ヤマハ発動機のグローバル事業創出を支える、データ分析基盤とデータマネジメントの取り組み
アーカイブ動画
新興国におけるモビリティビジネスのためのプロダクトマネジメント
ヤマハ発動機株式会社
NV・技術戦略統括部 MSB部企画管理グループ
主査 小川 宏克氏
最初のセッションは、新事業開発部門である「モビリティサービスビジネス(MSB)部にてシステム開発など、IT業務全般を統括する小川宏克氏が登壇。ASEAN地域やインド、アフリカ地域など、新興国で展開しているモビリティサービスのプロダクト開発事例を紹介した。
小川氏が所属するMSB部門は、「事業を通じた就労機会の創出により、人々の生活の質向上に貢献する」をビジョンに、「ドライバーやMaaS事業者とともに繁栄できるエコシステムにより、モビリティサービスのイノベーションを支援する」ミッションを掲げている。
様々な地域でビジネスを展開しており、市場にマッチしたビジネスモデル展開を特徴とする。主には、インド、ナイジェリアに向けてリースやレンタルなど、車両を提供するアセットマネジメント事業、ウガンダに向けたEC事業者向けラストマイルデリバリー事業が挙げられる。
これらのビジネスを展開した地域ならではの背景、ビジネスモデルを、小川氏は次のように話した。
「モーターサイクルを使って仕事をしたいけれど、所得や与信が低いために購入できない求職者。車両のコンディションを維持し、高い稼働率を確保したい事業者。両者の課題を、我々の製造・販売・メンテナンスというモーターサイクル事業で培ったアセットで解決するビジネスモデルです」(小川氏)
こうしたビジネスモデルを推進すべく、MSB部では事業を動かすためのシステムをプロダクトと定義している。
そのため、事業開発チームとプロダクト開発チームが一体となり、MSBと現地の事業会社がコラボレーションすることで事業を推進する。
具体的な組織構成は以下のように、ソフトウェア開発はインドのチームが担うが、ビジネスを展開するインドやナイジェリア両国で、現地の事業会社が稼働している。
プロダクトマネジメントチームの具体的な業務も紹介された。まずは、プロダクト(ビジネスモデルやシステム)を構築する目的を考える。すると、大きく3つの軸が出てきた。
1つ目は、車両に関連する様々な場所で発生する多様なデータを、集約・見える化し、使えるようにすること。2つ目は、インドではすでに複数の取引先との事業を展開しているため、車両が事業会社を跨いだ場合もデータが継続すること。かつ、それぞれの顧客のビジネスモデルに柔軟に対応することだ。
そして3つ目は、一般的な業務に関わるところは、可能な限り市販のアプリケーションを活用することで、自分たちはデータの管理と活用にフォーカスする。この3つの目的をより深く整理したのが、以下スライドの与件の整理である。
小川氏は領域ごとに、「会計」「車両」「ユーザー」「メンテナンス&スペアパーツ」「データ分析とモニタリング」「統合データ管理基盤とAPI」という機能要素を6つ挙げ、さらに12要素に分解していった。
こうして生まれたのが機能の概念図である。車両から得た位置・運転・メンテナンスといった情報をDWHに貯め、データ解析ならびにBIツールを通じて、ビジネスに活用する流れであることが分かる。
「ここまではプロダクトマネジメントチームの業務に該当します。具体的には、エンジニアチーム、事業開発チームと議論を重ね、要件や課題を特定するとともに、プロダクトのイメージを理解してもらうために、概念図を提示しました。番号を割り振り整理すると、機能性や関係性にフォーカスでき、スムーズに理解を得ることができました」(小川氏)
既存アプリの活用、シンプルなプロダクトの構築を心がけた
ここからは、実際に考えた機能を開発していくプロセスとなる。まずは、概念図の②と⑥、MaaS事業者から運用データを集めるフローだ。どの車両がどの地域でどのように使われているのかを示すデータである。
しかし、スムーズには進まなかった。例えば、事業者によってデータのフォーマットが異なる、そもそもデータがない、あったとしても、紙に書かれた手書きのアナログデータであるといった具合だ。
加えて、データのやり取りをメールで行っていたため、ポータルサイトからのアップロードというセキュアな手法に変えるなど、多くの苦労があったことも語られた。
続いては概念図の③・⑥・⑩、車両のメンテナンスデータの収集だ。アプリケーションは既存のものを使うようにしたい。かつ、いくつかの国で同じアプリケーションを使うので、横展開できる仕様を盛り込むこととした。
一方で、複数のアプリケーションを組み入れながらも、それぞれのデータはマスターデータを参照する設計とすること。これも先の説明に重なるが、車両が事業者を跨いだ場合でも、メンテナンス履歴が引き継がれるように、車両のユニークIDをキーとして管理する。
そしていずれは、委託先のメンテナンスショップで行った内容も、同じく一貫した情報として車両に紐づける仕様とすることを決めた。
続いては概念図の①・⑥、車両の稼働データだ。車両についているGPSを活用するが、盗難追跡用のため、本来知りたい走行距離は正確ではない場合がある。そこで、正確ではないことを前提とした距離データの利用方法を提案することになった。
最後は⑥・⑧・⑩、集めたデータの可視化だ。結局のところ、いかによいデータを収集し、使いやすい状態で蓄積しておくかに尽きると小川氏は語る。現在は得られたデータをExcelを使って可視化しているが、今後はオンラインでダッシュボードや分析ツールを活用していくことを目指す。
小川氏は、次のようなメッセージでセッションを締めた。
「多様だが一貫性のあるデータベースの構築、データ分析手法は社内ノウハウを活用するなど、できるだけシンプルなプロダクトを構築しようと心がけてきました。私たちの役割は、あくまで課題に向き合うことであり、しっかりとした説明を行えること。実際にデータを活用したりビジネスをオペレーションするのは、事業開発チームや現地の事業会社だからです」(小川氏)
新DX戦略を支えるデータ活用基盤とマネジメント
ヤマハ発動機株式会社 デジタル戦略部
データ分析グループ データエンジニア
主務 佐々木 誠氏
続いては、デジタル戦略部に所属し、全社DX推進を担うデータエンジニアとして活躍する佐々木誠氏が登壇。2021年に入社後、データ連携や処理基盤の設計・開発・構築といった業務に従事。現在は全社DX推進を担い、グローバルで得た大量データの整備とETL処理の設計、実装、データマネジメント施策のリーダーを務めている。
全社DXとは、これまで蓄積されたヤマハ発動機の強みに、データをかけ合わせることで、その強みをさらに発展していく。
「ヤマハは情熱や想いを持つ人間が多く、自由闊達な社風です。主観・想像力・意思といった動力を野心とすることを強みとして、日々活動しています。この強みに対して、客観性や再現性、合理性といったものを加えて、さらに強めていきたいというための活動を推進しているのです」(佐々木氏)
具体的には、業務とつなげることでスマートオペレーションを、製品とつなげることでコネクティッドなモビリティを、お客様とつなげることで、デジタルマーケティングに活用していく。そして、これらつながりのデータの大元はそれぞれのDAP環境で、使いやすく加工してから供給しているのが、私たちの活動です。
全社を通じて、誰もがデータを当たり前に使いこなす環境を実現することがデータ分析グループの役割であり、大きく2つの活動を推進している。1つは、いわゆるデータ分析の民主化であり、もう1つは現場駆動のデータ分析支援だ。
具体的な取り組みとしては、研修や勉強会を実施してBIツールなどに触れてもらう。実際にデータ分析を行うことで、データに対する意識の高まりや、データ分析の精度向上といった、技術的な支援も行う。
その2つの役割を推進するために「データ分析基盤の構築」、実際にデータの民主化が進んでいくに際して課題となりがちな、整理・管理・セキュリティといった「データマネジメント」「ガバナンス」も担う。
データ分析基盤は、Google Cloudで構成している。製品からIoT経由で得たデータ、顧客や製造過程で得たデータを、BigQueryをメインとしたデータベースに蓄積する。そのデータをもとに、各種分析を行ったり、AIを開発したり、マーケティング活動などに利用する。
「得たデータはそのままの状態では、分析に使えません。そこで、ユーザー情報、統合した走行データをさらに加工しまとめ、統合した状態で保存しておくことで、容易に分析できる構造の設計としています」(佐々木氏)
データストア、分析サイトに分けることでセキュリティを担保
続いては、実際にどのようなデータを取得し、連携・統合して、蓄積されていくのか。取得方法はどのようなスタイルが最適なのか。さらには、その先のデータを使う側、アクセス権の制御やセキュリティ対策などに関して、データマネジメントならびにガバナンスについて、構造と重ね合わせながら説明された。
データ基盤の論理層は、以下スライドのように大きく2つ分かれている。左が貯める場所であるデータストア、右側が活用する領域となるデータ分析サイトだ。データの流れは、共通のDM(データマート)までが貯める層となる。
「アクセス権をつける際には、BigQueryの承認済みビュー機能などを使い、参照層から各共通DM層やDWHのデータを参照できるようにすることで、セキュリティを担保しています」(佐々木氏)
詳しいデータ参照の流れも紹介された。以下スライド左側の一時取込層に、データを一時的に取り込むが、データの種類に合わせて取り込み層もいくつか用意しているという(Aシステム、Bシステムなど)。
そこからDWHやDMといったデータストア層に移る。なお、スライドでは明記されていないが、データストア層もデータを活用する3領域でそれぞれの層を用意しており、見合ったデータが集約・格納されている。
以降の経路は分析サイトとなり、データはあくまで分析側から参照する構成としている。そのため、経路が唯一となり、セキュリティが担保される。
「このような構成をとることで、ユーザーがLooker StudioやTableauのダッシュボードで見る(アクセス)データは、あくまでデータ分析サイト内で参照できるデータに限られています」(佐々木氏)
佐々木氏は、データ活用基盤を活用した事例も紹介した。まさに小川氏が紹介したオフライン、モビリティで発生した車両データと、Webサイトなどオンラインでの行動データをかけ合わせることで、ユーザーとの機会や接点の創出を目指す。
ユーザーとの機会創出だけでなく、新たな製品開発においても、企画から生産、販売、市場調査など、すべてのバリューチェーンにおいて、データ分析基盤が適用されている。
例えばトラブル対応については、従来は1カ月ほど要していたが、データを分析することで原因の早期把握を実現している。1週間に短縮された成功事例もあるという。
佐々木氏は最後に、今後もセッションで説明した「データ基盤構築」「データマネジメント」両軸をさらに整備することで、データ分析の社内民主化をより推進していくと述べ、セッションを締めた。
【Q&A】参加者からの質問に登壇者が回答
セッション後は、イベントを聴講した参加者からの質問に、登壇者が回答した。
Q.プロダクトマネジメントの導入はスムーズに進んだのか、従来部署(管理職)との違いは何か
小川:マネージャーという役職がついていると管理職だと思われるので、社内では名乗らないようにしていますし、呼び名としては誤解されやすいとも考えています。ただ個人的には同じ文脈で捉えていて、違和感もありません。
Q.プロダクト開発におけるMC(車両)における留意点は何か
小川:コンシューマ向けの車両がほとんどであったため、堅牢性を保つためのメンテナンス情報の管理や、コンディションの把握が重要だと考えています。
Q.特に苦労したところはどこか
小川:エンジニアにつなげるための要件定義のフェーズや、実際に具体化することが一番難しかったです。アジャイル開発のように、条件がぼんやりしている状態からのスタートだったため、そこから実装するところも苦労しました。
また、エンジニアがインドにいるため、時差の問題や、語学・文化といったコミュニケーションなども、具体的になればなるほど気を使いました。
Q.データ基盤・マネジメントでAWSとGCP両方を利用している理由とは
佐々木:データ収集を行う領域では、あえてツールや環境を決めずにいます。一方、分析する側は、データ分析民主化の観点で、手法やツールの普及のためと、分析に使用するデータのセキュリティを担保する必要性などから、GCPで統一しています。分析環境を統一することで、データ分析環境の利用者が、様々な環境で発生したデータをふだん使い慣れたツールで分析できる環境を提供するためです。結果として、2つの環境となっている状況です。
Q.生産におけるデータ活用事例を紹介してほしい
佐々木:鋳造領域において、不良品を発生する条件をデータ活用で特定し、その特定を避けるラインの設定や予定を組むことで、大きな効果を上げています。
Q.データマネジメントやガバナンスは何を参考にしているのか
佐々木:DMBOK(Data Management Body Of Knowledge )などを参考にしています。
Q.データ収集の優先順位やKPIはどう決めているのか
佐々木:追加で取り込みたいデータはやはり出てきます。ビジネスインパクトの大きさ、難易度、割けるリソース量などのバランスを見て判断しています。効果が期待できるデータであっても、リソースが割けないケースもあるからです。