195万ダウンロード突破!高品質な無料通話アプリ「SkyPhone」開発の舞台裏とは?
LINEやSkype、FaceTime、Facebookメッセンジャーなどと並んで、高品質通話アプリとしてよく使われている「SkyPhone」。
このジャンルは大手企業、海外企業の製品が寡占状態と思いきや、SkyPhoneは純国産ソフトウェアだという。開発・サービス提供しているのは、富山市にあるエンジニア20名のベンチャー「クアッドシステム」だ。代表取締役の金子雄一氏に、195万ダウンロード突破したという「SkyPhone」開発の舞台裏を聞いた。
フリーのリモートデスクトップツール開発から、Microsoft MVP受賞まで
「SkyPhone」は、インターネット技術を利用し、その音質品質が高く評価される通話アプリ。SkyPhoneユーザー同士なら音声通話もビデオ通話も原則無料、メールアドレスの登録やSNSによる認証など、面倒なユーザー登録なしにすぐに使い始めることができる。
▲シンプルに使用できる「SkyPhone」の操作画面
2019年1月時点で、iOS向け、Android向けアプリは195万ダウンロードを数え、アクティブユーザー数は12万人と見込まれる。利用時にユーザーは8桁~9桁の番号を付与されるが、この番号は後でリセット可能。イベント時や一時的な利用にも便利で、プライバシーが保たれるため女性や子供の利用でも安心という評価もある。
このアプリを開発しているのが、富山市にある「クアッドシステム」だ。エンジニアが20人規模の小さなベンチャーだが、彼らが開発するSkyPhoneの音声品質やユーザビリティは世界企業のメッセンジャーアプリに決して引けをとらない。
▲株式会社クアッドシステム 代表取締役 金子 雄一氏
SkyPhoneを開発するクアッドシステム代表取締役の金子雄一氏は、もともと富山市で業務システムのエンジニアをしながら、「IchiGeki」というハンドル名でリモートデスクトップツールを開発し、それをフリーソフトとして配布してきた。それが「Brynhildr(ブリュンヒルデ)」(TrueRemoteを改名)だ。
独自開発の映像圧縮コーデックを使用し、音声伝送にも対応するリモートデスクトップソフトで、複数モニターのデスクトップを結合して高速で表示できたり、ファイル転送、クリップボード共有、さらには通信データの暗号化機能などを備えている。主に、企業向けリモートデスクトップとして多く使われており、派生したものを含め全世界で数百万台が稼働している。
「このソフトの開発を思いついたのは、2008年頃のこと。趣味のゲーム開発ツール作成の一環でした。当時はゲームや映像に特化した伝送ツールはほとんどなかった。それなら自分で作ってみようかなと」
金子氏の開発力はIT企業からも注目され、サラリーマンを続けながら、いくつかの企業からのソフト開発のオファーを受けるようになった。富山でフリーのエンジニアを続けられるかどうか不安もあったが、思い切って2010年に独立した。
2012年には米マイクロソフト社がワールドワイドで展開するMVP(Most Valuable Professional)アワードのリモートデスクトップ・サービス部門で、日本人初の受賞者に選ばれた。その技術力が世界で評価されるようになったのだ。
名刺にMVPのロゴも貼れるようになり、さらに仕事が増えた。大企業からの大規模開発の案件もあり、それを受けるため、出資者を得て同年12月にクアッドシステムを法人化した。
シンプルさが命。LINEを越える通話アプリ開発は夢ではない
株式会社クアッドシステムとしての最初の製品が、2014年2月にリリースされたSkyPhoneだ。
「Brynhildrの開発時に、映像・音声に関する伝送基盤技術は作り込んでいました。当時はLINEアプリが急成長していましたが、“金子さんの技術力をもってすれば、音声品質ではLINEを上回るぐらいの通話アプリができるはず”と言った方がいて、私もその気になりました(笑)。エンジニアを集め通話アプリ開発に専念するようになったのです」
伝送基盤技術はすでに構築済みとはいえ、その上で、リアルタイムにデータをやりとりする技術にはさらに磨きをかける必要があった。たしかに月間アクティブユーザー数7,600万人以上といわれるLINEにシェアでは勝てないが、「ネット上ではLINEより音質がいいという評価もあります」。
SkyPhoneが目指したのはシンプルさだ。
「あまりいろんな機能を詰め込んで、不具合につながったり、動作が遅くなったりするのは好ましくありません。ユーザーが本当に必要としている機能だけに集中するようにしています。ユーザー認証なしでも使える仕様は、もともとは個人情報を扱いたくなかったからでしたが、これが他のアプリとの差別化になっています」
現在は個人間の通話だけでなく、YouTube Liveなどでアイドルがファンと直接交流する際に使うなど、用途はさまざまに広がっている。
ポイント通話サービスと、通話エンジンのライセンスでマネタイズ
独自の技術をいかにマネタイズするか——この難しい課題に挑むのはクアッドシステムも例外ではない。データ伝送に使うサーバーは以前オンプレミスで賄っていたが、コストがかかりすぎるということで、現在はAWS、Azureなどのクラウド基盤を活用。こうしてコストダウンを図りながら、マネタイズの一貫として昨年夏から「ポイント通話」という有料サービスを導入した。
これは音声・ビデオ通話を使った有料のトークサービスを1分単位で提供するもの。有料サービスを提供したい人は「マスター」と呼ばれ、1分あたり0ポイントから1万ポイントまでを設定。トークの分数に応じて、ポイントをゲットし、その半額をビットコインやアマゾンギフト、あるいは銀行振込で受け取ることができる。
SkyPhoneはスマートフォンアプリであるため、Apple、Googleにそれぞれアプリ内課金の手数料が取られて、クアッドシステム社の手取りは2割ほどだというが、ユーザーが広がれば、同社の重要な収入源になる。
「昔、NTTがやっていた有料通話サービス“ダイヤルQ2”に似ています。ただし、ダイヤルQ2が社会問題にもなった課題は排除しました。企業が有償サポートとして利用したり、著名人との会話を楽しんだり、業者がさまざまな情報提供を行ったりできます。現在、占い師、投資顧問、モデル、アイドルなどさまざまなマスターがいます。普通の人でも発信するコンテンツに魅力さえあれば、誰もがマスターになれるんです」
ダイヤルQ2は音声のみに限られていたが、テクノロジーの発達でコミュニケーションはよりリッチに、より簡単になった。しかし、お金を払ってでも人と話したい、誰かに自分のことを聞いて欲しい――そういうニーズはこの時代にも必ずある。ポイント通話は、そうしたニーズに応えるビジネスモデルといえる。
一方で、同社はSkyPhoneの通話エンジンを法人サービス向けにライセンスするビジネスも始めた。株式会社LCにライセンス提供して同社がサービス化した「LcPhone」がそれだ。企業内のセキュアな内線電話や、外線発着信、機種変更時の番号引き継ぎ、電話会議などのビジネスニーズに応える。すでに、デンソーが地域情報配信システム用の通話アプリとして採用を始めた。
今後は、客室とフロントや客室係間を結ぶホテル向け通話ソリューションや、在宅勤務時のコミュニケーションをよりセキュアかつリッチに行うためのツール、さらにはSkyPhoneのポイント通話を活用した有料コールセンターソリューションなどが検討されている。
金子氏が富山で「SkyPhone」開発を続ける理由とは
クアッドシステムを創業する前からずっと、金子氏は富山を離れていない。
「システム開発は今やどこでもできる時代です。労賃の高い東京で開発するより、同じものが作れるのなら、東京に出る必要はないと考えています」と言い切る。北陸新幹線の開通でイベント出展や打合わせなどの東京出張も全く苦にならなくなった。
もちろん、営業拠点は大都市に置いたほうが便利だ。いずれは東京または大阪に支社を置く計画はある。富山市に本社や工場を置く製造業は実は少なくなく、金子氏もそうだったように業務系システムや、生産拠点での制御系システムを開発するエンジニアは一定数存在する。
「ただ、コンシューマー向けアプリ開発となると、富山には少ないのが現状です。しかし、今どきの業務系・制御系のエンジニアはアプリ開発にも強い興味を持っている。会社を成長させ、そういう人たちの転職の受け皿の一つになれればいいなと」という。
特に画像・音声・通信のいずれかに特化した技術と経験を持つエンジニアや、プロダクトマネジメント経験豊富なマネージャーは採用の最優先ターゲットだ。開発用のフレームワークも安易にOSSに依存せず、自社で開発するというものづくりの醍醐味をここで味わえるかもしれない。
地方の開発拠点を魅力あるものにするためには、スタッフの働きやすさも重要なポイントだ。同社はコアタイムを13時半から15時半までとする徹底したフレックスタイム制を導入。トータルで基準労働時間を満たせば、原則的にいつ休んでもいつ出勤しても構わないというスタンスを取る。
なかには子育て中の女性で、4時間という超時短勤務なのに身分は正社員という社員もいる。
「これは富山県内でも初めての事例かもしれません。でも、働き方の多様性を確保することは、都会よりもむしろ地方でこそ求められているんじゃないかと思うんです」
社内には、妻の実家が富山にあるためこちらにUターンしてきたエンジニアや、富山に移住してきたIターンエンジニアも主力となって働いている。新しい技術と発想で地方に産業を起こすことが、地域創生の最大の近道であることを、クアッドシステムは身をもって証明しつつある。
他にも定期健康診断のオプション検査費用を1万円まで補助する制度や、社内に無料の軽食・飲料コーナーを設けるなど、大手IT企業並みの福利厚生サービスも自慢の一つだ。
「SkyPhoneはそれなりに順調な歩みをたどってきましたが、ネットでアンケートを取ってみると回答者の9割がまだその存在を知らないのが現状です。でも、それだけ伸びしろやポテンシャリティを秘めていると、私は前向きに受け止めています」
と、金子氏はSkyPhoneのさらなるユーザー獲得の可能性と熱い抱負を語っている。