クレディセゾン小野和俊氏とSHIFT川口耕介氏が「どうすれば日本のITがより良くなるのか」を語り合う──【エンプラ企業DXの成功事例】vol.1
米国のIT企業での勤務やスタートアップの起業経験を持つ2人が語り合う
株式会社クレディセゾン
取締役 兼 専務執行役員 CTO 兼 CDO 小野 和俊氏
株式会社SHIFT 技術顧問 川口 耕介氏
本企画を主催したのは、ソフトウェアの品質保証およびテストを手がけるSHIFTだ。2005年に設立した同社は、幅広い業界のさまざまな製品のテストに取り組んでいくうちに、自社でWeb開発なども手がけるようになる。同時に「日本のITをより良くしたい」という思いも強くなっていった。そこで、本企画の実施に至る。
SHIFTの川口氏は、ソフトウェアエンジニアであれば知らない人はいないであろう、オープンソースのCI/CDツール、Jenkinsを生み出した人物である。
サン・マイクロシステムズに在籍中にJenkinsを開発した川口氏は、CloudBeesなどJenkins関連の製品やサービスの開発と普及を推進するとともに、スタートアップの立ち上げも経験。現在はSHIFTの技術顧問を務めるとともに、ソフトウェアテストをAIでより良くするLaunchableといったサービスなどを手がける。
ゲストである小野氏も、エンジニアとしてのキャリアスタートは川口氏と同様、サン・マイクロシステムズである。シリコンバレーでの勤務経験を経て、川口氏と同じくスタートアップを起業。データ連携ミドルウェアDataSpiderを開発し、ビジネスをグロースさせていく。
その後、スタートアップでの経営手腕が評価され、セゾングループのSIerであるセゾン情報システムズ(現、セゾンテクノロジー)に加わる。セゾンテクノロジーでDXに貢献すると、今度はセゾングループ全体のDX推進を任されクレディセゾンに異動、現在に至る。
「ワンストライクアウト」──堅牢性を追求したウォーターフォールも間違えではない
川口:まずは、小野さんのこれまでの歩みを聞かせてもらえますか。
小野:自宅にパソコンがあったこともあり、小学校4年生のころからプログラミングをしていました。そのうちシリコンバレーが本場だということを知り、行ってみたいと思ったんです。そこで新卒入社はシリコンバレーに行くチャンスがありそうな外資系企業サン・マイクロシステムズの日本法人に入社しました。すると幸運なことに、イーストパロアルトのオフィスに赴任することができたんです。
その後、エンジェル投資家の方と出会う機会があり「10億円出資するから会社をやってくれないか?」と打診されます。24歳という若さでマネジメント経験もありませんでしたが、思い切って経営者をやってみようと思ったのです。
アプレッソという会社を立ち上げ、異なるシステムのさまざまなデータなどを連携するプラットフォーム「DataSpider」を開発しました。おかげさまで、DataSpiderは市場から高い評価を得ます。そして起業から13年ほど経った頃、DataSpider販売代理店の一つであったセゾン情報システムズ(現、セゾンテクノロジー)から、「業務提携をしないか」という打診を受けます。
セゾングループのSIerであるセゾンテクノロジーは、DataSpiderと同じようなデータ連携ツール「HULFT」を開発しており、私は同ツールを高く評価していました。ですので我々が一緒になったら、さらなる相乗効果が生まれるだろうと考え、セゾングループの傘下に入ることを決めました。
ここで私のキャリアとしては初めて、日本の伝統的な会社で働くことになります。セゾンテクノロジーではCTOとして技術改革やデジタル改革を進めていき、結果も出していきました。すると私の取り組みや成果を評価してくれたセゾングループの本体から、全社的な技術革新を進めてもらいたいと声をかけてもらい、2019年に現在のクレディセゾンに移ることになりました。
川口:僕のまわりのスタートアップ経営者も含め、多くの人がイグジットした後は会社を離れると思うのですが、小野さんは残りましたね。どのような心境だったのでしょう。
小野:僕自身やまわりの仲間たちも、川口さんがおっしゃるようにいつ辞めるのか、と見ていたようです(笑)。それまでウォーターフォール型の開発など、したことがないタイプでしたからね。
その他にも、これまでのやり取りとは異なる文化や慣習が多くありました。例えば、会議が多く、有識者に承認を取る必要な段階があるなどです。私からすると時間がもったいないなと、正直もどかくしく思っていました。ただ半年ほど一緒に仕事をしていると、そのような仕事の進め方の価値や合理性が見えるようになってきたのです。
セゾンテクノロジーでは、とにかく堅牢性を重視していました。そして実際、HULFTの障害発生率はハードウェアのメインフレームよりも低く、彼らはその堅牢性にプライドを持ってもいて「ワンストライクアウト」という言葉も掲げていました。「バグは1つでも出したらアウト」という意味です。
当初は、あまりにも慎重で安全側に重きを置きすぎなのではないかと思っていましたが、実際にバグが本当に少ない成果を見ると、この方法もありだなと考え方も変わっていきました。
現に、HULFTの世界シェアは当時3位でしたから、日本のIT企業が日本らしい取り組みで開発したプロダクトも、世界に通じるのだと実感しました。実直な、日本人らしい戦い方であるとも思いましたね。セゾンテクノロジーはアメリカのITベンダーのように、マーケティングに大金を出資するようなこともしていませんでしたから。
ただ、従来の手法が絶対に正解だとは思っていませんでした。プロジェクトに合わせて、私がこれまで経験してきたスタートアップの方法と使い分ければよいと考えていたからです。
絶対に否定しない。相手をリスペクトする
川口:これまで経験していなかった、未知のものに対する好奇心を受け入れるという姿勢は、小野さんの中でどのように育まれたものなのでしょう。
小野:大学時代の弁論部での活動が原体験だったと思います。というのも、弁論大会では、単に自分の意見を主張するだけでなく、ディベートでそれまで対立していた対局の主張を弁論することも求められるからです。つまり、イエス・ノーどちらも弁論できるようなスキルが必要なのです。
対局の意見を弁論する際には、徹底的にそちらの意見の背景を調べるわけですが、そうするとそれまでの主張とは一転して、対局の意見だと思っていた側を主張するようになるケースが少なくありません。このような経験を経て、私は自分の主張と相手の主張が合わない場合には、一旦自分の主張は忘れて、全力で相手の主張を考えてみようという思考が身についていきました。
川口:なるほど。一方で受け入れる側、セゾングループの人たちの心境はどうだったのでしょう?
小野:これはクレディセゾンに限らず、日本の伝統的な会社に共通していることだと思いますが、取締役はみな50代以上でした。また、いきなり取締役になるのではなく、1年ほどのプロセス期間を設けてから、正式に就任することが大半でした。ところが、私は40代前半で、かつ、プロセスを経ることなく、いきなり取締役に就任しましたから、不満に思っている人たちはいたと思います。
一方で、ITをうまく取り入れることができずに、会社の競争力が落ちている。そのような危機感の方が大きかったようにも思います。
川口:そのような環境下で小野さんは、どのようにセゾングループにITを広めていったのですか?
小野:日本の組織に対して思うのは、人間の体、免疫系に似ているような動きをする、ということです。異物を見つけたら、中間管理職の人たちが綿密に連携して、排除するような動きをするような体制が整っているからです。
例えばスタートアップでは、遅刻するようなエンジニアがいたりしますよね。実は徹夜で仕事をしていたために、寝坊したかもしれません。ところが日本の伝統的な会社では、遅刻することが許されないため、排除されてしまう。そしてスタートアップのエンジニアも、旧態依然の日本の企業をJTCなどと揶揄してしまう。お互いが間違っていると言い合い、結局、物別れになってしまうのです。
若いエンジニアの意識にも問題があります。例えば当社のCTOは81歳で、副社長は70歳、その他上層部の人間は50~60代が大半です。そのため若手は、若者向けのプロダクトを開発しようとしても「どうせ上層部には理解してもらえない」と、決めつけてしまうケースが少なくないからです。
まさに先の弁論大会のディベートの話と同じです。本気で寄り添えば実際には分かってくれるのに、コミュニケーションが不足していると、私は思っています。
川口:具体的にどのような手法や取り組みでクレディセゾンへのIT導入を進めていったのか?エピソードと合わせて聞かせてもらえますか。
小野:私がクレディセゾンに入社したのは、2019年です。当時、開発はベンダーにすべて任せていて、情シス部門はありましたが、ソースコードは一切社内で書いていませんでした。そこで私がソースコードを書く1人目になるのと同時に、仲間を募集したのです。
そうして集まったメンバーとともに、開発用のMacBook Proを購入しようとしたら、調達部門から「高すぎる」とお叱りを受けてしまい…。また、ビルドの度に紙の書類で申請してほしいとも言われました。
私はどちらも納得できず、なぜそのようなルールがあるのか、担当部門に聞きに行きました。すると、クレジットカードは個人情報の塊のため、アクセスできる端末はセンシティブであるからだと、教えてくれたのです。
そこで私は、折衷案を考えます。大事なことは個人情報がセンシティブであるわけですから、社内のネットワークから遮断した上で、開発を進めればいいだろうと。このように頭ごなしにダメ出しや対立するのではなく、相手をリスペクトしながら一つずつ課題に取り組んでいけば、現実的な着地点が見えてきますし、誰も傷つくことはありません。
川口:素晴らしい対応ですね。ただ、規則を変えるのは相当なエネルギーを必要としますし、小野さんは取締役でもありましたから、ビジネスインパクトを出さないといけないというプレッシャーもあったと思います。なぜ、そのような神業ができたのでしょうか。
小野:相手のことを絶対に否定しないという対応はずっと守ってきました。例えば、私はそれまでウォーターフォール開発は一度もしたことがありませんでしたが、「未だにウォーターフォール開発なの?」などといった発言をしてしまっては、相手の気分が悪くなるのは明白だからです。
逆に、ウォーターフォールが向いているプロジェクトや、ウォーターフォール開発の魅力や良さ、実際によかったエピソードなどを聞くようにしました。すると、セゾングループがウォーターフォール型の開発を行っていたのは、先ほど話したような背景があったり、合理性があったりすることを知りました。
このような姿勢で進めれば大抵のことはうまくいくと思いますし、決して神業でもありません。
自己紹介の際は“体験”することを心がける
川口:そこからどのように小野さんの考えや開発手法を浸透させていったのか、聞かせてください。
小野:興味を持ったら“体験”することを重視しています。例えば、子どもの頃を思い出すと分かりやすいですが、サッカーに興味を持った子どもがいたとします。分厚いルールブックを渡してサッカーのルールや魅力を紹介するよりも、実際にボールを蹴らせた方が、圧倒的に多くの情報を得ますよね。
ビジネスも同じで、私はお互いの自己紹介のとき、相手の開発手法を体験させてもらうようにしています。例えばHULFTは、国産のメインフレームにより、アセンブラのコードで開発されていました。私はアセンブラを扱ったことがないので、担当者にライブコーディングしてもらったんです。
このような手法は現在でも続いていて、まずはペアプロなどを行うなどして、自己紹介のときは必ず体験をセットにしています。このような手法だとワークすることも、実証されています。
川口:体験することが大事だということですね。IT企業と日本のトラディショナルな大企業の間で、交換留学のようなプログラムを実施すればよいということでしょうか?
小野:いえ、そのままの状態で単に交流したり、両者を混ぜ合わせたりしても、分かり合えるかどうかは難しいと思います。逆に組織型のウォーターフォール、スタートアップの個人主義でぶつかり、対立の構造を生むと考えています。どうしても両者は、相容れないところがあるからです。
そこで、バイモーダルです。トラディショナルの会社とスタートアップの手法や文化を、その時々で使い分ける工夫や取り組みが重要になってきます。例えば、スタートアップの手法で当初は開発を進めていたけれど、ある段階からは大企業の手法で進めた方がよい成果が出る場合もあるからです。そのタイミングで、両者を交流させるのです。
相手の特性や得意領域でコミュニケーションするような体験があると、相手に対する見方が大きく変わり、感謝の気持ちを抱くようになります。もちろん、大企業がスタートアップに助けを求めるような逆もしかりです。
川口:アメリカで暮らしていると、同質な人たちでかたまってしまうように感じていました。小野さんはそのような状況を、常にかき混ぜ続けているのでしょうか?
小野:このタイミングで交流すれば、それまで見えていなかった価値を感じるようになるだろうとは意識していて、実際に取り組んでいます。
川口:小野さんのような人を100人くらい日本の伝統的な企業に送り込んだら、日本のソフトウェア産業は大きく変わると感じました。どのようにすれば、小野さんのような人材が増やせるのでしょうか。
小野:僕のやり方は、あくまで僕の性格と大学時代のディベートとで培われたものなので、他のやり方でもよいと思います。ただ大事なことは、絶対に相手を否定しないこと。全く異なるものが混ざり合いダイバーシティにならないと、日本のDXが進まないことは間違いありません。
例えば、これは当社でよく取り組んでいる手法ですが、同じ業界で同じようなビジネスに取り組む同業他社の成功事例を参照しています。リファレンスを体系的に学ぶ、というのもいいと思います。いわゆる「守破離」です。独自のやり方がいきなり生まれるようなことは絶対にありませんから、まずはテキストや先輩から学ぶプロセスはあっていいと思います。
川口:まずはやってみて、そのやり方の合理性を理解すると。まさしく体験することは情報量が多いということですね。
小野:守破離という観点では、僕はたまに変化球というか、それまでの流れや意見を全否定するようなことを、まさにその場の空気を読まずに発言したりしています。そこから新たなカオスや変化が生まれたりするからです。
ストーリーテリングを意識する
川口:今後についてはどうでしょう。
小野:いわゆる中長期的なプランは考えていません。一方で、これまで日本の事業会社がうまく取り入れることができなかったITを、クレディセゾンを通じて実現していることは、とてもやりがいを感じていますし、楽しく、意味がある取り組みだと思っています。当社の事例を参考にしたいというお話も、多くいただけるようになっていますからね。
川口:小野さんのクレディセゾンでの成功事例を、ぜひとも他の日本の事業会社に広めていってもらいたいと思います。
小野:以前は、日本の会社に多く見られる会社同士の情報交換は断っていました。実行プロセスに時間を割きたいと考えていたからです。ただ最近は受け入れるようにしていて、何がワークしていて、何がうまくいかないのか。実際の事例を伝えることで、一つのリファレンスとしてもらえればと考えています。
川口:改めて、日本の大企業の良さを教えてください。
小野:終身雇用も一つの魅力だと捉えています。同文化があるために、いろいろな部署をローテーションした経験を持ち、会社の全体を理解している人材がいるからです。そして、そのような人材がリスキリングでコードなどを書くという取り組みも当社では行われており、非常に頼もしい戦力となっています。
また、私自身が現場業務を経験して、開発プログラムを書く場合もあります。例えば、コールセンター業務を疑似ですが体験し、業務を改善する簡単なプロダクトを作りました。
経営層も同じで、先ほど話したように当社には81歳のCTOをはじめとして、長年クレディセゾンで働いてきた、会社の隅々まで知る方々が経営をしています。このような人材や体制は単に古いだけではなく、私には魅力だと、CTOとのコミュニケーションなどを通じて感じるからです。
川口:小野さんのように自らコールセンター業務に取り組むなど、自発性が鍵だと感じました。一方で、エンジニアにコールセンター業務を体験しなさいと命じたら、反発が起きるように思います。
小野:理由や背景なども説明せずに、ただやれと言ったら反発は起きるでしょう。なぜエンジニアにコールセンター業務を体験してほしいのか。まさに先ほどのサッカーやペアプロのように、体験することで多くの情報が得られることや、お互い助け合う交流が役立つことを伝えることが重要です。
このようなストーリーテリング的な伝え方は、開発、エンジニアに限らず経営層や他部門との交流やコミュニケーションでも同じで、特に意識しています。