世界38,000地点の観測データ、独自の衛星・レーダーのデータを活用するウェザーニューズのビジネスと技術を大解剖
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意外と知らない「気象に関わるビジネス」の可能性とは
株式会社ウェザーニューズ
常務執行役員 サービス統括主責任者 安部 大介氏
最初に登壇した安部氏は、まずウェザーニューズの生い立ちについて語った。
「ウェザーニューズは、1970年に福島県小名浜港で起きた海難事故をきっかけに、『船乗りの命を守りたい』という想いから設立されました。当初は海洋気象のサービスを手がけていましたが、次第に空や陸などの気象も扱うようになりました」(安部氏)
設立から35年以上経った現在では、世界各国44市場で、気象情報に関する情報やサービスを提供している。世界最大規模の気象情報会社に成長した。
「大学、大学院で気象分野を専攻し、新卒でウェザーニューズに入社しました。入社前は気象がビジネスに繋がるイメージが希薄でしたが、企業ニーズが高く、成長する市場だと感じました。一方、陸上に関しては対応地域が限定されているため、今後の伸びしろもまだまだあります」(安部氏)
気象予測の流れにおいては、まず「観測・感測」で現在の気象情報を把握することが重要だ。そして、データ解析やAIに知見を持つ予測技術者が気象予測を行う。
さらには気象予測に対する結果をフィードバックすることで、精度向上に努める。ちなみに「感測」とはウェザーニューズがつくった造語であり、その場にいる「人」がまさに感じた、計測した情報を意味する。
「センサーやレーダー、ライブカメラなど。独自の気象インフラも多く配置していますが、顧客、サポーターと呼ばれる方からタイムリーに送られてくる気象データこそ、ウェザーニューズの強みであり、気象予測の基本です」(安部氏)
気象予測でよく聞くアメダス(AMeDAS)が全国各地に設置している計測器は、実は約1300カ所しかない。一方、ウェザーニューズは雨量計だけでも約1万カ所にものぼり、サポーターの数も含めると2万を超える。
また、観測(感測)地点が多いため、粒度の高い情報が得られる。雨・雪どちらなのかといった情報も、以下のスライドのように高精度でわかるのだ。
ビル風の予測など、業界初の取り組みにも積極的に実施
新たなる気象予測へのチャレンジにも積極的だ。例えば、近年ドローンの活用が増えているが、ドローンには風に弱いという弱点がある。だが、風の状況を伝える情報はこれまでなかった。そこで、以下のようなドローン気象を予測・可視化した情報を提供している。人口が少ない地方の山間部などは、気象庁のレーダーが設置されていないことも少なくない。そうした地域には独自レーダーなどを開発し、設置を進めている。
「一般的にレーダーは1台数億円かかりますが、私たちは自社のエンジニアが開発しているため、費用が約1/10で済みます。そのため数多く設置できています」(安部氏)
海上においては単に気象予測を提供するだけでなく、世界中の海上を航行する船舶の状況をモニタリングする。気象データを重ねることで、各船舶に最適ルートを提示するサービスにも取り組んでいる。そのサービスや仕組みなどについては後述する。
気象データを活用したビジネス、サービスの可能性はまだまだある。安部氏は次のように語り、セッションを締めた。
「エネルギーの創出にも、天候は大きく影響を与えます。農業、小売業なども同様です。特に最近は温暖化による気候変動が多く、データも蓄積されてきました。リスク対応はもちろん、市場データなどと重ねることで、さらなるビジネスチャンスを生むことができると考えています」(安部氏)
観測と感測を組み合わせることで、高い予報精度を実現
株式会社ウェザーニューズ
WNI予報センター テクニカルディレクター 西 祐一郎氏
続いては、テクニカルディレクターを務める西祐一郎氏が登壇。気象予測、天気予報のテクニカル面についてより詳しく解説した。
「観測(感測)するデータは多いほどよいです。観測機を世界各地に設置しているのはそのためですが、人を地球の感覚神経として捉えることも重要です。つまり、あらゆる地域の多くの人からデータを得るということです。そうして集めた大量のデータを、解析、予測、評価のPDCAでまわしていくことで、より精度を高めていきます」(西氏)
ウェザーニューズが多くのデータを高密度で収集しているかは、以下のスライドを見ればひと目でわかる。
左側がアメダスの情報。対して右側は、ウェザーニューズが得ている情報である。気象庁の約10倍の情報が得られるという。
気象情報の中には、国が観測をやめてしまったものもある。環境省が取り組んでいた「はなこさん」という事業だ。全国120箇所に花粉自動計測器を設置し、シーズンになると花粉の飛散状況を収集して発信していた。
だが、2021年末に同事業の終了を発表。対してウェザーニューズは、「ポールンロボ」なる独自の花粉観測機を開発。観測機をサポーターに毎年1000個ほど配ることで、密度の高い花粉データを継続的に取得している。
「サポーターによる感測が重要なのは、人間による感測でしか捉えられない対象もあるからです。地上に降り落ちる前の状態しか捉えることができないレーダーに対し、人間であれば積もるかどうか、雪か雨かの判断を地上で行うことができます」(西氏)
サポーターを活用した取り組みはまだある。昨今問題となっている「ゲリラ豪雨」もそのひとつであり、ウェザーニューズでは10年前から行っている。雲の状況を各地のサポーターが監視、スマホで撮影した画像や、気温、湿度、風といった体感もテキストと合わせてウェザーニューズにレポートとして送る。
こうして集められたデータを、AIや機械学習などを使って予測技術者が分析。ゲリラ豪雨の可能性を予報として情報発信する。
「機械学習だけでは高い予測精度は出ません。そこで、複数の数値予報を組み合わせることで、数値予測モデルを開発。これらの技術にAIを重ねることで、高精度な予測を実現しています」(西氏)
実際、2022年に東京商工リサーチが行った検証では、ウェザーニューズの気象予報精度が最も高いとのお墨付きを得ている。
また、開発者がプロジェクトをリードするDevOpsも推進しており、技術者交流会なども頻繁に行われている。こうしたコミュニティとの関係性の深さも、業界トップクラスの気象サービスを支えてくれていると語り、西氏はセッションをまとめた。
入社2年目のエンジニアが、知床の海難事故後に開発したアプリとは
続いては、航海気象部門から2021年入社のエンジニア、柏木直樹氏、前田一輝氏、墨幹氏、小関隆司氏の4名が登壇した。
▲左から、株式会社ウェザーニューズ 航海気象チーム・サービス開発エンジニア 柏木 直樹氏、前田 一輝氏、墨 幹氏、小関 隆司氏。
航海気象チームは、船舶の航行に関する情報提供サービスを展開している。そのうちの一つが、航行中の長距離貨物船に台風などの気象リスクとともに、最適な航路を提案するサービスだ。
「海上に限らず、港湾で荷役などを行っている船舶に対しても、気象によるリスク情報を提供しています」(柏木氏)
正確な航路を提供するには当然、船がどこにいるのか、という位置情報を正確に取得することが求められる。
船舶は4時間に一度、位置、燃料、気象などの情報を航海日誌に記録し、その情報を毎日正午に、陸上オペレーターに送信する。以前はこの情報を元に位置を把握していたが、現在ではGPSに近い仕組み、AIS(Automatic Identification System/船舶自動識別装置)を使い、2分に一度の頻度で位置をチェックしている。
「リアルタイムの位置情報を把握できるため、予定航路から外れたり、座礁の危険がある際などには、即座にアラートを発することができます。船長からのメールによる生の情報も重要ですが、人が行うため入力ミスが発生することがあるので、ダブルチェックの効果もあります」(前田氏)
今年4月23日に起きた、北海道知床の海で起きた遊覧船の海難事故。チームメンバーの一人である墨氏は事故から3日後、常務執行役員と会話する機会があった。
「自分たちが何か力になれることがないか」「今後、二度とこのような痛ましい事故が起きないように対策できないか」。墨氏は登壇メンバーに声をかけ、この2日後にはアプリの開発に乗り出す。
「ウェザーニューズに集まるデータはAWS上に集約されるので、入社2年目の私たちでも、自由に使えます。このデータをもとに、自分たちでも開発できる簡単な言語で、フレームワークやAWSのサーバレス環境などを活用し、開発を進めました」(墨氏)
開発したアプリケーションのアーキテクチャ、UIは以下である。左上はMapboxにより船の航路を示す。右上のCGは、three.jsで作成。選択した地点での船の揺れを視覚的に見ることができる。
コンパスのようなイラストは、マップとSVGファイルを連携することで、船がどの方向から風や並の影響を受けるかを表現している。下部2つのグラフは、こちらもマップと連携することで、各地点の気象をChart.jsによりグラフで表現している。
マップを埋め込むことができるMapboxでは、日本語のチュートリアルやサンプルが少なかったため、英語版を参考にしたという。
貨物船とは異なり、運行の決定が属人的な観光船だから起きたことも踏まえ、小関氏は次のようにプロジェクトを振り返り、セッションを締めた。
「遊覧船の海難事故においても、私たちが普段提供しているデータ中心のサービスを提供することで、事故の防止対策に貢献できました。ウェザーニューズは、若手でもこのような社会課題解決に取り組む案件にチャレンジできる環境があります」(小関氏)
ウェザーニューズ流BizDevOpsで、システムやアプリを迅速に開発
株式会社ウェザーニューズ
航空気象事業部 鈴木 元気氏
続いては、大学院では天文学を専攻していた鈴木元気氏が登壇。鈴木氏が所属する航空気象事業部は、社内でスカイチームと呼ばれているように、まさに空に特化したサービスを提供している。旅客機、ヘリコプター、ドローンを運航する事業者に対し、飛行計画から到着後の振り返りまでの業務を、航空気象の観点から一貫してフルサポートしている。
具体的には、以下スライドに記した12個の価値基準に基づいた意思決定支援サービスを提供する。提供対象はパイロットや地上でサポートするディパーチャーである。
スカイチームは、鈴木氏が属するシステムアプリ開発チーム(SMD)、航空気象オペレーション運営(RC)、航空気象コンテンツ開発・運営チーム(CCと)いったチームで構成されており、各チームと連携しながらサービスを提供していく。各チームの人数は10~30名で、全体では約100名になる。
「スカイチームは仲が良いのが特徴です。私たちは開発チームではありますが、他チームと連携しながらビジネスに関わることも多いため、フルスタックエンジニアのようなキャリアを構築することも可能です」(鈴木氏)
当然、ビジネスの進め方もBizDevOpsだという。アプリやシステムの開発において、構想やプロトタイプの段階からパイロットたちに積極的に意見を聞くなど、顧客も一連のビジネスフローに関わる仲間と考えて開発する。「ウェザーニューズ流のBizDevOps」と鈴木氏は表現した。
具体的な事例も紹介された。ヘリコプターのリアルタイム位置情報把握、JALと協業した航空機の揺れによる影響を未然に防ぐコンテンツだ。
「JALさんとの協業では、それまでパイロットが地上の担当者に揺れに遭遇したことを伝えていましたが、人を介さずEDRによる情報を自動で後続機のパイロットに伝える方式としました」(鈴木氏)
ちなみに、EDRとはEddy Dissipation Rateの略であり、揺れの原因となる気流の乱れを表す指標である。
気象データは、形式、更新周期、サイズ、処理フローがデータごとに大きく異なる。そのため、それぞれをマイクロサービスで構築することが多く、AWSのマネージドサービスが強い味方だという。
アプリ開発という観点からも、利用者にどのようにリスクを伝えればよいのか。変換後のデータも先と同じくバリエーションが求められるため、コーディングの幅が広がるなど、「エンジニアとして成長できる環境でもある」と鈴木氏は説明した。
設計思想ではデータ中心アプローチ、イベント駆動型の2つを中心としている。気象データを提供する、APIの一般的なアーキテクチャも紹介した。
システムはAWSのサービスで構築。気象・ビジネスデータはリアルタイムで社内配信されており、EventBridgeを介してLambdaを起動させ、さまざまな処理を実行している。
「データは属性がそれぞれ異なるため、S3、DymanoDBなど保存先を変えています。気象データは、API GatewayやCloudFrontを活用しています」(鈴木氏)
社内交流が盛んなこともあり、開発チーム以外のメンバーもAWSのサービスを使っている。その結果、開発スピードがより高まっていると述べ、セッションを締めた。
国家機関、LINEと共同開発した防災チャットボット「SOCDA」
株式会社ウェザーニューズ
防災チャットボットプロジェクトリーダー 萩行 正嗣氏
最後の登壇者となった萩行正嗣氏は、情報通信研究機構(NICT、防災科研(NIED)、LINEと共に取り組んだ国家プロジェクト、防災チャットボット「SOCDA(ソクダ)」について紹介した。
SOCDAとは「SOCial-dynamics observation and victims support Dialogue Agent platform for disaster management」の略であり、日本語に訳せば「対話型災害情報流通基盤システム」となる。
SNSを活用した自治体や企業向けの防災・減災システムであり、災害時における迅速な安否確認ならびに避難を、LINEのプラットフォームを活用し実現する。機能は大きく2つ、「情報収集」「避難支援」だ。
「情報収集機能では、サポーターに災害の現地状況を、写真やテキストでLINEに投稿してもらいます。得た情報を自然言語処理などに強いNICTが、AIなどを使って内容を把握してどのような災害なのか判断、分類して、地図上に集計していきます」(萩行氏)
避難支援機能では、一人ひとりに適した避難設定を数多くの情報からタイムリーに判別し、的確に提供する。加えて、ユーザーが実際に情報をもとに避難しているかを確認する。
現在避難中なのか、それとも避難所にすでに到着しているかなど、タイムリーな情報も収集・分析することで、他のユーザーへの避難経路や避難場所の最適化を実現していく。
技術的背景についても説明した。サーバレスアーキテクチャを導入した理由については、以下のように語っている。
「南海トラフ巨大地震のような国難級の災害発生時には、数十万人が使うことが想定されます。一方で、平時はほぼ利用されません。自治体が利用するため、ランニングコストもできるだけ抑えたい。このような理由から、サーバレスアーキテクチャの導入を決めました」(萩行氏)
GCPも検討したが、会社全体としてAWSの環境が整っており、萩行氏自身もAWSの知見があったことやIaCを考えたときに有利だという理由から、AWSを選定した。
研究開発・リリースを早急に進める必要のあるプロジェクトであった一方で、ウェザーニューズが提供するサービスでもあるため、品質の担保確保や社内レビューはきちんと行う必要があった。
そこで、研究開発用とサービス用でブランチを分け、それぞれ作業を進める体制とした。また、研究開発用のブランチでは、マージすると自動でコードがビルドされ、デプロイされる仕組みとした。
「この仕組みを構築したことで、IaCが進んでいます。開発者全員がAWS上に本番と同じ環境を構築し、その中で新たな機能ブランチを開発する体制も整いつつあります」(萩行氏)
データベースについては当初、DynamoDBで統一しようと考えていた。だが、メンバーから複雑なクエリが書けないため、必要な箇所はRDSにするなど、使い分ける工夫をした。
データのバックアップにおいても、DynamoDBのデータは消失しても大きな影響を及ぼさないためさほど取らず、GitHubで管理したものを反映する程度としている。一方でRDSには災害のコア情報など重要なデータを対象とし、しっかりバックアップを取る体制とした。
一方で、いくらサーバレスで構築し費用を抑えようとしても、気づくとAWSに係る費用の大半がRDSとなっていたという。そこで他サービスを探すと、Aurora Serverlessのバージョン1が出たタイミングであり、コストを考えこちらのサービスに移行。現在はV2への乗り換えも検討しており、有事の際にのみ使う同様のシステムを構築する際は「めちゃくちゃおすすめです」と、太鼓判を押した。
最後に、萩行氏は次のように語り、セッションを締めた。 「DevOpsやスクラムといった開発環境では、最初からすべてうまく進むことはありません。いわゆる“守破離”。やりながら、少しずつ自分たちの状況に最適な開発体制を整えていくことが大切だと感じています」(萩行氏)
【Q&A】参加者からの質問に答えるセッション
セッション後は登壇者全員が参加し、参加者からの質問に答えるセッションとなった。いくつか抜粋して紹介する。Q.データ量が予測精度に直結するとのことだが、地域による精度の違いはあるか
西:東京など、人口が密集している地域では多くの情報が集まるため、結果として予測精度が高まる傾向にあります。逆に、過疎地などはデータが乏しい状況です。精度を維持するために自動観測機を設置するなど、データ収集の方法を考えています。
Q.船舶の航行予測の取り組みについて
安部:現段階では、フェリー一便ごとの予測まではできていません。ただし今後は、何メートル以上の波が生じたら欠航した方がよいなど、サービスとして前向きに取り組んでいきたいと考えています。
Q.AWSにトラブルが生じた際の対応は?
萩行:現在は東京リージョンのみにデータを置いていますが、必要に応じて大阪のリージョンにも置く必要があると考えています。また、自社のデータセンターも活用するなど、より安全な体制を構築していきたいと考えています。
鈴木:一つのリージョンの中での冗長化も含め、マルチリージョン化を推し進めています。同時に、IaC化もあわせて進めることで、有事の対応としていく考えです。
Q.取り組みやプロジェクトの発端は顧客ニーズか、それとも自社の新たな技術などのシーズベースか
安部:どちらもありますが、マーケットイン、ニーズベースの案件が多いように感じます。もちろん、私たちの技術をベースに顧客に提案し、ニーズを引き出すケースもあります。
Q.リモートワーク環境について
西:以前から整っていましたが、コロナ禍ではピーク時には月一回、現在は週に一回くらいの頻度で出勤する程度。業務に合わせて各自の裁量でリモートワークを活用しています。