株式会社ホテル佐勘 取締役支配人 佐々木圭氏(写真/右)
ハーフビュッフェの配膳効率と顧客満足度を高めたい
ホテル佐勘は日本三御湯の一つ、仙台市の秋保温泉で千年続く温泉旅館だ。伝統と格式を背景に、それぞれの時代に最高のホスピタリティを心がけてきた。「心の原点に触れるおもてなしのこころ」がコンセプトだ。
代表取締役社長の佐藤勘三郎氏は、仙台X-TECH初年度よりAI・データの活用の推進に強い関心を持って各種プログラムにご参加いただき、自らがディープラーニングの知識を深めるため「G検定」を取得した人としても知られる。
2024年11月のPBLキックオフでは取締役支配人の佐々木圭氏が、あらためて宿泊業の課題と同社の取り組みを語った。
同社では2018年に仙台経済同友会の活動の一環として、厨房にビデオカメラをつけて、スタッフの作業効率を解析する試みを行った。「厨房の現場など、デジタルなんて絶対通用しないと思っていた現場にビデオ解析を持ち込んだことに、大きな衝撃を受けた。それからはデジタル化へのハードルが下がった」と、佐々木氏は言う。
最近では役員会がBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールを導入。月末の売上予測や顧客数の増減分析、スタッフの効率的な人員配置などに活用できるようになった。
また、客室から百段の階段を降りたところにある源泉掛け流し露天風呂に人数計測のセンサーを取り付け、浴室の混み具合を宿泊客のスマホに知らせたり、人感センサー付きのディスプレイで男湯・女湯の切り替えをアナウンスしたりする設備を導入した。
今回のPBLでの課題は、これまでの経験も活かしつつ、2年前にオープンした200席のレストランの配膳効率化を進めたいというものだった。
このレストランは、あらかじめ用意する前菜やお造りの他にメインの魚・肉料理は好きなものを選び、それはスタッフが配膳するというハーフビュッフェ方式(図1)。入店して一度着席したお客様は、ビュッフェコーナーに向かうが、それから戻ってきたタイミングでステーキや魚などメインの料理が運ばれるのが理想的だ。
図1 ハーフビュッフェ形式とは
しかし、そのタイミングがなかなか掴めない。お客様がビュッフェコーナーにいる間にステーキをテーブルに配膳してしまって、戻ってきた頃には冷めていたということがあれば、それはクレームに繋がりかねない。
専門のスタッフがお客様の動線を常にウォッチしていればよいが、常時人手不足の旅館業ではそれもままならない。なんとかこの部分をIT・AI化できないかという課題だ。
「私どもが全然発想も生まれていないような部分を、もしかしたら皆さんとの議論を通して解決できるのではないか」と佐々木氏は期待を述べた。
図2 課題点
顧客と従業員双方にメリット「デジタルオーダー&調理最適化システム」
ホテル佐勘の取り組みを支援するのは、地域連携コーディネーターの竹川隆司氏(株式会社 zero to one)と、宮城県産業技術総合センターの職員、東北大、仙台高専の学生ら5名のチームだ。何より現場を見ないと発想も湧かない。佐勘チームは、フロア・オペレーション視察を兼ねてたびたびホテル佐勘を訪れ、実際にハーフビュッフェも自ら体験するなど現場を大切にしながら議論を重ねた。
「ハーフビュッフェ方式だと料理の提供タイミングがわかりづらい」という課題は、チームも共有した。料理提供の時間を顧客と従業員どちらからもわかりやすくするため、チームが提案したのが「デジタルオーダー&調理最適化システム」のWebアプリだ。
メイン料理はお客様が自身の端末からオーダーする。今どのくらい調理が進んでいるのか、いつテーブルに届くのかがわかるので、ビュッフェでメニューを取り分ける時間や席に戻る時間を調整することができる。
アプリ構築には爆速でアプリ開発ができると評判の生成AI「Create.ai」、さらにノーコード開発環境の「Bubble」を活用した。プレゼンテーターによれば、最初の設計にかかった時間はわずか5分程度だ。そこで作ったモックアップで実証試験を行い、機能追加や修整を加えた。
2025年2月段階では、ビュッフェを取りに行っているお客様が座席不在時の配膳防止、肉料理と魚料理の連続配膳防止、さらに間隔が空きすぎることへの警告対応などが実装されている。
料理名、当日の厨房・配膳スタッフ数、予約人数、時間帯などを入力すると調理・配膳時間が予測できるAIも開発中だ。
実証実験は、まだ食事客に実際に触ってもらうところまでは行っていないが、替わりにレストランの配膳スタッフが実際にアプリを使いながら行った。
「今までは料理の説明をした後に時間をおいてお客様の席に注文を取りに戻っていたが、その時間をビュッフェの補充やお客様とのコミュニケーションに充てることができる」「これができたらすごく楽。お客様自身が注文し、内容も確認できるので、従業員の心理的負担が減る」などの声が寄せられた。
図3 アプリ構築から実証まで
今後の課題として挙げられているのが、予約・チェックインシステムとの連動による顧客満足度向上、料理到着時間のAI予測対応、食材発注最適化等への応用、多言語対応によるインバウンド対応、 本アプリとアンケート収集を連動させ、顧客の声を迅速にフィードバックすることなどだ。
PBLに参加してみての感想を、チームメンバーの一人、仙台高専3年生の津田葵さんは「年齢層の異なるチームメンバーと相談しながら、一つのものを作ることができ、いろいろなことを学べてよかった。今後の卒研や学校生活に繋げていきたい 」と語る。
実際のアプリ開発を担当した県産業技術総合センター・太田晋一氏は「生成AIを活用したアプリ開発やノーコードでのアプリ開発がかなり進展し便利になっていることを実感した」と語っている。
AI活用による最高のおもてなし実現にチャレンジ
この3ヵ月を、ホテル佐勘の佐々木氏はこう振り返る。
「私たちは老舗旅館だが、昔のような形でオペレーションをやっていて、お客様をおもてなしすることに対しての限界をひしひしと感じ始めていました。
当ホテルの売りとして始めたハーフビュッフェでも、せっかくメイン料理を注文いただいたのに、着席したときには冷めているというような、お客様にとってのマイナスが気にかかっていた。それをなんとかデジタルAIの力を使って解決できないかというのがPBL参加の狙いだ。私たちの期待を上回るアプリが開発されたと思います」(佐々木氏)
アプリの実証に従業員が協力的だった理由については、以下のように語っている。
「国際会議などの需要も高く、今後、アナログな手法や日本語対応のみでは、私たちが思うおもてなしは実現せず、お客様の満足を勝ち取れないというのは、社員全員が気づいていたことです。そのため、今回のアプリ導入についての現場からの抵抗はなかった。調理場でも自分たちが楽になるのなら、積極的に使ってみたい、アプリ改善に協力するよという声があがっています。
今後はやはり実際のお客様に使っていただくことが大事。その結果、オペレーションの効率化・最適化が図られ、同時にお客様の満足度も高まるのが理想です。そのための検証を今後も引き続き続けていきたいと考えています」(佐々木氏)
デジタルの力で、現代に通用する最高のおもてなしを実現するための挑戦は、今後も続いていく。