム企画であること」「ラックが持つ技術や、今後注力していきたいソリューションを一つでも使うこと」というものがあった。
そこで鍋島氏のチームが考えたのは、「旅行会社の情報システム部門とラックのソリューションを繋ぎ合わせ、共にWin-Winになる提案」だった。
顧客の情報システム部門が持つソリューションには、スマートフォン用のトランシーバーアプリがある。それを利用者の行動データを分析できるラックのソリューションと、組み合わせることを思いついたのだ。
ターゲットは外国人観光客だ。通常時は、様々な観光情報を多言語で提供し、ユーザーからの問合わせに対応する機能を提供する。災害が発生した非常時には、安全のための情報をプッシュ型で発信する機能を備えた。
このアプリを使ってもらうことで、観光客の日本における行動履歴を匿名データとして蓄積できる。例えば、ベトナムからの観光客は、東京に来たらまず浅草を訪問することが多いというデータが得られれば、ベトナムの空港で浅草観光のプロモーションを展開すればさらに効果が上がる。そのアプリは観光マーケティングに活用できるビッグデータを蓄積でき、さらなるソリューションを提供する基盤になるのだ。
「ビジネスコンテストで提案をする前に、旅行会社にもヒアリングを行いました。すると、そのアプリが普及したら、コロナ後のインバウンド観光ビジネスは面白くなりそうだと言っていただいたのです。顧客ニーズにジャストフィットしていると知り、モチベーションが一気にヒートアップしました」
集計業務の自動化のために、EAIツールを社内検証
情報・通信分野の大手企業に常駐し、営業施策効果を測定する集計システムの開発プロジェクトをPMとしてリードしている塚本昌弘氏は、自らコードも書くエンジニアでもある。以前から、顧客のビジネスを拡大するためには、データ関連作業の効率化が課題だと認識していた。
「各営業拠点のデータ集計はExcelで行うため、未入力や誤入力があり、そのチェックは自動化されていませんでした。データベースのストアドプロシージャ (stored procedure) は多いもので1本あたり5,000行にもなります。担当者以外には扱えないといった属人化の問題もありました。今後、営業施策が増えるごとに、作業量も比例して増えていきます。今回のビジネスコンテストをきっかけに、データ作業の自動化に改めて取り組もうと考えました」
株式会社ラック エンタープライズ事業部エンタープライズ・システム第二部 塚本昌弘氏
ルーティンワークを改善する新しい技術導入を提案するには、決意も必要だ。そのきっかけを、ビジネスコンテストが与えてくれたのだ。
「データ作業の自動化には、データを集約・統合化するためのETLツールや、アプリケーションを統合してデータをやり取りするEAIツールが必要になります。現在の業務に合うツールを絞り込み、コストや使いやすさを検討。模擬データを作り、社内で評価テストも重ねました。データが見やすく可視化されること、スキルがなくても使えること、集計の自動化で作業効率が格段に高まることを確認しました」
ビジネスコンテストでは、実証を重ねたEAIツールを活用したデータ集計自動化の提案を発表した。もちろん、コンテストだけを目的にしたものではない。審査でのレビューを踏まえて、さらに精度を高め、現在は顧客に向けて新規導入の提案をしている真っ最中だ。
グループ最適化のデータソリューション基盤作りにチャレンジ
濱野麻里氏は、主に人材サービス系企業を担当する営業だ。前職ではインフラ系サービスを担当していたが、より自分の裁量を広げ、顧客にも提案ができる営業を目指し、5年前にラックに転職した。
今回のビジネスコンテストでは、大手人材系企業に向けたグループ内の複数企業を横断するデータソリューション基盤の構築をテーマに選んだ。 「そのクライアント企業には、多くのグループ会社がありました。データの利活用という観点で見ると、個社では最適化していても、グループ全体の最適化は進んでいないのが現状。どこにどんなデータがあるのか把握できていないため、データ分析やそれを基にした施策ができないという課題も聞いていました。つまり、グループ会社間でデータがサイロ化し、統合的な活用を妨げている。それを変えたいと考えたのです」
株式会社ラック エンタープライズ事業部第一営業部グループリーダー 濱野 麻里氏
客先の基幹系システムの構築は担当していたが、情報系のデータシステムを検討するのは初めてのこと。従来のシステム構築の対象範囲を広げる意味でもチャンジブルなものだった。そこで、ラックが客先に展開している注力ソリューションの一つを活用することにした。
ラックのSI事業の中には、SIS事業統括部という部署があり、特定の業種や顧客に限定せず、新しい開発手法やソリューションを駆使し、各事業部を技術面で支援している。このソリューション部門と客先常駐のSIチームの間を繋ぐのも営業の役割だ。コンテストは、この「ソリューション+SI+営業」の混合チームで臨んだ。
「ソリューション部門は、自分たちが推進している製品が具体的な顧客にとって、どのように役立つか見えにくい。SIチームはソリューション部門がどんな技術を持っているのかわかりにくい。 そこで相互の情報をやりとりし、互いの知見を補完しながら、顧客課題を実現するための新しい提案をまとめることにしました。普段も部署間連携は行われているものの、コンテストのために短期間で進めるのは初めての経験。とても刺激的でした」
濱野氏は「自分は潤滑油のようなことをしたにすぎない」と謙遜するが、混合チームのマインドを一つにまとめる上で果たした役割は、決して小さくはないはずだ。
プロジェクトチームの視座を広げ、ソリューションビジネスを強化
ビジネスコンテストの開催が告知されてから、発表までには3カ月しかなかった。通常の業務をやりながらの提案書作りには、みな苦労したと振り返る。こうしたプレゼン準備の共同作業は改めて、プロジェクトチームの結束力を高めることになったようだ。
「資料作りはやはり大変でした。解決策はあるものの、審査員にどうインパクトを与えるか、実際の顧客にわかりやすく伝えるのは難しい。既存システムの運用・保守を顧客にプレゼンする機会は普段あまりないので、必死に勉強しました(笑)」(塚本氏)
「週末にメンバーと資料や提案書を見ながら、どんな顧客がターゲットなのか、技術情報をどこまで盛り込むべきなのかなど、オンラインで議論しました。途中からはビジネスコンテストより、実際に顧客の前でプレゼンするならどうするか、と真剣に話し合いました。最初に作った提案書はコンテストで発表したものの倍の量があったのですが、最終的には余計なものをそぎ落とし、プレゼンに臨みました」(鍋島氏)
ビジネスコンテストの発表は、ビデオ会議でオンライン配信され、事業部全員が見守った。峯岸氏はその選考過程をこう振り返る。
「プレゼンが上手いとか、提案書がよくできてるということは、それほど重要ではありません。顧客の課題に対して、本当に向き合えているのか、自分が顧客の立場で聞いた時に、もっと話を聞いてみたい、提案を前に進めたいと思うかどうかがポイントでした。提案内容を現状から視座を広げた形で、我々の考え方をきちんと定義できているかという点も重視していました」
結果は、鍋島氏の旅行会社向け企画、塚本氏の情報通信会社向け企画、そして濱野氏の人材会社向け企画が上位に食い込む形となった。発表内容はアーカイブ化され、ラックの社員誰もが後で見返すことができる。
プライムベンダーのPM。これから求められる条件とは
コンテストを振り返り、塚本氏はこんな感想を述べている。
「これまでは、顧客から言われたことをそのまま実現することが精一杯。いわば受身でしたが、こちらから積極的に提案して、顧客の事業を成功させるアグレッシブなスタイルがPMにも求められていることを痛感しました」
この感想に、鍋島氏も強く頷く。
「案件をもらうだけではなく、顧客もラックもお互いにプラスとなる新たな案件を創出していく。それがPMの役割であることを改めて認識できました」
さらに営業の濱野氏も、自身が果たすべき役割をこう自覚するようになったと語る。
「顧客と自分たちの成長のために動くという点では、営業もPMもエンジニアもみな同じ目的を共有しているのだと、改めて感じました。他のチームのプレゼンを聞きながら、これからは自分のプロジェクだけではなく、もう一段階広い目線に立ち、自社のソリューションを顧客の事業に活かすことが必要だと思いました。そこに気づけたのはコンテストの大きな成果だと思います」
峯岸氏の狙い通り、ビジネスコンテストがラックの社員が意識転換する刺激になったのだ。今後は、そのソリューションビジネスがより強力になることが期待されている。
また、ラックのエンタープライズ事業部ではPM職の中途採用を強めている。今回のビジネスコンテストの選考条件は、まさに中途採用の条件にも重なるものだ。
「中途採用の即戦力という観点では、前職でのPM経験やPMBOKやPMPといったプロジェクトマネージャー資格は重要です。ただし、それは必ずしも必須条件ではありません。やはり顧客との共創という観点で提案活動が継続して行えるかどうか、その資質の方が必要だと考えています」と、峯岸氏は語っている。
自分の実力を十分に発揮できていないと悩むPMや営業職、SESとして客先常駐の仕事を重ねるうちに、将来のキャリアパスとしてPMスキルを磨きたいエンジニアが輝く舞台をラックは提供しようとしている。