最先端の生成AIトレンドから先読みする これからの生成AIエンジニアに求められるスキルセット大解剖 | Developer eXperience Day 2024レポート
登壇者
新田 章太氏
株式会社ギブリー
取締役 Givery AI Lab / HRTech部門 管掌
森重 真純氏
株式会社ギブリー
Givery AIラボ 技術パートナー
株式会社ギブリーは主にエンジニア、データサイエンティストのスキル可視化ツール、及び開発組織を作っていくための教育を支援するシステムやプラットフォームとしてTrackというプロダクトを開発している。また、大手企業向けにはAIを業務活用していきたいという需要に応えて生成AIの構築にも力を入れている。組織作りだけではなく、環境構築も支援するために今年からギブリーAIラボを立ち上げ、新田氏はその責任者も務めているという。
冒頭、新田氏と森重氏は2ヶ月前にシアトルで行われたMicrosoft Buildでの体験を共有した。現地で感じたAIに関する日本とアメリカの世界観の違いに触れ、そこで得た生成AIの最新トレンド、AIの進化の方向性、そして開発者体験を踏まえた今後のエンジニアに求められるスキルセットについての話が展開された。
最新の生成AIトレンド
まず、最新の生成AIトレンドについてMicrosoft Buildでの体験を元に包括的な説明が行われた。このセクションでは主に3つの重要なトピックに焦点が当てられた。
AIのケイパビリティの向上
新田氏は、Microsoft社が提唱する「Copilot(コパイロット)」という概念を中心に説明を展開した。「彼らはセッションの中で『Generative AI』という言葉を使わずに『Copilot』という言葉を使っていました。AIがより人間の隣にいて、一緒に仕事をする存在になっていくことを強く発信されていました。」と述べ、AIが単なるツールから協働者へと進化していくことを示唆した。
「Copilotの定義は、マルチターンで会話ができるエージェント機能を持ち、複雑な認知機能を要するタスクの手助けをするソフトウェアの総称である。今までAIというと、例えば日本語テキストの翻訳など、入力内容や例にあわせてAIから結果が返ってくるシングルターンの活用が主流でしたが、Copliotの思想は、複数ターンの会話の中で外部からの情報源を辿りにいき、ユーザが必要としているタスクの遂行支援を実施するエージェント型になることが想定されます。」と、マルチターンの解説を加えながら従来のAIとエージェント型のAIの違いを明らかにした。
SLM(Small Language Model)の台頭
次に、新田氏と森重氏はSLM(Small Language Model)の台頭について言及し、SLMはLLM(Large Language Model)と比較して、「より小さく早くその業務に特化したモデル」であると説明した。
LLMとSLMの比較において、新田氏は「LLMは大きなプラットフォームさんがたくさん開発をしていますが、学習にコストと時間がかかる。また、ハルシネーションリスク、セキュリティのインシデントも含みやすい。」と指摘し、そういったことが少ないSLMの利点を強調した。
森重氏は「多くの企業が精度改善のフェーズや応答速度を改善するフェーズに入った」と分析している。
ローカルデバイスでの実行可能性については、「実際AIを搭載したPC、Copilot PCのようなものも発表されていました。今後はオンプレミスなサーバーでの実行やローカルのデバイスの中でスタンドアローンで実行するものも出てくるでしょう。」と述べ、AIの利用がよりローカルな環境に移行していく可能性を示唆した。
MaaSとLLM OPSの重要性
さらにModel as a Service(MaaS)とLLMOpsの重要性についての話がり、AIモデルは「一から作る」時代から『選び・運用・評価する』時代へ変化しているという。「色々なモデルが今後業務特化型となり、さらに派生型も出てきます。それらを統合管理し、運用改善モニタリング、監視が重要になってくるでしょう」と述べた。
具体例として、「Microsoftの発表の中でもAzure AI Studioのモデルカタログが紹介され、1,600個以上のLLMモデルが実際に掲載されていました」と紹介し、多様化するモデルの実態を示した。
運用改善とモニタリングの重要性について、「それらを業務に特化をした形でチューニングしていき、モニタリングや評価をする。こういったことの重要性が非常に高い時代になってくる」と述べ、AIモデルの継続的な改善と監視の必要性を述べた。
このセクションを通じ、AIのケイパビリティ向上、より特化型で効率的なモデルの台頭、そしてそれらを管理・運用するための新たなアプローチの重要性が示された。
これからのAIエンジニアに求められるスキルセット
セッションの後半では、これからのAIエンジニアに求められるスキルセットについてのトークが展開された。新田氏と森重氏はAIを活用する人材のレベルを3つに分類し、それぞれに必要とされるスキルを説明した。
全てのAI利用者に求められるスキル
すべてのAI利用者に求められるスキルとして以下の4点が挙げられた。
- 基本的なデジタルリテラシー
- AIとの協働スキル(AIの特性理解、適切なデータ提供など)
- 論理的思考力、水平思考力
- 反復思考、変化への適応力
新田氏はこれらを次のように解説した。「基本的なデジタルリテラシーについては、人なのかAIなのかを判別したり、AIにはハルシネーションのリスクが含まれることを理解していたり、彼らに与えるデータとしてどのようなものが最適かを理解していたり、それらを元に基本的な判断をできる力が重要です。いかに最短距離で自分が必要な情報を取得していくかにおいては、構造化された考え方や論理的な思考、水平思考といったものが全ての人に重要なのではないか」と述べた。
森重氏はこれらに加えて「考える思考力」と「試す試行力」の両方が重要であると強調した。
プロンプトエンジニアに求められるスキル
プロンプトエンジニアに求められるスキルとしては以下の4点が挙げられた。
- ウェブ・ネットワークリテラシー
- データリテラシー
- 業務設計力
- プログラミング的思考
プロンプトエンジニアには、より高度な技術スキルが求められると新田氏は指摘した。「ソフトウェアとしてWebネットワークだったり、APIのプロトコルであったり、そういったリテラシーは必要です。あとはデータリテラシーですね」また、「業務設計力も必要です。プログラミング的思考みたいなものは非常に重要でしょう。コードを書くだけの能力ではなくて、設計してコードに落としていく。そしてそれを読み、どのような機能なのかを理解できる必要がある。」と説明した。
AIエンジニアに求められるスキル
AIエンジニアに求められるスキルとしては以下の3点が挙げられた。
- モデル選択・チューニング・評価スキル
- 運用・モニタリングスキル
- ハードウェアに関する知識
AIエンジニアには、さらに専門的なスキルが必要であると新田氏は述べた。「モデルを選ぶ時代になってくると、構築するだけではなくてチューニングしたり、選んだり、運用して評価をするところが重要になってくる。よりローレイヤーでのアルゴリズムと関連が深い部分の技術セットがより一層求められるのではないでしょうか」とコメントした。
森重氏は、特にAIエンジニアの領域についてコメントを加え、ソフトウェアエンジニアとデータサイエンティストの強みの違いについても言及した。「ここはまさにデータサイエンティストの人たちが活躍できるレイヤーになると思います。データサイエンティストの人たちは、見る指標が精度や学習回数、ハイパーパラメーター系の、いわゆる調整する変数の方を見て精度を改善していくことに強い。一方でソフトウェアエンジニアの人たちはシステムとしてのパフォーマンス、応答速度などに強いですよね。それぞれ強みがあるので、AIエンジニアに関してはどちらかというとデータサイエンティストの人たちが活躍できる領域ではないかと考えます。」
さらに新田氏は、「もちろんAIエンジニアの方からソフトウェアの領域に入ってくる人もいれば、ソフトウェアエンジニアからAI領域に入っていく人もいると思います。いかにハイブリッドに特色を深めていくかというところが重要ではないでしょうか」とこれらのスキルセットを“ハイブリッドに”掛け合わせていくことの重要性を強調した。
森重氏は「今はソフトウェアエンジニアが生成AIエンジニアになった方が成功しているケースが多い」と述べ、その理由として「生成AIはAPIの使い方や基礎知識を学べばある程度の水準のシステムまでは作ることができる」ことを挙げた。その上で、「しっかりと保守性が高く、安定して動作するシステムを作るために、ソフトウェアエンジニアの感性やこれまでのバックグラウンドが非常に必要になってくる」と説明した。
このセクションでは、AIの進化に伴い、エンジニアに求められるスキルセットが多様化し、より複合的になっていることが明らかになった。基本的なデジタルリテラシーから高度な専門知識まで、幅広いスキルの習得と、それらを柔軟に組み合わせる能力が今後のAIに関わる人材には不可欠であることが示唆された。
まとめと今後の展望
最後に生成AI技術の今後の展望と、エンジニアにとっての機会についての会話となった。
新田氏はこれまでの議論を総括しつつ、生成AI技術の進化とそれに伴うエンジニアの役割の変化について次のように述べた。「APIベースでソフトウェアのようにAIを扱える時代が到来しています。そして単体でAIを使うのではなく、あらゆるデータ基盤、ソフトウェアとAIを組み合わせて会話を設計し、ユーザー体験を作っていくことになります。」
さらに今後のエンジニアに求められるスキルセットの多様化について次のように言及した。「最近ではAI UXという言葉も出てきていることから、ソフトウェアエンジニアリングとAIエンジニアリングの掛け合わせが求められていると感じている」と述べ、AIとユーザー体験(UX)の融合が重要になってくることを示唆した。
森重氏と新田氏は、「シンプルにまとめるとしたら、もう『みんなで生成AI業界に飛び込もう』ということですね。まだフロンティアなので、今からでも全く遅くはない。今飛び込んでおいたら、おそらく5年後、10年後ぐらいに『やはりあの時ベットしてよかったな』と思えるのではないでしょうか。みんなで一緒に生成AIを盛り上げていけたら嬉しいです。」と生成AI分野がまだ発展途上であり、参入の機会が十分にあることを強調した。また現時点で生成AI技術に取り組むことが、将来的に大きな価値を生み出す可能性があることを聴衆に訴えかけた。
登壇者のお二人はAIとソフトウェアエンジニアリングの融合、ユーザー体験を考慮したAI開発、そして継続的な学習と適応の必要性を強調し、聴衆に対して生成AI技術への積極的な関与を呼びかけた。このセクションは、生成AI技術の最新トレンドと今後の展望を包括的に紹介すると同時に、エンジニアに新たな挑戦の機会を提示する場となったのではないだろうか。
考察
今回のセッションを通じて、AIエンジニアリングの急速な進化と、それに関わるエンジニアの役割の変化を強く感じました。
特に印象的だったのは「Copilot」の概念です。これは単なる開発支援ツールを超え、我々の仕事の在り方を根本から変える可能性を秘めています。例えばAIがより深く開発プロセスに組み込まれることで、ITエンジニアの役割はコードを書くことから、AIとの効果的な協働方法を設計することへとシフトしていくでしょう。
また、SLMの台頭は、より効率的で特化型のAIソリューションの可能性を示唆しており、特定の業務領域でのAI活用がさらに加速することを予想できました。
スキルセットに関する議論も非常に示唆に富んでいました。技術スキルだけでなく、論理的思考力や業務設計力の重要性が強調されたことは、ITエンジニアのキャリア開発の方向性を示していると言えます。
ソフトウェアエンジニアリングとAIエンジニアリングの融合は、既存のスキルセットを活かしつつ、新しい技術を学ぶ絶好の機会を提供しています。この流れに乗り遅れないよう、継続的な学習と実践が不可欠だと感じました。
AIの進化は、ITエンジニアに新たな挑戦をもたらすと同時に、大きな可能性も提供しています。この変化を前向きに捉え、積極的に新しいスキルを獲得していくことが、今後のキャリア成功の鍵となるでしょう。