メンバーがCTOを評価する「透明化」と「権限移譲」で自己組織化を――トクバイ前田卓俊CTOが取り組むエンジニアリング組織形成とは?

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メンバーがCTOを評価する「透明化」と「権限移譲」で自己組織化を――トクバイ前田卓俊CTOが取り組むエンジニアリング組織形成とは?

チラシ情報のデジタル化によって、新しい買い物体験を提供するサービス「トクバイ」を開発するエンジニアたち。今や全国で51000店舗以上の小売業者が利用するまでに急成長してきたが、それに伴ってエンジニア組織をどうマネジメントしていくかが、大きな課題として浮上してきた。前田卓俊CTOが課題として取り組む、組織の「透明化」と「権限移譲」はどのようなプロセスで進んできたのか。

サービスをユーザーに届けることに燃えるエンジニアたち

エンジニア組織が、プロダクトやサービス、あるいは事業の拡大スピードにいかに追いつくか、あるいはエンジニア組織その成長をいかにリードしていくのか——。これはあらゆるWebサービス企業の課題であり、とりわけ技術部門を統括するCTOにとっては日々頭を悩ませる問題だ。

現在トクバイの13名のエンジニアを率いるのは、前田卓俊CTO(28歳)。トクバイの前身、クックパッドに2年間在籍、その前はラビットというスタートアップで2年半にわたって、開発やCTO業務を担ってきた。インフラ整備からAndroidアプリ開発まで、技術領域は広い。むしろ「領域を狭めないこと」が、自分のエンジニアとしての特徴だと自認している。

前田氏はトクバイのエンジニア全般の傾向について、「技術志向とプロダクト志向と大きく二つに分けるとすれば、後者のプロダクト志向のほうが強い。よりよいプロダクトやサービスをリリースして、それを社会の人々に使ってもらうことに喜びを感じ、業務外の時間の部活動などにも熱心。作ることを楽しむ文化がある」と評価する。


▲株式会社トクバイ 取締役CTO 前田卓俊氏

自社でサービス運営している企業の中で、エンジニアが最もその力を発揮できるのは、サービス上の何らかの課題を技術力で解決したときだ。そのためには、サービスを世に問い、ユーザーやマーケットからの評価を得て、すぐに改善するスピード感が重要になる。

つまりはトライ&エラー。「トライする回数を増やすことで、精度の高い意志決定が可能になる」というのは、前田氏の持論でもある。

「前田の仕事をあなたはどう評価しますか」——メンバーがCTOを徹底評価

問題発見に固執すること、それを最短で解決すること、チャレンジや改善を習慣化すること」——この3つが目下のトクバイのエンジニアたちが組織として目指す方向になっている。

しかし、トクバイも会社としての設立から3年目を迎え、新たな成長フェイズに突入しようというとき、「いま、自分はあるいは組織が何を目指しているかが、一人ひとりの中で焦点がぼやけがち」という危惧もあった。

そこで、前田氏が注力するようになったのが、メンバーとのコミュニケーションの質を高めることだった。

「日常的にはチャットツールを使い、あるいは1カ月に1度は個々のメンバーと1on1で対話し、一人ひとりの意識を問い、会社としてのメッセージを伝えるとともに、本人の何をどうしたいかという意向を聞くようにしています」

コミュニケーション施策の中で重要なキーワードは「透明性」と「権限移譲」だ。透明性とは言い変えれば情報共有の徹底ということ。経営会議や部長会の内容をメンバー全員にプッシュで通知。人事情報や資金運用といった機密情報以外はほぼ全ての内容を全員で共有している。

もう一つ、業績評価の透明性を担保するために2018年4月から始めたのが、CTOの自分がメンバーを評価するだけでなく、メンバーがCTOを評価する多面評価法だ。

「直接のヒントになったのはクックパッドの丸山亮氏のブログでした。『一緒に働いているチームメンバーに評価してもらう』という記事で、丸山さんは『マネージャーが成長するにあたっては、一緒に仕事をし、影響を及ぼし合っているチームメンバーからの評価が欠かせない』と指摘しています。

強い共感を覚えました。評価者と被評価者の非対称の関係が固定化してしまうと、きちんとしたフィードバッグがもらえなくなる。それだと、CTOとしての役目が果たせないと思ったのです。CTOの指導力に黄色信号が灯ったらもう遅い。その前に自分自身何を改善すべきかを知りたかったのです」

丸山氏にならって前田氏も早速、50個ほどの質問項目が書かれたアンケートを作成。それをメンバー全員に配って、評点を入れてもらうことにした。

例えば、「前田はプロダクトの優先順位、やること/やらないことをメンバーに伝えているか」「前田はチームが成果をあげるための実行可能なフィードバックをしているか」など、「前田」を主語にした問いかけが並ぶ。


▲前田氏をメンバーが評価するシート

「なかには『自分は人を評価することなんてしたくない』と、回答を拒否するメンバーもいましたが、まあ、これも一つのポリシー。でも全体として、僕がメンバーに示す技術ロードマップや行動指針に対して違和感を持つ人はそう多くはないことがわかって、少し安心しました。

もちろん、違和感が多少でもあるのなら、そこは徹底的に議論すべき。そうした自分にとっての課題も見えてきました。『前田はメンバーのワークライフバランスを阻害している』という質問に対して、期待値とずれているメンバーも数名いました。改めて会話をしてみると、『もっと課題を投げてもらって負荷をかけてもらったほうが良い』という思いを持っているメンバーもいて、これは盲点でした。こうした認識のズレを明確にしてコミュニケーションできたのはとても良かったです」 と、前田氏はアンケートへの印象を語る。

CTOとGLの役割分担を明確にし、権限移譲で自己組織化を促す

前田氏のマネジメント施策のもう一つの柱が「権限移譲」だ。組織が大きくなるにつれ、CTOがすべてをリードすることは不可能になってくる。チーム内に新たなリーダーを育てる時期に来ている。

CTOの権限や責任のいくつかをリーダーに移譲することで、開発組織を持続的にエンパワーメントしようというのだ。最終的には、チームメンバー全員がオーナーシップを持ち、自発的に意思決定や問題解決を行える自己組織化されたチームを作ることが狙いだ。

現在、トクバイのエンジニアは技術部に属している。前田氏はつい先日技術部長を選任した。

さらに技術・組織課題をいくつかのトピックに分割し、CTOは何をどこまでやるべきか、技術部長は何をどこまでやるべきか、権限移譲のレベルと進度がわかるマトリクス図を作成した。これはマネジメント手法の中では一般に「デリゲーションポーカー」と呼ばれている。

「CTOの責任は組織全体の目標設定とその達成支援、人事制度設計、採用責任、未導入技術の評価・導入だと思います。これらの責任範囲を、技術部長と二人三脚で進めていくため、一つ一つのトピックに対してお互いがどのように責任を持ち進めていくかをすり合わせています。

そうした権限移譲は始まったばかりでまだ完璧とはいえない。しかし、権限移譲を進めることは、これからの事業の成長に耐えうるスケーラブルなエンジニアリングチームを組織するうえで欠かせないことだと思うんです」

多面評価やデリゲーションポーカーなどの手法を駆使して組織マネジメントの改革に乗り出したばかりとはいえ、次第にその成果は上がっている。

「組織の目標に対して、メンバー一人ひとりがどのような行動を採るべきかが明確になり、個人の変化が生まれやすくなったように思います。それぞれ焦点がぼやけがちだった頃に比べると、不透明な状況は脱して、相互理解が進み、それぞれが感じる課題が組織運営に反映されやすくなりました。新しいスキルのキャッチアップもしやすくなったんじゃないかと思います」

最後のスキルのキャッチアップについては、前田氏が仕掛けた「社内部活動」の動きが奏功しているのかもしれない。それまで個人の枠で存在していた部活を、全社的な活動の中に明確に位置づけ、エンジニアの学びを促したのは前田氏だ。

機械学習や継続的インテグレーション(CI)などの技術を学ぶ部活動からは、サービス検証のスピードや精度が高まるなど、具体的な業務上の成果も生まれている。

透明性の向上と権限移譲を進めるなかで、CTOとしていま専念すべき課題も見えてきた。その一つが、エンジニア採用業務だ。現在13人のエンジニア組織を、前田氏は今期中には「倍増」させたいと考えている。

現状では、社員に人材を紹介・ 推薦してもらうリファラル採用が主軸になるが、前田氏は方々のエンジニア勉強会などにも参加して、“目力(めぢから)”のあるエンジニアをピックアップするのに必死だ。

「自分だけでなく、ユーザーや社内の他の部署など“他の人”のための問題解決を心の中から楽しめる人」というのが採用の最低条件。さらに「自分とは異なるタイプのエンジニアのこともリスペクトできて、チームとしての総合力発揮に寄与できる人」も条件の一つだ。

これらの条件は言い替えれば、前田CTO個人が自らに課してきたエンジニアとしての矜持でもある。それを組織全体に文化として定着させていくことが、これからの課題になっている。


執筆:広重隆樹/撮影:刑部友康

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