【特集インタビュー】多様な業界を代表する大企業と共にスタートアップを強力に支援する「KDDI ∞ Labo」が創造する世界とは
2011年のスタートから足掛け5年。現在、第11期を迎えた「KDDI ∞ Labo」は、インキュベーションプログラムからアクセラレータプログラムへと移行し、新しい局面を迎えている。これまでに多くのスタートアップ企業をサポートし、国内ではすでに老舗プログラムとなっている「KDDI ∞ Labo」を振り返りながら、現在のトレンドやオープンイノベーションに不可欠な要素を、ラボ長として活躍する江幡氏に伺った。
▲新規ビジネス推進本部 戦略推進部長・「KDDI ∞ Labo」長 江幡智広
1970年千葉県四街道市生まれ。1993年DDI入社。移動体通信事業の営業企画部部門からマーケティング、広告・宣伝などを経て、2001年よりコンテンツ事業に携わる。以来、国内外の社外パートナーとのビジネスデベロップメントを中心に活動。NAVITIME、Google、GREE、Groupon、頓智・、Facebook等との事業・出資提携を手掛ける。現在、2012年2月に設立した「Open Innovation Fund」を活用した投資を含むビジネスデベロップメントの責任者として活動。2013年にはインキュベーションプログラム「KDDI ∞Labo長」に就任。
■スタートアップの傾向は「ソーシャル」から、リアルな世界の課題解決へ
――第11期がスタートしている「KDDI ∞ Labo」ですが、2011年の第1期から5年の間に、エントリーチームの傾向に変化はありましたか。
江幡:スタートした当時は日本でFacebookやTwitterなどSNSがブームになり、スマートフォンが急速に普及してきた時代でした。そうした時代背景を反映して、初期は「グルメ×ソーシャル」や「旅行×ソーシャル」など、ソーシャルに結びつけたサービスが大多数でしたね。それが3~4年経った第6期・7期頃からはよりリアルなサービスに傾倒し、「日常生活に元々あるもの×IT」といったサービスや、教育、コマースなどが増加してきました。
また、初期の頃はBtoCサービスがほとんどでした。しかしビジネスモデルという概念で見ると、グルメや旅行のソーシャルサービスはマネタイズしにくい。Facebookほどの規模になれば広告でマネタイズできますが、それ以外の多くは100万円や200万円規模ではほぼビジネスになりません。それに対して最近では、BtoBまたはBtoBtoCであってもビジネスモデルはBtoBというサービスが多くなってきています。
――第10期のKDDI ∞ Labo賞は、小口配送のマーケットプレイス
「軽town」(CBcloud株式会社)でした。これは荷主とドライバーをマッチングするというリアルな世界で役立つサービスですね。 江幡:一昔前は「ITでベンチャーを興すぞ」という想いが先にあって、サービスは後から考えるというスタートアップが目立ちました。最近はリアルな世界で起きている課題がまずあって、それを解決するための手段としてITを用いたサービスを生み出す、という傾向があるように思います。 「軽town」も、代表の松本さんが運送業を営む親戚に労働力不足や非効率なオペレーションなどの課題を聞き、「これは解決しなければ」と一念発起したことから生まれたそうです。身近な世界や既存のビジネスにこそ、解決すべき課題は多く潜んでいるのですよね。
■トップ企業同士が「スタートアップ・ファースト」のもと、平場で議論を交わす
――第7期からはパートナー連合プログラムとして、多様な業界のトップ企業と提携されていますね。これにはどのような背景があったのでしょうか。
江幡:当初はKDDIのノウハウを駆使して事業創造できたのですが、小売や流通などリアルな産業となると、私たちにはナレッジがありません。それならばKDDI単体での支援というよりも各産業を代表する企業を交えて議論した方が本質的な課題が理解でき、世の中にフィットする事業が創造できるのではないかと考えました。
そこで今後スタートアップで出てきそうな領域を想定しながら、パートナー企業参画の打診を行ったのです。
――企業側からの反応はいかがでしたか。
江幡:実際にお話をしてみると、「新規事業創造」をミッションに掲げてはいるが何をすべきか考えあぐねているという企業も多く、課題意識が強くありました。ですので、打診した企業にはほとんど参画いただくことができたのです。
また、当初は私たちからお声がけしていたのが、第9期頃からは企業側から「参画したい」というお問い合わせをいただくことも増えています。
――パートナー企業が参画したことでの変化は。
江幡:パートナー企業は各業界1社という風に絞り込んではいません。そのため、大日本印刷さんと凸版印刷さん、クレディセゾンさんと三菱UFJニコスさんといった競合企業同士が参画しています。
そうした企業が平場で「どうしたらこのスタートアップ企業を成功させられるか」「現場レベルの中でいくつかある課題をどう解決していこう」と議論していく様子が見られるため、非常に面白いですね。
――業界変革に向けたシナジーが生まれているんですね。
江幡:スタートアップは組織がないため、外にどんどん出てコミュニティを作ってノウハウや情報を交換しますよね。一方で大企業の場合は組織の中にあらゆる機能があり、中に聞けば答えが出ます。外に出ていかなくても事足りるんです。
そのため大企業同士の「ざっくばらんに何か新しいことを考えよう」という持続性のあるコミュニティは、今までほとんどなかったのではないでしょうか。
もちろん、これまでも大手企業同士のコラボレーション事業はいくつもありますが、その場合は互いの思惑がぶつかることがあるんですよね。
しかしKDDI ∞ Laboは「スタートアップ・ファースト」。パートナー企業は「スタートアップの成功を支える」存在です。そうした純粋な共通目的のもと、オープンに議論ができる場になっているのだと思います。
■オープンイノベーションの推進には、トップマネジメントからの発信が不可欠
――「KDDI ∞ Labo」の取り組みは、社内にどのような影響を与えていますか?
江幡:プログラムのメンターはKDDI社内で公募していますが、期を経るごとに応募数は増加しています。私たちの組織がオフィスを構えている渋谷ヒカリエの部隊だけではなく飯田橋本社など様々な部門から立候補があり、社内で認知が広がっていることを実感しています。またプログラム終了後も、メンターがその経験を事業部に持ち帰り、オープンイノベーションのマインドを発揮し始めているケースも見られます。
――既存事業を巻き込んだ実例があればぜひ教えてください。
江幡:「KDDI ∞ Labo」ではありませんが、「KDDI Open Innovation Fund」で投資を行った株式会社ルクサの事例をお話します。もともと高級ブランド品などをタイムセールで安価で販売するECサイト「LUXA」を運営する企業なのですが、ここに投資をしてまずは「auスマートパス」の会員様に限定商品の提供を開始するサービスをスタートしました。するとauのお客様に相当数利用いただけたんですよ。
そこでもう一歩踏み出した大きな事業として、リアル店舗(auショップ)とネットを連携した新たなショッピングサービス 「au WALLET Market powered by LUXA」を開始しました。このサービスは現在KDDIのコマースの中核を担っています。
――新しいことをするには社内の協力が不可欠ですが、大きな組織の中でどのように理解を得てきたのでしょうか。
江幡:当社は通信会社ですから、インフラはありますが新聞社やテレビ局のようにコンテンツを持ってはいません。そのため「○○×IT」というように外部の方々とパートナーシップを組んで新しい事業を生み出すことに抵抗がないという背景があります。
また当社の場合、トップマネジメントの意識が強いことが大きな理由ですね。やはり既存の事業部門の理解が進まないことには大きな変革は起こせませんから、経営層が折に触れてオープンイノベーションの重要性を全社に向けて発信し、意識の浸透を図っています。そのため、既存事業においても他人事ではなく、「会社の課題」として新たなことに取り組もうという気風が高まっていると思います。
■新規に事業を創出する場=「KDDI ∞ Labo」という世界を目指したい。
――今後、「KDDI ∞ Labo」ではどのような取り組みを行っていくのでしょうか。
9期まではシードステージを対象とした「インキュベーションプログラム」でしたが、10期からはアーリーステージに対象を広げた「アクセラレータプログラム」へ移行し、スタートアップがパートナー企業のアセットやノウハウをより現実的に活用できるよう取り組んでいます。事業に繋がる事例を今後も生み出していくことが私たちのミッションですね。
それに加えてこの11期からは大学や研究機関と連携して研究成果の事業化につなげるような活動も行っていきたいと思います。さらには国内だけではなくグローバルにも視野を広げていきます。具体的には韓国のスタートアップの日本進出支援や事業提携に向けて始動したばかりです。
――スタートアップとパートナー企業のマッチングの場をさらに広げていくのですね。
江幡:「第何期」という区切りでチームを採択するプログラムは継続しながらも、理想としてはそのタイミングにとらわれず、新規に事業を創造しようと思ったら、いつでも利用できるような場に「KDDI ∞ Labo」を育てていきたいですね。資金面では「KDDI Open Innovation Fund」があり、既存業界に変革を起こそうとするのであればその業界を代表するようなプレーヤーからアドバイスをもらえる。そうしたエコシステムを確立できるよう、私たちもイノベーションを続けていきます。
■取材後記
国内企業のみならず、大学・研究機関、さらにはグローバルにも目を向けたプログラムを目指すという江幡氏。オープンイノベーション活性化を促進する中心人物としての自覚と使命感が感じられた。最後に、江幡氏のインタビューを通して得られた、オープンイノベーションに関する具体的な事実・ノウハウは次の通りだ。