ガスメーターをオンライン計測する「NCU」を自社開発し、インフラ業界の課題をDX化したニチガスが「BEST DX COMPANY賞」受賞

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ガスメーターをオンライン計測する「NCU」を自社開発し、インフラ業界の課題をDX化したニチガスが「BEST DX COMPANY賞」受賞
関東圏を中心にLPガスと都市ガスおよび電気で総計170万件以上の顧客を抱える日本瓦斯(ニチガス)。ガスという人々の日常生活に欠かせないエネルギープラットフォームを活用し、異業種間の連携を図りながら、新たなイノベーションの創出に取り組んでいる。 TECH PLAYER AWARD 2020「BEST DX COMPANY賞」に選出されたニチガス執行役員・松田 祐毅氏にインタビューを行った。

IoTの社会実装を大規模に進展させたNCUを自社開発

ガスメーターをオンライン化し、ガスの使用量をリアルタイムに計測できるNCU(Network Control Unit)を自社開発したニチガス。同社ならではのデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させたことが、TECH PLAYER AWARD 2020「BEST DX COMPANY賞」の受賞理由だ。

この新型NCU「スペース蛍」の導入により、それまで検針担当者が手作業で計測していた検針をリモートで1時間に1回自動計測することを可能とした。さらに、従来の720倍にも及ぶ精緻なデータの把握ができるようになった。

これらのデータは、ソラコムと共同開発したIoTデータ収集基盤システム「ニチガスストリーム」に蓄積される。AIを活用したデータ解析によって、ガスボンベの交換タイミングの最適化や配送効率向上のほか、ガスの微小漏洩警告など保安情報の把握も可能になる。 また地震など自然災害の発生時には、メーターを遠隔で自動的に開閉するプログラムも導入予定である。

▲NCU「スペース蛍」

アワードの審査員からは、同社の取り組みを評価するコメントが寄せられている。

(株式会社エムテド 代表取締役 アートディレクター/デザイナー 田子 學氏)
「人と物理的老朽化が進む先進国のインフラ業界が抱える問題をDX化することで、飛躍的に高効率・最適化し、インフラ自体をバリューアップさせる典型例」

(フジテック株式会社 常務執行役員 デジタルイノベーション本部長 友岡 賢二氏)
「IoTの社会実装を大規模に進展。ローテク産業の中にあってもハイテク企業に変身できるロールモデルとして大きな役割を果たした」

検針や保安コスト大幅削減、ガスボンベの配送効率も改善

これまでのガス検針は、検針員が毎月顧客宅を訪ね、指針データやガス漏れ等のチェックを行っていた。しかし、最近は検針員、保安員、LPガスボンベの配送員など人手が不足している。そのため、NCUと呼ばれる機器をガスメーターに装着して、オンラインで検針データを収集するというニーズは以前からあった。

ニチガスが「スペース蛍」や「ニチガスストリーム」の自社開発することになったきっかけを松田祐毅氏はこう語る。

「もちろん、これまでもオンライン検針を可能にするNCUはいくつかのベンダーから発売されていました。ただ、これが決して安くはない。例えば1基1万円とすると、100万世帯への配布では100億円の予算が必要です。 これを誰が負担するのか。NCUの単価が高いのは、私たちにとって必ずしも必要ではない機能が搭載されているから。そこで、思い切って必要最小限の機能にしぼったNCUを自社開発で調達することに決めたのです」

Alt text ▲日本瓦斯株式会社 執行役員 エネルギー事業本部情報通信技術部部長 松田 祐毅氏

必要最小限の機能とは、指針値の読み取り、ガス供給の状態把握、リモートでメーターの開閉ができることの3つ。リモート開閉といっても、必ずしも瞬時性は求められない。多少の遅延があっても、確実に開閉できることが重要なのだ。

ニチガスではIoT/M2M向けワイヤレス通信の提供を行うソラコムと共同で、オリジナルのNCU「スペース蛍」の開発に取り組んだ。「スペース蛍」の最大の特徴は、通信における柔軟性の高さだ。通信方式は Sigfox と LTE-Mのハイブリッド。ここから得られるデータを、これもソラコムとの共同開発による IoTデータ収集基盤システム「ニチガスストリーム」と連携させる。

これにより、特定の通信方式やキャリアの制限を受けることなくデータを取得し、電波状況等に応じた、きめ細かい通信サービスを提供することができるようになる。将来のシステムのグローバル拡販を念頭に、世界100カ国の通信キャリアや多くのクラウドベンダーと連携できることを目指した。

また、装置のデザイン性を高め、かつ軽量・コンパクトな設計にも力を入れた。わずか数分で設置可能で、一度設置すれば、専用電池で10年間は自立稼動するなど、機能を絞りながら、高いクオリティーとコストパフォーマンスを両立している。

「スペース蛍」の導入効果として挙げられるのは、検針コストの削減だ。人手を介すことなく大幅に削減できる。また、毎時データの送信で常時ガス残量を把握できることになり、保安の高度化や配送効率の向上も実現する。

これまでの家庭用LPガスは念のため予備のボンベを残す「半数交換」が主流だった。だが、ガス残量の精密な把握で、一度に2本を交換する「全数交換」が可能になる。これが配送効率を大幅に向上させることは想像に難くない。

「PoC倒れ」を回避し、スピーディな実装を可能にしたもの

不必要な機能を省いたNCUをスピーディに自社開発できたのは、机上の設計ではなく、ガス検針やボンベ配送といった現場のオペレーションに基づく現実的な仕様設計を優先したからである。

「DXはテクノロジストだけが考えるものではありません。テクノロジードリブンで全てが解決するものでもなく、テクノロジーと現場のオペレーションのすり合わせが不可欠。業務のどこを変えれば最大のインパクトになるのかを、常に考えておく必要があります」と、松田氏は言う。

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松田氏がIoTベンチャーから転じ、将来のDXを担うリーダーシップを乞われてニチガスに入社したのは3年前のこと。営業、検針、保安、配送の現場を実際に歩き、課題を整理していった。

多くの事業会社とPoC(概念実証)を繰り返した経験から「DXは、最小の価値あるプロダクトを現場の人たちと一緒に作り上げ、育てていくことから始まる」という確信もそこから生まれているのだ。

この「スペース蛍」による検針自動化も、従来の基幹システムを変えるだけではない。基幹システムの外部にいくつか小さなシステムを作り、それを疎結合させていくマイクロサービス化でシステム開発コストの削減と、今後の拡張性を担保している。こうした手法が、新技術導入を単なるPoCで終わらせることなく、現実のものにした要因の一つでもある。

このスピーディな開発の背景には、ソフトウェア開発の一部をエストニアなど海外で行ったことも挙げられる。

「海外調達をこれからのシステム開発の基本にしていく。これまでのようなJavaではなく、PythonやNode.jsやGo言語を標準言語に採用したのは、海外人材の活用を見越してのこと」だと、松田氏は語る。

「Uberを超える」エネルギーDX企業への変身も評価

NCUの自社開発によるコスト削減とデータのクラウド化だけであれば、ニチガスの事例がこれほどまでに注目されることはなかった。審査員の常磐木龍司氏は、同社のDXは「日本の産業界全体に勇気を与える好事例」と評価する。その背景には、経営トップが示すビジネス革新を見通した大胆なコンセプトがあるからだ。

松田氏がニチガスにジョインするきっかけになったのは、和田眞治社長の「ウーバー・テクノロジーズを超える会社になりたい」という言葉に強く感銘したからだ。ガス会社とUberとの比較に違和感を覚える人もいるかもしれないが、その真意はこういうことだ。

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「GAFAをはじめとする世界のテックジャイアントには、既存のビジネスにマウントを仕掛けてくる企業がたくさんあります。そうしたIT企業が将来、エネルギービジネスに参入しないという保証はどこにもないのです。

ならば、ガス会社がその先回りをして、デジタル活用でそのビジネスを変えることがあってもいい。2022年4月にはガス導管事業の法的分離が迫っているなど、すでに業界の再編も始まっています。

いずれは化石燃料が使われなくなる時代を見据え、ニチガスが単なるエネルギー企業から、快適さを売る会社に変貌するチャンスでもあります。そのための最初の一歩が、スペース蛍だったのです」(松田氏)

「スペース蛍」の活用で、検針業務や配送業務を効率化できることはすでに述べた。さらに、検針の自動化で同社が目指すのは、AIを使ってこのデータからユーザーの生活動態を分析し、最も効率的なエネルギー利用方法の提案につなげることだ。

現在、「ニチガスストリーム」に蓄積されるビッグデータは、同社の契約者のLPガス使用量などだが、そのプラットフォームができれば、他のLPガス事業者はもとより、水道や電力など、様々なデータを扱うことができる。

ガス小売の自由化が進めば、ユーザーは月によってガス会社を変えることもできる。「ニチガスストリーム」は、当初からブロックチェーンによるセキュリティを担保しながらも、そのデータを他の事業者に公開するオープンプラットフォームとして作られている。その仕組み自体を、海外のエネルギー会社などに販売することも想定されている。

また、2020年度完成予定の世界最大級のLPG充填基地「夢の絆・川崎」では、貯蔵タンクのガス残量、ボンベ在庫本数、ガス充填機の稼働状況をリアルタイムに把握する技術や、ガスボンベに RFID4を貼付し、ガスボンベの配送経路や位置情報をリアルタイムに把握する技術も構築している。

同社はこれまで予測に基づいて構築してきた物流の概念を、このプラットフォームを他の事業者にも開放することで、リアルタイムの実績に基づくものに変え、世界初のLPGデジタルトランスフォーメーションを実現しようとしている。2017年の都市ガス小売前面自由化で生まれた「エネルギー託送」という概念にさらに磨きをかけた、エネルギーDX企業へと生まれ変わろうとしているのだ。

これまでライフラインを担うインフラ企業には、保守的でレガシーなイメージがあったかもしれない。しかし松田氏は、ドローンや4Kカメラで高圧線の点検を行う電力会社の例を挙げ、「生活インフラを担う企業からこそ、IoTやビッグデータ、AIなどの先端テクノロジーで変化するチャンスが豊富にある」と指摘する。

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「イノベーションとは、既存ビジネスを拡張するのではなく、ビジネスの基軸を根本的に変えること」

松田氏はその言葉を絶えず念頭に置き、エネルギービジネスの価値転換を目指している。

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