高速解析・大規模計算処理を実現する電磁界解析ソフトウェア「JMAG」の開発舞台裏
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国産CAEソフトウェア「JMAG」の目指す世界とは
株式会社JSOL
執行役員 JMAG ビジネスカンパニー COO 田中 保彦氏
最初に登壇した田中保彦氏は、まず「JMAG」について紹介を行った。JMAGは、JSOL内のJMAGビジネスカンパニー部門がほぼ独自に開発を手がけているCAEパッケージソフトウェアであり、開発の歴史は40年近くにおよぶ。
電気機器開発における各種設計フェーズの効率化、手戻りの最小化に寄与することから、国内はもちろん、世界中の大手自動車メーカーやサプライヤー、電気機器メーカーなどで活用されている。
上記スライドのグラフはJMAGの売上高イメージを時系列で示したものだが、2000年以降大きく伸びていることがわかる。田中氏は「ハイブリッドカーの登場」によるものだと、その理由を述べた。
電気機器設計業務は機密情報でもあるため、いわゆるSaaS、クラウド経由ではなく、現在もデスクトップ型で提供している。田中氏はJMAGの製品構成や特徴を紹介し、次のように語った。
「JMAGのお客様は世界中で先進的な電気機器設計・開発に携わっている方々です。私たちはユーザーとの濃密なコミュニティを形成しており、適宜フィードバックを頂き、素早くJMAGに反映することで、最先端の技術やサービスを提供しています」(田中氏)
田中氏は、JMAGがグローバルでどれだけ利用されているか一目でわかるマップも紹介した。北米やヨーロッパはもちろん、中国や韓国、インドといったアジアなどでも利用されており、企業に限らず大学などの教育機関でも利用されている。
一方で、同じくグローバル視点で見ると、競合先には、アメリカのANSYSを筆頭に、フランスのDassault Systèmes、ドイツのSiemensなど、いわゆるCAEベンダーの巨人たちがずらりと顔を揃える。
だが、田中氏は「売上規模では到底およばない中で、独自の戦い方を選択する必要があるはある」と言う。その独自の戦い方とはグローバル企業がワンストップであらゆるCAEソリューション提供する中で、JMAGビジネスカンパニーはJMAGというソフトウェアに注力することで、でハイエンドユーザへの深耕拡大を目指すニッチ戦略を採用している。
モーターの歴史は150年にもなるが、熟練の技術者が勘と経験をもとに開発していく従来のスタイルでは、性能面の伸長で限界がきているからだ。
ましてやEVで使用するモーターはエンジンに近く、いわゆるIT・DX的なアプローチ、新しい設計手法で開発を進めることが求められているという。
具体的には、シミュレーションべースで設計案の数を増やすことが求められている。あらゆる可能性を計算し、その中からベストな設計を探すことであり、その数は試作ベースの従来手法が10~100であったのが、10万~100万オーダーに変わる。そのためコンピュータリソースによる計算、最適解の導き出しが必要となってくる。JMAGは、この探索業務に力を注いでいる。
「以前のJMAGは、製品試作後の性能評価領域における解析業務を担っていましたが、もっと前段階の、設計段階から、しらみつぶしに計算し、最適案を探索する領域まで担うことで、お客様に新たな設計プロセスを提案しようと考えました」(田中氏)
しかし、これまでよりも高い精度、処理速度、レジリエンス性を実現するのは容易ではない。だが田中氏たちは、こうしたチャレンジをすることが結果としてソフトウェアの価値増大につながると考え、果敢に臨んでいる。
「単なる解析ツールから自動設計ツールへの脱皮、進化を図っていきます」(田中氏)
そもそもJMAGは、EVモーターに限らない汎用的なCAEソフトウェアであるため、ドローン、ロケット、航空機といった領域でも活用できる。また、JMAGの活用により新たな電気機器が作られることも期待しているという。
すでに結果も出ている。世界中のEVメーカーがJMAGを利用していて、。2018年以前は数社であったものが、2023年では多数を占めるまでになってきた。
「JMAGという国産のCAEソフトウェアが、世界中のEVメーカーの最先端開発で多く使われていることを知ってもらいたいですね」(田中氏)
何万もの設計案を短時間で絞り込む「速度優先モード」の開発舞台裏
続いては、研究開発部門で働く2名のエンジニアが登壇。田中氏が紹介したJMAGの目指す世界をどのように実現していったのか、苦労なども交えて語った。JMAGの処理速度向上に関する開発を語ってくれたのは、清水裕也氏だ。
株式会社JSOL
JMAG ビジネスカンパニー R&Dセクション 清水 裕也氏
JMAGはいくつかの製品群から構成されており、その中核となるのが「JMAG-Designer」である。「形状エディタ」「自動メッシュ分割」「高速ソルバー」などを中心に、電気機器を設計・解析するための多数の機能が搭載されており、「JMAG-Designerさえあれば、電気機器の設計・解析業務は何でもできる」と、清水氏は胸を張る。
一方、「JMAG-Express」はモーター特性の評価に特化したツールだ。概念設計などでも利用できるが、磁界解析の他、温度、強度など、モーターの設計評価に必要な要素を豊富に盛り込んでいる。
「JMAG-Designer」とは対照的にCAEソフトウェアに詳しくない人でも、簡便に使えるのも特徴だ。さらに2つのツールはワンクリックで切り替えが可能な仕様、インターフェースとなっている。
清水氏は、2つのツールが具体的にどのフェーズで利用されているのかを示し、設計の最初のフェーズでいかに多くの設計を生み出すのかを解説。その中からベストをスピーディーに探し出すかについて語った。
「EVのリーディングカンパニーでは、高性能なモーターを開発するために何万もの設計案を調査し、要求を満たすものを絞り込む計算を数時間で行うことが求められます。そのため我々は『速度優先モード』といった機能を搭載しています」(清水氏)
速度優先モードを使えば、簡易モデルを対象に1つの設計案を1秒で計算できる。仕組みとしてはメッシュ分割を粗く、形状によっては1000要素未満にまで削減することで実現している。
だが、メッシュ分割を粗くし過ぎると、逆に計算速度が低下するという問題が発生してしまう。例えば、熱解析である。その他にもメッシュ分割を荒くすると計算精度を保てないといった課題も生じた。
清水氏はこれらの課題をクリアしていくが、それ以外の問題も発生していった。清水氏はその苦労をこう語っている。
「例外的な課題も多く生じたため、課題が生じたら対応するモグラ叩き的な対処で、一つひとつ解決していきました」(清水氏)
全体の処理を調査し、無駄を省くとのアプローチも行った。このアプローチを実行できたのは、組織規模が100数十名とコンパクトであり、開発者同士が密に連携が取りやすく、情報を共有することができる環境であったからだ、と清水は振り返る。
例えば、データのやり取りを新しい仕組みに刷新した。以下スライド左側が従来の方式であり、機能ごとに新しいプロセスを立ち上げ、そのプロセス間でファイルの入出力を行っていた。しかし、この方式では時間がかかり過ぎる問題があった。
そこで、ファイルの入出力をすることなく、必要なデータを取得できるRPC(Remote Procedure Call)方式、「JMAG Cache」という方式に変更。データのやり取りの高速化を実現した。
しかし、同取り組みにおいても、いろいろな課題はあったと清水氏は言う。例えば、大量データを扱うことが難しいという課題だ。通信方式としたことで、デバッグが難しいなどであり、中には現在も試行錯誤中の課題もある。中でも大きいのが、40年開発してきたことによるレガシー問題である。
大胆な改革を進めたい一方で、40年来の顧客もいることから、互換性を維持する必要がある。それが結果としてデータフォーマットの冗長性となり、送信時間の負担となっているからだ。
清水氏はこのように、長きにわたり顧客から支持されているソフトウェアならではの課題と取り組みを述べ、セッションを締めた。
精緻なモデルを短時間で計算する「並列計算機能」の開発舞台裏
続いては、渡辺陽平氏が登壇。清水氏と同じく、処理の高速化を実現する取り組みについて解説した。
株式会社 JSOL
JMAG ビジネスカンパニー R&Dセクション 渡辺 陽平氏
渡辺氏が取り組んでいるのは、清水氏が紹介したフェーズの後工程である、設計空間が絞り込まれた仮想試作のフェーズになる。同フェーズでは、物理現象を詳細に捉えるために実機に似た精緻なモデルを構築する必要がある。計算ケース自体は少なくなっているが、各ケースの精度が求められるため、結果として計算時間の増加が課題となってくる。
渡辺氏はどの程度、精緻なモデルが必要なのかも実際に示した。スライド右図、HEV駆動用のPMモーターである。先の2次元から3次元のモデルになっており、精緻であることは明白。「コイルの素線などもモデル化されている」と、渡辺氏は述べている。
※いただいたスライドの下半分が白かったため、画面ショット画像を入れています。適宜、差し替えをお願いいたします
計算時間の削減においては、「並列計算機能」を提供することで実現している。並列計算のタイプとしては、MPP(Massively Parallel Processing)、SMP(Shared Memory Parallel)、GPUなどをサポートしており、渡辺氏は次のように語った。
「近年は複数ノードを利用し、より多くのコアを使用できるMPPの利用が増えてきました。SMPとMPPのハイブリッド型の提供、クラウドも含めたHPC(high-performance computing)の利用も進んでいます」(渡辺氏)。
機器の効率化を議論する上で重要な要素であるのが、「損失評価」だ。JMAGでは各種損失評価ツールを提供している。その中でモーターや変圧器などの鉄心(コア)部分で生じる損失のことを「鉄損」といい、損失の主要因の1つとなっている。
しかし、磁界解析などは処理速度向上を目指し、並列処理化を進めた一方で、鉄損解析においては、並列化開発がされなかった。その結果、JMAG全体の計算速度向上の課題となっていることがわかった。
渡辺氏はコンピュータの性能に関するアムダールの法則を例に挙げ、非並列化処理をいかに減らしていくかが、JMAG全体として速度を向上させるために必須だと述べた。
ところが、鉄損解析に並列処理を取り入れただけでは、望むような速度性能は得られないという課題があった。鉄損解析のフローは磁界解析を行った後に行われること、磁界解析と鉄損解析が独立していたからだ。
「このようなフローでは、ファイルの読み込み処理が並列計算の速度向上を阻害することは、予測できていました。そこで、フローを再構築することにしました」(渡辺氏)
刷新したフローでは、磁界解析と鉄損解析が一体化、まさに並列に処理されることになった。しかし、アムダールの法則に則り満足のいく速度性能を得るには、他の非並列処理も並列処理する必要があり、その際にはトライアンドエラーを繰り返す必要があった。
結果として、リグレッションテストが増えるなど、「コストの大きい開発になった」と、渡辺氏は開発における苦労や得た知見などを吐露した。
「コストと品質のバランスにおいては厳密な答えはないと捉えていて、常に考えさせられるテーマだと思っています。一方、周囲の巻き込みにおいては組織規模もコンパクトですし、協力を得られやすい風土であったことが大きいと思っています」(渡辺氏)
最後に渡辺氏は、今後は自動設計の実現を目指し、大規模モデルデータの速度向上などの課題解決に向けて決意を述べ、セッションを締めた。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後はイベントを聴講した参加者からの質問に、登壇者が回答した。抜粋して紹介する。
Q.世界中の技術者とのコミュニティ活動について
田中:毎年12月に開催されているユーザー会が特徴的です。学生や大学の先生、競合企業同士など、利用者の属性問わず、国内外から600名ほどのJMAGユーザーが集まり、事例や悩みを共有・議論するなど、多数のセッションが展開されます。ユーザー会は国内に限らず、中国や欧米でも開催されています。
Q.世界的メーカーがいる中でJMAGが選ばれている理由は?
田中:プロ中のプロが使うツールに仕上げていることが一つの理由だと思います。その他にも、「UIが非常に使いやすい」「サポートが充実している」といったお褒めの言葉をいただくことが多いですね。
渡辺:「カスタマーサービスが手厚い」というコメントをよくいただきます。速度の速さを理由に導入を決めたというコメントもよく聞かれます。
Q.JMAG-Expressには、どのくらいのテンプレートが用意されているのか
清水:バージョンアップごとに追加を重ねており、現在は100を超える設計案が用意されていて、インストール直後から選択できるようになっています。
Q.形状自動認識ではどのような技術が使われているのか
清水:AIを使うのが近年のトレンドだとは思いますが、我々は計算幾何学と呼ばれる分野の古典的なアプローチを使っています。
Q.プロジェクトの進捗管理方法など、目標設定達成に向けて気をつけていること
渡辺:要件や仕様作成の段階で、無理とも思えるようなレベルの目標設定を行って始めるのが我々の組織の特徴です。そうした姿勢が、高いパフォーマンスに繋がっているとも感じています。
一方、プロジェクトの進捗管理においては長引いてしまうこともあります。その際は、周りのメンバーにヘルプを積極的にお願いするなど、組織として達成していくことを目指しています。
Q.組織の人数や属性について
田中:開発メンバーの他、営業、バックオフィス、マーケティング、パートナーも含め全体で150名ほどの組織になります。セッションでも紹介したようにコンパクトであり、1つの組織内で一気通貫で業務を進めているのが特徴だと思っています。