▲舞台ファームの針生信洋氏(右)と吉永圭吾氏(左)
世界初の「レタス生育管理のAI化」に挑む
株式会社舞台ファームは、1720年から300年以上続く農家をルーツとする農業企業だ。2000年代に入ると、植物工場を建設。カット野菜などの加工商品も手がけるようになった。現在はこの植物工場で1日最大5万株のレタスを収穫できるまでになっている。
●世界初の「レタス生育管理のAI化」に挑む
「日本における農業者の急激な減少は、深刻な課題だ。これからの農業の持続可能性を高めるためにも、それをテクノロジーで創りだすことが求められている。当社も農業会社から脱却し、食料を安定的に提供する食料提供会社になることを目指している。
他産業や海外の成功事例を積極的に導入し、狭い農業から脱皮する。当社が運営する日本最大規模の植物工場・美里グリーンベースでは、すでにAIによる環境制御やロボットによる収穫の自動化を実現している。今後は、この植物工場を全国へ拡大するという展望を持っている」と、企業ミッションを語るのは、未来戦略部の吉永圭吾氏だ。
舞台ファームがPBLに投げかける課題は、当初は、トレンドリサーチ、提携先選定、商談、成約、売上拡大フォローなどの人力に頼っている営業領域だったが、PBLチーム内での議論で方向を転換。これまでのハウス栽培の環境制御データとレタス生育予測モデルを組み合わせた、世界初といえる「レタス生育管理AI化」に挑むことになった。
画像からレタスの重さを判断、環境データから生育を予測
レタス生育管理のAI化が求められる背景について、2025年2月の仙台X-TECHアワードに登壇した吉永氏は、こう語っている。
「現在も、植物工場の光や温度など環境データは取れているが、それらを使ってレタスがどれくらいの大きさになるのかを予測して運用するということができていない。現在は、レタスの生育状況を収穫後に判断し、レタスが小さければハウス内の温度を上げるなどの施策を行っているが、その判断は担当者の経験に依存している。
生育状況を環境変数から事前に予測し、最適な成長に必要な操作を、数字をベースに判断できるようにしたい。そのためのAI技術を日本で開発し、私たちの植物工場でそれを運用して生産することに意義がある」(吉永氏)
こうした課題に応えて、地域コーディネーターである東北大の小池准教授を中心に、仙台のIT企業、匠ソリューションズの社員や東北大の大学院生などからなる6人のチームが開発したのは、画像からレタスの重さを予測するAIと、環境データからレタスの生育予測をするAIの2つだ。チームは前者を担当する画像チームと、後者を担当するテーブルデータチームに分かれて活動した。
●PBL舞台ファームチームのプレゼン
画像チームは、実際にレタス工場を見学し、どこにカメラを取り付ければいいかの検討から始めた。画像認識でよく使われるCNNモデルを使ってまずはサニーレタスのモデルを作り、画像と実測値の誤差が小さいことを確認した。
さらに、データ数の少ないグリーンリーフについては、サニーレタスで学習したモデルを再学習させることで精度を向上させた。今後は、レタスが出荷レーンに流れる動画から、その重さを予測できるようにするのが課題だ。レタスは葉っぱの重なりがあるため、それを踏まえたAI画像認識の高度化が求められる。
一方、環境データからレタスの生育予測をするAI開発に取り組んだテーブルデータチーム。利用したデータは環境センサーから取得したデータと、サンプリングの平均値による生育データだ。
それをもとに定植後21日目の重量を予測するモデルをXGBoost(勾配ブースティングと呼ばれるアンサンブル学習と決定木を組み合わせた手法)で作成。得られたモデルのなかでどの変数が決定的な影響因子になるかを可視化した。
すると、PAR(光合成有効放射)と呼ばれる変数が最も重要であることがわかった。この変数を最適化することで、21日目のレタス重量をある程度予測できるようになった。
将来的には、植物工場の担当者がもつタブレットに、AIの予測値などを示すダッシュボードを搭載。生育データがAIの予測値を下回った時には、例えば日光量を増やしたほうがいいという提案をAIが行い、それを見ながら担当者は生育環境のコントロールをすることができるようになる。
●レタス生育予測ダッシュボードのイメージ
会場の審査員からは、「これらのデータは、植物工場の運用コスト管理とも連動させることはできないか」という質問が出た。
吉永氏は「電気代などのデータも精密に取っているので、今後はそれとの関連もできるようになる」と答えた。
また、そこまで徹底した管理システムでレタスを生産していることを、消費者にもっとアピールすれば、データ管理が生む価値以上のものを創造できるという指摘も寄せられた。
PBLの総括セッションでは、舞台ファームの取締役 針生信洋氏が、「これで一山当てよう」と発言して喝采を浴びた。以下のように、壮大な見通しを語ったのだ。
「植物工場における野菜生産は、オランダやイスラエルが技術的には進んでいる。なぜかというとイスラエルは水がない、オランダは土地がない。その制約条件の中で、コンピューターを活用した環境整備を進めてきたからだ。
しかしその方法が最適かどうかはまだわかっていない。今回のPBLで生まれたAIモデルを今後しっかりと形にして、世界に打って出れば、それこそ”一山当てる”ことができる。PBLメンバーに、どうせやるならでかいことをやろうと私が言い続け、それに応えてここまでのものを作り上げてくれた。
レタスだけではなく、今後はお米など、田んぼや畑で作っている野菜にも応用できるかもしれない。そうすれば、日本の食糧自給率は大幅に改善され、国力もアップするだろう」(針生氏)
その壮大なビジョンと、それに近づくための技術力の高さを評価され、舞台ファームチームは、今回のPBLプロジェクトの最優秀賞を授与された。
もちろん今回の発表で終わりではない。舞台ファームはいま匠ソリューションズ株式会社と、レタス工場の新しい管理システム実現に向け、PoC(概念実証)を開始している。吉永氏は、PoCへの期待を語り、セッションを締めた。
「匠ソリューションズにはエッジAI用デバイスの専門家もおり、PBLでの出会いは私たちにとっても大きな刺激になった。環境データだけではなく、レタスの生育状況をしっかりデータとして取って、それも合わせてシステムを作れたら精度が上がるという提案。これによって、私たちの植物工場の管理システム全体のクォリティが上がるだろうと考えている」(吉永氏)