音声ナビゲーションシステムの推定エンジン開発秘話 ──パイオニアは運転者のパーソナライズ化をどう実現したのか
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より安全で快適、スマートな“未来の移動体験を創る”推測エンジン開発
パイオニア株式会社
SaaSテクノロジーセンター
Piomatixコアテクノロジー統括グループ
Predictiveテクノロジー開発部 部長 廣瀬 卓也氏
近年、交通情報や行き先を示すカーナビやテレビなどのエンタメコンテンツ、さらにはスマホの機能を配したモニターなど、車載システムが多様化している。
ハンドルまわりにも多数のスイッチ類が配置され、衝突を回避するなどの機能を有するADAS(先進運転支援システム)からも、さまざまな情報が送られてくる。
最初に登壇した廣瀬氏は、まず「NP1」を開発するに至った背景について語った。「情報の取得はもちろん、それぞれの操作も複雑で、ドライバーには大きなストレスとなっています。そこで我々は手で操作をする必要のない、音声中心のHMI(ヒューマンインタフェース)を開発し、モビリティ空間に圧倒的なストレスフリーな体験を提供しようと考えました」(廣瀬氏)
廣瀬氏らはHMIを開発するにあたり、まずコア技術を研究開発するためのプラットフォーム「Piomatix」を整備した。Piomatixは「音声インターフェース」「サービス」「コアエンジン」「データ」と4つのレイヤで構成されている。
ちなみにPiomatixについては、 前回のイベントでも詳しく紹介している。
4つのレイヤの中から、廣瀬氏はデータも含めたコアエンジンについてフォーカスし、3つの推定エンジンについて解説した。
- ワークロード推定エンジン
ドライバーに情報を提供してよいタイミングがどうかを推定する。交差点で曲がっている最中、高速道路から一般道に降りるタイミングなど、運転中の負荷が高い場合は音声案内をしない。 - 走行推定エンジン
これまでの走行履歴やナビの目的地といった情報を元に、今回の走行ではどこに行くのかを推定する。例えば、毎朝ほぼ同じ時間に同じルートで通勤していれば、今回も変わらず会社に行くだろうと推定する。 - インサイト推定エンジン
ドライバーが何を考えているのか。今これから何をしたいのかを推定し、的確な情報を提供する。
「研究開発は現在も継続しています。地図データの更新はもちろん、各種推定エンジンのブラッシュアップやパーソナライズ化を図り、未来の移動体験(モノからモノ×コトへのシフト)を推し進めていきます」(廣瀬氏)
画像ではなく、走行データと自動車のセンサー情報をもとに推定
パイオニア株式会社
SaaSテクノロジーセンター
Piomatixコアテクノロジー統括グループ
Predictiveテクノロジー開発部 開発1課 課長 清水 晃氏
続いては清水氏が登壇し、3つの推定エンジンの開発舞台裏について説明した。
1.ワークロード推定エンジン
ワークロード推定エンジンでは、「シーン」と「ドライバーの負担感」を推定している。同じ傾向の道が続いている場合は、ドライバーの負担はそれほど高くない。一方、狭い路地や合流などでは負担を高く感じているといった具合だ。
そして、ドライバーが高い負担を感じているシーンでは、NP1からの情報提供は行わない。
「助手席の人が話しかけても迷惑に感じない、ナビの隙間に話しかける、情報提供するといったイメージです」(清水氏)
さらに清水氏は、実際に推定エンジンがドライバーの負担感を推定している状況を可視化した評価テストの状況をデモンストレーション動画として紹介した。
モニターの下部にはまさしくドライバーの負担状況を低中高で表した表情のイラストがあり、運転シーンによって移り変わる様子がわかる。
高速道路を走る時、つまり同じ傾向の道が続く場合は左端の平坦な顔が表示され、負担が低い状況となる。一転、高速道路を降り料金所に向かうカーブのキツイ道では、右端の最も負担が高度な緊張感の顔のイラストが表示される。一般道の走行では中央のほど良い緊張感の顔が表示され、負担状況は中の状況となる。
負担が高い状況では、画面右側のエンタメ情報の提供がオンとなっていても提供を止め、負担が中モードになると、音声コンテンツが提供される仕組みとなっている。
この負担の推定をどのようなデータを元に推定しているのか、その裏話も語られた。
「事前に社員に協力を打診し、実際に道を走ってもらい、今、話しかけられると迷惑だというシーンの情報をひたすら集めました。その情報を教師データとして、走行を繰り返すことで、さらに精度を高めていきました」(清水氏)
実際、走行を繰り返すことでエンジンの精度は向上した。現在は車のセンサーから得られる緯度経度センサーや地図情報をもとに、リアルタイムで推定しているという。
2.走行推定エンジン
走行推定エンジンもワークロード推定エンジンと同様、車の緯度経度や地図情報がデータ元となる。一方で開発を進めていくうちに「ある課題にぶつかった」と、清水氏は明かす。
例えば、パイオニアのオフィスがある川越市は、あるドライバーにとっては観光目的で訪れる目的地であるのに対し、地元の人にとっては生活圏であるという点だ。
「そこでドライバーの行動を詳しく分析することで、生活圏を定義しようという流れになりました」(清水氏)
分析を進めるうちに、地元の人は特定のエリアを多く走っていることがわかってきた。そこで、日常的に多く走行しているエリアを生活圏と定義することで開発を進めていった。一方で、生活圏の感覚はドライバーにより異なるため、リリース後も継続的に分析・評価を続けている。
3.インサイト推定エンジン
当たり前のことではあるが、趣味趣向は人によって異なる。また、好きな食べものでも朝方は食べたくないというケースもある。インサイト推定エンジンとは、インサイトの傾向、時間帯、さらには通勤中なのかプライベートなのかといった状況を加味した上で、情報を提供するための上位概念のエンジンである。
「パイオニアにとっては、こうした人の趣向をデータで分析し、検索エンジン関連の技術を研究開発することは未開拓の領域であり、一種のチャレンジです」(清水氏)
膨大な情報から必要な情報だけを得る、トリガー開発の舞台裏
パイオニア株式会社
SaaSテクノロジーセンター
Piomatixコアテクノロジー統括グループ
Predictiveテクノロジー開発部 開発2課 課長 渡部 一智氏
最後の登壇者である渡部氏は、NP1に搭載されている推定エンジンに活用するトリガー開発について語った。推定エンジンを研究開発する際、実際の走行で正しい推定を行う際、どちらにおいても、膨大な情報が必要となる。
一方で、高速道路の直線走行など同じ状況が続くシーンでは、単に情報をアップロードし続けることは通信量もかかるし、不要なデータもかさんでしまう。
そこで、取得したデータの中から必要な情報のみを、自動で取得したいと考え、後続車が異常接近した際、アラートならびに録画する機能を開発した。渡部氏らはそれを「トリガーを仕組む」と表現している。
この推定技術を開発するなかで、「技術的に超えなければいけないハードルがいくつもあった」と渡部氏は明かす。そもそも後方車両の確認はリアカメラで行うことが一般的であり、フロントウインドウに装着しているNP1のインカメラで、精度の高い画像データを得ることができるのか、また車種によりリアウインドウのデザインが異なることも課題であった。
さらには正解データはどのように定義するのか、検証はどこで行うのか、他の機能が誤作動しないように処理にかかる負荷はできるだけ抑えたい、夏場はデバイスが暑くなるため熱対策を施すといった課題もある。
「フロントウインドウのインカメラから後続の車両をリアウインドウ越しに確認すると、見える領域がとても狭いことや、車種によって見え方が異なることもわかりました。そこで、後続車の特徴量の動きを検出する軽量な独自アルゴリズムを開発し、チューニングを繰り返することで、改善しました」(渡部氏)
もうひとつの大きな課題は、動作の実地検証だ。パイオニアは自動車メーカーではないため、いわゆるテストコースのような検証施設はない。当初は近くの教習所などを貸し切って行っていたが、時速40キロ以上の速度で継続的にテストできる環境ではなかった。
そこで、茨城県にある城里テストセンターに検証場所を移し、2日間かけてさまざまな車種でテストを行った。夜の検証を行ったことや、テスト台数が多かったこともあり、参加メンバーがどんどん増えていったことなどを挙げ、思い出深いテストだったと、渡部氏は振り返る。そして、最後に以下のようにメッセージを送り、セッションを締めた。
「実際にフィールドに出て、仲間たちと検証しながら、開発を継続していく。そうして自分たちの手で得たデータをもとに、プロダクトを世に送り出していく。こうした経験が一気通貫できる環境が、パイオニアで働く魅力の一つであると思っています」(渡部氏)
【Q&A】イベント視聴者からの質問に答えるセッション
イベント視聴者から寄せられた質問と登壇者の回答もいくつか紹介する。
Q.Piomatixの外部API連携について
清水:もちろん、想定はしています。他社のエンジニアから利用してもらえるようなプラットフォームに成長するように、さらなる整備を進めていきます。
Q.データ収集に要した時間はどのくらいか
清水:定量的には測っていませんが、エンジニアだけでなく、他の部署の社員も含め、とにかく実際に走行してデータを集めています。それは、製品の発売後も変わっていません。
Q.後方車両の確認は、バイクなどの2輪にも反応するのか
渡部:反応しないアルゴリズムとしています。ただここでも、技術者が実際に高速道路などで毎日夜間も含めて3~4時間ほど車両を走らせ、バイクを2台並ばせて車載ライトと誤検知しやすい状況を作りながら、精度を高めていきました。